シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年05月10日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 日本の現在の習慣が江戸時代とほとんど変わらないこと、特に島国根性と呼ばれる奴隷意識が、八切史観による歴史解釈から現代の不可思議な因習のなかに伺えるが、その流れで、「日本が世界一貧しい国である件について」という本を読んだ。

 この本の内容を一言でいうなら、日本人(日本社会で生活する人)は異なる価値観を認める許容力に乏しく、不自由な生活に不満をもっているが、耐えるのを好む傾向にある、というように解釈できる。

 特に、海外と比較して、不平不満がありながら、自分でそれを解決する能力に乏しい、と書かれている。自分の問題なのに、自分はそれに対して何をするということもなく、「なんとかなるだろう」というの期待感が大方の日本人の真意を代弁しているという。困ったときの神頼みだが、日頃から神様に感謝している人は一体どれくらいいるのだろうか?

 この本は海外からみた日本を的確に表現しているようにみえるが、日本人(日本国籍をもつ人)を単一民族として捉えている点については多少誤った認識がある。だから、海外では通用しない日本独特の不可思議な思い込みや慣習とされていることの源流までは追求できていない。

 だが、この本に書かれているような、例えば、日本人ほど、政府や公的機関を信じきっている国民もいない、というのは本当に思うし、だからこそ、教育は官僚養成機関化しているともいえる。

 この本の著者によると、著者に、日本での生活について不満不平をぶつける日本人は沢山いるのだが、著者が、解決法を提案すると、その解決法に今度はあれこれ理由づけして、不満不平を述べるというから、もう精神が腐敗し、官僚の如くといえる。

 つまり、国民を官僚化させる元凶が、日本の教育システムにあることは疑いの余地がない。総じて、日本人は、自分の問題を自分で解決しようとする意志に欠け、専門家に丸投げする傾向にある。なんでも与えられないとできないような未熟な精神の持ち主と、この本の著者も看破している。

 この本では、更に日本ではいまグローバル化が叫ばれているが、叫べば叫ぶほど、海外からみれば、実は、益々ガラパゴス化、いわゆるローカル(局所)化しているのが日本の現状であるという。

 例えば、グローバル化のキーワードとして国際語としての英語教育が取りざたされているが、日本人の話す英語が映画スターウォーズの悪役に使われるぐらいの偏狭さをもつほど非常に意味蒙昧なことは、枚挙に暇がない。



 一例を挙げれば、戸籍に必ず本籍地を明記するのは、寺院が農奴を管理してきた名残であることなどである(農奴以外の貴族やサンカには戸籍がない)。葬式にカネがかかるのも日本独特の腐敗仏教のせいであることは以前紹介した。また例えば、その弊害は、冠婚葬祭時の礼を逸したファッションセンスのなさに端的に現われている。 

 最近はそうでもないらしいが、日本人のファッションはとかく個性がないとみられているが、その劣等感が、セレブ好き(追っかけ)、海外ブランド志向に走らせるのだろう。

 何事にも秩序があり、ファッションにも暗黙糧にルールがあるのは勿論だが、大多数が行なえば、ルールを破ってもよい、と思っているところがある。赤信号皆で渡れば怖くないというわけである。

 だから、大多数に属することが日本に住む重要なファクターとなっているようで、これがファッションセンスのなさに顕著に現われてくる。

 ファッションは相手に与える印象に左右されるから、自分がどう見られるかの客観視が非常に重要となるが、日本では多数派に属する意見が権威として尊重されるので、個性をどう表現するかよりも、なるべく目立たない没個性を求めることになり、いかに多数派に属するかを表現し、人間性を追及するというよりも、結局、組織の歯車になる、というような没個性に陥る。

 そのような自己矛盾に陥らないために、日本ではユニフォームが定着化し、権力者が服装にまで干渉してきた。実は、これは支配者にとっては管理するのに全く都合がよい。

 だから、日本では大多数に属していても、海外では少数派ということがほとんどで、特にファッションは日々移り変わるのと、個性化を基点にしているので、大多数に属する、というのは結局、日本人自らが、日本人を特殊な環境に疎外し、集団化させることになる。だから、日本人は海外に出ると群れるといわれる。

 結局、この大多数に属したいという意識は、ファッションでは没個性を生み出す。例えば、日本人の葬式は、一律黒服黒ネクタイとなるので、欧米では怪しいヤクザの集団にみられるようである。

 やはり、日本人の没個性故の集団帰属性の元凶を、八切史観により日本の歴史から考察すれば、唐からの律令制度にあることは、現在の官僚をみれば一目瞭然といえる。大陸から進取の思想を取り込んで差別化を図ることが、古来から行なわれてきた。そのことは、いまのグローバルという名の下の官僚支配からも明らかである。

 しかし、日本から一歩外に出れば、もはや日本の価値観は通用しないのが現実なのに、通用させたいので、海外でも同じ日本人を求め、集団化してしまうのだろう。

 しかし集団化とはいっても、日本人は単一民族ではないので、日本人という言い方は適切ではなく、少なくとも大陸からの支配者の末裔系と、古くから住み、殖民支配された原住民の末裔系に大別できる。



 大陸系は、官僚的意識が強く(お高くとまっている)、原住民系は、被害者意識が強い(小市民的)といえる。この流れがA層、B層とも呼ばれる洗脳構造を生んでいる。  





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Last updated  2013年05月10日 17時10分56秒
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Re:ネット情報の活用法 その256(05/10)  
忠武飛龍  さん
律令っていうわりには、中国よりも「法治国家」でもない。

なにか呆れるというか。

再見! (2013年05月10日 17時11分32秒)

Re[1]:ネット情報の活用法 その256(05/10)  
5dolphin  さん
どうも忠武飛龍さま
 中国との違いは、中国の庶民は中国政府を全く信用していませんが、日本人は洗脳されているためか、日本政府を信用しきっているところです。 (2013年05月10日 17時15分13秒)

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