シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年01月16日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、ニュートンが物質界だけでなく、高次の世界についての法則を述べていたことを紹介した。つまり、ニュートンはバリバリのオカルティストだったのである。

 さて、オカルトでは、神とは、宇宙を1つに統合する叡智のことを指している。日々移り変わる地球の景色、つまり自然も、神の叡智から現われている。

 神の叡智の現われである自然をああだこうだと感じることができるのは、神の叡智を受け入れる知性が、人間に宿っているからだ。だから、人間は神の子なのである。この人間の知性を高めていけば、いずれ神の叡智と一体となり、神の気持ちがわかるようになる。そのとき、人間は天使になるそうだ。

 人間は、神の叡智という生命の樹の知識の実なのである。人間は、生命の樹の成果の知識の実をとって食べるのではなく、育てることが肝要なのである。

 つまり、いずれにしろ、人間が生きているというのは、神の叡智の一部を自分のものとして受け取っていることになる。この自分という感覚が、神の叡智を受け取れる感性であり、喩えるなら、ヤタ(ユダヤ)の鏡である。

 ヤタ(ユダヤ)の鏡に記されている「エヘイエ アシェル エヘイエ」は、「我思う故に我在り」でもあるが、大宇宙から切り取られた小宇宙の自己意識というべきものだろう。

 では、自己意識とはどうやって生じるのだろうか?

 端的にいえば、元に戻ることで現われるようにみえる。例えば、1年は元旦にはじまり、再び元旦に戻るように、植物のライフサイクル(生命環)を考えればよい。人智学では、植物の自己意識、つまり自我は、地球の自我のなかにあるとされるが、それは1年草なら、四季の営みから推測できる。

 これと同じように、人間の血液を考えてみる。

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 上図をみると、よくわかるが、血液の流れは、8の字を横にした「∞」の無限大のイメージになることがわかる。秘密結社が、無限大や8の字を神聖視するのは、これに由来するようだ。つまり、血液の流れから、人間の自我が生じるといえる。

 この図からわかるように、人間の血液は、右側の肺で、酸素を取り入れ、全身を巡ることで、二酸化炭素を排出し、酸素を炭化している燃焼過程を行なっているわけだが、逆に自然、とくに植物は、二酸化炭素を取り入れ、光合成で、酸素を放出していることになる。

 つまり、簡略すれば、化学的に、人間から炭素が、自然へと行き渡っていることになる。だから、このやりとりを継続するには、人間は、自然から炭素を摂取しないといけないことになる。だから、人間は、植物の光合成の副産物である炭水化物を摂取するわけである。

 もし、人体が植物のように光合成を行なえるようになれば、人間は外界から炭素を摂取しなくてもよい。だから、人工光合成が可能になれば、理論的には、人間は人体の7割が水なので、光を浴びるだけで、他は食わずとも生きていけるのである。

 人智学によると、実は、人間の腸では、植物の機能(光合成)を代替する菌を繁殖させることで賄っているそうである。腸は、人体が植物化しない一歩手前の状態を保っているという。

 さて、以上のことから、人間が生きていくには、炭素が必要であることがわかるが(勿論、炭素だけでは生きていけない)、だから、オカルトでは、炭素のことを、「賢者の石」と呼んでいたのである。原子量の基準が炭素になっているのは、その証である。

 だから、炭素の流れを理解することが肝要で、炭素の構造が、情報を担うことがわかる。炭素といえばダイヤモンドだが、日本語では金剛石と呼ばれる。仏像が金張りされるのは、仏陀が覚ったとき(成仏したとき)に黄金の輝きを発したのを模倣したものだが、これは人体が、ダイヤモンドのような輝きを放ったものになったともいえる。

 つまり、人体が植物の光合成を手に入れたときに、人体はダイヤモンドのように輝くという伝説なのであろう。

 人体の光合成獲得への試みは、薔薇十字の秘儀でもある呼吸法を、シュタイナーはその喩えとして提示している。その話については以下のサイトから興味深い話があるので、紹介する。

