シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年07月07日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回の続き。前回の話を要約すると、植物の多くが緑色にみえるのは、人間の血の赤色と補色で、人間と植物が光をエネルギー源とする上で共生関係にあるという話だった。

 つまり、先の紹介のブログ主さんは、、植物は人間に配慮して、緑色にみえるわざわざ非効率な光のエネルギーの取り込み法を選択していると考えたわけである。で、その続きを転載する。

 ★         ★         ★

 話を戻しますが、地球の植物の多くが「光で生きている」のに、その生存のために最も効率のいいはずの緑の光を「拒絶する色」である緑であることを植物は選んだということになります。

 エネルギー生成の観点からは、本来は「植物の色は黒に近いほうが理想的」です。

 なぜ、植物は黒にならなかったのか。

 植物という存在は完全なもので、進化上の間違いなどということがその歴史の中で起きるわけがない。

 効率だけ考えるのなら、植物は緑色など選ばなかったはずです。

 なので、「効率」以上の理由がそこにあるはずです。



 その方向で進化していけば、森や草原に行くと下のような風景の地球になっていたということですね。

 植物が光合成に対して効率のいい色だった場合の世界
plant-01a.jpg

 きわめて味気ない風景となってしまいますが、この方が緑よりはるかに効率的に光合成がおこなえるだけではなく、曇りの日が続いても、弱い光しか入らない場所でも「黒いボディの植物」なら、効率的に体内に光を取り込めるので、植物自体の生存には優れているはずです。

 しかし、そうはなりませんでした。

 (省略)

 私たちの多くは、このような緑を見て「美しい」と思えますが、なぜ、このような美しい光景を保って、あるいは「自らの生存条件を弱くまでして」植物は緑色の存在として長い年月を地球で生きてきたのか。

 もっとも光合成の効率の悪い色を選んでまで、植物が緑であり続ける理由は何なのか。

 前回の植物での発電の記事でご紹介したものの中に下の文章があります。

 実はこの部分を読んで、今回のことに気づいたのでした。



 根を通って排出されるその廃棄物は C6H12O6 (グルコース)の化学構造を持っており、それが微生物によって分解され、二酸化炭素(CO 2)、プロトン(H+)と電子(e - )になる。

 なーんと、植物は、光合成において 70パーセントもの「無駄」を作り出していた。

 ただでさえ効率の悪い「緑色」の体をしている上に、70パーセントもの無駄を出しているなんてのは、やはり植物は不完全なものだった?

 しかし、植物の意志はどうであれ、これで助かる存在があります。

 それは人間です。



 電気はこの地球上で人間だけが使うものです。

 その源となるエネルギーが、植物という人間の身近で自然発生している。

 しかも「あえて植物が無駄な光合成の効率をとる」ことによって、初めてそこに電気というエネルギーが発生する条件が生まれている。

 そして、植物が、光合成を「効率悪く」おこなえばおこなうほど、電気転換の効率は良くなる。「効率悪い光合成のため」に最も適した色は何か?

 それはおそらく「緑色」です。

 そして、その理由が「植物は人間と共生するために存在しているから」だと思うに至ったのです。

 先に結論的なことを書きますと、植物と人間の関係は、エネルギー生成の合理的な理由を含めて、

 人間のいる場所の植物は緑色でなければいけないという原則がある

 というもので、そして、あとは

 人間は植物の緑を美しいものだと感じるという原則がある

 こともそれと同じことだと確信しました。

 この原理は先ほど書きました「なぜ人間が色を感じるのかはいまだにわかっていない」ことと、色の正体が「音(波長)」であることと関係していると思われますが、とりあえずは、上のふたつの「原則」が地球には存在しているという「理屈のない断定」でも構わないと思います。

植物と人間の一体性

 植物の緑色という色は効率の悪い光合成のためには最適で、そして、「歴史の中で、いつかは人間がそこからエネルギーをとることができる」ことを植物か、あるいは「誰か」がその時を待っていた。

 先ほども書きましたが「色は基本的に単なる波長」で、そこに色はありません。しかし、私たち人間は、原初から「その波長の電磁波を、それぞれの色だと感じるように」作られている。

 それらに加えて、様々な物体にある「色」で様々な感情を持つことができるようになっている。

 空の色、雲の色、太陽の色、土の色、植物の色……。

 私たちは植物の葉の色を緑色だと感じていますが、しかし、先ほど書きましたように、そこには何もないかもしれないのですが、そのことは別としても、ほとんどの人は「緑の植物がたくさんある光景を美しい」と思うはずです。

 特に、都市部などに住んでいて、緑と離れた生活をしていればいるほど、この傾向は強いような気がします。

 (省略) 

