シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年06月03日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 天変地異が巷を賑わせているが、自然破壊を見過ごしている、この国の住人への警笛とも受け取れる。社会は金儲けばかりで、政治は相変わらず混乱している。振り返ってみると、小渕総理辺りからこの国にはマトモな総理がいなかったことがわかる。

 最も優秀な人格者が総理になるべきであるということに誰もが賛同するはずだが、それとは程遠い人物が総理になっているのは何かの陰謀と考えた方が妥当である。実際に、国会が単なる茶番の劇場と化してしまっている!

 ダマスゴミは政権の提灯記事を書いて嘘情報で洗脳し、国民を欺き、政治を混乱させている。

 武力、武力というが、ただ金儲けだけの何も守るものがない無節操な武力は傍若無人な振る舞いで単なる暴力にすぎない。

 このままいけばこの国は終わりであることがわかる話を紹介する。

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国に四維(しい)あり
http://ameblo.jp/hiroo117/theme4-10015212160.html



 『国家四維(こっかしい)』

 国に四維有り。

 一維絶(た)てば傾(かたむ)き、
 二維絶てば危(あや)うし。
 三維絶てば覆(くつがえ)り、
 四維絶てば滅ぶ。

 傾(かたむ)くは正すべきなり。
 危うきは安(やす)んずべきなり。
 覆へるは起こすべきなり。
 滅びたるは復(ま)た錯(お)くべからざるなり。

 何をか四維と謂(い)ふ。

 二は曰く義。
 三は曰く廉(れん)。
 四は曰く恥(ち)。

 「管子・牧民」

 国家を維持するに、必要な四つの大綱(おおづな)がある。



 国が傾いても立て直すことができる。
 国が危うくなっても安定に戻すことができる。
 国が転覆しても、復元することができる。

 しかし、ひとたび国が滅亡してしまうと、もはやどうすることもできない。

 何を四維というか。

 その一つは礼、つまり人間関係や秩序を維持するため必要な倫理的規範・様式。
 二つ目は義、つまり倫理道徳にかなっていること。
 三つ目は廉、つまり無私無欲であること。
 四つ目は恥を知ることである。

 『人生信條』安岡正篤・致知出版社

 維とは、大綱のことであり、つなぎとめるという意味もあるが、国家の大本のことをいう。

 4つの大綱が切れてしまうと、国は滅びるという。

 一つ目の、礼は乱れて久しい。
 先生、親、先輩、年配者、それぞれに対する礼の欠如は目に余る。

 ただ頭をぺこんと下げただけの礼も多い。
 真の礼は、神道の神主さんが行う、腰を90度に折り曲げる礼だ。

 普段そこまでできないにしても、ちゃんと立ち止まり、きちっと礼をする、おざなりではない、しっかりした礼が必要だ。

 礼に始まり礼に終るのが、日本の心だから。

 2つ目の、義は、信義や、忠義、あるいは道義といった、守るべき大事な価値観だが、倫理道徳という言葉さえ、死語のようになってしまった感もある。

 3つ目の、廉は清廉のことで、心が清らかであり、私利私欲がないこと。

 政治の世界も、一部の企業も、損得で動くことが多い。

 天下国家のため、世のため人のため、という視点が欲しい。

 4つ目の、恥を知れば、卑怯なことはしない。

 恥ずる心があれば、礼や義や、廉を忘れることはない。

 現代の日本の危ういところは、現代人が公の心を忘れていることだ。

 公とは、自分の損得より先に、人の喜びを考えるという、公平無私の姿勢だ。

 この公の心があるからこそ、「人の見ていないところでも、ごみを捨てない」、「お天道さまに恥じないことをする」、「人様にご迷惑をかけてはいけない」、という気持ちが生まれる。

 公をなくしてしまった人は恥ずかしい。

 それは…

 弱いものをいじめる人であり、自分だけよければいい人であり、気遣いのない人であり、惻隠の情のない人だ。

 国の滅亡も個人の滅亡も同じだ。

 四維を忘れたとき、国も、人も滅びる。

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 君子危うきに近寄らずというが、国家指導者に必須なのは何より先見力であろう。孫子の兵法でも、戦わずして勝つのが最上で、戦ってしまっては二流以下なんである。

