シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年01月10日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。

 ☆  ☆  ☆  

 田中光顕は、ボスである山縣有朋が失脚した後もカネに不自由していないことに鬼塚氏は注目し、その裏付けに三菱マネーがあっただろうと推測している。その根拠として鬼塚氏は、村本喜代作の著作を上げている。

 このマネーがあったからこそ、宮内大臣という立場で宮内省から機密費を引き出すことができなくなっても、活動資金に困らなかったのではないかという見立てである。

 山縣は晩年には椿山荘も手放している。鬼塚氏は、岩崎家に対する便宜供与の一例として、「陸軍会計監督の任にあった西南戦争における三菱への便宜」を上げている。(下巻88ページ)

 また、鬼塚氏は明確に書いていないが、私はこの本を読むことで、田中光顕は三菱マネーを受け取ることで、三菱の代理人として政界におけるフィクサーの役割を果たしていたのではないか、と思った。

 その中には、頭山満やその仲間の内田良平のような右翼を「管理」していくことも含まれているのだろう。田中光顕は、宮内省を去ってから恩給以外に収入はないのに、次々と明治天皇にまつわる史跡や、土佐の維新の志士を顕彰するプロジェクトにカネを支出しているという事実を列挙している。

 いったいそのカネはどこから出たのかといえば、三菱ではないかと推測している。(下巻88ページ)

 また、田中光顕は、静岡県に2つの別荘を持っている。一つは宝珠荘〔静岡市清水区〕と古谿荘〔こけいそう、静岡県庵原郡富士川町〕であり、重要文化財に指定されている。本邸は目白の蕉雨園であった。



 ☆  ☆  ☆

 というわけで、後の話は、大室替玉明治帝の話である。この話を強請りとして、どうやら右翼団体ができたようである。そのようなことがわかる話を、「国柱会」をネット検索してみつけたので以下に抜粋紹介する。しかし日本の上層部は悪党ばかりである。

 ☆  ☆  ☆

八紘一宇の闇
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/378294688.html

 「八紘一宇」は戦前に唱えられた国家スローガンであった。

 この言葉は最近の造語である。創ったのは田中智學〔たなか ちがく〕である。

 「八紘一宇」とは、『日本書記』にあった神武天皇の宣言文のなかの「掩八紘而為宇」からの造語であり、「八紘を掩いて宇〔いえ〕と為さん」と読み、その意味は「道義的に天下を一つの家のようにする」である。

 〔日本書記じたいが江戸時代に書かれたものだということは既にブログに書いた〕

 八紘とは8つの方位であり、世界を意味する。「一宇」とは家の屋根である。田中智學が熱心な日蓮宗の“学徒”であったため、「日蓮を中心とした世界統一」のことではないかと言われる場合もあるようである。

しかしこの四字熟語が人口に膾炙するようになったのは、軍部が軍国主義のスローガンとして積極的に採用したことにある 。

軍部が使用した発端は、二二六事件の反乱軍将校らが蹶起趣意書に使ったところからで、以後、文部省やら近衛内閣やらで使用された 。

 最近は、保守派がこの戦時中のスローガンの見直しを求め、遠く神武天皇が掲げた「世界は1つ」の理想だと主張する向きも見られる。併せて造語された「大東亜共栄圏」とセットで、言及されることがある。復活させようという意図があるようだが…。

 さて、八紘一宇については話の枕であって、主題は田中智學である。



日蓮宗の僧侶であったが後に独立し、「日蓮主義」を標榜して国柱会を創った 。

 (悪魔はすぐに思想洗脳のための宗教団体をつくりたがる。)

 日蓮宗 国柱会の狂信的な信者として有名なのは、宮沢賢治である。

誰でも知っている『雨ニモマケズ』は、賢治がネオ日蓮宗にのめり込んで手帖に書き留めておいたメモである。彼は詩として発表するつもりだったのではない。自戒の言葉であった。だから手帖にはそのあとに「南無妙法蓮華経、南無無辺行菩薩…」と続けて書かれていた。

 それを賢治の死後に、弟が見つけて「作品」にしてしまった
。

 日蓮宗臭くて、あまり学校教育で推奨するのはいかがなものかと憂える。

 「雨ニモマケズ、風ニモマケズ…」はいいとしても、粗食に耐え、「雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル…」

 さらに最後には

 「ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ」

 で終わるのだ。

 アホかいな。なんで木偶の坊が良い?

 『雨ニモマケズ』は戦前の学校の修身の教科書に載せられた。

 なぜかなら、この作品には忍耐と自己犠牲の尊さがうたわれている。戦前の、ヒロヒトをトップとする政府・軍部はこの自己犠牲の精神を、国民を戦場に駆り立てるための道徳教育に使った。兵隊として丈夫な体を作り、粗末な食事に耐え、お国のために献身的に尽くせ、に変えられた。

 戦後になっても『雨ニモマケズ』は国語の教科書に載せられ続けた。日本国民に焦土から立ち上がるために質素と愚直を説いた。決して世の中が悪いとか、政治を変えようとか思わずに、褒められもせず、腐さされず、居ても居なくてもいい、黙って仕事だけしている、「そういう者」になれ、というのだから。

