シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年09月05日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。

 ☆  ☆  ☆

第11章

導入部

 死後には、限りない種類の体験が開かれています。全ての体験が可能ですが、貴方がたの進化の度合いによって、ある体験は他よりも可能性が低い場合もあります。

 目下のところ、概して言えば主だった3つの体験分野に絞られているようですが、例外的、あるいは極端な凡例として、それらとは別の道を選ぶ人(霊)もいるようです。

 貴方がたは、再び転生を選択するかもしれませんし、代わりに過去世(便宜上)に意識を向け、それを素材として新しい体験を創作するかもしれません。過去世での既知の出来事を、また別の形で創造でき、なおかつ、修正を加えられる、というのは、先にも述べた通りです(追体験の説明)。

 あるいは、完全に別の可能性が低い(確率性の)体系に入っていくことも可能です。これは輪廻から、全く隔たってしまうことになります。この場合は、時間のような連続性に類する概念全てを放棄することになります。



 なかには、単に物質体系が性に合わないと感じる人もおり、そうした場合も、輪廻転生に、暇を告げることになるようです。しかし、 一旦選択した輪廻のサイクルを完了するまでは、去ることはできません 。

 従って、そうした最終的選択は、輪廻を通じて、最大限の能力を達成した人に対してのみ開かれていることになります。

 輪廻転生を完了した人のなかには、教師の務めを果たすために、再び輪廻のサイクルに入っていく人もいます。そうした人には、常に高度な個としての(オリジナルな)人格を彷彿とさせるものが感じられます。

 さて、どちらかと言うとまだ決断が下せない段階として、中間的な段階もあります。これは他の段階に比べれば、「休息の場」とも言えるでしょう。亡き友や身内から送られる交信は、ほとんどが、この領域からのものです。

 また、生きている間に、夢見の状態からの投影によって、訪問できるのも、大抵このレベルです。

 (あの世とは、中間的な段階のことらしい。スウェーデンボルグの霊界で有名。)

 「選択(休息の場)」の前には内観の段階があります。そのとき、貴方がたは「自分史」の完全版を見ることができます。自己の本質が理解でき、更に自分より「進化」した別の一部から助言を受けるのです。

 例えば、自分の別の転生も認識できるようになります。過去世において知っていた別の人たちとの間に、感情を伴う絆も生まれます。なかには、直前の過去生のなかの、どの関係をも上回る絆もあるかもしれません。だから、そこは、貴方と同じ体系から来た人と待ち合わせのできる場でもあるのです。

 迷っていたり、混乱している人には、必要な説明が全てなされます。死んだことを自覚していない人たちも、真相を知らされます。死者のエネルギーと精神とが再び元気を取り戻せるよう、あらゆる努力が払われます。

 これは学び、そして理解を深めていくための場なのです。精神を乱した人が、物質的環境に残ろうとする夢を見るのも、この(中間的な)領域です。



 (古代の宗教では、最後の審判ともいわれている。)

 個人が、この領域にいる場合、どれだけ長くいるか、ということよりもむしろ、どれだけ進化していくか、が重要になります。この領域は中継地とはいえ、重要な段階です。貴方がたは、これまでにも夢で、ここに来たことがあります。

本題

セッション541……1970年7月13日(月曜日)午後8時40分

 輪廻転生は、ただ今生とは別の物質界を経験すればよい、という単純なものではなく、そこには、非常に多くのことが関わってきます。よって、いま私が述べている中継的な場においても、多数の問題を考慮することになるのです。



 (ダーウィンの進化論のような思い込み)

 個人レベルでの輪廻の多様な可能性という1つの論点に注目するだけでも、そこには無数の可能性が存在しているのです。様々な方法で、輪廻が可能ですので、この中継的な場は、一見、休息の場にみえますが、転生の選択が、自分の進化になるような方法を、一大決意のもとに選択しなければなりません。

 例えば、なかには一転生(生涯)にわたり、ある主題に基づいて、2、3の特性のみを他と区別して、専ら、その能力開発に取り組むことを選択する人もあります。物質的な見地からすると、そうした人は、極めて偏った見解の持ち主で、進化を遂げた個人からは、遠く隔たっているように見受けられます。

 例えば、ある転生において、非常に高い知能を故意に持ち合わせ、そうした知的な思考力を、最大限に発揮できた、としましょう。すると、その能力は、多元的人格全体によって、徹底的に吟味され、知性がもたらす利益と害の両方の側面が慎重に検討されます。

 こうした種類の人が、別の転生では専ら感情面での進化を扱い、知的活動はあえて控えめに演じる、という場合もあるのです。

 繰り返しますが、物質界で想定される人格は、必ずしもバランスよく進化しているとは限りません。ある特定の創造力だけが繰り返し専門的に扱われる場合もあります。もし、輪廻を、一連の連続的な進化と見なす習慣的な見地から眺めた場合、貴方がたには多くの疑問が生じることでしょう。

 いずれにしても進化は起きているのですが、この進化が起きることが予め予測できる方法を人は好んで選択します。

 例えば、人は、ある転生で、あえて知的な発展を抑制することを通して、その際の自分にない価値や目的を学びます。この場合、知的な発展に対する願望が、自らの内側に芽生えることになります―もし当人が、それ以前の過去世(転生)において、知性の価値や目的を理解していなければの話ですが。

 (あえて能力を使わないことで、その能力の価値と目的を知ることができる。)

 そのような経験から、人は、いよいよ「選択」の段階になったとき、次の転生で進化できるよう、それに相応しい方法を決定するのです。

 なかには、ゆとりがあり、バランスのとれた状況のなかで、進化する方法を選択する人もあります。そうした人は、いわば、その人のもつ全ての要素が同時に作用し続けるように努めます。

 他の転生で知っていた人々と、繰り返し何度も顔を合わせることもあります。要するに、問題解決にしても、爆発的な感情を伴うような、一瞬の成果に期待するのではなく、徐々に余裕をもって前進するやり方を選ぶのです。そうした人々の歩みは、まるでダンサーのステップのようです。

 この「休息」と「選択」の場には、必要な助言全てが受けられます。幾多の理由から、助言を待たずに転生してしまう人も確かにおります。近視眼的に見れば、大概、これはあまり褒められたことではありません。なぜなら、転生に必要な計画を立てる段階がすっぽりと抜けているからです。

 しかし長い目で見るならば、こうした「過ち」からも絶大な学びを得るのです。輪廻には時間割りのようなものはありませんが、それでも次の転生まで、3世紀以上待つことは極めて稀です。そうなると環境への適応が非常に難しい上、地球との感情的な絆が希薄になってしまうからです。

 次の転生での人間関係にしても、そこで関わる予定の人々全員と、前もって合意がなされている必要があります。そうした人々との交信はテレパシーによって行われるため、この際には多くの投影がなされます。

 孤独を好む一匹狼のような人などは、どの時代に転生しようがそれほど時代への思い入れがないこともあります。かと思うと、歴史上のある特定の時代に同世代を生きた人々が再び転生する際に、自分も一緒に転生しようとする人もいます。

 輪廻のサイクルに関する集団的な傾向は、このようにして起きてくるのです。集団輪廻には、かつて同世代を生きた多くの人々が参与していますが、全員というわけではありません。

 例えば貴方(このセッションに参加している人?)の場合は、そうした意味での集団輪廻のサイクルには関与しておられません。

 さて、個人的な輪廻のサイクルも当然存在しており、そのなかでは家族単位の輪廻の形が採られ、個人が異なる役割を演じていくことがあります。貴方は、そうしたサイクルには、何度か関わってきておられます。

 輪廻する存在としての掘り下げ方にも、個人差があります。とにかく「全部やってみる」ことを選択する人もいます。そのように物質の存在を究めようとする人は、その体系に関する知識を最もよく把握しています。

 彼らの輪廻の仕方には、全ての人種を一通り体験する、といった展開が見られます。これはそれ以外の人々には、あまり課されない要求です。また、彼らはいざ生を受けた時代に徹底的に一意専念します。そうした人の多くは、比較的短命ながら、極めて強烈な人生を送ります。

 更に言えば、他の大多数の人々よりも多くの転生を経験します。つまるところ、そうした人々は、できるだけ沢山の時代の歴史を経験することで、最終的には貴方がたが知る世界を形づくるのに役立っているのです。

 いずれにしても貴方がたは、はじめて輪廻のサイクルに入られた時よりも前から、皆、旅人なのです。できる限り簡潔にお話しますが、貴方がたは必ずしも全員が同じ背景を携えて物質体系の現実に入るわけではありません。

 先にも申しあげましたように、地上での生活は訓練期間とも言えるものです。しかし私は、貴方がたに進化についての月並みな概念を、できるだけ忘れていただきたいと思っています。

 例えば、「善い」「より善い」「最善」などという概念は、貴方がたをして誤った理解へと導く可能性があります。貴方がたは、できる限り完全になる、ということを学んでおられるところです。ある意味では自分自身を創造する、という学びです。

 そして、それを輪廻のサイクルのなかで行いながら、己の主たる能力を物質的生活に集中させ、人間としての質や特性を高め、新たな次元での活動を切り拓いておられるのです。私は善が存在しないとか、貴方がたの言葉で言う「進化」が起こっていないと申しあげているのではありません。しかしながら、貴方がたの善や進化という概念は、著しく歪められているのです。

 さて、特定の分野において非凡な才能を発揮される人が多数おられますが、そうした才能は、続く転生のなかで幾度となく現われてきます。時には多少抑え気味に表現されたり、他の能力との様々な組み合わせという形で発揮されることもあるようですが、それでも全体として見た場合、当人の個性や独自性を示す強力な特徴となります。

 ☆  ☆  ☆

 次回に続く。






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Last updated  2013年09月06日 14時05分02秒
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