シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年09月21日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 私は、新聞は日刊ゲンダイしか読まない。日刊ゲンダイも随所に偏向記事がみられるが、偽ユダヤが関わる他の洗脳新聞よりはマシであるからだ!

 その日刊ゲンダイの昨日の島田洋七氏のコラムの「がばいばあちゃん」の話は興味深かった。がばいばあちゃんの話は、少し前に流行ったものだが、不景気が続く日本の現状に見合ったもので、これからの日本人の生き方を予言しているように思えたからである。

 ジョブスがアップル教の伝道者なら、島田洋七は、がばい教の伝道者のようにみえる。

 宗教になってしまうのはよくないが、がばいばあちゃんの発言とされる多くは、日本人の道徳感を表現しているようにみえる。

 「腹が減るのは気のせいや」

 「動きまわると腹が減るから、寝なさい。」

 「金がないところに幸せがある。」

 以上の発言などは、一種、禅の悟りのような感じもある。

 腹が減るのを、フロイトは欲求のせいとしたが、では欲求はどこから来るのか、にはフロイトは答えていない。フロイトは、欲求という言葉に置き換えたにすぎない。



 同じような気の使い方に、「病は気から」という諺がある。この気の意味は、漢方医学の気孔に近い。シュタイナーの人智学では、エーテル体のことになる。エーテルという表現を使うと、オカルトにみえるので、生命力という言葉がよいだろう。

 しかし、単純に生命力というと、唯物論では、細胞の増殖力や活性力という風に捉えられてしまうので、精神力という意味に近い。エネルギーというのが的確なのだが、直にみることはできないので、やはり精神力がよいだろう。

 従って、「病は気から」というのは、「病は精神力から」という意味になる。精神力やエネルギーが枯渇したり、異常になると、病となるわけだ!

 すると、がばいばあちゃんの発言の、「腹が減るのは気のせい」は精神力のせいになる。精神力を正常に保てばよいということになる。

 精神力を正常に保つには、寝るのが一番だという、次の発言につながる。「寝る子は育つ」という諺もある。

 寝るというのは、この世での存在を無にすること。つまり、自己をなくすことでもある。とどのつまり、自己をなくせば、腹は減らないということを、がばいばあちゃんは、説いている。

 禅は、瞑想で、寝るのではないが、睡眠と瞑想の違いは、覚醒意識を保ったままなのかどうかという点にある。睡眠は、潜在意識のなかに埋没してしまい、自己を失うわけで、瞑想は、覚醒意識を保ちながら、自己を失うわけだから、忍耐力がないと、眠ってしまう。

 覚醒意識を保ちながら、自己を失うことが、禅の目的で、公案とは、その確認作業ということになるだろう。

 さて、がばいばあちゃんの「金のないところに幸せがある。」は、キリストの「人はパンのみに生きるにあらず、神の言葉により生きる。」という発言に比類するように思われる。

 この世を動き回るのには、確かに金がかかるが、寝ることは一文無しでもできる。瞑想なら、この世を齷齪動き回らなくても、この世の悟りが開かれ、なおさら、よいだろう。

 これが、御釈迦さんが、仏教を開いた理由である。



 この世を走り回って大量の燃料を使い、排気ガスを出して、多くの迷惑をかけ、結局何も悟ることなく、出来事に気を奪われ、精神を安定させることなく、不幸なまま死んでいくわけである。暴走族と同じである。

 金持ちが、天国に行くのは、ラクダが針の穴を通るよりも困難だ!

 昨今の仏教徒は皆邪道で、破戒坊主だから、地獄にいくよ!

 このような教えを、老子は、第47章で説いている。いつものように、気のきいたサイトから抜粋し紹介した後で、更に、「タオの法則」からも抜粋し、紹介する。 

  ☆  ☆  ☆

原文
 不出戸知天下、不闚牖見天道。其出彌遠、其知彌少。是以聖人、不行而知、不見而名、不爲而成。

書き下し文
 戸を出(い)でずして天下を知り、牖(まど)より闚(うかが)わずして天道を見る。その出ずることいよいよ遠(とお)ければ、その知ることいよいよ少なし。ここを以(も)って聖人は行かずして知り、見ずして名(あきら)かにし、為(な)さずして成す。

英訳文
 You can know the world without going out. You can know the nature without looking out of the window. The farther you go out, the less you can know. So the saint who knows “the way” knows everything without going out, understands everything without seeing and does everything without doing.

現代語訳
 玄関から出ずに世界の事を知り、窓から外を観ないで自然の摂理を知る。遠くへ出かければ出かける程に解る事は少なくなって行く。だから「道」を知った聖人は何処へも行かずに全てを知り、何も見ずに全てを理解し、何もせずに全てを成し遂げる。

 Translated by へいはちろう

  ☆  ☆  ☆



 中心性に依存する


 老子は、人間の根源に性の原理を直観する(この性は単なるセックスという意味ではない)。

 性は人間の真中心の力であり、求心力の表れである。
 だから、性が開いた(宇宙に身を委ねた)人は、多くの人にとって魅力的存在となる。

 人間の成長は、意識の拡大にあり、拡大は、それとは対極の求心力に依存する。ゆえに、性の力により、人は宇宙を掌握する。

 求心力なき人は、自身にしか目がゆかず、自身すら掌握できない。家族を真に思う人は、家族全体に自身の求心力を行き渡らせ、家族の中心となる。彼が思ったこと、彼が希望したことは、家族全てに反映される。

 もし人類全体に真に意識を向けられる人がいたなら、彼は人類規模で性を成就させている。1人の女と男という存在を超え、広大な愛の深みに至る。

 自己の求心力のみを信頼し、自己の求心力のみに順(したが)う時、自己なる存在の内側の、広大無辺の世界を見ることになる。求心力を最大に高める時、遠心力もまた、最大となるのである。

 この、太陽のような力への信頼こそ真の「自信」であり、自信は、その人に万能の力を授ける。

  ☆  ☆  ☆

 自分のなかに、愛の井戸が眠っている。自分のなかから汲み出さずに、なぜ、他から愛を奪ってこようとするのだろうか?

 自分を失うことで、愛を汲み出せる秘術をほとんどの人は知らない。神の言葉が聞こえない。悪魔に洗脳されているからである。





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Last updated  2012年09月21日 10時59分48秒
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