 結局、植物が緑である理由は、植物サイドのことだけを考えていては、その答えは出ないものだったということに気づいたわけで、

 「植物と人間の関係」という括りを考える中で始めてわかる

 のだと思います。

 それが間違いであっても構いません。

 地球すべての生物(細菌、ウイルスを含む)や鉱物が人間の味方であることは間違いないですが、今回書いていることを考えると、植物はちがうと思うようになりました。

 植物は、味方とか仲間とか、そういうものではなく、

 「植物と人間は一体のもの」

 だと確信できます。

 水と空気と気温がある地球という大前提があれば、実は、人間は植物だけを生活の糧(食料、建物、道具、衣服、電気・・・)として生きていけることに気づきます。

 もっと言えば、「植物由来以外のものは、実は人間の生活では必要ないのではないか」という気さえします。

 まあ、鉱物とかはちょっと必要ですかね。

 石とか金とか鉄とか。

 動物や鳥や魚や爬虫類や両生類や虫や微生物などの生き物やウイルスたちは、「私たち」の環境を作ってくれているとても重要な存在です。

 そして、この「私たち」というのは「植物と人間のこと」だと思います。

 それに加えて、少し前に書いていた「健康関連」の記事などを思い出しますと、植物は私たち人間の「心身の健康」とも関連している気もします。食べたり薬にする方の話ではなく、植物の存在そのものの話としてです。

 植物とリラックスと白血球の状態の関係

 多くの人は、緑の自然を見たり、それにふれるときに、リラックスしたり、美しいと感じたりすると思います。緑を見て怒り出したり恐怖したりする人はそんなにはいないはずです。そして、植物でリラックスを感じるならば、植物とふれる時間が多ければ多いほど、そのリラックス状態は長時間に及ぶといえると思います。

 これほど簡単に人の心をリラックスさせるものはー見るだけや、そこにいるだけで、のような、他にあまりないような気がするのですが、過去記事の、

 ・「ガン発生のメカニズムも、また人間に与えられた優れた機能」だということをほんの少しだけ書かせていただきます
 2015年05月12日

 などで、新潟大学名誉教授の安保徹さんという方を取り上げたことがあります。免疫学の権威である安保さんは、白血球中の顆粒球とリンパ球のバランスが崩れることで病気が発生するという説を確立しています。ガンもです。

 安保さんの主張から考えますと、基本的には、緊張や感情が高ぶるような状態ばかりだと、白血球のバランスが崩れて病気が起きやすくなる(リラックスし過ぎるのも同様です)といってもいいかもしれません。これは、交感神経と副交感神経の働きとも関係することですが、詳しくは 日本自律神経免疫治療研究会のウェブサイトなどをご参照下さい。

 緊張状態が過度に進むと、心だけではなく、実際に体の病気を引き起こすといってもいいのかもしれません。

 そういう意味では、簡単に確実にリラックスできる「緑の中で過ごしたり、植物にふれること」そのものが健康法だと考えることに、それほど違和感はないように思います。

 そして、実は「植物の健康」も人間が改善させてあげることができるのです。

 過去記事の…これは自分で書いた記事の中で、最も自分の生活に役立っているもののひとつですが、

 ・驚異の植物の防衛力アップ法が米国の生物学者の研究により判明:その方法は「さわること」
 2012年04月23日

 という記事があります。

 これは、米国ライス大学の生物学者たちが、植物が人間にさわられることで、「ジャスモン酸エステル」という植物のホルモンを多く分泌することを突き止め、そして、このジャスモン酸エステルこそが、植物を「強く美しくする」のです。

 つまりは、

 「植物は毎日さわるだけで強くなる」

 のです。

 下は「右」が毎日さわり続けた植物(ペンペン草)ですが、姿形が乱れることなく、茎も曲がらず、まっすぐ育っていることがわかります。また、ジャスモン酸エステルは虫の嫌う成分ですので、「さわればさわるほど、虫がつきにくくなる」とも言えます。

 さわらない植物(左)と毎日さわり続けた植物(右)
plant-01a.jpg
 ・Rice University

 左のさわっていない方は、背丈こそ伸びていますが、茎も弱そうで、虫や病気にも弱いそうです。

 私はこれをこの記事を書いた3年前からまめにおこなっていますが、今年は植物にアブラムシが、ほぼまったくつかない状態で春を乗り切りました。

 人間が植物にふれると心身共に健康になるのと同じように、植物のほうにも人間にふれられると「健康になる」プログラムがあるのでした。

 「植物は人間にふれられるために作られた」

 とも言えるかもしれません。

 このあたりにも植物と人間の「一体」を感じます。

 人間が地球に存在する限り、植物は存在し続けるでしょうし、逆のこともいえるでしょう。

 人間のいないところでは、おそらく「緑の」植物は育たない。

 このことから、古代など、まだ人間が地球上にいない時に植物が繁栄していた時があるということに、やや違和感を感じてきました。

 もしかすると、すべての時代において「人間」がいたのかもしれないと思えて仕方ないです。

 それはともかく、植物は、発電法を含めた「エネルギーの人間との共有」をスムーズに行う意味で、緑「でなければならなかった」ということにもなり、また、植物の緑色は、人間が食べてその体を維持するすべての栄養素が含まれている意味も含むはずです。

 植物の「人間との共存の中での完全性」を示す色が緑だったのでした。

 植物が緑色以外であることは考えられないことなのです。

 そして、今回のことで思ったのは、人間が植物と「完全に共生・共存」できた時に、地球の人間の生活システムが完成するのだという確信でした。

 ★         ★         ★

 人間と植物が共生関係にあるということは、自然破壊は人間破壊につながることでもある。





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Last updated  2015年07月07日 16時34分08秒
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