シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年04月16日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 八切史観から、英雄などつくられた存在で、単なる虚栄心の塊でしかないことがわかるが、ある意味、人間なんてそんなもんで、俗物からみればかえってわかりやすく親しみ深いもんである。

 しかし、俗物論を展開し過ぎてかえって理想を失ってしまっては元も子もないので、ここで一服の清涼剤として歴史解釈に必要なカルマの法則を紹介する。それは「風を蒔いて旋風を刈り取る」についてのシュタイナーの話である。

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http://www.geocities.jp/momoforall/Takarajima/booknote7/mybooknote2.html

★神殿伝説

 神話のなかに表現された秘教上の真実は、その真実を理解できる叡智を獲得していない者には比喩として与えられる。その比喩は、カルマをつくる人間の本性に影響を与え、その人間が再び受肉した後、カルマを通じて人生のなかで秘教上の真実が理解できる様にする。

 さて、今日は数百年前に初めて明かされ、今なお様々な形で伝えられている、ある秘教上の真実について述べる。

 前世に東洋である秘儀を伝授された人物が、15世紀のはじめ、ヨーロッパに現われた。それはクリスティアン・ローゼンクロイツである。彼は、クリスティアン・ローゼンクロイツとしての生涯が終わる前に、数人に-その数は十人にも満たないが-自分が受けた秘儀を、当時のヨーロッパ人にも理解可能な形で伝授した。



 クリスティアン・ローゼンクロイツは、十分に準備が出来た者だけにわかる様に、薔薇十字の秘儀の奥義を表現した。彼によって伝授されたこの奥義はそのままでは大衆に明かす事が出来なかったので、神話の形で伝えられた。

 15世紀初頭に設立されて以来、同胞団の中で、その神話は様々な形で語り継がれ、解釈されて来た。しかしその神話が、いくら広まっても、その真意を解釈出来たのは、準備が整った限られたグループだけだった。この神話とはおよそ次の様なものだった。-

 あるエロヒムが人間を創り、エヴァと名付けた時代の話で、そのエロヒム自身がエヴァと結ばれ、カインが生まれた。さらに別のエロヒム、つまりヤハウエは、アダムを創り、アダムもエヴァと結ばれ、この夫婦からアベルが生まれた。

 つまり、カインはエロヒムの神々直系の息子であり、アベルは人間として創られたアダムとエヴァの息子となる。

 神話は更に続く。

 神ヤハウエは、アベルが捧げた供え物は受け取ったが、カインの供え物は受け取らなかった。カインはヤハウエが直接命じて生ませた子ではなかったからである。その結果、カインは弟殺しを犯した。彼はアベルを殺したため、ヤハウエの共同体から締め出された。

 そして遠い土地に行き、彼自身の一族の祖先になった。

 アダムがまたエヴァと結ばれた。そしてアベルの代わりにセトが生まれた。セトも聖書に登場する。この様にして二種類の人類が生じた。1つはエヴァとエロヒムに由来するカインの一族であり、もう1つはヤハウエの命令で結ばれた純然たる人間から生じた人類である。

 例えば、Τ(タウ)という文字(Τ形文字。ギリシア語とヘブライ語の字母。古来、生命、再生、知恵、権力の象徴。古代ゲルマン神話やミトラ教にも用いられている)を発見したメトサエルや、青銅と鉄の加工を教えたトバル・カインなど、あらゆる芸術や科学を地上にもたらしたのはカインの一族である。

 (Τ(タウ)は古代アトランティス人の神とされ、この神の言い伝えをまとめたのが、老子らしい)

 この様にエロヒムの直系から、芸術と科学の発展を担う人類が生じた。ヒラムもカインの一族だった。彼は、カインの末裔が様々な世代を経るうちに貯えた知識や芸術すべての後継者だった。ヒラムは、考えられる限りで最も優れた建築士だった。



 しかし直接働きかけて、技術や芸術、科学の分野で実用的なものを生み出す叡智ではなかった。

 それは神から霊感として直接与えられた贈り物の叡智であり、人間の努力で下から作り出される、情熱や意志から溢れ出る叡智ではない。

 そうした叡智は別のエロヒムから直接生まれたカインの末裔に見られた。彼らは全てを自分で作り出そうと努力する過酷な労働者達だった。

 (このカインの末裔からフリーメーソンが生まれる。)

 さてソロモンは、神殿を建設しようと思い、建築士にカインの末裔であるヒラムを任命した。その頃、聡明なソロモンの事を伝え聞いたシバの女王バルキスがエルサレムにやって来た。彼女はソロモンの明晰で卓越した叡智と美しさに魅かれ、彼の求愛を受け入れる。



 ソロモンは、ヒラムに何か仕掛けてやりたかったが、神殿が出来上がるまで彼を生かしておく必要があった。そして次の様な事が起こった。

 神殿はある程度出来上がり、ヒラムの傑作となるべき「青銅の海」だけが残された。このヒラムの傑作は大海を表し、青銅で鋳造されて神殿を飾るべきものだった。ヒラムは青銅を神秘的な手法で調合し、鋳造の準備は全て整った。

 そこに三人の職人が現れる。彼らは神殿を建設する際、建築士には適さない、とヒラムに言われたのを恨んでいたので、青銅の海の完成を邪魔しようとした。それを知ったヒラムの友人の一人が、職人達の企みを阻止するために、ソロモンにその事を告げる。

 しかしソロモンは嫉妬からヒラムの破滅を望んでいたので、そのままにしておいた。三人が、入れてはならない材料を素材に加えたので、鋳造物は全て飛び散ってしまった。ヒラムは燃え上がる火に水を注いで消そうとしたが、事態を余計に悪くした。

