シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年10月01日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、人間がタオの領域である快のアストラル界に昇天するためには、クンダリーニの象徴図で表される三種の神器を、人生のなかから自身で獲得しなければいけないことを紹介した。

 そこで、アストラル界を、イマイチ理解できない人も多いように思えるので、以前紹介した「知足自愛」のサイトから、御馴染みのオカルティストのスウェーデンボルグの話を紹介する。

  ☆  ☆  ☆

「私は霊界を見て来た」エマヌエル・スヴェーデンボリ著「私は霊界を見て来た」は、スウェーデン出身の科学者・神学者・神秘主義思想家であるエマヌエル・スヴェーデンボリの著作「霊界日記」の抄訳です。哲学者カントやゲーテの「ファウスト」に多大な影響を与えたとされるこの著者の日記からは、学ぶことが多いものです。

 例に拠って重要な個所を引用していきます。

  <以下引用>

 霊的に心の窓が開けた生涯とは簡単にいうと、『霊界の秩序を守り、これに素直に従った生涯を送る』ということである。そして霊界の秩序は人間にも素直な心さえあれば、その存在を感ずることも、その姿をもっと具体的に知性によって知ることも全く不可能ではない。なぜなら、人間の住む自然界との間には、『相応の理』といって、多くの事物についての相応があるからだ。

  (中略)

 そこで心を素直にして自然界を見わたしてみる。鳥や獣、虫などの動物界、樹木のような植物界にせよ全ての生命は、不思議な自然界の秩序によって生きている。この不思議な秩序に素直に感嘆し、この秩序に素直な心をもって生きようとする人は、既に、心の中に霊界の秩序をある程度感じとっている人たちだ。

 根本的なことは、何度も私がいった「直ぐなる心」なのだ。

 この世とは霊界の広大無辺な空間の中にポッカリと浮かんでいる一つのゴムの球のようなもので、このゴムの球である自然界の周囲は全て霊界に取り囲まれている。

 ゴム球の中にも、霊界は、しみ込んでいる。ゴム球の中も実は霊界なのだ。ゴム球の中以外の空間は霊界だが、ゴム球の中だけは、例外的に自然界と霊界の二つの世界が、同じ空間にともに存在している。

 霊界とこの世とは実は別々の世界ではなく「一つの世界」なのだ。そして霊界と、この世とは、この二つの世界を含む大きな一つの世界の「二つの異なる側面」なのだ。

 霊界と、この世は一枚の金貨の裏表のように切り離しがたく結びついているのではなくて、もともと一枚の金貨の表裏なのだ。

 霊界の太陽から流れ出る霊流が霊界の生命の源である。この霊流には、霊界の上・中・下の三世界に直接、太陽から注がれる直接霊流と太陽~霊界上世界~中世界~下世界~人間界の経路を経て各世界に注がれる間接霊流の二つがある。

 人間の生命は、その根源において生命の源始とつながることによって命が継続している。それでは、その生命の源始とは何か。これが他ならぬ霊界の太陽なのだ。

   (中略)

 自然界の太陽は、この世における霊界の太陽の相応物で、いわば代理人、代用品にしか過ぎない。この世の太陽の源は霊界の太陽なのだ。

 人間の生命の根源は本質的には霊なのだ。そして人間の肉体に住む霊が、自分の中に霊流を吸収することによって、人間は生命を継続することができる。



 このことは、霊界とこの世が協力関係にあることを示している。

 人間界は霊界から見れば霊界では不可能な「将来の霊」の増殖を図る世界だ。また霊界は人間の肉体に住む霊に、霊流を間接的に受け入れさせ、人間の生命の継続をはかる。

 人間は物質界に属する肉体と霊界に属する霊からできている。そして物質界に属する肉体には、肉体自身をはじめ、眼や耳、鼻などの肉体的感覚などがある。だが、これらの働きを本当の一番深い所で支配し、肉体に、生命を与えている存在は、霊界に属し、霊界の太陽の霊流を受けている霊なのだ。

 もし、人間が霊の存在や、その永遠性を本当に確信をもって信じられるように、できていたらどんなことになるか?



 人間は霊と肉体との二つの要素からできているが、もし人間がつねに自分の肉体に住む霊の存在を意識し、その霊に支配されているのを知っていたら、どうなるか?

 自由を何よりも欲する人間は必ず、自分を支配しようとする霊に対抗し、両者の闘争が起きるに違いない。

 だから、人間の中に住む霊は、そのことを全く知らない。彼らには自然界の存在である人間の肉体は見えない。そして、その結果、霊は、人間も自分だと思っている。これは、人間が霊の存在に気付かず、全て自分のものだと思っているのと同じなのだ。

 霊は人間の中に住んでいることに気付かず、全て自分だと思いながら、人間の肉体に生命を与え、その考えや思いを無意識のうちに支配している。ここには、霊界と自然界の二つを一つに合わせた大きな世界の知恵が働いている。

 <引用終了>

 上記の文中で紹介されている、「霊界の太陽」というのは、カタカムナで「宇宙の万物万象の存在(生命)の根源」とされる「カ」あるいは「カム」のことを意味していると思われます。

  ☆  ☆  ☆

 以上がスウェーデンボルグの話の引用だが、ボルグも、シュタイナーも、霊界、あるいはアストラル界は、大体3段階の階層に大別できると述べている。「療法の眞義」の著者モーリス・ドリールも、人間は、物質界の経験を元に、アストラル界に想念を実現化させると述べているから、経験によって、多種多様の世界が、アストラル界に存在することがわかる。

 だから、物質界にいるのか、アストラル界にいるのかの判断は、熟練者でないと難しいという。例えば、睡眠中の夢をみているときに、見ている光景が夢であると気づくのが困難なのと同じである。

 物質界とアストラル界の判別などは、例えば、自分に浮かんだ想念を、自分の脇に流れる川のごとく、自己と切り離して捉える訓練などから、可能になるようだ。思考から自己を分離する訓練は、「療法の眞義」によると、自己治療に役立てることができる。

 自己治療の原理は、病気の元になっている想念を捨て去り、健康な状態のときの想念をつくり、肉体に流し込むことだからである。

 このようなことを老子は、第63章と第2章で述べているが、その紹介は次回に譲る。





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Last updated  2012年10月02日 09時05分23秒
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