シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年07月17日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回からの続き

 ☆  ☆  ☆

 そして彼ら(イエズス会)の目標は何か?

 イエズス会の目的は、中国の征服以下のものではあり得ない。そしてイエズス会の神父たちは、日本の支配者の車に乗って北京に入城する希望をずっと以前から抱いていた。

 イエズスの上層部は、「ユダヤ人が指導している陰謀である」と描かれることにきわめて満足している。真の黒幕が誰なのかを分からなくしているからだ。ババリアのイルミナティの創設者アダム・ワイスハウプトだけでなく、イエズス会もその組織を教育し、支配していたし、スターリンも、多くのナチの主要メンバーもそうであった。ナチのダンチヒ政府を率いていたヘルマン・ラウシュニングが、ヒトラーが次のように語ったと、1939年に打ち明けている。

 「(ヒトラー)イエズス会からは多くのことを学びました。現在までに、カトリック教会の聖職位階制組織ほど壮大な組織は地球上には存在していない。私は、この組織から多くのものを、私自身の『ナチ』党に注入した。私の『Burgs of the Order』では、将来世界を震撼させる若者を一人育て上げるつもりだ……」

 ドイツ防諜組織の長官であったワルター・シェレンベルクも、次のように、ヒトラーが語ったと言っている・

 ヒムラーはイエズス会の理念にしたがってS.S組織を作り上げた。Ignatius of Loyola(ロヨラ)が定めた規約と精神修養をヒムラーは正確にコピーしようとしていた。ヒムラーの肩書きであるS.Sのsupreme chief(最高指導者:別の用語があるように思う)は、Jesuit General(イエズス・ゼネラル)と同等のものであった。そして、組織の全体構造と命令系統は、カトリック教会の位階制のイミテーションに近いものであった。

 ヒトラーもヒムラーもイエズスで訓練されたゲッペルスも、また、ほかの主要なナチス党員も、みな、カトリックであった。このことが、ナチスドイツとバチカンの間で連携共同関係が深かったことの理由であり、第二次大戦後何十年もの間にわたって、何度となく暴露されていることである。



 (徳川将軍の切支丹禁止令の結果として)イエズス会は、日本からその後250年間追放された。そしてその措置が日本民族に対して、技芸と、反映と、平和とをもたらした。

 将軍は彼の家紋も、日本の国家民族も、そのことのために手ひどい仕返しをされるであろうとは、ほとんど予知することが出来なかった!

 常時謀略が企てられ、永遠に報復が仕掛けられる。1854年、イエズス会はペリー准将の率いるアメリカ艦隊を使って日本を開国させた。その古き敵に対して復讐するために、イエズス会は外国勢力を使って、1868年の革命を作り出した。徳川将軍は“権力を不法に簒奪した者”という悪名を付けられ、辞職するように強制され、徳川将軍家は15代で終焉した。

 将軍家を追放した後、イエズス会は、天皇崇拝を復活させ、東京に、イエズス会の将棋の駒たる明治天皇を頂点とする中央集権国家を樹立した。

 1873年、キリスト教禁止令が撤廃されるや、イエズス会は公式に日本への入国を許可された!1874年、イエズス会宿命の敵たる仏教は、正式にその特権を剥奪され、天皇はもはや、長年の国教であった仏教を保護することをやめた。

 この新しい絶対権力をもって、1945年までその“教会の日本刀”を行使する。彼らは天皇の軍隊をもって、イエズス会の二つの旧敵、すなわち中国(1895年)、ロシア(1905年)に対する戦争を起こさせた。北京の満州王朝は1700年代にイエズス会を追放し、モスクワのロマノフ王朝の皇帝は1820年に同じことをしたではないか。