 彼が鋳造の完成に絶望しかけた時、祖先の一人トバル・カインが姿を現した。彼はヒラムに、火傷を負う事はないから、心配せずに火の中に飛び込むように、と言った。ヒラムが言われた通りにすると、地球の中心に達した。

 トバル・カインは彼を、本来の神性(一元性)を取り戻したカインの所に連れて行った。そこでヒラムは火の創造や青銅の鋳造の秘密などを伝授され、更にトバル・カインから、槌(つち)と首にかける黄金の三角形を受け取った。彼は地上に戻ると、その槌で鋳造を修理して、青銅の海を完成させた。

 その後、ヒラムは、シバの女王と愛し合うが、例の三人組に襲われ、殺されてしまう。

 しかし彼は死ぬ前に、黄金の三角形を、泉に投げ入れておいた。ヒラムの行方がわからなくなると、人々は彼を探し始めた。不安にかられたソロモンは、事の真相を知ろうとする。

 三人の職人が、昔からの合言葉を漏らすのではないかと懸念された為、親方(マイスター)達の間で新しい言葉が申し合わされた。ヒラムが見つかった時、最初に漏れた言葉をマイスターの新しい合言葉にしようと言った。ヒラムが発見された時、彼はまだ少ししゃべる事が出来た。彼は言った。

 「トバル・カインが私に告げた。私にひとりの息子が生まれるだろう。その息子に多くの息子が出来、地球上は彼らで一杯になり、私の作品である神殿を、完成させるであろう」と。

 更に彼は、黄金の三角形のある場所を示した。それは、青銅の海へ運ばれて、この青銅の作品とともに、神殿の特別な場所である至聖所に保管された。

 黄金の三角形と青銅の海の二つは、このソロモンの神殿と建築士ヒラムについての神殿伝説全体の意味を理解する者だけが見つけ出せる。

カインとアベル=セト、神殿伝説から見た、人類の進化の歩み

 さてここで、この伝説の解釈に移りたい。この伝説は、ポストアトランティス時代の第3のエジプト・カルディア文化期、第4のギリシア・ラテン文化期、第5のゲルマン文化期(15世紀以降)の運命を表している。

 「神殿」は数多くの神秘同胞団の神殿、または第4、第5の文化をもつ人類全体によって築かれる「神殿」であり、「至聖所」はその神秘同胞団の住居である。この団員達は、青銅の海と黄金の三角形の意味を知っている。

 ここで、二種類の人類が問題にされている。

 ソロモンに代表される神的な叡智をもつ者達と、火(エネルギー)を熟知し、その扱いを心得ているカインの子孫、カインの一族である。ここで言う火とは、物質的な火(物質のエネルギー)ではなく、アストラル空間に燃え上がる火、激情や衝動、欲望の事(精神のエネルギー)である。

 ではカインの末裔とは誰の事なのか?

 カインの末裔とは、この伝説の意味から言うと月紀にほんの少し進化が停滞したエロヒムの子ら(ルシファー)の事である。月紀で人類は欲望(カマ)の世界と関わった。このカマ、または火(精神のエネルギー)は、その頃、叡智に貫かれていた。二種類のエロヒムが存在した。

 一方のエロヒム達は、叡智と火が結婚した状態に留まらず、それを超えていった。彼らが人間を創った時、彼ら自身はもはや熱情に貫かれていなかったので、冷静で明晰な叡智を人間に与えた。これがヤハウエの宗教で、その叡智は激しい感情を全く持っていなかった。

 もう一方のエロヒム(ルシファー)は、叡智が月紀の火とまだ結び付いたままでカインの末裔を生じさせた。

 こうしてセトの末裔には、明晰な叡智を兼ね備えた信仰心の篤い(無欲な)人間が、カインの末裔には、叡智に感情を駆られ、熱狂する衝動的な(欲深い)人間が生まれた。

 この二つの系統の人間は、あらゆる人類と時代を通じて働いてきた。カインの末裔の情熱から芸術と科学が生まれ、アベル-セトの流れからは熱狂のない冷静な叡智の敬虔さが生まれた。

 この二つの系統は常に存在し、ポストアトランティス時代の第四のギリシア・ラテン文化期まで続いた。

 それからキリスト教が創られた。それによって、上から与えられただけのそれまでの敬虔さ、カマ(欲)の全くない純粋な敬虔さは、キリストが地上にもたらした愛に浸された。キリストは叡智だけでなく、愛が受肉した姿なのである。

 愛は同時にブッディ(生命霊)と呼ばれる高次の神性なカマで、自分の為には何ひとつ欲さず、心の全てを他者に捧げ尽くす、溢れ出る逆カマ(無欲)である。

 ブッディ(生命霊)は逆のカマ(無欲)である。これによってアベル-セトの敬虔な叡智の子らの中に、熱い感情も備わった高次の敬虔さが準備された。それがキリストの敬虔さである。その敬虔さが、まずポストアトランティス時代の中の第四のギリシア・ラテン文化期にもたらされた。

 しかしこの流れ全体は、まだカインの末裔と結び付くまでには至らなかった。彼らはまだ敵だった。

 キリスト教が全ての人間の心を捉えていたら、人間は敬虔な愛で満たされたかもしれないが、個人個人の心のなかでは機能しなかっただろう。それでは強制された信仰心になり、個人の心の中に、キリストが兄弟として生まれるのではなく、主人として生まれただろう。

 個人的な信仰心が働くには、なお第5のゲルマン文化期全体を通して、カインの末裔が影響を与え続ける必要があった。彼らは秘儀を伝授された秘儀参入者達に影響を与え、この世の芸術と科学の力で、人類の神殿を建設する宿命を負っている。

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 次回に続く。





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Last updated  2015年04月17日 12時02分46秒
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