シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年06月28日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 オカルトでは、「必要な師は、本当に必要なときに現われる」といわれている。また、「絶望の淵に神が現われる」という格言もある。

 つまり、神様が必要に思うとき、人は得てして、苦しいときに神頼みをするが、そういうときは、神からみれば、実は自力で解決すべき問題であることがわかる。そういうときに現われるのは神ではなく、悪魔であることが多い、ということなのだろう。

 振り込め詐欺などのマッチポンプのやり方をみれば、このことがよくわかる。人は苦しいときには、より安楽の(安易な)方向を選択するという習性を用いたものである。

 魂を堕落させる、この悪魔の法則を用いて、仏教などは金儲けをしてきた。特に新興宗教などは、勧誘に金銭などを与え、金銭中毒にして、金銭がないと何もできない不自由な身にしておいて、悪辣な商売に就かせ、次第にその何倍もの金銭を巻き上げ、死ぬまで、また死んでからも墓を作らせて、回収するように仕向けていく、だから、日本に住む魂を堕落させた多くは、仏教のせいでもある。

 大体、釈尊が墓をつくれなどといったのか? はなはな疑問だが??

 禅の教えには、釈迦に会えば、釈迦を殺せというものがあるが、その教えが全く生かされてないのだから、ましてや禅宗の寺も賽銭を集う商売をしているわけだから、師に泥を塗っているわけで、呆れてしまう。

 人の弱みに付け込む商売ほど碌なものはない。

 人は生きるために、多くの自然破壊と、殺生をやらずにはいられないから、死んでからは、肉体ぐらいは自然に返すべきだろう。

 霊魂が離れた肉体は単なる物質であることを理解していれば、古代エジプトのように、輪廻転生のためにミイラをつくり、先人の叡智を受け継がせるのならまだしも、墓など故人を偲ぶ機会をつくる以外は何の意味があるのだろうか?



 このような曲解が巷に溢れてるから、末法の世といわれるわけだ。

 さて、では、どのようなときに、本当の師が現われるのかを、あるサイトから抜粋紹介することで、少し明らかにしてみたい。

 ☆  ☆  ☆

生と死を超えた概念に不思議な転機が訪れる
http://m-ken.blog.eonet.jp/weblog/2011/10/post-f69a.html

生と死を超えた概念に答えがある。

 以前にも何度か書きましたが、UFOに搭乗した軌跡のりんごの木村秋則さんと、高橋稔さんには共通する点がある。

 (略)

 これらの不可思議な共通点は生と死を超越した概念に、彼らの関与があったと言う事実だ!!

 これは、先般も書いた「光は自分の内に放て」イルミナティのキリストにも言えることだ。



 (略)

 それは追い詰められて自殺をしようとした時に、人生の転機が訪れたと言うことだ。

 木村秋則さんが、不可能と言われた完全無農薬栽培でりんご生産した。
 http://blogs.yahoo.co.jp/yuuhinooka2/23811925.htmlより

 ●●●●●●●●●●以下転記はじめ●●●●●●●●●●



 そして、“この木で首を吊ろう”と綱を投げたが届かず、その綱を拾う為しゃがみ込んだ所にリンゴの木があった。

 草がボウボウとしているにも拘わらず、「何故このリンゴの木は元気が良いのだ?」

 木村さんは、「オヤッ、待てよ!」

 「このリンゴの木は農薬を使っていないのに、虫もついていない・・?

 病気にならず元気が良い・・?

 土もフカフカしている・・?

 何故だ?・・そうだ、これだ☆!」

 木村さんはもう自殺を忘れ、転げ落ちるように山を駆け下りた。

 その日から、木村さんの土作りが始まった。

 無農薬・無肥料は当然であるが、雑草も刈らずに伸び放題にした。

 やがて、色々の植物が芽を出し、生茂るようになった。

 すると、植物多様性が次第に進み、虫の種類も増え、一つの害虫に偏って大発生することも無くなった。

 その年、木村さんの広いリンゴ畑の一本の木に7つの花が咲き、二つの小さなリンゴが実った。実に8年目の出来事であった。

 そして9年目、驚く事にリンゴ畑一面に真っ白な花が咲いた。

 この時の感想を、木村さんは「友人からお前の畑一面に花が咲いているぞ・・と言われ、初めは信じられず、小屋の片隅から恐る恐る覗いた・・目の前に広がる光景に、足がすくんで、身動きできず、涙が止まらなかった」と語っている。

 雑草の生茂る中で生まれた「奇跡のリンゴ」は、完全無農薬の自然栽培で生まれた軌跡のリンゴである。

 ●●●●●●●●●●以上転記おわり●●●●●●●●●●

 そして、UFOに吸い上げれたと証言する四国の高橋稔さんも同じようにUFOに吸い上げれた体験を家族や友人や職場の方に話していた。しかし家族から精神病院に強制入院させら仕事をやめさせれ購入したばかりの持ち家の返済も出来ず路頭に迷い自殺をしょうとした時に、自宅にあった石に不思議な模様が浮き上がった。

 その不思議な現象で「直感」で何かを感じた高橋さんは、取り付かれたように絵を描くようになる。そしてご本人の好きなビールを使い絵の具を溶き普通では表現できない色合いや光沢やビールの発砲による立体感のある絵を描き美術界で数々の賞を受賞して岡本画伯のように海外で認められるようになった。

 ☆  ☆  ☆

 以上に抜粋した話を全て信じることはできないが、求めようとしても得られないことは、その極意を表現しているようにみえる。

 マーフィの法則だったか、「みつけようとするほど、みつからない」ということをよく経験するだろうが、見つけ方の問題もあるだろうが、みつけようとする欲望そのものが問題であることを指摘しているように思える。

 しかし、見つけようとしない限りは、みつからないのも、事実である。

 つまり、師に教えを乞うのなら、その教えに、自身が相応しいかどうかは、師が決めることなのである。

 師の教えを受けるのなら、「光は自分の内に放て」ということなのだろう。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2013年06月28日 15時43分13秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: