シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年10月29日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。

 ☆  ☆  ☆

17. 農法?〔捜し物は何ですか〕

 自然環境は多様です。自然状態のままでは作物にとって障害が多く、ある程度人が手を加えないと、人にとって都合の良い自然として効率的に稼働しません。そこで、農法〔手助け〕が必要となります。

 ここで、見落としてはならないことがあります。どんなに手を加えても自然は自然。どのように働かせるかの問題。答えは「命を生きものとして、より活きよく表現する=自然〔神〕の意志」。この一点さえ忘れなければよいのです。

 農家の数だけあると言われるほど多様な農法でも過去の農法は、有名無名に関わらず極少数の例外を除き、ほぼ全てが“おかげ農法”と言ってよいでしょう。

 先ずは、肥料のおかげ、農薬のおかげの慣行施肥農法。更に肥料や農薬を天然資材などに置き換えただけの、微生物のおかげ、酵素のおかげ、ミネラルのおかげ、漢方薬のおかげ、○○物質のおかげ、果ては感謝のおかげ・・・、とおかげには際限がありません。

極少数の例外: 炭素循環農法は決して新しいものではない。寧ろ非常に旧い農法の現代版〔再現〕と言える。

 それから特定の製品名の付いた〔微生物、酵素、ミネラル〕農法などは、単なる「○○製品使用マニュアル」。同様に特定資材使用〔各種肥料・補助資材、微生物、ミネラル、活性水など〕に限定されるものも汎用性がなく、多少の工夫がみられても「○○資材使用マニュアル」です。何れも、独自の農法と言えるほどのものではありません。

 唄の文句じゃないけれど「捜し物は何ですか 見つけ難い物ですか」。あれも、これもとマニュアルを抱え込み。あれでもない、これでもないと農法行脚。挙げ句の果ては農法難民?。大なり小なり全ての生産者が辿ってきた道。

 本来のもの〔本物〕は“おかげ”ではありません。自然の持てる力を効率よく働かせれば当然、自然状態より高品質で生産性が上がり、人畜がより元気になる“当然農法”。これを今迄の感覚で判断しないことです。

唄の文句:夢の中へ〔井上陽水〕-〔一番省略〕二番:

 休むことも許されず 笑うことは止められて

 這いつくばって 這いつくばって いったい何を 探しているのか

 探すのを止めたとき 見つかることも よくある話で

 踊りましょう 夢の中へ 行ってみたいと 思いませんか

 Woo woo woo-- Woo woo woo-- Woo woo woo-- さあ

 探し物は何ですか まだまだ探す気ですか

 夢の中へ 夢の中へ 行ってみたいと 思いませんか 



 〔覚醒剤使用で捕まった時に捜査官を揶揄し作ったと言われる、いわく付きの唄ではあるが・・・〕

 自然農法と言えども、市販の製品を含め各種資材を否定するものではありません。基本を良く理解し、自然の力が効率よく働かない部分を補うために使うなら、それなりに有効です。ただ、そのような資材は多くはありません。

 そして、生きものを生かす知識や技術が不十分な内は、正確な効果判定も出来ず、たとえ効果があったからといって喜ぶべきことではありません。「効果あり」は土が出来ていない証拠です。

 寧ろプロ中のプロが、作物側〔地〕に基点を置いた補うためや防疫のためではなく、食べる側〔天〕に焦点を合わせミネラル補給などで、より内部品質の高い作物を作るのが本道〔地動説〕でしょう。尤も、現段階〔2010年〕では、そのレベルに達している自然農法実践者が居るとは思えません。慌てることはありません。それは、夢の中へ行ってから・・・^-^。

ミネラル補給:

 温帯の日本も地形が急峻で降雨量が多くミネラルが乏しい傾向にある。最近行われるようになった、海水〔1%ほどに希釈〕の葉面散布効果は、塩とミネラル補給による微生物の活性化によるものと思われる。

 ただ、微生物製剤〔生きもの〕に限っては転換初期以外は、どのようなもを使用しても無意味〔効果がない〕です。土壌改良が一定レベルに達すれば土壌微生物群が多様化し、必要な微生物が大量に住み着くからです。これも効果がある内はまだまだ。例外として土に使うのではなく、超高炭素資材の発酵〔キノコ菌床化〕になら使えます。

 そして、良くある話。あっちの良いとこ、こっちの良いとこ合わせれば・・・。寿司にカレー&コーヒー漬けにして納豆でトッピングみたいなもので、悦に入っているオーガニック志向者や農業初心者をたまにみかけます。

 やるのは勝手。しかし自然を理解せずに、農法云々やレッテル張り、独自の農法を・・・、などは100年早い。無知、故の言動とはいえ、農法と標榜する以上それなりの“責任”があります。自然〔法則〕を嘗めたような真似だけは慎むべきです。

生かすも殺すも

有機農産物は見た目もよく安い

 有機農法の無化学肥料、無農薬の農産物は見かけが悪く虫食いで、手間が掛かり生産原価が高いというのは誤解です。生産者の言い訳です。

 多くの生産者も消費者も間違った認識を持ってしまっているようです。虫食いは確かに無農薬の証かもしれませんが、酷い虫食いや貧弱な農産物を無農薬と言って、それが当然であるかのように無知な消費者に押しつけるのは、生産者の無能と怠慢をさらけ出しているに過ぎません。

 そのようなものは当然美味しくありません。これは当たり前で作物が不健康で充実していない証拠だからです。当然栄養価も落ちます。

 「無農薬=美味しい」ではなく「作物にとって最適な土壌環境=健康=強靭=病害虫を寄せ付けない=見掛けよい=高収量=農薬無用=高栄養価=美味しい=健康食品」なのです。農薬そのものも危険ですがそれ以上に問題なのは作物が不健康ということです。後述しますが食物として不適格と言わざるを得ません。

 有機栽培の葉野菜以外〔果菜・根茎類など〕の葉は小さくなります〔総葉面積=半分~数分の一〕。光合成能力が高く、葉が充実し小さくて良いからです。化学肥料物は肥ぶくれ水ぶくれ状態ですから大きな葉を必要とし、見かけは立派に見えますが機能的には劣っています。

 また有機栽培の方が実は多収穫です。従来農法で好成績を上げている所では例外なく有機物を多用し化学肥料は少量しか使いません。実は化学肥料を止めれば、もっと成績が上がるのですが肥料が作物を育てていると勘違いし〔させられ〕止める事ができず。農薬を使うという結果を招いています。

 確かに有機栽培は今のところ成功例より失敗例の方が圧倒的多数と思います。見かけも悪く虫食いもあり技術的に確立されていない事を意味します。知識の不足です。化学肥料を使い農薬を使う知識は持ち合わせていても、生命とは?、生物とは?、土とは?、水とはという根本的な知識に欠けているからと思われます。

 生命現象は今の科学を持ってしても未だに分からないことが多い分野です。いや唯物思想の枷から逃れられない科学だからこそ分からないと言った方が正しいでしょう。唯物思想=物質文明の典型である化学肥料、農薬の近代農業は一度は通らなければならない道と思います。しかし現在の農業を越えない限り農業に明日はありません。当然人類の明日もありません。

 種、本来の力を備えた野菜や果物は、味が良くて見た目も素晴らしく、虫や病気も殆どつきません。そして腐らず日保ちします。

 また、農薬、除草剤は無用。最小限の除草なら手間は僅かです。更に肥料代、農薬代はゼロ。生産性も従来農法に比べ決して劣ることはなく、生産コストは化学肥料、農薬の従来農法より遥かに低くなります。

ただ、無施肥・有機農法への移行期にはそれ相当の時間と経費〔時には全滅〕がかかります。それと農産物は需給関係で値段が決まりますから現段階では高価なのは致し方ありません。

 (土をつくるまで、つまり多様な微生物の共生環境をつくるまでは、約3年と、コストがかかる。しかし、一度、土ができると、従来の唯物農法よりも、効率がよいという。微生物のような目に見えないものをいかに育てるかが農業の極意なのだろう。)

 ☆  ☆  ☆

 次回に続く。





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Last updated  2013年10月29日 14時31分20秒
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