シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年08月22日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。

 ☆  ☆  ☆


 私が貴方がたの環境に入り込む時には、自らの意識を、貴方がたの意識の方向へと切り替えることになります。ある意味においては、私である存在を、貴方がたがある程度理解できる事象に翻訳するということです。

 どのような画家にしても、自分の存在またはその一部を絵という形態に翻訳する時には、かなり限られた形にせよ同じことをしています。そこには少なくとも何らかの類似性を喚起させるものがあります。

 私が貴方がたの体系に入り込むとき、三次元的現実に立ち入るわけですから、そこで起きることは貴方がたの基本的前提に照らして解釈しなければなりません。貴方がたも、現時点では、ほとんどが気づいていないようですが、夢見の状態では、通常の意識での自覚がないままに、別の現実体系に足を踏み入れているのです。

 (人間も、睡眠中に、別の世界へと足を踏み入れている。)

 貴方がたの主観的体験のなかで、自分の物質性や行為を後に残し、時には確固たる目的と創造的な存在理由のもとに夢境において活躍しているのですが、目が醒めた瞬間にそのことを全て忘れ去っているのです。

 貴方がたが己の存在目的を考えるとき、目醒めている日常生活での見地から行います。しかし、貴方は、それ以外の(睡眠中の)夢の世界でも目的をもって活動しており、そのおりには、貴方がた自身の存在の別の部分とも接触を果たしています。



 従って、私が貴方がたの現実と交信する時は、まるで貴方がたの夢のどれかにお邪魔しているような感じです。ジェーン(霊媒)を通して、この本を口述する際、私は己をきちんと自覚していますが、その一方で、自分の環境にも同時に存在していることを自覚しています。

 それは私が自分自身の一部をここに送ってきているからです。貴方も友達に手紙を出す時には、おそらく自分の意識の一部を手紙と一緒に送っているのではないかと思います。そのときは、私と同様に、自身がいる部屋についてきちんとした自覚があるでしょう。

 私は手紙よりも、遥かに多くを送り出しています。なぜなら、私の意識は今ここで口述をしながら、その一部はトランス状態にある、この女性(霊媒)の内側にもあるからです。取りあえず、この比喩は、充分に当を得ているようです。

 既に述べたように、私の環境は、貴方がたの表現でいうところの、亡くなって間もない環境とは違います。しかし、そうした死後という条件下では、どのような環境が待っているのかという点も、のちほどお話しするつもりです。

私の環境と、貴方がたの環境との最たる大きな相違点は、貴方がたは観念的行為、つまり思考を、形あるものとして物質的に顕在化させなければならないという点です。私たちは思考の現実というものを理解しており、思考の輝かしい効力を認識します。

 私たちは思考をありのまま受け入れます。従って、それらを物質的に具現化したり、固定的な解釈に置き換えることを要求される段階を既に超越しているのです。

 貴方がたの地球は、私にとっても愛しい存在でした。今ここで、自らの意識の焦点を地球に向かうよう変換することもできます。そして、もし選択するなら、貴方がたと同じように地球を体験することもできます。

 しかし同時に、私は貴方がたの存在レベルでは不可能な多種多様なやり方で、地球を見たり感じたりすることもできるのです。

 さて、この書を読まれている方々のなかには、私の言わんとしていることを、はなから直感的に把握できる人もおいででしょう。それは貴方がたが、事実を高度に歪曲しているにも関わらず、自らの体験をカラフルな虚飾レンズを通して見ていることに、薄々感づいているからです。

 もし、物質的現実が広義な意味で錯覚であるとするなら、その現実は、壮大な現実から引き起こされている、ということも、どうか覚えておいてください。錯覚や幻影自体にも、目的と意味があるのです。

 物質的現実は、現実がまとう1つの形態である、と申しあげるほうが、おそらく理に叶っているでしょう。しかし、貴方がたは自らの体系にあって、体験の1つの比較的小さな局面だけに、他よりもずっと強烈に焦点を合わせているのです。



 私たちは無数の様々な現実を自由に旅してまわることができます。現時点での私たちの体験には、それぞれの体系での務めが全て包含されています。これは貴方がたの現在の人格や、物質的存在としての重要性を軽んじている、ということではありません。全くその逆です。

 三次元での体験は、またとない貴重なトレーニングの機会です。現在貴方がたが、自己として認識している人格は、その記憶を保ちつつ存続していくでしょうが、それも貴方の全体自己の一部にすぎません。

 (「貴方がた(複数形)」だと文脈がわかり難いので、「貴方(単数)」とした。)

 いわば、今の貴方がもはや子供ではないとしても、子供のときの貴方が、現在の貴方の人格において極めて重要な部分を成している、のと同じなのです。

 貴方がたは引き続き進化成長していきます。そして幼少時代を過ごした家を後にするように、今ここ以外の、外の環境にも気づくようになります。しかし、環境というものは客観的性質を帯びたものではありませんし、貴方がたから独立して存在する客体を寄せ集めたものでもないのです。



 貴方がたがどのように環境を作り出すのかを厳密にお話しします。私も同じルールに従って己の環境を創り出すのですが、貴方がたの場合は、その結果として形ある物体を生み出すことになり、私の場合はそうはなりません。