 1941年、日本人が報復を受けるべき時が来た。ローマのイエズス会は総長の監督下で、東京のロヨラの息子たち(イエズス会の兵士たち)は、米国と日本の間の戦争を作り出す。フリーメーソン、シュライナー位階によるルーズベルト大統領が完全に承知している状況の中で、真珠湾は東条の日本艦隊によって爆撃される。そして、それは全米国民に惨劇の嵐を巻き起こす。(米国)議会は、この謀略にうまうまと嵌められて、対日宣戦布告を議決する。

 天皇は、彼の絶対君主制を失った。太古からの文化を保有する日本は破壊され、日本人は国家的敗北の結果、未曾有の屈辱を受けた。そしてそれからイエズス会は、日本をハワイのように彼らのアメリカ帝国に併合し、その保護と繁栄が完璧にワシントンDCに従属する如き、社会主義的商業的植民地を造り出した。

 親愛なる真実の探求者の皆さん。これこそまさに1868年から1990年に至る時期に生じたことである。イエズス会は、明治天皇と彼の孫、昭和天皇を通じて日本の軍隊を思いのままに動かし、1911年満州王朝(清帝国)を廃絶せしめ、第二次世界大戦中、1945年まで『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』に述べられている如くに、中国人民を掠奪暴行し、大量に虐殺した。それから1949年には、イエズス会は、彼らの支配する英国、アメリカ、ロシア帝国をして、中国の大異端審問官毛沢東を権力の座に就けた。

 そして彼はイエズス会の指令にもとづき、“共産主義”の名の下に、彼自身の国の人民を五千万人、虐殺した。冷たい戦争の勝利者となったイエズス会総長は、極東の絶対権力者の地位に就き、厖大な兵力を有する中国軍という強力な、新しい“教会の剣”を彼の手に持って登場した!

 イエズス会総長の手の中に在るこの軍隊(中国軍)は、いずれの日か、(ローマ)法王の所有するアメリカ帝国によって先進技術を供与され、十二分な食糧支援を与えられて、日本、韓国(および北朝鮮)、台湾、マレーシア、武装解除されたオーストラリアを併合するであろう。

http://sfu9xi.sa.yona.la/529

 バチカンは、ローマ・カトリック教会と東方典礼のカトリック教会の中心地で、いわばカトリックの「総本山」です。

 バチカンの統治者はローマ教皇であり、ローマ教皇庁によって統治されています。

 バチカン市国の面積は0.44平方kmと、ほぼ東京ディズニーランドと同じくらいの世界最小国ですが、中国にも匹敵する10億人以上の信徒を全世界に有している一大勢力であり、また、信徒の中には国家元首クラスがたくさんいるので、その情報力および外交力そして影響力は世界でもトップクラスなのです。

 『アメリカ ネオコン政権 最期の強敵 バチカン』によれば、そのようなバチカンの重要性を最も認識していたのは昭和天皇であり、太平洋戦争勃発のおよそ二ヶ月前に、当時の木戸幸一内大臣に「今度の戦争は避けられそうにないが、いよいよ戦争になった時は、どのように和平工作を進めるのか、今から考えておくように…。そのためにはバチカンと国交を結んでおくことは必要なことなので、すみやかにその手配をするように」と密命を与えたということです。

 昭和天皇が誰よりも国際情勢に精通していたことをうかがい知ることができるエピソードではないでしょうか。



 ※イエズス会については『キリスト教は植民地支配の先兵だった』もご参照ください。

 以下は『天皇のロザリオ』(鬼塚英昭著)から引用です。

 イギリスの歴史家ジョージ・サムソン卿は『日本-文化小史』の中で、あるスペイン船長の話を書いている。日本との取引交渉に難渋するスペイン船長に、日本人が「スペイン国王はどうしてこれだけの領土を支配できたのか」と質問した。その船長は「簡単なことだ。原住民を改宗させるために宣教師を送り込む。改宗者が十分そろったところで軍隊を送り、改宗者が現地政権に反抗するようにしむける。そしてスペインが占領するのだ」と答えた。

 ☆  ☆  ☆

 字数制限を越えるので次回に譲る。





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Last updated  2013年07月18日 14時07分17秒
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