シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年04月03日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。しかし、後半は著者の感想なので、参考程度にすべきである。

 ★          ★           ★

 五味康祐、柴田練三郎、海音寺潮五郎、山岡荘八、司馬遼太郎。時代小説の大御所である。

 この内、五味、柴田は、ほとんど史実とは関係ないところで小説を書いている。
 これらは、いわゆる純粋娯楽として楽しめばよい。
 読者もこれが史実だとは誰も思わない。

 ところが、後の三者はいささか趣が違っている。
 この三人は、その題材に、いわゆる歴史上の人物や事件を描いている。

 海音寺潮五郎は平将門、藤原純友、上杉謙信などや元寇を描き、山岡荘八は徳川家康、柳生但馬守宗矩を、司馬遼太郎は坂本龍馬をはじめ、歴史上の人物のめぼしいものは片っ端から小説にとりあげている。

 この三人は、前の二人とは違い、荒唐無稽なところは少ない。
 相当、資料を集め、それを骨組みとして小説を展開している。

 海音寺潮五郎は実に面白かった。資料を十分活用しているがどこにもそれと感じさせるような押し付けがましいところがない。山岡荘八は文献資料ばかりでなく、実地に新陰流の継承者と交流を持ち、そのアドバイスをもとに春の坂道を書いている。

 問題は司馬遼太郎だ。

 面白さでは、前二者に劣る。元々が新聞記者上がりということもあって、新聞記事のような硬さがある。資料の使い方も不徹底で、押しつけがましい。史料の吟味をろくにせず、自分の小説に都合の良いところだけ摘まみぐいして、それに尾ひれを付け、見てきたような大嘘を書く。

 このこと自体は、別に非難するにはあたらない。

 私も、これが悪いと言うのではない。

 問題なのは、自分が書いた膨大な数の歴史小説を、その書かれた当時の歴史認識や価値観で染め上げていることであろう。

 彼の考えや思想は、当時の日本人に共通するものであった。それゆえに当時の一般大衆の支持を集め、発表する小説はつぎつぎにベストセラーになっていった。

 ある意味、これもやむを得ないところである。



 当然、使用する史料は膨大な数にのぼる。とてもこれだけの多量の史料に詳細、正確な検討を加えることなど無理な話である。資料の原書にあたるなど不可能であろう。

 勢い人の書いた小説や、珍説、俗説の類を取り入れることになる。小説であるから、正確さや真実よりも面白さを選ぶ。

 そうして、物語としては面白い作品ができあがるが、これはあくまで話としては面白くはあっても事実ではない。

 確かに、面白く、魅力のある小説が発表されること自体は大いに歓迎すべきことではある。

 問題はその内容である。創作であり小説であるものを、何を勘違いしたものか自分の小説をあたかも歴史的事実であったかのような論評を加えている。



 問題なのは、この部分である。歴史上の人物をその結果から逆算し、推論して物語を組み立ている。

 おまけに、終戦後特有の自虐史観で評論を加える。

 まるで自分が神様にでもなったつもりなのかと思わせるような断定的な語り口には、正直行って辟易させられたものだ。

 坂の上の雲では、乃木希典をまるで戦術的能力のないボンクラとして描き、児玉源太郎を戦術の天才としてもちあげる。

 坂本龍馬に至っては何をやらしても天才的能力を持ち、剣術は強く、女は身を挺してこの男に尽す。

 先見の明は神のごとく、まるで一人で明治維新を引っ張ってきたように描いている。

 おまけに、この日本の存亡の危機に、天がこの時代に遣わした天の使いであるかのような説明を加えているのだ。

 そんなことがあるものか。実際はそうではない。剣術の名人どころか、北辰一刀流では初伝さえも受けていないのだ。

 ただ、唯一、貰った免状は、なぎなたの初伝目録でしかない。正味三年余りの修行期間では、それがせいぜいといったところであろう。

 又、土佐で修行したのは剣術ではなく柔術である。

 龍馬が土佐で習った小栗流は、その主体は和術(柔、柔術)であり、剣術は、その基礎的な五本の型を習ったにすぎない。

 このことから、はっきり言えることは、坂本龍馬は剣術はからっきしダメだったということなのである。

 それゆえ、護身用に拳銃を持ち歩いた。

 人を切らなかったから平和主義者だったなどと惚けたことをいう人間もいるが、これは切らなかったのではない。切れなかったのである。ただそれだけのこと。平和主義者でもなんでもない。

