シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年07月27日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回はこの国の住人が議論下手なのについてアホバカタワケを例にして紹介したが、それもこれも、この国の教育では、哲学をマトモに教えようとしないことにある。人間が思考できるのは、哲学の御蔭なんである。

 哲学が水や空気のように気づかないところで人間の意識を司っているから意識されないわけで、哲学とは本当は神学であり、思考の土台となっている存在なんである。

 以前フィロソフィという言葉の本意を紹介したが、再度すると、ソフィ=愛は、ソフ―エアで、エア神のことで、浸透する叡智を意味するという。フィロ=知は、共感、共鳴だから、あわせて愛を共感、共鳴するという意味になる。

 だから結局、愛学となり、愛の意識を身に着ける、という意味になる。愛とはラムサによれば、与える、赦すだから、いかに与え、赦すかを学ぶことを意味する。愛とは理解力から生まれるのだから、やはり経験が必要である。つまり、思いやりということになる。

 哲学とは思いやりの学問なんである。哲学が興った古代ギリシア時代を過ぎた後にキリストが出てきて、哲学を実践し、その見本をみせたのは大変意義深いことである。だから哲学とは思いやりであり、それがないと人間は思考もできないのである。我思う、故に我(の意識)あり。

 さて、健康について、ラムサは以下のように述べている。

 「 真の健康

 純粋で汚れの無い清浄な、あなた自身である霊光を放射することが自己を救うことになる。

 それが真の健康である。」



 シュタイナーによれば、古代ギリシアでは、「健全な魂には健全な肉体が宿る」といわれ、古代ローマではこれが逆になり、「健全な肉体には健全な魂が宿る」となったという。やがて魂が理解されなくなり、精神になり、「健全な精神は健全な肉体に宿る。」となったわけである。

 オカルトでは、古代ギリシアと古代ローマのこの違いは大きいが、唯物論ではアホバカタワケなんでさして変わらないようにみえるだろう。

 例えば、哲学をおざなりにしている、この国では以前にも紹介したが、ソクラテスの悪法も法なりを間違えて解釈している。もうある程度お馴染みだが、ソクラテスは悪法に従ったわけではない。自分の良心に従って、毒杯を飲んだのである。この点が大違いである。

 唯物論では結果的に悪法に従った形になったので、同じにみえるかもしれないが、自分で決めるということに意味がある。

 つまり「健全な魂に健全な肉体が宿る。」ということは、病は気からということでもある。全ての病は、魂から生じるということである。

 この考えを基に、私は腫瘍などの疾患は無責任病と呼ぶことにしている。自分の肉体のことを自分で決め、世話せずに他力本願にしていると、制御できなくなり、生じるからである。

 これは統計をとったわけではないから、科学的ではないが、私の経験則からいうと、無責任から腫瘍が生じるのと同じように、思考に柔軟性がないと関節炎になりやすいようにみえる。

 つまり自分本位の我儘な生活を続けると関節炎になり、他人の世話なしでは生きられなくなってくる、ということである。関節炎の患者はとにかく他者の言うことを聴かない傾向にある。対して癌患者は、他者に無関心で、無責任な傾向にある。一言でいえば、自分さえよければいい、というような傾向をもつ。

 近年、癌が増加するのは、この自分さえよければいいという人が増えてきたせいに思える。病気を遺伝子のせいにするのも無責任の一端である。遺伝子だって自分のモノに変わりはなく、他人のものではないからである。遺伝子のせいにして、責任転嫁をするのが問題で、それでは病は治るはずはなく、かえって悪化するだけである。

 シュタイナーによると、精神が病を起こしているというようなことは、ヒポクラテス以前の医学では基本認識だったそうで、だから、悪い考え、悪い習慣や悪癖などの悪魔を追い出す除霊が行われたのである。

 霊魂を精神に置き換えてから、悪魔が独り歩きし、空想の存在となったわけである。



 生きているうちにしか通用しないのが現代の哲学なんである。だったら、なぜソクラテスはわざわざ毒杯を飲んだのか? 

 哲学は死後の世界もしっかりと記述している。生きているときには役に立っているようにはみえないものが、実は死後に大いに役に立つのである。例えば、傘は晴れには邪魔にさえ感じるが、雨の日には有用であるように、哲学は金儲けや商売には非効率で邪魔にさえ感じるが、死後の世界では悪魔や地獄に堕ちずに守ってくれるのである。

 さて、最近になって、唯物論を基にしていた医学もその反省を糧にして、ようやく古代の医学に近づいてきたようである。その兆しとなる話を以下に転載し紹介する。

 ★         ★         ★ 

自立した人生(1) - 薬と病院と介護から脱却して、「ガンを自然治癒できる力」を持たないと未来を生きることはできない
http://oka-jp.seesaa.net/article/422935752.html

 (重要点のみを抜粋紹介)

 何より、

 ・薬を飲まなくなった

 (薬は基本毒である。)

 ・病院に行かなくなった

 (他力本願になりやすい。意志が薄弱になる。)

 というのが大きいです。

 3ヶ月くらいやって、健康に効果のあったと考えられるものをご紹介したいと思いますが、どんなことをしているのかを今回全部書くのは無理ですので、「その(2)」ということで、今度書かせていただこうと思います。

 そういえば、それと共に、4月頃より「食事の傾向」も唐突に大きく変わりました。

 基本的には、「極端に野菜中心にする」という生活になっています。

 これは、現代医学や栄養学の見地からそうしたのではなく、実は、シュタイナーの本を読んでからなのです。

 『人間の四つの気質―日常生活のなかの精神科学』という中に、シュタイナーの 1909年の講演が収められていて、そこに「菜食のメカニズム」が述べられていまして、それを読んだ翌日あたりから、自然と、菜食傾向―あくまで傾向で、出たものは何でも食べます。―になっています。

シュタイナーの1909年の講演『何をたべるとよいか』(改変)より

 菜食中心にすると、体内に摂取された植物は、消化のために、人体に多くの労力を要求する。菜食は脂肪を多くしない。

 人体に脂肪は必須で、人体は自分で脂肪を製造する能力をもち、菜食すると「脂肪を自分で作る」ように要求される。

 つまり、菜食にすると、人体は思考活動等などの内的活動を展開する必要性が生じ、脂肪の製造に必要なものを使い果たすように努力するようになる。動物性脂肪を摂取すると、そのような活動を省略できる。

 (肉食は人体には効率的ではあるが、精神を堕落させる。)

 唯物論者は「努力もなしに、脂肪を沢山得られるなら、人体にはよい」と述べるだろう。しかし、精神主義的な立場からは「思考などの内的な活動こそが、人間のような精神的な生命本来の進化である」とみるべきである。

 自分で脂肪をつくる力を呼び起こす必要があるとき、その内的な活動のなかで、自我とアストラル体(感受体)が肉体とエーテル体(生命体)に対して主導権を持つようになる。

 動物性脂肪を摂る結果、自分で脂肪を作り出す労力が節約できるが、内的な活動が疎かになるので、エーテル体と肉体が逸脱し、自我とアストラル体の命令に従わなくなり、周囲の環境の奴隷になる。

 (麻薬のように、肉食依存症になる。)

 菜食にして、自らで活動する機会を得るなら、人間はより自由になり、自分の身体の主人になる。

 ここまでです。

 結局、「野菜から動物性脂肪を作るのは大変なので、内的活動が活溌になる」というような。

 ちょうど、これを読んだ頃、「薬が良くない」ということを知ったり、今なお奮闘中ですが、めまいなど、体調不調のことなどを考えているうちに、シュタイナーが述べているような、

 「 自分の身体に対しての自由を獲得したい 」

 と思ったのです。

 ちなみに、シュタイナーは「菜食が良い」と言っているのではなく、こういうメカニズムがあります、と言っているだけで、逆に「現在の物質的世界を楽しみたい場合は、肉食がいい」ようです。私はもう物質社会は十分に楽しんだ、ということもあり、菜食傾向でもいいのかなと。

 (中略)

ガンを自然治癒させるには

 いつだったか「全身ガン転移」宣言をしていた樹木希林さんが、やはりいつの間にか「すっかり治っていた」ことを最近知ったのですが、全身転移ガンを知らされてからガンと向きあった際の樹木希林さんの「心情」を知りまして、

 「ああ、まったくこれだなあ」

 と思いました。

 樹木希林が全身がんを克服した治療法から学ぶことというページには下のようにあります。

 がんを肯定的にとらえる樹木希林の発言

 「私の考えでは、がんで死ぬっていちばんいいと思うんです。用意ができるじゃないですか。それぐらいの感じで生きています」

 「ガンは有難い病気よ。周囲の相手が自分と真剣に向き合ってくれますから」

 「がんに感謝よね。経験してなければろくに『死』にも向き合わず、主人の 内田(裕也)さんのこともちゃんと理解しようと思わなかったかもしれないし」

 まあ、内田裕也さんのことを理解する必要があるかどうかは別として、何と樹木希林さんは、抗ガン剤治療と並んで、もっとも良くないと考えられる「放射線治療」をおこなっていたのですが、「望む態度」がちがったようです。樹木希林さんは下のような態度でガンの治療にあたっていったそうです。

 樹木希林さんは当初、がんの手術に関しても、「先生のやりやすいほうで」というようなことで、医者に委ねていた感があります。

 しかし、その後、がんに関して、勉強をしだしたといいます。そして知識を深めていくと、 がんを自分が治すんだという心構えに変化していきました 。

 「 自分に合う医者や治療法、本などを、本気で探すことが大事。自分を知る勉強だと思います。自分の体のことですから、少し医者を疑うくらいの気持ちで良い治療法を探すことが大切 。」

 そして、全身にがんが転移したことを知ったのちに、樹木希林さんが選んだ治療は放射線治療でした。

 そうして放射線を照射する場所に関しても、医者任せではなく、樹木希林自身が医者に対して、「ここから、ここまで」と命令したといいます。

 というものだったようです。

 この一連の樹木希林さんの態度のうち、

・ガンに感謝する

 (自分の人格の欠点を警告してくれている。)

・治療法を自分で決める

 (自由の意志を発揮する。)

 ということは、ガンを自然治癒させた人たちに共通していることで、安保徹さんなども、

 「ガンを自然治癒した人は、みなさん、ガンにかかって良かったって、 ガンに感謝するんですよね 」

 と、何かの対談でおっしゃっていました。

 ★         ★         ★ 

 白血球とガン細胞は自由に人体を行き来できる存在、ということは、なにより自由を好むわけで、不自由な場所があると、そこを攻撃する。つまり何かに囚われていたり、執着があると、そこにガン細胞が住み着いて、不自由さを取っ払い、自由にしようとする。

 ガン細胞を巧く活用し自然治癒力を向上させるのが若くて強い人体をつくる秘訣である。ガン細胞は縛られた考えを破壊しているだけともいえる。





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Last updated  2015年07月27日 15時00分51秒
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