セッション520……1970年3月25日 (水曜日)午後9時9分

 貴方がたの科学者たちは、すでに哲学者たちが何世紀も前から知っていたことを、今になってようやく学び始めたところなのです。

 それは、 思考が物質に影響を与えうる 、ということです。

 (量子力学の観測論のこと。) 

 科学者たちは、思考が創造し、物質を形づくるという事実を、さらに発見していかなければなりません。

 (以下は、「貴方がた」を「貴方」にする。)

 さて、物質的見地からして、もっとも貴方に身近な環境とは肉体です。肉体は貴方を監禁するためのマネキンのようなヒト型でもなければ、貴方と別個に存在する外殻でもありません。

 体が美しかったり醜かったり、健康だったり、恰好がよくなかったり、あるいは敏捷だったり、鈍かったりするのは、誕生時にただ無差別にそうした肉体をあてがわれたためではありません。

 貴方の物質的形態、つまり個人の身体的な環境は、自身の思考、感情、解釈が、物質的に具現化したものなのです。

 「内なる自己」は、まさに文字通り思考や感情を、それらに対応する物質の複製へと魔法のごとく変容させて体を創り上げます。体を成長させるのは、貴方自身に他なりません。

 肉体の状態は、生涯のどの時期であっても、貴方の主観的状態を完全なまでに鏡のように映し出します。貴方は原子や分子を使い、基本的な構成要素を「自分自身である」と称する形に創り上げることで、自分の肉体を築いているのです。

 貴方は、自身のイメージを自分で創り出しておきながら、そこから独立した存在であることを、内なる部分では直感的に気づいています。

 (自分で作り上げた容姿なのに、親からの遺伝だと思い込むこと。)

 しかし、自分の思考や感情を物質へと駆り立てた結果、それを三次元世界へと放出し、広範な環境や、既知の物質界を、自身で創造していることは理解していません。

 (原発の放射能問題などがわかりやすい。)

 それゆえ、内なる自己は、個としても、全体としても、自らの霊的エネルギーを外に向けて送り出しており、それが触手となって互いに結びつき、有形化していくのです。

 感情も思考も、それぞれが全く独自の(電)磁気的な現実を有します。そうした(電)磁気的な現実には、貴方に含まれる多様なエネルギーの密度領域に応じて、別の特定の現実と結びつくような高度な仕組みが施されています。

 三次元的物質がどのようにして形作られるかは、ある意味では、テレビ画面に像が映るのとやや似た点がありますが、大きな違いも存在します。また、もし貴方が、特定の周波数に同調していなければ、物質的客体を知覚することはできません。

 貴方は、それぞれがトランスフォーマー(変換装置)のような役目を行なっています。そして極めて精巧な(電)磁気的な塊を、知らず知らずのうちに、自動的に形ある物質に変換してしまうのです。

 貴方は「物質へと集中的に凝縮が生じる体系」の真っ只なかにいて、物質と呼ぶには密度が低く、希薄で、微弱な、貴方がおそらく「疑似物質」と呼ぶようなものが残存する領域に囲まれた状態にあるのです。

 各々の思考や感情は、単純、もしくは複雑化した(電)磁気的な塊として、自発的に存在しています。ところで、科学者たちは今まだこのことに気づいてはいません。

 (電磁気的な塊とは、量子力学の波動関数のことだろう。シュレディンガーの猫の観測論が、このことを波動関数の収束として説明している。)

 思考や感情の顕在化である物質像の強さや永続性は、エネルギーの集中密度によって決まります。私の情報ではこの点を徹底して説明していますが、ここではただ、貴方が知る(3次元)世界が、内なる現実の反映である、ということを理解していただければ充分に思います。

 貴方は基本的には、椅子、石、レタス、鳥などと同じ構成要素で出来ています。全ての意識が、壮大な共同試行のなかで、共に協力し合い、貴方が知覚するような形を創り上げるのです。

 今やこのことは、私たちの知るところであり、なおかつ、私たちはそうした形の下位に存在する現実をも知覚できるため、自分たちの環境や物質的な形態を、少しも困惑することなく意のままに変えることができるのです。


 (セスが、「私たち」と称するときは、別世界の人格存在を総称し、「貴方がた」と呼ぶときは、三次元世界の人類全般を意味するようであるので、「貴方」に統一するのをやめる。)


 私たちは、全ての意識が常に変化しなければならないことを知っており、よって形態の不変性、あるいは永続性が幻想であることも明確に理解しています。私たちはまた、意識の流動性を理解しているため、貴方がたの言葉で言えば、複数の場所に同時に存在することができます。

 さて、貴方が別の人格(をもつ)存在に感情的な思いを抱いた場合、貴方は、(エネルギーが)高密度の状態の物質の下位にあたる、それでも形態をもつ自己の写しを送り出します。

 (一般に「念」と呼ばれる。)

 この写し(念)は、貴方の意識から外に向けて投射されたもので、貴方自身の注意力による統制から完全に逃げおおせることができます。

 私が他の誰かに感情的な思いを抱く時にも、同じことをします。しかし、そのとき送り出される私の意識の一部は、自己の概念の範囲内にあり、意思の疎通も可能です。

 ☆  ☆  ☆

 次回に続く。





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Last updated  2013年08月22日 16時57分04秒
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