シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年09月20日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 「タオの法則」という本を用いて、老子の教えを紹介してきて、再度、3つに大別した老子の教えを確認したい。

 1.万物は陰陽で成り立つ

 2.万象は道(タオ)に基づく

 3.道(タオ)の領域は至福の領域である

 この3つの流れを把握しながら、自分の言葉で、老子の教えを表現するのがよい。

 例えば、この3つを数学的な次元の違いとも捉えることができる。1は、3次元の物質世界、2は4次元から中次元の世界、3は高次元の世界というように。

 宗教的にいえば、1は現界、2は幽界、3は神界という感じになる。素粒子物理的に大まかにいえば、1はフェルミオンの世界、2はボソンの世界、3は超対称性の世界ともいえる。

 1の万物は、陰陽で成り立つが、陰陽の波の世界にとどまる限りは、日々、葛藤の世界に生きることになる。表面しかみえていない。それは、いわば、陰陽の海の世界を泳いでいる、というよりも、溺れているような感覚に近い。

 陰陽の世界を巧みに中和しながら、調和して日々生きることで、陰陽の海の世界を楽しむことができる。空海さんの「空海」は、この意味から名づけたのではないだろうか?



 道(タオ)とは、荘子の説く「真人」であったり、ニーチェの説く「超人」だったり、それは、各個人の閃きによるだろうが、ともかくも、1の陰陽世界を乗り越えることが肝要に思われる。

 とりあえず、人生とは、1から2に到達すること、つまり、陰陽の世界を泳げるようになることが目的のようである。さらに2から3に到達するには、何度も輪廻転生して、全てが同等であること、1であることを理解しないといけないようである。

 さて、当面は、1から2に至るために、興味深い話をネットでみつけたので、以下に紹介したい。

先行き不透明な時代を生き抜く胆力/成瀬雅春
http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/551.html

  ☆  ☆  ☆

 『身体で考える』内田樹・成瀬雅春/マキノ出版‘11年から

まえがき/内田

 3・11…のあと、…貨幣に換算可能なものだけが「存在するもの」であり、外形的なエビデンス(証拠)のないもの(気配、場の力、霊的感受性など)は「存在しない」とみなす科学“主義”的な態度―は、これから次第に支配的イデオロギーの座から転落し、それに代わって、生きる知恵と力を高めるための伝統的な技法がまた改めて研究対象になってくるでしょう。僕はその傾向をおおづかみに「日本の霊的再生」というふうに呼んでいます。

第3章 ヨーガも武道も自分を知るためにある



【成瀬】地球は一つの塊です。ところが人間は一人ひとりになってきている。現代に進化するに従って、動物的な能力が欠落しているわけです。昔の人は勘が鋭かったりして、まだ動物的な能力があった。動物のような感性が働いて、動物のように行動できた。
 そのために、みんなで歌を歌ったら、あえて行動したりすることで(動物的な生命力を)復活させているわけです。歌を歌っているうちに、一個人としての自我が薄らぎ、徐々に動物的な、本能的な部分が表に出てくるから、そうすると全体で一つの大きな塊みたいになって、強い動きになるんです。

第4章 先行き不透明な時代を生き抜く胆力

【成瀬】ヨーガをきわめようと思えば、胆力を練らないといけない。なぜかといえば、生き抜く覚悟、死ぬ覚悟というものに直結しているからです。どんな情況にあっても、「ここを生き抜く」という胆力は、技術的なものよりずっと大切なんです。

【内田】多田宏先生(内田氏の合気道の師匠)も、よく「胆力」という言葉をお使いになります。同じ意味で「断定する」ということも言われます。

 「胆力」というのは別に「負けないぞ!」と力むことじゃないんです。断定することなんです。

【成瀬】やるべきことは、やっておいたほうがいいですね。だから、僕は「常に命がけ」と言っている。簡単に言えば、今を楽しむ、常に楽しむということなんです。常に命がけで生きていれば、常におもしろいことが探せるわけです。

(補足)

<「今を楽しむ」という必死の覚悟>
【成瀬】 僕の生き方は、常に「今」なんです。僕は、明日は死ぬかもしれないから(笑)。「今、楽しまないでどうするの?」というのが基本姿勢です。この対談が終わって外へ出た途端、車に轢かれて死ぬ可能性は誰にも排除できません。そうであれば、その瞬間を誰よりも楽しむようにしています。…日々、これの連続です。

【内田】「必死の覚悟」ですね。ふつうの人は、「一歩外に出たら死ぬかもしれない」とは思いませんから。そういう人のほうが、結構危ないんですよ。「一歩外に出たら、車にはねられて死ぬかもしれない」と思っている人のほうが事故に遭う可能性が低い。「そういうことはわが身には起きない」と無根拠に信じている人のほうが備えが甘いです。

