シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年05月19日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 先日、ゆとり世代を取り上げるバラエティ番組をやっていたが、ゆとり世代には暗黙糧の社会的常識が通用しないということを念頭に置く必要性を感じた。

 バラエティ番組はゆとり世代の常識のなさをいじって笑いを提供するのが主旨なんで周りにゆとり世代がほとんどいない私にとっては特徴がわかって面白かった。

 確かにゆとり世代にはコミュニケーション能力のなさや空気の読めなさを感じるが、それを問題にするならむしろ、ゆとり教育をし、ゆとり世代をつくり出した政治家たちや大人たちの方だろう。

 だから大人たちが詰め込み教育により当たり前とされた常識を疑うことなく宗教のように盲信し、弱者に強制してきた自らが受けた詰め込み教育の反省をする良い機会に思える。

 この国では江戸時代の封建制度もあり、明治期以来、官僚制という年功序列のピラミッド構造が主体となり、その細部の関係は江戸期のコネ、つまり主従関係や徒弟制度などから切り貼りされ、上司と部下の上下関係に代わっていった経緯がある。

 しかし、最近の少子化による外国人労働者や女性労働者の参入などにより、この国独特の従来の絶対服従という悪しき労使関係が緩和され、ネットの導入などで海外の新しい自由や平等の概念が取り入れられ、昨今のセクハラ、パワハラなどの告発となっているわけである。

 つまり、従来通用していた常識が通用しなくなっている。これは時代の流れである。

 高度成長という美辞麗句のために多くの人が過労死で死んでいった、現在からみればほとんどがブラック企業とされるだろう。冷戦時代の米ソの潰しあいの漁夫の利の恩恵もあり、それがいまでは円高による単なるバブル経済、金融詐欺だったことがわかっている。

 高度成長の時代やバブル経済は過去のもので、もはや通用しない。



 例えば、忘年会や新年会をウイキで調べると、その年を忘れるため、前年を忘れるために開かれると間違って理由が記載されているが、せっかく経験した年月を忘れるアホバカがいるだろうか、そんなことなら、理性を働かして、酒は有害なんで一切飲酒をやめるべきであろう。

 二日酔いなんてなったら本末転倒で酒なんて百害あって一利なしである。しかも酔っ払いが公共の場でゲロを撒き散らしたり、悪態をついたりしたら大迷惑なのだから。

 外国人がこの国にきて驚くワースト1が酔っ払いである。エレガントな飲み方を教えるならわかるが…。残念ながら飲み会で語られるのはほとんどが先輩風を吹かせた愚痴のようである。

 だから、忘年や新年の「年」というのは、「歳(年齢)」のことであろう(昔は数え歳なんで元旦に皆歳をとった)。つまり年齢を忘れて、つまり上下関係を忘れて集うということに意味がある。日常の身分から離れて裸の付き合いをするから意味がある。

 逆に仕事での上下関係をブライベートまで持ち込まれたら、海外では下手すると人権侵害にまで拡大解釈される可能性もある。

 勿論、海外でも接待はあるだろう。しかし、それは仕事として認められているはずである。この国では仕事としては正式に認められず、参加自由という名目で、飲み会に参加しないと後でいじめられたり、仕返しされたりすることもある。グローバル化を唱えるのなら、従来の非合理な仕来たりは犠牲にしないといけない。

 建前と本音ということでわざわざ説明するのもこの国の過去の奴隷制度や封建社会の残像としての不自由さを彷彿とさせる。そういう悪しき伝統のせいで、先の大戦で敗戦を招いた反省はどこにいったのだろうか。多くの日本兵が戦場で飲酒や麻薬中毒になっていたという。

 余談が長くなったので、話をゆとり教育に戻す。

 そもそもゆとり教育の主眼が、詰め込み教育に対する反省であることはよく知られている。だから、ゆとり世代と接することで、その態度を改め、反省すべき立場にあるのは、大人たちの方なんである。

 そこで、ゆとり教育を調べてみると、妖怪中曽根内閣の臨教審によるそうで、教育の民営化が目的である。リクルート問題のような教育を金儲けの道具として利用した面も否めない。端的にいえば、教育を民間の自由競争に曝すというわけである。

 つまり、教育を民営自由化すれば、資本の差から格差が拡がる。金持ちは家庭教師や塾などで教育に金銭をかけることができるが、貧困な家庭はとても無理である。つまり教育を平等に受ける権利が阻害されることに気づいていない。



 戦後のこの国の住人はとにかく経済優先で生きてきたことがこのことからもわかる。エコノミックアニマルという蔑称も与えられた。

 ゆとり世代という称号よりもエコノミックアニマルという蔑称の方が問題で、恐らくその名称は家庭を顧みずに金儲けに邁進した競争好きな全共闘世代や団塊の世代たちに送られたものなのだろう。気がつけば、日本の国土の大半が放射能で汚染され、かつて300万人もの犠牲者を出した軍国化への道に後戻りしている。

 ゆとり世代を馬鹿にする団塊の世代たちの罪はどこにいったのだろうか?

 自分さえよければいいと、ゆとり世代を罵れる権利などあるのだろうか?