 古今東西、武力がありすぎてかえって恨みをかって滅んだ国は多い。ローマ帝国もそうだし、近年のソ連もそうである。過ぎたるは猶及ばざるが如しなんである。

 武力があっても、滅んでしまえば、なんのための武力なのかわからない。そこでホンモノの武力とはどういうものなのかを示す話を紹介する。

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卜伝(ぼくでん)先生の高弟
http://ameblo.jp/hiroo117/theme-10074577417.html

 向谷匡史氏の心に響く言葉より…

 武道界の長老と食事をしていて、水が入ったグラスを置く位置について注意されたことがある。

 私のグラスが手元に近いため、箸(はし)を伸ばすと当たって倒す危険がある、というわけだ。

 「 何事によらず、予測できるアクシデントは、最初から避けるべし 」…これが武道家の心得だと笑っておっしゃった。

 このとき、私は塚原卜伝(ぼくでん)のことを思った。

 卜伝ほどの達人になれば、世の中、怖いものなしだろうに、卜伝は無益な戦いは避けることを信条の一つとしていたからだ。

 こんなエピソードがある。

 技量優秀で、そろそろ免許皆伝を与えようかと、卜伝が思っていた高弟がいた。

 あるとき、この高弟が馬の後ろを通ったところ、馬がいきなり後ろ足で蹴り上げてきた。

 周囲の人たちが危ない、と思った瞬間、この高弟は、ひらりと身をかわしたのである。

 それを目にした人たちは、「さすが卜伝先生の高弟だ」と、口々に称賛した。

 ところが、この話を聞いた卜伝は違った。

 「未熟者め」

 と言って、免許皆伝を与えなかったのである。

 そして、ある日のこと。

 卜伝が歩いていて、馬に出くわした。

 高弟と同じ状況である。

 卜伝はどうしたか。

 馬のそばを避け、遠く迂回(うかい)して、何事もなく通り過ぎていったのである。

 それを見て、なぜ卜伝が高弟に免許皆伝を与えなかったか、みんなは納得した…

 卜伝のこのエピソードに、長老の注意を重ね合わせ、私は以後、予測できるアクシデントは極力避けるようにしている。

 夜、電車に乗るときは、酔っぱらいがいない車両を選んで乗る。

 声高に話す行儀の悪い一団は避ける。

 飲み屋もしかり。

 素行が悪そうなグループの近くには座らない。

 会社においてもしかり。

 自分の企画に反対意見が出そうだと思ったら、企画を提出するタイミングを再検討する。

 企画を通すことが目的であって、反対意見と衝突することではないからだ。

 丁々発止の意見を戦わせ、よしんばそれに勝ったところで、相手に怨(うら)みを残すのは、長い目で見ればマイナスに作用することが多いのである。

 『 降りかかる火の粉は避けて通れ、払えば袖に火がつく 』

 これが武道精神なのである。

 『武道に学ぶ「必勝」の実戦心理術』KKベストセラーズ

 「 百戦百勝は、善の善なる者にあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり 」という孫子の言葉がある。

 百回戦って百回勝つことは、最上の策とは言えない。

なぜなら、戦えば必ず兵の損傷があるからだ 。

最上の策は、戦わずして勝つこと 。

 武道に限らず、なまじ腕に自信がある人は、自分の得意分野で競ってしまう。

 例えば、経営で言うなら、規模の大きさを恃(たの)んで価格競争を仕掛けること。

 同じ土俵に乗ったら、みんなが疲弊(ひへい)する。

 まともに真正面からぶつからない。

最上の策は戦いをさけ、同じ土俵で戦わないこと 。

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 この総理大丈夫か?と国民に心配させるようなのはその時点で失格なんである。

 武という字は戈を止めると書くように、戈、つまり暴力や横暴を止めるということなんである。この説に対して異論(戈をもって進むという説もある)もあるだろうが、この説以外に、武の意味をよく現わしている説明はない。

 字のなかに東洋哲学の深い意味が隠されていることを知るべきであろう。平和のための武なのだから、争わないのが本義で、争ってしまった時点で平和の使者として失格なんである。

 もし勝ったとしても怨みを蒙るようなら、将来子孫に災いが及ぶので、大局的にみれば、負けなんである。束の間の勝利よりも、永遠の勝利を得るのがホンモノの武道であろう。





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Last updated  2015年06月03日 13時17分26秒
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