シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年09月09日
XML
カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。

 ☆  ☆  ☆

 国その他の物質的な区画とは別に、貴方がたには精神があります。ある精神状態にある人にとっては、別の精神状態にある人は極めて異質に映ります。中間的段階での精神の転換期にある人との交信は、霊媒(チャネラーなど)を通したメッセージに大きな矛盾が多くの場合、確認されるようです。

 「死者」の体験は皆同じではありません。当人の状態や置かれた立場は千差万別です。己の置かれた現実を説明せんとする個人の場合、当人の知り得たことしか伝えることはできません。

 重ねて申しあげますが、かような情報は、理路整然と辻褄の合う単純明解な回答や説明を要求する知性を、往々にして苛立たせることになります。

 そのような段階にあって、「存命中の」身内に接触してくる人のほとんどは、まだ「選択」を迎えておらず、訓練期間を終えていない人々です。

 従って、そうした人々は、未だ古い信念や信仰に基づいた現実把握を遵守している可能性があります。ほとんど全ての交信は、この中間段階からですが、特に送り手(死者)の直前の転生で、受け手との間に密接な繋がりがあった場合には、こうした交信が起こる可能性が高くなります。

 しかし、この中間レベルからのメッセージでさえ、ある重要な目的を果たすことがあるのです。つまり、そうした交信が、生きている親族に、死後も生きていることを知らせることができ、なおかつ、生きている人にもわかる表現で行える、ということです。

 死後の送り手が、生きている人と関われるのは、死者である彼らが、まだ生前と同じ信念を持ち続けていることが多いからです。運よく状況に恵まれた場合には、自分たちが学んだことも伝達できるのです。しかし、送り手側の興味の対象は段々と変化していきます。彼らは徐々に、新しい関係の方を取り上げるようになるのです。



 しかし毎度のことながら例外も存在します。場合によっては、ほんの「数時間」の間に、別の物質的転生へと駆け足で突入していくこともあるのです。これは大抵不幸な例で、物質生活に戻りたい、という執着にも似た願望が大きい場合に起こります。

 しかし、こうした急な帰還は、壮大な目的を託された人によってもなされる場合もあります。そうした存在は、既に始まっている重大かつ不可避な計画を完了させるために、使い古した肉体に執着することなく、手放し、ほぼ同時に新しい肉体に生まれ変わるのです。

セッション547……1970年8月24日(月曜日)午後9時10分

 ここで付け加えておきたい話があります。「選択」は、貴方がたの言葉で輪廻の「最後」のサイクルが完了されている人の場合、一層複雑なものとなります。

 最初に理解しておいていただきたいのは、繰り返しになりますが、 今の貴方は自分の真の存在に気づいていない 、ということです。代わりに、貴方は、現時点での自我を、自己と見なしています。

 そのため死後を考慮する際、自分の知る自己にとっての将来を考えてしまいます。しかし輪廻のサイクルの最後に臨めば、貴方が、すなわち、その「根源的存在」であり、その存在の「内なる核」が輪廻における全ての人格の総和以上であることが完璧に理解できます。

 (人格は、玉葱のような層構造になっているようだ)

 その時の複数の人格は、いまの自己の分身、と言うことも可能です。それら自己同士が張り合うことはありません。

 もともと、自己の間に、実質的な境界が存在したことはなく、ただ見かけ上の区分だけで、貴方は、そのなかで様々な役割を演じ、様々な能力を切り拓き、新しい多彩な方法で、創造を学んでいたのです。

 そうした輪廻の人格も進化し続けていますが、彼らも自分の主たる中心的な自己が、貴方でもあることを理解しています。



 私は「多次元的」という言葉を頻繁に用いてきましたが、自我が、その言葉通りの意味をもつことはご理解いただけたと思います。なぜなら、貴方がたの現実は輪廻転生する現実だけでなく、先に述べた可能(確率)性の現実という見地にも存在しているからです。

 従って、「選択」に際しては、輪廻を完了した人の選べる選択肢は、まだ輪廻のサイクルに残らねばならない人よりも、遥かに多種多様である、と言うことができます。また、そうしたい、という意図と能力があれば、教える立場に立つ機会も常に開かれています。

 しかし多次元的な教授法は、今の貴方がたに既知の教授法とは非常に異なっている上、行使できるまでに厳しい訓練が必要となります。

 多次元的な教師は、人格の様々な部分を、貴方がたの言う「同時に」導くことができます。例えば、ある特定の人格が、14世紀、紀元前3世紀、西暦260年、更にはアトランティス時代に転生していたとしましょう。

 多次元的な教師は、そうした多くの異なる特質をもつ複数の人格に、同時に接触し、それぞれが理解できる方法で意思の疎通を図ることができるのです。そして、そうした個々の意思疎通には、それぞれの時代における基本的前提や、当時の世間一般の哲学、もしくは科学の思潮の情勢に関する完全な知識が要求されるのです。



 しかし、これも1つの選択にすぎません。そうした情報を学ぶ転生は、必然的に教師本人の進化を促し、能力を増大させることになります。更にそこではエネルギーが巧みに扱えることや次元間を継続的に旅することも要求されるのです。

 教師となる決意を下すやいなや、そのための訓練が、実践的な熟練指導者の下で即刻開始されます。この使命は確かに使命に違いないのですが、そうした教師をして、それまでには存在さえ知り得なかった現実の領域へと誘う場合があるのです。

 さて、それ以外で、輪廻を完了して全体的に異なる性質を帯びた人々は、創造者としての使命に至る、長い旅路に出る可能性があります。遥かに異なるレベルでの喩えにはなりますが、そうした創造者の使命は、貴方がたの物質的現実の創造的分野に出現する、いわゆる天才に譬えることができます。

 創造者は、絵の具や顔料や言葉や音符の代わりに、実在の次元を用いて、可能な限りの形態に、知識を分け与えながら実験(創作)を始めます。ここでの形態とは、物質的な形態を言うのではありません。貴方がたが、「時間」と称する形態も、あたかも芸術家が色彩を操るが如く扱われます。貴方がたが、空間と呼ぶものは、数々の違った方法で集積されます。

 例えば、そこから時間を骨格として用いる芸術が生まれます。貴方がたの言葉での「時間」と「空間」は混合されています。様々な時代の美しさ、自然の美しさ、絵画や建造物などは、全て初心者のための学びの教材として再現されます。彼らを夢中にさせる最たる取り組みの1つは、できるだけ多くの次元の現実に影響を与え得る「美」を創造することなのです。

 そうした作品は、貴方がたの体系でも、例えば、1つの事象として知覚可能ですが、可能(確率)性の現実においても、恐らく全く異なる方法で知覚できます。おわかりのように、多次元的な芸術は制限されることなく、自然現象さながらに、多くの現実に自由に、しかも「同時に」出現するのです。

 そうした芸術作品は、言葉で描写したり、説明を加えることはできません。その構想に匹敵する言葉がないのです。しかし、それらの創造者は、自分たちが接触可能な全てのレベルの存在に、創造的なインスピレーションを与える任務にも携わっています。

 例えば、貴方がたの体系において閃(ひらめ)きを得た場合、大抵それは、そうした創造者たちの芸術である、と言えるのです。

 さて、往々にして、それら「美の形態」は、創造者たちの本質が、象徴的に現実として現われることなのであり、受け取り手の能力によって色々な方法で解釈がなされます。

 それは貴方がたの言う「生きたドラマ」かもしれません。しかし、それらは常に精神を伴っており、いかなる既存の現実体系からも独立して存在しています。それでも、その多くが、少なくとも部分的には知覚できるのです。なかには貴方がたが、アストラル界と称する領域に存在し、睡眠中に訪れた際に知覚できるものもあります。

 その他にも、貴方がたが寝入る際や、寝起きといった半覚醒状態にある時や、それ以外に変性意識(トランス状態)などの束の間の意識状態において、ほんのちらりと、あるいはとりとめのない寄せ集めや散らばりとして知覚される「多次元的な美」もあります。

 「多次元的な美」には様々な種類が存在し、それゆえ創造者は数多くのレベルで活動しています。ところで、キリストにまつわる話は全てこうした創造なのです。

 なかにはヒーラー(治療家)になることを選択する人々もいます。しかし、ここで言う治療行為は、貴方がたがご存知の(肉体の)治療より、遥かに多くの意味を包含していることは言うまでもありません。

 ヒーラーは、全人格レベルでの体験に対して、働きかけができねばなりません。つまり、多次元的人格の一部である個々の人格を直接、援助することが求められるのです。ここでもまた、輪廻転生を通じての能力開発が、活動の一環となり、様々な転生のパターンを取り扱うことになります。

 ヒーラーとしての仕事は、複数の輪廻する自己として、様々に異なる障害を体験することから始まります……

 ヒーリングには常に精神や霊的な要素が関わってきます。またこうしたヒーラーたちは既知の貴方がたの体系での現在においても、他の体系においても、個々の人格を助けることができるのです。

 より広い範囲にわたり多大な訓練を積んでいる高度なヒーラーは、夥しい数の人格に対して、精神、あるいは霊的な病の治療にあたります。ヒーラーのなかには、教師と創造者とヒーラーの資質を全て併せ持っている存在もいます。そうでない場合は、自己の性質に最も適していると思われる進化の道を選択します。

 しかしながら、私は、この章において、意識が絶えず進化し続ける目的を論じるつもりはありません。私はただ、絶大な進化の可能性が存在していることを明らかにし、なおかつ全ての人格には、それぞれ最大限の自由が与えられている、ということを強調しておきたいのです。

 意識の進化は、自然で、結果として起きてくるものです。そこには如何なる圧力も加わることはありません。今後の更なる進化にしても、その全ては貴方がたの知る人格のなかに元来備わっているのです。それは大人になるという「進化」を、子供が自身のなかに生来備えもっているのと同じなのです。

 ☆  ☆  ☆

 次回に続く。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2013年09月09日 15時59分28秒
コメント(0) | コメントを書く
[軟弱日本を斬る!] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: