シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年10月02日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、オカルトでは、アストラル界と呼ばれる霊界と、この世の物質界の判別の重要性を紹介した。良い想念は、良い結果を生み、悪い想念は、悪い結果を生むが、これは、御釈迦さんが説いた良因良果・悪因悪果のことで、3次元の物質界では、苦痛や病気などとして現れるので、誰でも判別ができるわけだ。

 3次元の物質界では、目に見えない想念が、一時的に固定化した状態で現れるので、誰でも判別できるが、4次元以上のアストラル界などでは、目にみえない想念が、ありのままにそっくりそのまま現れるので、判別できない。

 このことは、例えば、シュレディンガーの猫という有名な思考実験などを考えればわかる。分子世界のミクロの挙動を、日常生活から判断するのは困難でほとんど不可能である。

 目にみえない想念がありのままに現れるのなら、判別できそうに思えるが、判別する基準がなく、客観視できないから、判別ができない。だから、他者からみれば、地獄にみえることでも、本人は判別できないから、そのまま受け取るしかなく、絶えず葛藤が生じては消え、また生じるの繰り返しとなる。

 例えば、単純な喩えとして、一卵性双生児を区別するのが困難なのと同じである。しかし、アストラル界でも通用する感覚器官の心眼を獲得したなら、ほとんど似た顔をしていても、心の違い、魂の能力の違いなどで判別できる。

 多くの人間は、3次元物質世界しか判別できないので、心の安らぎは、自分でしかつくれないのに、他に求める愚かさを犯してしまう。

 そのようなことを老子は第2章と第63章で説いているので、例のごとく、御馴染みのサイトから拝借して紹介する。

  ☆  ☆  ☆

価値観ってエエ加減なもんやねんで

 第二章 天下皆美の美たるを知るも



 醜があるから、美を感じれるし、悪があるから、善を感じれるんや。
 暗闇があるから太陽の光が見えるんや。
 何でも相方がおるから、その違いとかが分かるんや。
 不幸も誰かの幸せと比べるから、自分の不幸せが気になりよる。

 価値観ってそんなモンやで。
 対象物がなかったら判断なんて何んも出来へん。
 上も下も、長も短も、前も後も、良し悪しなんか決められへんのや。

 基準となるモノサシがあるからワタシらはそう感じてるだけや。

 そんなコトを知っている人は、決めつけたり押しつけたりしぃひん。
 判断の空しさを知ってるんで、心のおもむくまま自由に生きているんや。
 ナチュラルな人は いろいろなモノの「活動」を観てもアルガママ自然に受け取ってんねん。

 エライ仕事しても、その仕事にしがみついてるワケちゃう、
 立派な成果を上げても、その成果にアグラかいてるんちゃう。

 何もかも、自分のモノにしぃひんからこそ、自分のものであるんや。
 自分のモンでないモンは、誰も自分から盗んだり出来へんからな。
 まぁ~、世界の全ては誰のモンでもないし世界の全ては私のもんでもあるんや。



 世界のみんなは美しいモノを美しいって思っているが、本当は、それらって汚いモノなのだ。善いモノを善いって判断しているが、本当は、それらって悪いモノなのだ。
 本当、「有」は「無」があるから生まれてくる、「難」は「易」があるから成り立っている、「長」は「短」があるから長さがわかる、「高」は「低」があるから傾斜ができる、「音」は「声」があるからハーモニーが生まれてくる、「前」は「後」があるから順序ができてくる。

 それゆえ、「道」と「ひとつ」になった聖人は自然体でいる。
 世間で言われている価値観、「言葉」や「概念」に惑わされず「自然の真実」ともにいる。
 聖人は、万物が「活動」するのを観ても、偉そうに説明をしない。
 ものを作り出しても、それを自分のものにしない。
 大きな仕事をしても、それに頼りにすることはない。
 大きな成果を上げても、それに胡座(あぐら)をかいて居すわらない。
 だから、それらに執着しないから、それらはどこかには行かない。

読み下し文
 天下皆美の美たるを知るも、斯(こ)れ悪のみ。皆善の善たるを知るも、斯(こ)れ不善のみ。故(まこと)に有と無と相い生じ、難と易と相い成り、長と短と相い形(あら)われ、高と下と相い傾き、音と声と相い和し、前と後と相い随う。是(ここ)を以て聖人は無為の事に処(お)り、不言の教えを行う。萬物焉(ここ)に作(おこ)るも而も辞(ことば)せず、生ずるも而も有とせず、為すも而も恃(たの)まず、功成るも而も居らず。夫れ唯居らず、是を以て去らず。

白 文
 天下皆知美之為美、斯悪已。皆知善之為善、斯不善已。
故有無相生、難易相成、長短相形、高下相傾、音声相和、前後相随。
是以聖人処無為之事、行不言之教。
萬物作焉而不辞、生而不有、功成而弗居。夫唯弗居、是以不去。

英訳文
 Everyone recognizes the beauty as the beauty. But this is an ugly thing. Everyone recognizes the good as the good. But this is a bad thing. Because being and not being, difficult and easy, long and short, high and low, these are relative concepts. Sounds and voices harmonize each other. The front and the back exist each other. So the saint who knows “the way” does not distinguish them and practices teachings that cannot be told. He does not explain all things of the world, does not possess things that he made, does not rely on things that he achieved, and does not stay in his success. All of them follow him because he is never attached to them.

