シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年05月08日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 先日、「深い話」というタイトルの番組で、オカルト特集をやっていたのをみたが、どれもこれもネットでは全く当たり前の話だったので拍子抜けしてしまった。所詮マスゴミである。ぜんぜん深くないから、「浅い話」にすべきだ!

 とくに西郷の風貌について、有名な「フルベッキ写真」がでていたが、フルベッキが撮ったような紹介をしていたが、フルベッキが写っているのに、フルベッキが撮れるわけがなく、上野彦馬が長崎で撮ったものといわれている。

フルベッキ写真
1352540542.jpg

 この写真、鹿島昇説によれば、徳川慶喜が、上野彦馬に撮らせたものだという。この写真が表に出て拙いのは、明治天皇替玉説と関係し、その証拠といわれているからである。

 フルベッキの左下の少年が明治天皇といわれている。

 フルベッキ写真のなかで似ている人物を記した写真。
furubekki-2ab47.png

 以前、このブログでも紹介したが、西郷の写真は、もう1枚ある。それは王政復古の写真であり、以下のものである。

img20120701001226320.jpg

 八切氏によれば、西郷の写真がほとんど残っていないのは、「花の西郷隆盛」という書に『己の写真や肖像画の一切も焼きすてて、「サツマの為に」とハヤトとして出陣した。西郷軍政下に薩摩国は、独立した。』とあるように、西郷が、薩摩国を独立させるためであったという。

 また、同書に『熊本城攻撃に敗れ田原坂で戦い三万の若者をなくし城山へ戻っても、まだ西郷隆盛は、「革命は最後まで死力つくすべきでごわす」と花々しく陣頭にたっていた。通俗史では、「東方に向かい頭を下げ切腹した」とする。実際は最後まで薩摩を守ろうと地元優先。桐野利秋、村田新八が倒れた後、腹と股を撃たれ別所晋介に肩をかり戦い、討死したのである。』とある。

花の西郷隆盛
http://www2.odn.ne.jp/~caj52560/saigou.htm

 結局、薩摩は、長州にしてやられ、賊国の汚名を着せられたので、薩摩の生き残りが、薩摩を盛り立てるために、残っていた西郷の肖像を焼き、英雄像(偶像)をつくりあげたようである。そして、メーソン=長州に危険視された大久保も口封じのために消されたようである。

 西郷は、本当の部落解放を行なおうとしたようで、長州が朝廷に成り代わり、身分制度を保ちたかった連中から嫌われたようである。 





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Last updated  2013年05月08日 16時58分07秒
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