 団塊の世代や全共闘世代については以下のサイトを参考に。

【日本の世代名まとめ】ゆとり世代、バブル世代、しらけ世代、ポスト団塊の世代…
http://degitekunote.com/2014/08/20/generation-name-japan/

 さてでは、ゆとり教育は従来の教育と比べて、どう違うかの具体例を考えてみるが、以下のサイトが参考になる。

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ゆとり教育で不足した学力はどこで補完するのか ~社会人になるために~江見 圭司
http://www.accumu.jp/vol20/%E3%82%86%E3%81%A8%E3%82%8A%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E4%B8%8D%E8%B6%B3%E3%81%97%E3%81%9F%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%A7%E8%A3%9C%E5%AE%8C%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B.html

 (以下に適当に抜粋する。)

 とにかく,数学・算数と理科の内容の削減はすさまじかった。よく知られるのは,小学校で円周率が3.14ではなく3と教えるというものである。これはマスコミがたたきすぎたために,教科書の方では3.14で教えても検定合格になった。また,中学校の理科ではイオンがなくなったため,高等学校「理科」の生物ではイオンという概念を一切用いて説明できないことになった。このことは科学の歪曲と捉えられた。

 3.1. 小学校算数で排除された反比例 

 3.2. 定着しない素因数分解 

 3.3. 濃度を知らない高卒者

 3.4. 四則演算の順番がわからない高卒者

 3.5. 大小関係がわからない高卒者

 3.6. 漢字を読めない高卒者

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 巷でゆとり教育といわれているのは第3次ゆとり教育のことらしい。上のサイトをみればわかるように、理科、算数、数学、漢字などの基礎教育が大幅に削減されたようである。つまり、学校の課題から外され、自主学習するか、民営自由化の流れで家庭教師か塾で習うしかなくなったわけである。

 理数系の基礎学習を疎かにすると合理的思考ができなくなる。また漢字習得が欠けると主に世代間の断裂を生じさせる。母国語と理数系の習得は人間として生きるために不可欠のものである。というのも、それらを用いて人間は思考し、神の叡智に近づけるからである。

 教育の平等化からいっても、政府の怠慢なのだが、それがわかる話を、ゆとり教育が成功しているといわれているフィンランドと比較するために、その話をウイキから抜粋紹介する。

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フィンランドの教育
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%86%E3%81%A8%E3%82%8A%E6%95%99%E8%82%B2

 OECD生徒の学習到達度調査(PISA:数学・科学・読解力の3教科のみ)においてトップの成績をあげ、全ての項目で日本を上まわったフィンランドは週休二日制であり、授業時間も日本よりかなり少なく、また、「総合的な学習」に相当する時間も日本より多く、「ゆとり教育」に近い内容である。

 具体的な中身として一つは、中学校の教育に特筆されるのは三分の一にわたる(成績の低い)生徒が特別学級に振り分けられるか、 補習授業をうけていることがある 。

低学力の生徒に対する個別の教育により底辺の学力を上げるだけでなく、優秀な生徒にはそれ相応の特別な教育がおこなわれている。つまり、生徒の能力の違いを前提にして全体の学力を上げている 。

生徒の個別の能力差に沿った教育が行われているため、無理に能力の低いものを能力の高い授業に適応させる必要がないために「遅れる」ことはあっても「落ちこぼれる」ということはない 。

特定の基準を満たさない生徒にそぐわない授業内容を押しつける必要がないから「ゆとり」があるわけである 。

 また、高校入学は中学の成績に基づいて振り分けが行われており、よい高校やよい課程に入学するには中学でよい成績をおさめなければならない。

 他には、授業の組み立て方や教科書の選定など、教育内容の大部分を現場の裁量に任せられているという特徴もある。また、フィンランドは授業時間は少ないものの、日本にはない様々な教育の工夫が試みられている。

多くの学校で学費が無料であるため、低所得の世帯でも安心して教育を受けさせることができる 。

 このようなシステムがフィンランドにはあるため、フィンランドで講師を務めたこともある中嶋博早大名誉教授は、落ちこぼれをつくらず楽しんで学ぶ教育がフィンランドの教育であると述べており、フィンランドに留学経験のある者は、中高一貫の学校が多いため、(中学)受験を気にせずじっくりと学習に取り組む事ができ、学習への理解が不足している、いわゆる 「落ちこぼれ」の生徒は義務教育中であっても、じっくり教育を受けるシステムが確立されていると述べている 。

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 日本と大きく異なるのは、フィンランドには教育の平等化や機会均等化の理念があり、日本の場合は憲法に明記されているにも関わらず、教育のほとんどが民間に丸投げで、教育の機会格差が生じているところである。

 実際の大きな違いはフィンランドでは教育がほぼ無料なので、極論すれば日本のように金銭で誤魔化して入学したり進級するといったことがほとんどないことであろう。

 例えば、日本には母国語が不自由で漢字が読めない総理がいたり、とても大学の教科を修めたとは思えない憲法や歴史の無知さを曝け出して海外から見下されるアホバカ総理がいて、博士号を取得したドイツの首相に皮肉をいわれたりすることはないわけである。

 選挙で勝てばいいていうもんじゃないんだよ。選出後にどれだけ多くの人を自由な幸福に導けたかなんである。

 ゆとり世代を馬鹿にするより、全共闘世代や団塊の世代の競争好き、闘争好きを問題にすべきに思われる。





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Last updated  2015年05月20日 11時19分01秒
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