シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年09月26日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、シュタイナーの「〇に・(点)」の話にリンクするカタカムナの意味を紹介した。その要約を、再度、掲載する。

 『男と女という陰陽の配偶が整ったところへ、現象界のアマと潜象界のカムが対向(ムカヒ)するような重ね合いの場ができれば、自ずからアマウツシ(宇宙エネルギーの授受)という生命発生の作用が起きて、新しい生命の発生(ムスビ)という現象が現れる。

 生命も思想も芸術も、森羅万象全ては「陰陽性」をもって成立し、固定されるのではなく、「環境条件に応じて」、変容しながら、発生し、構造を伴い、連続性や循環性を持つ意味で、フラクタルと呼ばれる相似象を呈するのは、「現象界のアマと潜象界のカムの対向(ムカヒ)」による、重ね合いに、その原象(モトガタ)がある。」

 要するに、現象界のアマと潜象界のカムの対向による重ね合いから、陰陽性をもって、森羅万象が現われてくる、ということを述べているようである。このカタカムナの意味に、「〇に・(点)」を結びつけると、以下のように考えられる。

 カタカムナの現象界のアマと潜象界のカムの対向による重ね合いが、〇となって、アマウツシ(宇宙エネルギーの授受)という生命発生の作用により・(点)が生じ、・(点)が、再び〇に還っていくことが、新しい生命の発生(ムスビ)なのではないか、と思われる。

 「〇に・(点)」というと、日月神示の元となった大本教の出口王仁三郎が、面白いことを述べている。その部分を、以下のサイトから拝借する。

知足自愛
http://blog.livedoor.jp/k12345kk-12345678910/archives/cat_188310.html

  ☆  ☆  ☆



 (中略)

 神人共にと申してあろが。かみは人に依りかみになり、人はかみによって人となるのだぞ。まことの神の御心わかりたか。今までの教え間違っていること、だんだんわかりて来るであろうがな。

 ☆  ☆  ☆

 この王仁三郎の発言に、「〇に・(点)」から連想されるカタカムナを当てはめて、かみ=カム、人=アマと置き換えたなら、「〇に・(点)」の変換(入れ替え)は、アマ-カムの陰陽の重ね合わせと一致し、そこから、新しき世界が生まれ、「己を生かし他人も活かすのが天の道」ということが理解できる。

 そのようなことを、老子は、第10章で説いているので、例のごとく、以下に御馴染みのサイトから抜粋し紹介する。

  ☆  ☆  ☆

第十章 営魄を載んじ一を抱きて、能く離るること無からんか

原文
 載營魄抱一、能無離乎。專氣致柔、能孾兒乎。滌除玄覽、能無疵乎。愛民治國、能無以智乎。天門開闔、能爲雌乎。明白四達、能無以爲乎。生之畜之、生而不有、爲而不恃、長而不宰。是謂玄徳。

書き下し文
 営魄(えいはく)を載(やす)んじ一を抱(だ)きて、能(よ)く離るること無からんか。気を専(もっぱら)にし柔(じゅう)を致し、能く嬰児(えいじ)ならんか。玄覧(げんらん)を滌除(てきじょ)して、能く疵(きず)無からんか。民を愛し国を治めて、能く以って知らるること無からんか。天門開闔(てんもんかいこう)して、能く雌(し)たらんか。明白四達(めいはくしたつ)して、能く以って為すこと無からんか。これを生じこれを畜(やしな)い、生ずるも而(しか)も有せず、為して而も恃(たの)まず、長たるも而も宰(さい)せず。これを玄徳(げんとく)と謂う。

英訳文
 Can you calm your body and follow “the way”, then keep them? Can you concentrate your mind and soften your body, then become like a baby? Can you purify the mirror of your heart, then keep it blameless? Can you keep yourself nameless when you love people and rule a country? Can you keep yourself like female when all things are produced from the gate of heaven? Can you do nothing when you know everything clearly? The saint who knows “the way” does not possess things that he made or raised. He does not rely on his success. He does not become a dictator even if he becomes a leader. These are “mysterious virtues” of the saint.

現代語訳
 迷える肉体を落ち着けて唯一の「道」を守って、そこから離れずにいられるだろうか。精神を集中して身体を柔軟にして、赤子のようになれるだろうか。心の鏡を洗い清めて、少しの落ち度もないようにできるだろうか。人々を愛し国を治めて、それで人に知られずにおられようか。天上の門から万物が生み出される時に、雌のように受身でいられるだろうか。何もかもはっきりと解っていながら、何もせずにいられるだろうか。ものを生み出し育てながら自分の物とせず、何かを成し遂げてもそれに頼らず、人の上に立っても取り仕切ったりしない。これらは「玄徳 – 神秘なる徳」と言う。

 Translated by へいはちろう

  ☆  ☆  ☆



 動的な陽の肉体と静的な陰の精神の重ね合わせから、新しい体験が生まれる。精神が一点に集中し、肉体が円みを帯びている赤子こそ、宇宙のエネルギーを受けるのに相応しい。心を洗い清めれば、病気には罹らない。人に知られずに、人を愛し国を治める。女性器のように全てを受け入れる孔になれば、天の森羅万象の受容器となる。無為となれば自然全てを理解できる。森羅万象を生み出しておきながら、そのことを知らせず、宇宙全体を支配しながら、少しも不自由さを感じさせない天の働きを、玄徳という。

 という感じですが、やはり理屈っぽいので、「タオの法則」から抜粋して紹介する。

  ☆  ☆  ☆



 これ以上にない快の意識に

 いかに多く入るかで決まる


 世の天才は、それがどんな分野の天才であろうと、例外なくタオの意識領域を数多く体験している。タオは、時間や空間という相対世界を超えた領域であり、この領域に入るだけで、至高のエクスタシーに遭遇するのは、その瞬間、人間の意識が、三次元的制限から解放されるからだろう。

 この領域には、制限というものがない。天才が、この領域を多く経験する、というよりは、この領域によって人は天才となる。老子は、これを「天門開闔(てんもんかいこう)して、能く雌と為らんか。明白にして四達し、能く無知ならんか。」と言っている。

 「天門開闔(てんもんかいこう)」とは女性器が開いたり閉じたりする意味で、タオの領域の感覚を性の恍惚感に喩えた表現だ(本当はただの喩えではない)。その領域に入れば、四方八方の世界と1つになり、全てを感得できる。「無知」とは、老子の独特の逆説表現で、常人の知を超えた知の領域を示している。

 ピアニストが、この領域に入れば天のリズムを奏で、発明家がこの領域に入ればインスピレーションが無限に沸き起こる。生命の基本は恍惚感にある。自然界の生命は、全てが恍惚に向かうことで達成させる。

  ☆  ☆  ☆

 幸福は、現状を受け入れることからはじまる。そこから、自分と他人を同時に生かすことが、天の法則で、この世の現象界と、あの世の潜象界の天秤ともいえる。この天秤を、人間は心臓のなかにもっている。だから、古代エジプトの死後の審判では、人間の心臓が計られるといわれた。

 輪廻転生も、この人間の心臓、つまり天秤を完成させ、梃子の原理で、天国に通じるためである。





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Last updated  2012年09月27日 10時04分24秒
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