シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年03月25日
XML
カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回は、人生を注意深く振り返ると、漫画「北斗の拳」のケンシロウではないが、「お前はもう死んでいる(た)」というような人生の転回点を発見できる、というシュタイナーの話を紹介した。

 前回紹介した「いねむり先生」などは、この人生の転回点のわかりやすい例である。

いねむり先生
http://books.rakuten.co.jp/event/book/interview/20110609-ijuin-shizuka/
 『闘病200日にして突然やってきた妻の死。やりきれない思いを抱えるまま、サブローはギャンブルと酒におぼれ心身ともにボロボロの状態に。そんなサブローの前に現れた小説家にしてギャンブラーである「先生」。サブローを競輪の「旅打ち」に誘った先生は、不思議な温かさでサブローを包み込んでいく――。』

 この「いねむり先生」にはナルコレプシーという病名がつけられているが、オカルトでいうところの霊界探訪者であることがわかる。半分死にながら生きているという状態である。オカルトでいえば、寝ているときに霊界に行っているので、本当は、皆半分死にながら生きているのだが、大抵の人は霊界での出来事を忘れてしまうから、霊界とのギャップを感じなくて済むわけである。

 しかし、なかには霊界の思いを引きづる者もいて特に起きているときに、現実逃避を起こすような出来事が生じると、この主人公のように、幻覚幻聴に悩まされるようになることがわかる。「いねむり先生」の場合は、遺伝的な素養もあるようだが、両者がギャンブルに惹かれるというのは、ギャンブルが物質欲による物質界の否定にあるからである。

 私見だが、ギャンブルとは現実逃避による現実破壊なんである。だから、現実感が強くないと、ギャンブルは身の破滅の要素となる。

 しかし、究極のギャンブルとは、預言なんで、そのためには、輪廻転生の法則を知って、死を克服しないといけないわけである。



 誰もわざわざ困難に挑戦しようとは思わないからで、また、霊界のあまりの居心地の良さを引きづらないようにである。もしひきづってしまうと、物質界とはまるでアベコベの法則を適応しようとして、無理難題を強いることになるからだ。さて、シュタイナーの話を続ける。

 ☆  ☆  ☆

天地の未来

文化期(改変)

 宇宙の進化や地球の進化は、ポスト・アトランティス時代(約1万年前から水瓶座時代まで)では様々な文化期を経過していくということを、人智学では強調してきた。それらの文化期は、古代インド文化期、ペルシア文化期、エジプト・カルディア文化期、ギリシア・ラテン文化期、そして現在の第5文化期である。

 (ちなみに、5という数字は悪魔の数とオカルトではいわれ、第5文化期が、霊魂が堕落、腐敗に陥る時代であることがわかる。)

 第5文化期のあとに、第6文化期(ロシア文化期)・第7文化期(アメリカ文化期)が続くことに注意を促してきた。

 以上これらの文化期をただ形上並べることで満足してはならない。個々の文化期の特徴を発見しなければならない。人智学では、特に現在の第5文化期のなかにある(霊界から物質界への)移行意識の理解を試みた。各文化期の特徴を描写するのに形に囚われてはいけない。

 例えば、ある文化期の特徴が全地球上に広まるわけではない。その特徴はある場所に現れ、他の場所や地域には現れずに、その特徴から取り残される。取り残される必要があるわけではないが、それらの地域は古い特徴を保持することで取り残され、その古い特徴は後に進歩していく別の文化期に結び付けられる。

 例えば、精神(霊魂)の文化を取り扱うとき、ヨーロッパ民族とアジア民族との大きな違いに気づくだろう。白人種と黄色人種の違いに気づくだろう。ヨーロッパ的・アメリカ的な本質とアジア的な本質を見比べるとき、アジア民族は過去の地球期の文化意識を保持し、欧米民族はその過去の文化意識を乗り越えていった、という違いに注目すべきである。

 心魂の働きに完全に統制(調和)がとれていない場合にだけ、古代から東洋人が保持した東洋の神秘主義は強い影響を行使できる。



 ポスト・アトランティス時代の第5文化期の体験から、精神や認識を向上させるために心魂の健全な働きを築きあげなければならない。興味深いものであっても、ヨーロッパ人には合わない、時代への逆行をもたらす一種のモノマネの上に、心魂の健全な働きは築かれない。

 しかし、地球の進化は続き、やがて、次の木星の時代がやってくるだろう。その時代には、古めかしい心魂の能力が、進歩した能力と結び付く必要がある。古めかしい魂の能力は、進歩した能力と結び付くことができるように、何処かに保管されていなくてはならない。

 第5(西欧)文化期に第6(ロシア)文化期が続く。唯物論的な学問の信念から生まれた抽象的な思考の持ち主は「第5文化期よりも第6文化期の方が進歩的で高く評価できる」と言うだろう。

 しかし上昇期と下降期がある、という事実も明らかにすべきである。そしてポスト・アトランティス時代では、第5文化期に続く第6文化期は下降期に属する、という事実を明らかにすべきである。ポスト・アトランティス時代の第5文化期に発展した叡智は、第7文化期の次にくる木星の進化の萌芽となる、という事実も明らかにすべきである。

 第6文化期のほうが完全で、第5文化期は不完全だとするような抽象論的な考察ではなく、人智学からわかるような、霊魂の躍動から考察しなければならない。(P131-P134)

白人と有色人種(改変)

 アトランティス時代の第4期に、現在の地球紀の萌芽が植え付けられた。そして、いまのポスト・アトランティス時代の第5文化期に、次の木星の時代の萌芽が植え付けられる。では、この第5文化期のなかで特に発展しなければならない特色とは何か?

