シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年11月07日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 オカルト(秘教学)では、人間は小宇宙(ミクロコスモス)と呼ばれる。というのは、大宇宙をそのまま象ったのが人間だからで、だから人間には宇宙がつまっているのである。

 聖書でも、人間は神の姿を象ってつくられたとあるように、神が宇宙を支配するように、人間は人体を支配できるようになっている。つまり、人間は人体を支配することで、神の宇宙支配を学びとることができる。

 シュタイナーはこのことを「1プラトン年」を使ってよく次のように表現している。

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 人間は、1分間に大体18回呼吸する。この呼吸数は、1日、つまり24時間では、25920回(18回×60分×24時間)となる。人生を1日単位で換算すると、1年は365日で、人間の平均的な寿命、つまり大体71歳(71歳は、古代では族長の年齢とされていたという。)まで生きる(長生きする可能性もあるが)と想定すると、人間の寿命の日数は、1日24時間の呼吸数と同じ、25915(365日×71年)という数になる(「5」の差は閏との関係)。

 更に、黄道十二宮を巡る太陽の運行の1プラトン年、つまり太陽の春分点が、例えば、牡羊座から昇るとして、再び、牡羊座に戻ってくるまでに要する時間を考えると、25920年となる。

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 つまり、天体の軌道が右螺旋なんで平面で解釈すると閏やらの多少の誤差はあるが、

 大体、 人間の一日の呼吸数=人間の平均寿命=太陽の春分点移動周期

 だから、プラトン年により、少なくとも太陽系のリズムと人体のリズムがフラクタル(相似形)のごとく相関していることがわかる。

 だから宇宙や天体の仕組みを知ることから、人体の仕組みを知ることができるので、占星術が生まれたのである。

 またその逆に人体の制御を学ぶことで、宇宙の制御も学ぶこともできる。

 宇宙全体を統べる能力が神であるなら、その能力を人間は人体を統べる能力に用いているので、神の子といわれるわけだが、この統べる能力が人体を超えて広範囲に及ぶほど高度になることがわかる。

 人間は人体を統べる、つまり制御することで、周囲の自然環境を統べる、つまり制御することを学ぶ。だから、裏返しにいうなら、自然環境を破壊すれば、人体を破壊することになる。

 例えば、自然環境から人間が多くの食べ物を摂りすぎると、人体は肥満になり、人体が肥満になった分、自然はその分の食べ物を新たにつくり出さないといけないので、自然の恒常性が破壊され、また肥満した人体は適度な運動と排泄がなされないと、成人病などに罹る

 だから、食べた分を補うような運動と排泄を行わない限りは制御力が衰えてしまうことになる。

 つまり節度を守った生活を心がけないと人間は制御力を失いどんどんアホバカになり、周囲に迷惑をかけ、自然破壊をおこなってしまうわけである。

 簡単にいえば、我儘とは自分を制御できないことである。人体でいえばガンのことである。

 そのようなアホバカにならないために、ソクラテスの魂の配慮にちなんだ題で、シュタイナーの病気や治癒の話を紹介する。

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 以前の連続講義の中では、人智学の立場、すなわち、人間は霊(精神)的存在の表現体である、という事実からわかる人生の問題を取り上げた。更に今回は、病気や治癒を理解する上で、極めて重要な問題を取り上げる。

 治癒、ときには死に至る病気は、人生に深い影響を及ぼしている。人智学では、病気や治癒を考察するための基礎となる霊(精神)的な知識を絶えることなく探求してきたので、病気や治癒について前世からくる原因や、現世でのその結果の探求も可能となっている。

 そこで、前世、現世全ての経験について、人智学から説明できることは何なのか? という疑問が生じる。

 人生の通常の成長のなかに、病気や死、そして治癒をどのように位置づけたらよいのか、明確にするために、成長の意味について、再度、深く探求する必要がある。というのも、病気や死、そして治癒などは通常の成長に大いに影響を及ぼすからである。

 では一体、病気や死、そして治癒などは人間の成長にどのように貢献するのか?



 病気や死、そして治癒についての明確な概念に到達するには、人生全般にわたって深く考える必要がある。

 これまで繰り返し述べてきたことだが、人間は4つの構成体から成立している。第1の構成体は、周囲の鉱物全般と共有する肉(物質)体で、それは内にもつ物理力や化学力に依存している。第2の構成体は、人智学ではエーテル体、もしくは生命体と呼んできたもので、周囲の植物全般や動物全般などの生命体全般と共有している。

 そして、第3の構成体のアストラル体については以前何度も述べたが、楽しみや苦しみ、喜びや悲しみなど、1日を通して沸き起こる感動やイメージ、思考などを担っている。このアストラル体を周囲の動物全般と共有している。

 そして、第4の構成体は、人間を被造物の頂点に立たせる最高のもの、すなわち自我で、これは自意識を担っている。

 人間がもつこれら4つの構成体について考えるとき、まずわかることは、表面的に見ても、それらが、ある一定の違いをもつことである。

 人間を外から見ると、まず肉体がある。肉体は外から、つまり物質的な感覚によって観察できる。

 物質的な感覚に結びついた思考、すなわち脳に結びついた思考によって、人間の肉体は理解でき、肉体は、外からの観察で明らかになる。

 しかし、アストラル体については全く異なる。既に以前にも説明したが、感覚を超える超感覚的な意識(霊視力)をもたないと、アストラル体を事実として捉えることはできない。つまり、アストラル体は、しばしば述べてきたような方法で意識を訓練しなければ、肉体と同じようにみることはできない。

 通常の生活では、アストラル体を外からは観察できない。可視なのは、その中に波打つ感情や熱情や思考などが外に物質的に現れるときだけである。

 対照的に、これらアストラル体の経験を自分の内面だけで観察する。欲望、熱情、楽しみや悲しみ、喜びや痛みと呼ばれるものを内面に観察する。

 このように通常の(物質的な)生活では、アストラル体は内面で観察されるが、肉体は外から観察される、という違いをもつ。

 さて、他の2つの構成体、つまりエーテル体と自我は、肉体とアストラル体という2つの対極の中間に位置する。肉体は純粋に外側から、アストラル体は純粋に内側から観察できる。そして肉体とアストラル体の中間にある構成体がエーテル体で、それは外からは観察できないが、外に影響を及ぼす。

 アストラル体の感情力、つまり内面の経験はまずエーテル体に移行する。エーテル体に移行することで、物質的な道具の肉体に働きかけるのが可能となる。エーテル体はアストラル体と肉体の間の仲介役として働き、外と内の結びつきを形成する。

 しかし、エーテル体を物質的感覚で見ることはできないが、エーテル体が外に向かい肉体に影響を与えることではじめて、アストラル体の道具としてみることができる。

 さて、自我が内から外に向かって働くのとは対照的に、エーテル体は外から内へ、アストラル体に向かっても働きかける。というのも、自我がアストラル体に影響を及ぼすのと同じ方法で、エーテル体は、肉体が起源をもつ外界の物質的な環境から知識を獲得するからである。

 動物が個々の認識、つまり自意識を持たずに生まれるのは、動物が人間のような自我をもたないからである。動物はアストラル体を通してあらゆる感情を内体験するが、その楽しみや苦しみ、共感や反感を、人間のように外界の知識を獲得する認識として用いない。

 人間が楽しみや苦しみ、喜びや悲しみ、共感や反感と呼ぶ感情全般は、動物では全てアストラル体の経験にとどまり、例えば、人間が楽しみを外界の美への賞賛に変えるのに比べ、動物は、楽しみを生む感情のなかに停滞し埋没するしかない。

 また動物が苦痛の中に停滞し埋没するのに対して、人間は苦痛を外界の知識を獲得する認識に用いることで自我を新しくし、苦痛を克服し、外界を発見できる。というのは、自我が苦痛を外に連れ出し、外界に結びつけるからである。

 以上のようにエーテル体が外から内へと、つまりアストラル体に向かう一方で、その逆に、自我が内から外へと周囲の物質界に向かうことがわかる。

 人間は昼と夜とで、内と外との交替の人生を生きている。この内と外との交替は日々の生活の中に観察できる。朝起きてから寝るまでに、内の魂の中に流れる経験-喜びや悲しみ、楽しみや苦しみ、感情、イメージ等々が観察できる。

 夜寝るとアストラル体と自我が無意識、もしくは潜在意識のなかに入っていくため、日中起きているときの経験が曖昧な闇(霊界)のなかに沈み込んでいくのが霊視者にはみえる。

 対照的に、起きている人を霊視すると、肉体、エーテル体、アストラル体、自我の4つが互いに結びつき、お互いに影響しあっているのがみえる。

 秘教学では、意識について、人間が夜眠りにつくと、肉体とエーテル体は、この世に残り、アストラル体と自我は霊界の元来た場所に帰る、つまり、霊魂が肉体とエーテル体から抜け出す、ことがわかっている。今のテーマに沿うように、この事実を別の形で記述する。

 肉体は物質面だけを外に顕しているが、睡眠中の人間は内と外を仲介するエーテル体を保持したまま肉体を物質界に残す。睡眠中の人間に外からコンタクトできないのは、内と外とを仲介するエーテル体が外界に残るためである。

 (幽体離脱と呼ばれる)

 睡眠中の人間は、ある意味で、肉体とエーテル体だけの物質的存在に過ぎない。エーテル体は内と外とを仲介するが外界に残っているので、肉体とエーテル体を「外(物質)人間」と呼べる。対照的に、睡眠中の人間のアストラル体は「内(精神)人間」と呼べる。これらの用語は覚醒時の人間にも使える。

 というのも、睡眠中のアストラル体は自我とともに内面(霊界)にあり、覚醒時に外界から自我が獲得する知識を内面に入れ、学びながら経験を得るからである。つまり、外界の情報は自我を通して取り入れ内面になるからである。

 (霊界をアストラル界ともいう。人間の内面を意味する。)

 以上のように、「外人間」については肉体とエーテル体から、「内人間」については自我とアストラル体からなる領域(世界)として語ることができる。

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 以上のように知性がどの領域にまで及ぶか、例えば、最も低レベルなのが外界の物質界で、肉体のこと、高次になるほど、エーテル体から、アストラル体、そして自我の領域へと拡がっていく。簡単にいえば、人の心を読み解く知性の方が外界の物質の情報を読み解く知性よりも高度なんである。

 現代人は唯物論に染まりきっているので、人の心が読めずに、自分の心も制御できない。だから、我儘でモンスターになっていくのである。このままいくと環境を破壊し、人体を破壊し、地球を破壊し、宇宙を破壊していくわけである。

 地球や宇宙を破壊する前に人体を壊してしまうので、二度と受肉できずに、堕天使悪魔となり、地球や宇宙の滅亡は免れるわけではある。地球が滅亡する前に人類が滅亡することになる。





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Last updated  2014年11月07日 16時49分59秒
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