 (奴隷の養成である。ニセユダのシオンの議定書を読めばわかる。ゴイムの養成である。)

志とか野望とかを持ってはいけないよ、等身大がいいんだよと、庶民をバカにするために利用されてきた 。

 宮沢賢治がこういう愚にもつかぬ思いに毒された元は田中智學の宗教思想である。

 田中智學のネオ日蓮宗にイカれた有名人は多い。作家としては高山樗牛、姉崎正治がいて、石原莞爾ら満州事変を起こした軍人らに信者が多かった。

 (いまのタモガミなんかもこの手の類だろう。)

 戦後、日本医師会会長になった武見太郎もそうだし、近衛篤麿〔近衛文麿の父〕なんかもいる。

 昭和初期の右翼テロリストであった、血盟団の井上日召や小沼正の師が田中智學である。

血盟団事件のテロと、石原莞爾ら軍人の満州進出の背景にこの田中智學の新日蓮宗があり、それを利用したのが日本の黒幕だった志士くずれの田中光顕であり三菱だったのである。三菱財閥が満州に侵出したくて石原らを利用し、三菱のためにならない政治家をテロリストを使って抹殺した。

 田中光顕のことは10月12日のブログ「新説・坂本龍馬暗殺事件の真相」で紹介した。土佐藩の貧乏百姓から倒幕運動に参加し、伊藤博文や山懸有朋にくっついて出世していった男だ。

孝明天皇弑殺と明治天皇(本物)の毒殺、それに坂本龍馬暗殺に関わり、明治天皇制と維新政府の闇を知りつくしていたのが田中光顕であった 。

彼は伊藤博文の暗殺、原敬暗殺、宮中某重大事件などにも容喙した 。

三菱をつくった岩崎弥太郎の利益になるよう龍馬を殺したその恩で、生涯、三菱から援助を受けて豪勢な暮しをし、三菱の利益になるよう便宜をはかり、皇室に介入し、日本を大東亜戦争にまで導いた暗黒の帝王である 。

 こうしたつながりを見てとると、なぜ宮沢賢治の『雨ニモマケズ』が教科書に載って、政府が国民に暗唱させたかもわかってくる。

田中智學は、民主主義〔大正時代は民本主義〕を真っ向から否定する。徹底した、狂信的な皇室尊王主義であった。日本を一握りの陰謀家が支配する国にしておきたい連中には、智學の宗教は好都合の「思想」だった 。

田中光顕は田中智學を援助した。三菱からカネを引き出して、巨大な立正護国堂という建物を作ってやったりした 。

ただ、田中光顕は智學の日蓮宗の信者ではなかった。根っからの陰謀家だからだ 。

もう一人、田中智學の日蓮宗にかぶれた男がいた。北一輝である。ただ北一輝は皇室を尊崇しなかった。利用しようとしただけ 。

北は「宮中某重大事件」〔ヒロヒトの結婚相手をめぐる妨害工作〕のときに山県有朋に怪文書をつくって脅した男であった。つまり北も明治天皇が大室寅之祐であることを知って、ばらずぞと脅した。北は頭山満の玄洋社などの右翼とは関わらない一匹狼的な存在で、別個に皇族を関係を持ったが、二二六事件で裏切られ、死刑にされた 。

二二六事件は、秩父宮が裕仁から皇位を奪うために企図したクーデターだった。決して青年将校たちの反乱ではなかった。彼らは利用されただけだ 。

 再三言うが、 青年将校が「八紘一宇」の言葉を遣い、以後の軍部も遣ったということは、すなわち田中智學、田中光顕、頭山満〔玄洋社〕、内田良平〔黒龍会〕、大本教らの右翼が団結して、秩父宮を擁立して天皇にしようとしたのであった 。

秩父宮や久邇宮邦彦王〔昭和天皇の后、良子の父〕らは「青年将校」を裏切って、裕仁の側についた。裕仁はこのクーデターを匠みに利用して陸軍皇道派〔対ソ連派〕を潰し、戦争で「南進」を諮る統制派に覇権を握らせ、日米戦争へ向かうのである 。

そうした歴史の背後で、田中光顕や田中智學の新日蓮宗、玄洋社などの右翼が動き回ったのである。

 三菱財閥は、右翼を使って裕仁の結婚相手として結婚させ、天皇家と縁戚関係を結ぶことに成功する
。

 現在の渋谷区広尾にある聖心女子大学の敷地は、久邇宮邦彦王〔くにのみや  くによしおう〕(メーソンリーという噂もある)の邸宅だったが、それは田中光顕の口利きで、三菱が敷地を買ってやり、大邸宅を建てた処である。

 久邇宮邦彦王は貧乏貴族だったので、娘の良子〔ながこ〕を天皇家に輿入れさせられなかった。だから三菱は大邸宅を与え、そこから良子を嫁がせる形にした。三菱が天皇家と縁戚関係を結び、裕仁に戦争を起こさせて軍事費でぼろ儲けするためであった。

 ☆  ☆  ☆

 我々は学校で出鱈目の歴史を教わってきたのである。呆れて何もいうことがないが、坂本龍馬という伝説をつくったの悪党田中光顕であることがわかるので、次回に続けて抜粋紹介する。





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Last updated  2014年01月11日 08時46分44秒
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