 それはキリストのゴルゴタの丘での秘儀(十字架刑からの復活)を通して現れた特色のことで、すなわち精神の意識が、人間性を帯びた物質である肉体のなかにまで下降し、霊が肉をつかむことである。それは、いまだ完了していない。

 いつか人智学が地上という大きな舞台を得て、多くの人々が人智学を生活のなかで表現するときに、精神の意識は人間性を帯びた物質(肉体)のなかにくまなく下っていくだろう。手や指の動きの各々、つまり日常行為のなかに、精神の元の意識が隅々にわたって表現するとき、霊が肉を捉え愛で統合するようなことが起こるだろう。

 天国(太陽)で通用する愛の精神(霊)の意識を、人間性を帯びた物質(肉体)のなかへと下らせるために、キリストが人体のなかで肉になった。この下降、つまり「霊を肉に浸透させる」ことが、白人の使命の特徴である。霊が物質界に降るとき、精神が皮膚に影響し白い肌になる。

 (ここらへんがシュタイナーは差別的といわれるのかもしれないが、要するに白人は白人自身の自力で進めということである。)

 物質的身体である肉体が精神の外皮になることが、いままでの4つの文化期を通して準備された第5文化期の課題である。精神を肉体のなか、日常のなかにもたらす文化意識を築くことが、現代人の課題となるべきである。

 現代人が、精神が肉を捉え愛で統合することを完全に認識すると、いまだ精神が肉体のなかに完全に入ってはいない民族や進化の途中で精神が肉に入るのを拒んでいる民族などの精神が、デーモン(ルシフェル)的な性格(意識)を受け取り、完全に肉体に浸透していない民族では、精神と肉体を完全には共鳴(調和)させない先祖返り的な霊能力があるため、白い肌の色が現れない、ということが人智学により明らかになっている。

 つまり、精神(霊魂=心魂)は現在、肉体のなかに完全に下る、という課題を持っている。

 (言い換えると、「霊能力を失う」という課題をもっている。だから自称霊能者は逆行していることになる。)

 ポスト・アトランティス時代の第6文化期での課題は、精神(霊魂=心魂)を自分のなかだけでなく、周囲の環境のなかにも、その背後に漂う存在として認識することや、精神を、いわゆる元素(精霊=自然)界のなかに認識することである。

 第6文化期の課題は、物質的な周辺の環境のなかにある精神(霊魂=心魂)を認識するための準備をすることである。

 しかし、それは、精神を純粋に元素(精霊)的な生命として認識する霊能力を獲得することになるので、古い先祖返り的な霊視力が霊魂のなかに残っていないと達成するのが非常に困難になる。

 霊視力獲得のための激しい戦いが生じるだろう。白人は、精神(霊魂)をますます深く肉体という自らの物質的存在のなかに受け取る途上にいる。黄色人種は、精神(霊魂)が肉体から離れていた古代、人体の外に霊魂を探さないといけない時代の霊視力をある程度保っているため、白人が様々な地域の有色人種と精神の上で激しく戦うことで、第5文化期から第6文化期への移行がなされる。

 この白人と有色人種との間でなされる戦いに先行する課題(霊魂を肉体の隅々までに浸透させる)が解決し、白人と有色人種との間での大きな戦いの決着がつくまで、歴史は動いていくだろう。未来の出来事は、それに先行する出来事のなかに幾重にも反映している。

 様々な考察を通して身につけた能力を人智学的な感覚(霊視)でみると、未来に生じる必然的な課題の前に、現代人が立っていることがわかる。(P143-P136)

二つの人種(改変)

 精神(霊魂=心魂)を肉体のなかに導き入れ、物質生活での個人の出来事全てに精神が浸透するようにすることを使命とする人類がいる。また他方には、ある意味、古い文化(能力)を保持する下降的な進化を引き受ける人類がいる。

 肉体が精神に完全に浸透することで、地球から決して消滅することのない生命力に溢れる文化意識が出現する。

 このような潜在的な霊能力をもった霊魂が、肉体に完全に浸透すること以外の方法はない。この第5文化期の後に続く第6文化期・第7文化期の人類は、この第5文化期の精神的な創造物(叡智)によって生きることができ、第5文化期の創造物(叡智)を自分のなかに受け取る宿命にある。

 つまり、第5文化期の課題は、外(物質)的で観念論的な生活を、精神主体の生活へと深めることである。

 現在、観念論に征服されている生活が古びたものとなり残り、後の進歩的な生活のなかに受け入れられる必要がある。現在、東洋では精神を主体に自らの日常生活のなかで創造性を生み出す力を持たず、ただ周囲に生じた出来事を自分のなかに受け取るだけである。

 独自の文化意識を自らのうちに担う現在の人類から、第5文化を歴史的に継承する精神文化が形成され、この文化を後の文化が摂取するというように、必然的に歴史は経過していくだろう。

 偏見をもたずに、この二つの人類の流れの違いを客観的に明らかにしてみるとわかる。ゲルマン民族の登場以来、人類はいかに外的な物質に霊(叡智)を浸透させようと努めてきたか、いかにキリスト意識の深みを受け取ってきたかが明らかになる。

 ヨーロッパは外的な物質から出発した。物質かつ霊への萌芽を含む物体から出発した。(P136-P138)

 ☆  ☆  ☆

 以上のような話から現在の第6文化期のロシアと第5文化期の欧米の対立を読み解くとまた違った面が明らかになる。 





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2014年03月28日 11時19分40秒
コメント(0) | コメントを書く
[軟弱日本を斬る!] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: