シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年01月16日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 さて今度は、植物を食べるときに生じる味覚を考察する。

 味覚を生じさせるものは、植物のなか深くにある経過で、嗅覚のように植物のなかの生命力を、周囲に幻影として生じさせるような経過ではなく、生命力を統合し、植物の内部の形成へと導く経過である。

 植物を味わうことで、人間の感覚は、植物の内部の形成を知覚するので、更にその奥の変容、いわゆる硬化や塩化の経過に到達できる。いまは勿論、植物を食する場合の考察なので、この変容の経過は、植物の塩化の経過になる。

 これまで考察してきたことから、植物のなかには独特な変容があることがわかる。植物のなかには、まず上に向かう芳香の過程がある。これは、いわば止揚された燃焼の過程で、この芳香の過程から、燃焼の過程をはじめることも可能である。

 というのも、花が芳香の発生させる経過には、燃焼の過程が組み込まれているからである。この植物の上部の経過とは逆に、下部には、硬化の経過、つまり塩化の経過がみつかる。

 植物についての味覚の経過は、止揚された塩化の経過である。植物のなかに塩の過程が組み込まれているので、植物塩を得ることができるが、それは植物塩が、植物となる経過を超え、鉱物となった結果でもある。植物が塩化する場合、上方の燃焼の過程とは異なり、植物は、自身の本質のなかに、幻影を閉じ込めた、ともいえる。

 植物についての人間の味覚の経過から、治療の理論[Ratio]が獲得できる。ある意味、植物に光を当てることができる。植物の塩化の経過に注目すべきである。繰り返し強調すべきことだが、具体的な観察が肝要である。

 さて、更に進むためには、高度に臨機応変に、人智学的な理由から生まれる議論を、今日行なわれている治療法に結びつけるべきである。人智学が与える知見から、外(物質)的な科学に橋を架けることができればよい。

 当然、人智学的な意味から、次のように現に存在している今日の科学に通用する見解を特徴づけ、関連づけていくこともできる。今日の生理学者は、眼の前にある物質について語るが、人智学者にとっては、物質が、眼の前にある必要はない。



 人智学により自然科学の見識が豊かになれば、解剖というような暴挙も止むだろう。では一例を挙げる。

 視覚、嗅覚、特に味覚との間、つまり、視神経の拡がりと、嗅覚、特に味覚の神経の拡がりとの密接な親和性や関係が成立する事実が、人智学から明らかになる。

 視覚と、味覚の間には、非常に密接な親和性が成立し、視覚の経過の内的な特徴を示すには、実際、味覚の経過との類似を探せばよいほどである。確かに、味覚の神経が拡がる器官と、視神経が拡がる精緻な器官とが、直接には結びついていないので、視覚と味覚は本質的には別物である。

 しかし、眼という精緻な物質構造の背後の、いわば視覚の経過の基点は、内的に、味覚の経過と親和性をもつ。人間は、視覚において、味覚の変容[Metamorphosiertes Schmecken]を実現している。食物を味わう味覚の器官が、味覚の経過を引き起こす前に、眼の精緻な構造により、食物の外観を生み出すことで、味覚の変容がなされる。

 (食物を見て食べるのと、眼を閉じて食物を食べるのとでは、味覚が異なる。例えば、ゲテモノを食べるときは、自然と眼を閉じて食べるだろう。)





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Last updated  2014年01月16日 09時44分18秒
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