 ☆  ☆  ☆

ベジタリアン ~ ブリザリアン
http://ameblo.jp/spirituals-aikido/entry-11448288479.html

 肉食をしない人をベジタリアン。

 食事を取らない人をブリザリアンと呼ぶんだそうです。

 世界に25000人もいるとのこと

 タバコも肉食もやめたけど食事まではなぁ。



 地球人だと拒食症に成ると思うけど・・・・・。

 ブリザリアン、英語でBRETHARIANと綴る。

 水を中心とした液体を摂取するだけで生活している人々のことである。その代表が以下に登場するインド人のシュリ・ヒラ・ラタン・マネク氏。

 インディアン・ポストによるとシュリ・ヒラ・ラタン・マネク氏は1995年以来食事をしていないという。

 水を飲む他には、時折お茶やコーヒーを楽しみの為に飲む程度で、夕方マントラを唱えて祈りながら太陽を見るというものである。

 彼の松果体は通常の人間よりも発達しているという。

 松果体は太陽光の受容器官である。

 かつてシュタイナーは薔薇十字の修行について

 「人間の内部の中で酸素を炭素にする器官を形成する規則正しい呼吸を指導する。

現在植物が行っていることを、将来、人間は自らの器官を通して行うようになるが 、この器官を今から修行によって形成する。」

 「将来、人体はより植物に似たものとなり、神聖な愛の鎗(聖霊)と出会う」と語った。

 その言葉にあるように、マネク氏は「光合成」をしているようだ。

 食事をしない人々はインドにおいては他にも例があるようで、聞くところ、 25,000人のブリザリアンが存在するらしい。

 もともと、インドには太陽を信仰する文化が根付いている。

 バガヴァッド・ギーターの冒頭で、クリシュナ〔最高神〕が、教えのはじめに太陽を語ることに由来する。

 ブリザリアンの追従者はアジアのみならず西洋文化圏にもいて、さまざまな形態で発展をとげているようだ。

 いずれの場合もベジタリアンからの移行というかたちをとっているようだ。

 以前、筆者が一ヶ月のファースティングを行った経験では、体が「宙に浮くように」とても軽やかに感じられ調子も非常に良好、精神的にもゆったりと安定し、なにしろ「何を食べようかな」と考えなくても良いのだからカイロス的時間がとてもゆっくりと流れた。

 そして想像した程体重に変化は見られなかった。

 たしかに固形の食事をしなくても生きていけるのであれば、食べないと生きられない、という恐怖が軽減されるかも知れないし、沢山食べると健康になるという迷信が過去のものとなるかもしれない。

 食糧問題への取り組みが将来的に大きく変わる可能性もあるだろうし、先進国で平均的な暮らしを営んでいる人々にとっても「食うために働く」必要がなくなるのであれば、これは大きな精神的・肉体的解放となる可能性がある。

 一部の主婦にとっては、今晩のおかずに悩まずにすむのはストレスの軽減になるだろう。

 ここではブリザリアンについて言及することで、これを奨励することは意図していない。

 食事をしないという選択は今のところ強い信仰や信念に裏付けられた精神修養の過程あるいは結果であり、人間の可能性に対する自己犠牲が伴う実験だろう。

 場合によっては、内在をはき違えた精神性至上主義者的な自己欺瞞ともなりうる。

 また、これとは別の問題として食事に対する選択性がない飢餓で苦しむ人々が存在するということを忘れることは出来ない。

 そして、地球には地球に相応しい進化のステップがあるだろう。

 足元から考えれば、農業を中心に築かれるコロニー/コミュニティー・ベースの社会の到来は今ある多くの問題を改善し、21世紀に相応しい人間の在り方の基本となるだろう。

 食の自給という直接的な目的以上に、そこから自ずと導かれる社会的体験がもたらすだろう事にこそ学びと恩恵があるのではないだろうか?

 そして、暖かい会話をもって食卓を共に囲めるということはとても素敵なことであるし、食事は精神へのマナともなりうる。

 人と人のつながりや食べることを通して外界とのつながりを考えるきっかけ、そして感謝する機会を与えてくれる。

 それでも、シュリ・ヒラ・ラタン・マネクは私たちの可能性を垣間見せてくれる、とても興味深い例である。

 大切なことは、彼が個人の精神的・宗教的修行の為に行っているのではないということだ。

 彼は慢性的な飢餓があるインドの出身であり、そのモチベーションは福祉の追求及び平和な社会への貢献にある。

 飢えている人々に食べずに生きられる事を教えるというよりも、食べ過ぎる人に「 足るを知る 」ことを喚起することによって、わたしたちが分かち合う優しい社会を選択する事が出来るのであれば、その貢献は非常に大きいのではないだろうか。

 マネク氏は太陽エネルギーを有害な目的ではなく安全に利用すること、そしてこのメソッドを個人の福利や発展と人間性を培うために使うようにと訴えている。
http://slicer93.real-sound.net/0-it-space-7104.html (リンク先が消去されている。)より

 ブリザリアンが無理な人は先ずはベジタリアンから始めてみませんか?

 ☆  ☆  ☆

 唯物論者は、食事を物的に考えるが、本来、食事とは、量子力学でいう観測論で、自己意識に必要な情報(経験)を摂取するためのものである。

 例えば、生物を殺して、その肉を食えば、その肉には殺された情報が残っているわけで、もし、自分がその生物を殺したのなら、殺した行為が、情報として自分に返って来ることになる。少なくとも血液に情報が残るので、血抜きをするわけである。

 ニュートンの霊的な第1法則の「生命は生命から生じる」から、食物はできるだけ生きた状態で摂取し、生命機能を真似るのがよいわけである。

 例えば、植物の機能を植物から取り入れるのが、植物薬による自然治癒力の回復であり、ここに医食同源の意味がある。





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Last updated  2014年01月16日 12時34分28秒
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