シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年07月17日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回からの続き

 ☆  ☆  ☆

 1549年にキリスト教を伝えるため来日したイエズス会宣教師フランシスコ・ザヴィエルの隠れた使命も、日本の占領にあったのでしょうか?

 小岸昭(京都大学教授)の『十字架とダビデの星』の中に、ザヴィエルが描かれている。

 「旧キリスト教徒の高位聖職者たちは、マラーノを正しい信仰に背いた「呪われた者」としてマラーノ憎悪を煽り立てていた。大航海と植民の拡大政策による国家の経済的発展とともに、いちじるしく力をつけてきた信仰中間層を封じ込め、かつカトリック王国を宗教的に浄化する必要を痛感していたジョアン三世は、1536年、ついに異端審問所を開設するに至った。この時、火炙りの刑に震え戦(おのの)いた改宗ユダヤ人のなかに、祖国を脱出し、新天地たる黄金のゴアに向かう者が少なくなかったのである。」

 小岸はマラーノについて、「追放か洗礼かを迫る十五世紀末の『ユダヤ教徒追放令』により、キリスト教に改宗したイベリア半島のユダヤ人たち、表面上には〈十字架〉に帰依するように見せかけながらも、心の奥底で密かに〈ダビデの星〉を信じ続けた彼らは、異端審問所の執拗な追及に怯え、『マラーノ』(豚)と蔑まれながらやがて世界中に離散していく。ヨーロッパはもとより、ブラジル、インドへ…」と書いている。

 ザヴィエルは、ポルトガル系のユダヤ人のマラーノである。ポルトガル系ユダヤ人は香辛料や金銀を求めて、世界的な貿易に乗り出していた。マラーノのザヴィエルは、イエズス会の会員にして貿易商人でもあった。

 <中略>

 『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』から彼の信仰と思想を見ることにしよう。



 それでは「書簡第九」を見てみよう。ザヴィエルが商人であることを知ることができる。

 「それで神父を乗せて来る船は胡椒をあまり積み込まないで、多くても80バレルまでにしなさい。なぜなら、前に述べたように、堺の港に、ついた時、持ってきたのが少なければ、日本でたいへんよく売れ、うんと金儲けができるからです。」

 堺は十六世紀中葉、日本の商業の中心地であった。ザヴィエルは1551年、堺に三万クロサド以上の財産がある商人たちは1000人以上いると推定した。80バレルの胡椒は、インドで976クルサドの価であったが、日本に来ると三倍になった。

 <中略>

 「書簡第九十四」は、ヴァスコ・ダ・ガマの子のペトロ・ダ・シルヴァに宛てた手紙である。その手紙は次の文で終わる。

 「もし、閣下が私を信頼してくださって、この地方に送る商品の管理を私にご一任くださるなら、私は「一」から「百」以上に増やすと断言します。」

 こうしてみるとザヴィエルはポルトガルの経済戦略の先兵隊員ではあったようです。

 そして、このザヴィエルが貿易の目玉としたのは、火薬の原料となる“硝石”でした。

 「徳富蘇峰の『近世日本国民史』の初版に、秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。(二版では憲兵命令で削られた)

 「キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいぱかりに女たちを南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし。」

 <中略>



 「行く先々で日本女性がどこまでいってもたくさん目につく。ヨーロッパ各地で50万という。肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない。

 鉄の伽をはめられ、同国人をかかる遠い地に売り払う徒への憤りも、もともとなれど、白人文明でありながら、何故同じ人間を奴隷にいたす。ポルトガル人の教会や師父が硝石(火薬の原料)と交換し、インドやアフリカまで売っている。」(山田盟子『ウサギたちが渡った断魂橋』)

 キリシタン大名は、火薬一樽で50人を奴隷として差し出したとのことです。

 また、キリシタン大名は、硝石欲しさに仏像や寺社の破壊も行ないました。

 イエズス会のバテレンのルイス・フロイスの『日本史』の記述を読むと、大友宗麟の姿が見えてくる。この『日本史』は、1583年の秋からフロイスが編集した日本におけるイエズス会の布教の歴史である。



 信長が仏寺破壊を行なって、フロイスは祝意を表明している。バテレンは宗麟にも仏像・寺社破壊を奨励した。宗麟は1561年に宇佐八幡宮を焼いたのをはじめ、領内の仏像・寺社破壊をなした。1581年10月8日に、豊前彦山の三千坊といわれる坊舎を焼いた。宗麟はヴァリニャーノに「このたびの勝利が、デウスの御業と司祭たちへの祈りの賜である」と伝えた。その報酬として、イエズス会は宗麟の武器援助の要請に応じた。

 さて、次に鹿島の『昭和天皇の謎』の中の一文を紹介する。

 「ポルトガルとオランダが諸大名に火薬を売りつけたために日本は戦国時代になった。信長のキリシタン擁護が腰砕けになったため、宣教師は明智光秀に新式火薬を渡して、信長殺しに成功するが、そのうち秀吉の鎖国政策を嫌った宣教師たちは朝鮮征伐には火薬を供給せず、そのために秀吉の外征は失敗に終わる。しかし、このとき国内にいて火薬を温存させた徳川がのちに政権をとることができた。家康は火薬の流入が日本に戦乱を引き起こしたことを十分承知しており、鎖国の狙いはキリシタン禁制そのものでなく、火薬流入の禁止であった。」

鹿島 は、明智光秀が織田信長を殺したとしていますが、 八切止夫 はイエズス会が火薬で信長を吹っ飛ばしたとしています。

 ☆八切止夫作品集は下記で読むことができます。
http://rekishi.info/library/yagiri/

 何故、神の使者であるはずの彼らが、このような残虐行為をおこなえるのでしょう?

 その答えは、次の逸話の中に集約させているように思います。

 大航海時代の一時期、航海者たちはローマ法王に「異教徒は人間なのか」と問い合わせ続けた。法王の答えは一定していた。

 「殺すなかれという戒律はキリスト教徒だけに適用する」

 実に恐ろしきは“一神教”の偏狭さ也、ですね。

 (つづく)

 *:イエズス会は、カトリックとしては二番目に大きな修道会。2万人の会員が112カ国で活動しています。

 ちなみに、一番大きな修道会は『ダ・ヴィンチ・コード』で有名となったオプス・デイです。

豊臣秀吉を激怒させた南蛮人の日本人奴隷貿易
http://ameblo.jp/yukikaze99j/entry-10070140628.html

 豊臣秀吉が1587年に宣教師追放令を出したのは、いくつかの理由があります。その理由は、スペインが日本の植民地化を狙っていたこと、キリシタン大名が自分の領地の神社や寺を根こそぎ破壊したこと,ポルトガル商人が日本人を奴隷として輸出していたことが挙げられます。

1.宣教師ら手紙に残された中国植民地化計画
 スペインが、日本や中国を植民地にすることを狙っていたのは当時の記録から窺い知ることが出来ます。(1)~(3)は、いずれも高瀬(1977)からの抜粋です。

(1)宣教師アレッサンドロ・ヴァリニャーノが1582年12月14日付けでフィリピン総督へ宛てた手紙の抜粋[p83]

 「私は閣下に対し、霊魂の改宗に関しては、日本布教は、神の教会の中で最も重要な事業のひとつである旨、断言することができる。何故なら、国民は非常に高貴且つ有能にして、理性によく従うからである。

 尤も、日本は何らかの征服事業を企てる対象としては不向きである。何故なら、日本は、私がこれまで見てきた中で、最も国土が不毛且つ貧しい故に、求めるべきものは何もなく、また国民は非常に勇敢で、しかも絶えず軍事訓練を積んでいるので、征服が可能な国土ではないからである。

 しかしながら、シナにおいて陛下が行いたいと思っていることのために、日本は時とともに、非常に益することになるだろう。それ故日本の地を極めて重視する必要がある。」

(2)イエズス会日本布教長フランシスコ・カブラルが1584年にスペイン国王へ宛てた手紙の抜粋[p95]

 私の考えでは、この政府事業(明の植民地化)を行うのに、最初は7千乃至8千、多くても1万人の軍勢と適当な規模の艦隊で十分であろう。・・・日本に駐在しているイエズス会のパードレ(神父)達が容易に2~3千人の日本人キリスト教徒を送ることができるだろう。彼等は打ち続く戦争に従軍しているので、陸、海の戦闘に大変勇敢な兵隊であり、月に1エスクード半または2エスクードの給料で、としてこの征服事業に馳せ参じ、陛下にご奉公するであろう。

(3)日本に15年滞在したペドロ・デ・ラ・クルスが1599年2月25日付けでイエズス会総会長へ出した手紙の抜粋[p147-150]

日本人は海軍力が弱く、兵器が不足している。そこでもしも国王陛下が決意されるなら、わが軍は大挙してこの国を襲うことが出来よう。この地は島国なので、主としてその内の一島、即ち九州又は四国を包囲することは容易であろう。そして敵対する者に対して海上を制して行動の自由を奪い、さらに塩田その他日本人の生存を不可能にするようなものを奪うことも出来るであろう。 ・・・

 このような軍隊を送る以前に、誰かキリスト教の領主と協定を結び、その領海内の港を艦隊の基地に使用出来るようにする。このためには、 天草島、即ち志岐 が非常に適している。なぜならその島は小さく、軽快な船でそこを取り囲んで守るのが容易であり、また艦隊の航海にとって格好な位置にある。・・・

 (日本国内に防備を固めたスペイン人の都市を建設することの利点について)日本人は、教俗(教会と政治と)共にキリスト教的な統治を経験することになる。・・・多くの日本の貴人はスペイン人と生活を共にし、子弟をスペイン人の間で育てることになるだろう。・・・

 スペイン人はその征服事業、殊に機会あり次第敢行すべきシナ征服のために、非常にそれに向いた兵隊を安価に日本から調達することが出来る。

 ☆  ☆  ☆

 俗にいわれる島原の乱は、八切氏によれば、隠れキリシタンの反乱ではなく、幕府転覆を狙った革命だったようである。かつて天草島には幕府の硝石保管庫があったとされるから、上の手紙は、当時の幕府を震撼させるものだろう。

 だから、幕府は、島原の乱を徹底的に鎮圧し、キリスト教を禁止し、イエズス会の行動を拘束し、貿易だけを独占した。そのために金や人身売買が使われたのは予想できる。当時、金は銀よりも価値がなく、金閣寺が金メッキできたのに、銀閣寺は銀メッキできなかったのもそのせいであるという。

 日本で価値のない金が、欧米にわたり、バチカンを介して、イエスズ会の悪魔のような守銭奴行為により、金の価値が高まったとみれば、世界の歴史がわかってくる。バチカンと皇室はイエズス会を通じて金によりつながったのだろう。カルマの法則により、バチカンはそのうち金で滅ぶことだろう。


 金で栄華を極めたものは金で滅ぶ。





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Last updated  2013年07月18日 14時18分01秒
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