 小栗流は、柔術を主として、居合、棒、剣などを教養程度に指導したが、薙刀はない。それゆえ、北辰一刀流では、薙刀を力を入れて習ったと思われる。

 では、柔術は強かったのかというと、それなりであったということができよう。

 決して弱くはなかったが、そう並外れて強かったわけではない。

 当時の武士は、剣術や柔術は当然習うべきものであった。武士の本性は兵士である。戦があれば主人の為に戦わなければならない。

 (剣術も江戸にできた町人用の護身術。武士が戦場で用いたのは主に槍らしい。刀は矢除け用と敵将のクビを切るために用いたようである。)

 当然、土佐藩士のほとんどは、剣、柔術は徹底的にやったはずだ。当然、小栗流に於いても、龍馬程度の段階の免許を受けた門弟は少なくなかったであろう。

 だから、それなりなのである。決して、龍馬が柔術の名人であったわけではない。

 これが、史料を忠実に読んだ結果である。先入観や贔屓を排し、客観的に素直に読むとこうなる。

 これは、私ならずとも、だれがやっても同じであろう。

 ところが、司馬遼太郎はこの龍馬の前半の最も大切な部分を端折ってしまった。

 龍馬が剣術の名人でなければならない理由があった。そうでなければ千葉定吉の娘、鬼小町と言われたおさなさんとの恋愛がうまくつながらないし、小説としての面白さが半減する。

 剣が強かったが平和主義者であった為に人を切らなかったというのと、剣術は下手っぴいだったというのでは小説の価値が違ってくる。

 彼の主義主張からすれば龍馬が剣術が得意でなかったという事実は到底受け入れることができなかったと思われる。

 このように、司馬の小説は、創作であり、事実ではない。

 (小説は著者の創作なのだが、感情移入しすぎると、事実でないことを忘れてしまうから恐ろしい。)

 本気で史料を読めば、龍馬が剣術はさほど修練を積んでいなかったことと、土佐で学んだ小栗流は、剣術ではなく柔術であったことぐらい容易に察しがついたはずだ。

 (坂本龍馬自体が創作の人物なのだが。この著者も既に龍馬が実在していると錯覚している。)

 これからわかるように、司馬遼太郎は歴史学者ではなく、只の小説家にすぎないのだ。

 彼の描く歴史人物像は実像ではなく、司馬遼太郎という戯作者の煙草のやにで黄色く染まった脳みそが作り出した虚像なのである。

 それを、あたかも歴史的事実のように主張することや、自分のでっちあげた小説を事実だといって宣伝することは決して許されるべきことではない。

 歴史的知識のない一般大衆は、いともたやすくこれを信じ込む。最も困ることは、政治家がこの司馬史観なるものに心酔してその信奉者となることである。

 この事実ではない人物像を見習って、実際にはやりもしなかったことを手本に政治をやられたのではかなわない。

 政治家のほとんどは、俗物である。まともな教養など無きに等しい。そういった連中が司馬史観の虜になれば一体どういうことになるか。考えるだに鳥肌がたつ。

 最悪であることは、この司馬遼太郎以降の小説家が、何を勘違いしたものか歴史意外の分野でも大きな影響力を持ち始めたことであろう。

 小渕恵三内閣のとき、ある小説家を経済企画長長官にに任命し、ろくな成果も挙げられなかったことは、苦々しい記憶として心の隅に残っている。

 これなど、小渕恵三という俗物総理が、小説家をその実力以上に買いかぶった結果である。

 司馬以降、作家の学者気取りは続く。NHKの歴史番組では、もはや古くなったような説を解説している者もいるし、トンチンカンなことを言う奴もいる。

 これは民放でも同じで、最近は、小説家だけではなく、漫画家まで、偉そうに解説し、本まで出してしまった。誤解してもらっては困るのだが、漫画家が歴史を語って悪いといっているのではない。

 ちゃんと調べて正しい事を言うのなら問題はない。正式に、歴史の勉強や古文書について学んでのことなら納得もできよう。

 しかし、そうではない。今まで形成された歴史雑学とでも称すべき俗説の類を取り上げて、さも専門の学者気取りで得々としゃべる。

 これなど、司馬遼太郎の学者気どりの悪影響にひとつといえよう。

 ★          ★           ★

 出鱈目の勝海舟でさえ、学者先生は出鱈目と言っている位である。学者は権力者の犬にすぎない。しかし、偽物をニセモノとして学ぶのには必要な存在である。

 ニセモノのなかに、ごく稀にホンモノが混じっているからである。 





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Last updated  2015年04月06日 13時03分09秒
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