<生き抜く覚悟、死ぬ覚悟>
【成瀬】ヨーガをきわめようと思えば、胆力を練らないといけない。…(上に続く)

  ☆  ☆  ☆

 上述の対話から、1から2に到達するためには、胆力が必要であることが薄っすらとわかる。

 東洋哲学の陽明学では、1に知識、2に見識、3に胆識が重要であることが説かれている。陽明学という名称は、王陽明からきているのだろうが、老子の陰陽論から考えると、陽を明らかにする学問という意味で、非常に面白い。 

 で、胆識とは、なにかといえば、実践力、実行力のことである。例えば、キリスト教信者に多いのは、キリストの教えは知っているが、実践し、実行する者はほとんど皆無である。

 つまり、キリスト教信者は陽明学に乏しい。余談になるが、私は、宗教信者が嫌いだが、特にキリスト教信者が大嫌いである。理由は偽善者ばかりだからだ! だから、偽善者の判別には重宝している。キリスト教信者は、私の腹の底の辞書では、悪魔である。

 ついでに仏教徒も大嫌いだ! 特別な修行をしたからといって、一般人よりも偉そうにしている振りは何様なのか? ああいう連中は地獄にいくと確信している。

 さて、胆識を獲得するには、胆力が重要である。その胆力について、老子は第36章で説いている。

 例のごとく、好きなサイトから抜粋する。

  ☆  ☆  ☆

老子 第三十六章 将にこれを歙めんと欲すれば、必ず固くこれを張れ

原文
 將欲歙之、必固張之。將欲弱之、必固強之。將欲廢之、必固興之。將欲奪之、必固與之。是謂微明。柔弱勝剛強。魚不可脱於淵、國之利器、不可以示人。

書き下し文
 将(まさ)にこれを歙(ちぢ)めんと欲すれば、必ず固(しばら)くこれを張れ。将にこれを弱めんと欲すれば、必ず固くこれを強くせよ。将にこれを廃(はい)せんと欲すれば、必ず固くこれを興せ。将にこれを奪わんと欲すれば、必ず固くこれに与えよ。これを微明(びめい)と謂(い)う。柔弱(じゅうじゃく)は剛強(ごうきょう)に勝つ。魚は淵(ふち)より脱すべからず。国の利器(りき)は、以(も)って人に示すべからず。

英訳文
 If you want to make something reduce, extend it first. If you want to make something weaken, strengthen it first. If you want to make something decline, prosper it first. If you want to take something from someone, give him something first. These things are faint wisdom. Softness overcomes hardness. Fish is staying in deep water to avoid being caught. You should not tell these things which are useful to govern the country to others.

現代語訳
 何かを縮小させようと思うならば、まずそれをいっぱいに拡大させると良い。何かを弱めようと思うならば、まずそれを強くさせると良い。何かを衰退させようと思うならば、まずそれを繁栄させると良い。何かを奪おうと思うならば、まず何かを与えると良い。このような事をわずかに見える明知と呼ぶ。柔よく剛を制すというのはこの事である。魚は水底にいてこそ安全なのだ。この様な国を治めるのに役立つ事柄は簡単に人に明かすべきではない。

 Translated by へいはちろう

  ☆  ☆  ☆

 では、つづいて「タオの法則」から抜粋し紹介する。

  ☆  ☆  ☆



 それは最大の創造のチャンスである

 陰が大きいほど

 陽も必ず大きくなる


 新車を事故で失った。苦しい人間関係に遭遇した。人生にはそうした予期せぬ災難もある。しかし、負の現象が起こると、本質的に運気はプラス側に移行する。

 大きな災難と感じられるものであればあるほど、間近に迫っている幸福の成就は大きい。だから人生に損はないとわかっている人間は、何かを失ったらワクワクする。幸せが誰かによって奪われたら、天の祝福が近づいたことを悟る。

 大願を抱いた後に、人生の負の作用がやってきたら、新車を失ったからといって、すぐにまた新車に手を出したりしないことだ。自身を誰かが深く傷付けたとしても、仕返ししたり、怒りの気持ちを抱いたりしないことだ。そうした行動によって、運気の胎動を自ら手放す。

 もしも土に落ちた花の種子がそれを悲しみ、元の位置に戻ろうとしたならば、来るはずの幸せ(創造)は達成されないで終わることになる。

 厳しい寒さの意味を悟って、自らそれを受け入れようとする時、魂の本質は、その寒さの奥の悦びを感じるようにできている。未来への本当の希望はそこからわいてくる。天の世界では、損は益であり、益は損なのだ。

  ☆  ☆  ☆

 損も益も、自己にとっては、陰陽であり、自己をなくせば、同じものということになる。





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Last updated  2012年09月20日 10時53分12秒
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