シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年10月22日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、ドリールの書のトートの「エメラルドタブレット」について紹介した。非常に興味深いことが書かれているので、前回紹介した例のサイトから抜粋して、続けて要約し紹介する。

 興味深いことは、地球意識よりも、劣った意識が、人類を支配することを目論んでいる、ということである。エメラルドタブレットから、その意識の持ち主たちは「蛇人」と呼ばれているが、蛇人かどうかを見分けるために、ある言葉を話させることが有効だという話だ。

 蛇人について、再度、紹介する。

  ☆  ☆  ☆

 蛇人は、血の犠牲が捧げられると、その血の中の生命力を取り上げ、催眠的幻覚術を自らの周りに発散して、人間の姿をつくりあげる。蛇人は、幻術を用いて、外見は人間の姿をしているが、その真の姿は、蛇の頭を持った男、または女の体をもち、秘密裏に殺した(魂を追い出した)指導者らの形姿をとって、次第に、彼らと彼らを黒魔術により呼びだした者どもとが、その国の支配を引き継いだ。

 悪魔やネガティブ(闇)の霊能力者どもが、人間を支配する1つの方法は、その人間を殺して(魂を追い出して)その肉体に入ることなのである。もしくは、似た姿の人間を血液からつくって、その中に入ることである。

 しかし彼らには発音できない言葉が1つあった。この言葉は、聖師たちにより人間に教えられ、それから公職に就いている者は全て、各太陰月毎に人々の前で、この言葉を発音せねばならない規則になった。もし発音に失敗すると殺された。その言葉とは『キニニゲン』であった。

 人間の姿をとっている蛇人を見破る方法は、『キニニゲン』と発音させる事だ、と述べられている。

  ☆  ☆  ☆



  ☆  ☆  ☆

 暗黒と光とは、単に外見が異なるだけで、1つの本質の両面である。

 人間は如何なる肉体を纏(まと)っていようとも、その魂は、住んでいる星々(地球)の魂と一体である事を知る必要がある。

 肉体は、太陽である魂の周りを廻っている惑星に過ぎない。

 人間の本体は、光の善なる魂であることを知れば、惑わす闇(悪、煩悩)を照らす太陽のような光となり、光の中で成長し、宇宙で輝く存在になる。

 人間の意識を宇宙へと光へと向ける必要がある。光と一体となれる心から出た自由と魂の言葉を話し、高い波動を創造する必要がある。凡てを宇宙と融合させ、光の一部となるように成長させ、世界の秩序・法則の道案内人になる必要がある。

 闇の束縛から解脱し、太陽や魂の光で、空間を認識した時、この宇宙空間は無限ではない事実を知る。この世の凡てのものは、次の次元へのステップとなるべく存在し、物質は波動から成立しているに過ぎなく、常に形を変える「諸行無常」が実体である。

 人間は地球から生まれるが、その本体は、光より生まれた霊なのである。

 だから、人間の本体は光より生まれた霊だと言う知識が無ければ、解脱はできないし、その知識が無い者は闇(悪、煩悩)に取り囲まれ、闇(悪、煩悩)に魂を束縛される。従って、自分の内を見つめ、探求する者だけが解脱できる可能性がある。 

 闇(悪、煩悩)と光(善、真我)は見た目が異なるだけで表裏一体に過ぎない。

 なぜなら、それらは宇宙の根源(創造主)から生まれたものだからである。闇(悪、煩悩)は宇宙の摂理に反しているが、光(善、真我)は宇宙の摂理に適っている。闇(悪、煩悩)であっても光(善、真我)に照らされると光に変わり得るのは、闇は元々は光でもあるからである。



 人間の肉体には2つのチャンネル(陰陽)があり、それは循環運動をなす血液と神経経路を伝わる電磁気から生じ、この2つのチャンネルを統合させる働きを持つアカシャというものがある。アカシャとはヨガで言うところのチャクラ、もしくは気功で言うところの経絡・ツボらしいとのことである。