現代語訳
 世の人々は皆美しいものを美しいと感じるが、これは醜い事なのだ。同様に善い事を善いと思うが、これは善くない事なのだ。何故ならば有と無、難しいと易しい、長いと短い、高いと低い、これらは全て相対的な概念で、音と声も互いに調和し、前と後もお互いがあってはじめて存在できるからだ。だから「道」を知った聖人は人為的にこれらを区別せず、言葉にできない教えを実行する。この世の出来事をいちいち説明せず、何かを生み出しても自分の物とせず、何かを成してもそれに頼らず、成功してもそこに留まらない。そうやってこだわりを捨てるからこそ、それらが離れる事は無いのだ。

 Translated by へいはちろう

小さいサインを見つけて

 第六十三章 無為を為し


 何もするな、お節介焼くな、何気ないモンを楽しめ
 誤解しないように言うけど(^^)
 亀のようになれて言うてないねん
 頑張って背伸びするんぢゃぁなくて
 自然に振る舞えってことやからな

 怨み???
 そんな小さいことに自分の大事な時間裂くて、
 何かめっちゃモッタイナイやん。
 怨むこと・・・してまうよなぁ
 でも、怨んで何も手に付かないなんて状態より
 その時間をちゃうことに使いたいやん。
 怨みて感情は否定でけへんけど、
 自分のタメに使う方がエエでぇ

 小さいキッカケを見逃さんで大切にして
 少ないモンでも貴重なモノのように丁寧に扱うんや

 難しいなぁと思うようなコトもコンガラガル前
 大問題になる前のうちに対処すればエエねん
 世の中の出来事はぜんぶ大問題になる前に
 サインが見えるから注意すればエエねん

 まぁ~何でもハイハイてぇ返事してたら
 信用はなくなって、やっかいな出来事に発展するんやから
 ちゃんと考えてハイて言わなあかんで

 なんも難しいことないんや
 エエなぁと思う出来事もアカンと思う出来事も
 小さなサインを大切にして、安請け合いせぇへんかったら
 大したことないんやで
 ホンマそれだけや

読み下し文
 為(な)す無きを為し、事とする無きを事とし、味わい無きを味わう。小なるを大とし、少なきを多しとし、怨みに報いるに徳を以てす。難(かた)きを其(そ)の易(やす)きに図(はか)り、大を其の細(小)に為す。天下の難事は、必ず易きより作(おこ)り、天下の大事は必ず細より作る。是(ここ)を以て聖人は、終(つい)に大を為さず、故に能(よ)く其の大を成す。夫(それ)軽々しく諾(だく)するは必ず信(しん)寡(すく)なく、易しとすることは多く必ず難(かた)きこと多し。是を以て聖人すら猶(なお)之を難しとす。故に終(つい)に難きこと無し。

白 文
 爲無爲、事無事、味無味。大小多少、報怨以徳。図難於其易、爲大於其細。
天下難事、必作負於易、天下大事、必作於細。
是以聖人、終不爲大、故能成其大。夫軽諾必寡信、多易必多難。
是以聖人猶難之、故終無難矣。

英訳文
 Do doing nothing. Live for nothing special. Enjoy tasteless life. Consider small things as big and small quantity as large. Repay a favor to a grudge. Solve a problem before it becomes hard. Solve a trouble before it becomes big. A hard problem often results from an easy problem. A big trouble often results from a small trouble. So the saint who knows “the way” does not do a great thing. He does small things and accomplishes great things. If you undertake problems casually, you will lose your trust. If you regard problems as easy, they will become hard. But the saint considers all problems as hard, and he can solve them easily as a result.

現代語訳
 「特に何もしない」という事をして、「なんでも無い事」を仕事として、「味気の無い生活」を味わう。小さなものを大きく捉え、少ないものを多く感じて、人から受けた怨みには徳をもって報いる。難しい事はそれがまだ簡単なうちによく考え、大きな問題はそれがまだ小さいうちに処理する。この世の難しい事は必ず簡単な事から始まり、大きな問題は必ず小さな事から始まるのだ。だから「道」を知った聖人はわざわざ大事を成そうとはしない、小さな事を積み重ねて大事を成すのだ。安請け合いをしていては信頼など得られないし、安易に考えていると必ず困難な目に合う。しかし聖人は些細な事でも難しい問題として対処するので、結果的に特に難しい事もなく問題を解決できるのだ。

 Translated by へいはちろう

 (そして、「タオの法則」から)

人は交感にあるとき

 不運という不運を遠ざける


 宝くじで大金を得た後に、大不運に見舞われる、というようなことがある。
何かで成功したと同時に凡人は有頂天になる。そうなった瞬間、運気のリズムは反転する。そうさせてしまうのも、人間のエゴの心、自尊心だ!

 ゴルフの世界ではホールインワンをした後は、大きなミスが多くなると言われるようだが、これは心理的な作用を超えた法則だ。現象の世界に陽が生じた時、反転させないコツは、心の世界を陰にする、つまり、とことん謙虚であること、あるいは、いい意味で、ハングリーであることだ。

 自我が強い人ほど、人の上に立てば有頂天になり、異性に出会えばうわつき、財力を得れば自分のために使いたがる。しかし、これも、本質の悦(タオ)へと至った人間なら、そうした幸運に振り回されることがない。世間の見栄や競争のなかで生きる人々にとってのどんな喜びも、彼の悦(タオ)を上回るものではないからだ。

 彼は最上を知るが故に、偽物に心を動かされはしない。常に満たされているが故に、一時の幸運に感情を振り回されることがない。悦(タオ)のなかに生きる人間は、意図しなくても真に謙虚となる。

  ☆  ☆  ☆

 この世の相対的な基準ではなく、あの世の絶対的な基準からみれば、この世の現象を司る背後の遥かに広大すぎて目にみえない繊細で微妙な宇宙の意志を感じ取ることができる。宇宙の意志を感じ取れれば、自分の心(想い)から、快の秘訣を通じて、幸福をつくりだせる! 





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Last updated  2012年10月02日 10時46分39秒
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