 これら三者(血液、電磁気、アカシャ)は、お互いに同調し助け合いながら肉体と生命の維持に影響を及ぼし、精妙なるエーテル(宇宙エネルギー)が肉体に流れる重要な構造を形作り、肉体的生命の秘密は、これら三者(血液、電磁気、アカシャ)の支配にある。

 聖者が悟りに達し解脱を果たした時、自らの意志によって肉体を棄てる事が叶い、秘儀参入を果たせる。

 人間は各惑星が持っている固有の波動(地球では3次元の物質的な波動)にて取り囲まれ、その次元からは決して出る事ができないように束縛されている。よって地球人は、3次元の波動である時間と空間に束縛された奴隷も同然なのである。

 その次元から解脱(脱出)する鍵は、自分自身の内にのみ存在し、その鍵が見つかれば次元の束縛から解放されて自由になれる。それが秘儀参入を果たす、と言うことである。



 このようにトートがエメラルドタブレットのなかで述べていることは、老子が説くことと非常に一致している。シュタイナーは、老子は、古代アトランティス時代の叡智の名残のようなものと述べているが、トート=老子と考えてもよいと思われる。

 さて、このようなことは、老子の第48章に端的に説かれているので、例のごとく、某サイトから抜粋し紹介する。

  ☆  ☆  ☆

第四十八章 学を為せば日々に益し、道を為せば日々に損す

原文
 爲學日益、爲道日損。損之又損、以至於無爲。無爲而無不爲。取天下常以無事。及其有事、不足以取天下。

書き下し文
 学を為(な)せば日々に益(ま)し、道を為せば日々に損(そん)す。これを損して又(ま)た損し、以(も)って無為(むい)に至る。無為にして為さざるは無し。天下を取るは、常に無事を以ってす。その事有るに及びては、以って天下を取るに足らず。

英訳文
 The more you learn, the more you get knowledge. The more you acquire “the way”, the more you lose your knowledge. Losing your knowledge again and again, you can reach the stage of “doing nothing”. You can do everything if you never do anything unnecessary. You even can get the world if you never do anything unnecessary. If you do something unnecessary to control the world as you like, you can never get it.

現代語訳
 学問を修めると日に日に知識が増えるが、「道」を修めると日に日に知識が失われていく。知識を減らした上にまた減らし、そうして無為の境地へと至るのだ。無為であれば出来ない事などありはしない。世界を支配するには、ありのままにまかせて余計な事はしない事だ。自分の思い通りにしようとして余計な事をすれば、世界を支配する事など出来はしない。

 Translated by へいはちろう

 (続いて、タオの法則より)



 得るべきを得る


 新たな生長を前にした木々が、葉を落として、それに備えるように、人生の流動も、本来は、手放すことや、捧げることから始まる。そして必ずその分だけ、新たな何かを手に入れる。

 ところが、エゴの心は所有にばかり意識を向かわせ、得るべきを得られなくしている。

 何かの実現を控えた未来が近づいたと感じたら、手放せる限りを手放して、それに備える。忙しさで自分をなくしていると心がささやいたら、思い切って今の仕事を手放す。

 部屋の中も、ガラクタは流れを損なう。空間の少ない部屋は血管が詰まった体のようなもの。使わなくなったものを捨てれば捨てるほど空間は生命力を取り戻し、エネルギーは流動する。

 過去に得た知識や情報も、実現すべきを阻んでいる障害であることが多い。
器にきれいな器を入れようと思えば、まず古い水を捨てなければならない。我の強い人ほど、それを悲痛に感じるものだ。それでも、器を空にしなければきれいな水にはできない。

 タオの領域は、無所有の領域だ。

 だから、人間も、何もない無の心となる時、存在の奇跡がわかり、尊さがわかり、ありがたさがわかる。それだけで、私たちはタオの至福に乗るのである。

  ☆  ☆  ☆

 押して駄目なら、引いてみろ。溜めたものは捨てなければいけない。金銭だって、有効に使うことで、益々増えるわけだ! 全ては使い方次第である。 





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Last updated  2012年10月22日 15時11分19秒
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