シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年08月05日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 再びラムサの教えを続ける。ラムサが説く「仕事」とは、あくまで霊的なエネルギーを基準にしたもので、俗にいう精神の向上を目指すことである。

 精神の向上とは、この国の歪んだ価値観では自己犠牲などを持ち出してくるが、そうではなく理解力や思いやり、道徳に通じる創造性などである。未知を既知にする、とラムサは単純に述べている。

 だから、ラムサが説く仕事とは、理解力と創造性が基準になる。仕事の前後において、理解力と創造性が高まらないのなら、それは仕事ではない、ということになるだろう。金銭などは二の次である。

 創造性と理解力を基準に高める仕事とは、学術や芸術などが挙げられる。だから単に金銭を稼ぐのを目的としたものや奴隷的な労働は仕事ではない。勿論、金銭を稼ぐ目的の株やギャンブルなどは娯楽や遊びであり、論外ということになるが、投資をすることで、社会に活力を与え、創造性を高め、理解力を深めるのなら、仕事ということになる。

 さて、前回も紹介したが、以前、この国の住人のなかには、権威を利用する、我儘なクレイマーがいて、そのようなモンスターから、従業員を守る必要があることを紹介した。

 そのようなクレイマーは自分の欲望のために誰かを犠牲にしようとしていることに気づくべきである。権威はその口実にすぎない。

 同じ人間でありながら、誰かを誰かの犠牲にすることは自由を学ぶ学徒である人間としては退学もんである。そのようなことでは、自由を得るどころか、不自由になるだけである。

 ラムサが、カルマなんてないと説くのは、そのような誰かが誰かに依存する不自由さを完全に克服し、自立した自由を獲得したときの話である。本来、人間はこの理想を目指すべきだが、未来への恐怖心から何かに依存し、自由を失う。

 自由はいくら金銭を貯めようが、金銭では買えない。金銭で奴隷を買ったとしても、そのツケはやがて自分に巡ってくる。そして金銭で買えば買うほど自信がなくなり、恐怖心が芽生える。金銭を使うほど欲しくなるのは、なくなったときの恐怖心が芽生えるからである。



 例えば、福島事故以来、確実に放射線被曝量は拡大しているのに、放射線被曝に対する抑制や防御の知識は不足し、恐怖心が増大するだけである。

 というのも当事者たちが事件をもみ消し、責任をとっていないからである。この国の住人は何の責任もとろうとせずに、放射線と共に嘘八百を撒き散らすから、風評被害に苦しむ人たちが増加し、疑心暗鬼になっている。

 パクリンピックなどよりも、福島事故を全力で収束させるべきである。放射線防護のオリンピックでもやるべきだ!

 この際、福島に霞ヶ関や永田町を移転すべきだろう。でないと真剣に収束させる気がいつまでたっても起こらないからである。政治家が問題の最前線に行くべきである。

 戦争法案だって、そんなに必要なら、政治家が真っ先に最前線に行くべきである。臨時に首相官邸を現地に設けるべきで、実際に戦闘を検分すべきである。他を犠牲にする前に自分が犠牲になるべきである。他の国民を人質にする前に政治家自身が人質となるべきだろう。

 なんのための国民の代表なのか?

 民主主義では、国民の犠牲になるのが政治家の役割である。現状は逆で国民が政治家の犠牲になっている。独裁主義というべきである。

 国家のために犠牲になれ、というなら、まず政治家が先に犠牲になり、残った国民から新たに政治家を選出するだけである。政治家とは国民の代表にすぎないが、代表以上の待遇が与えられているのだから。中世では武士がその役割を担っていた。

 そもそも政治家とは、国民は皆仕事があって忙しいので、暇人がやる仕事なんである。国民の代わりにすぎない。憲法にも国民主権と明記されている。だから政治家が権威を振り翳して威張るのは論外である。選挙のときだけ頭を下げればいいというものではない。常に国民の下なんである。政治家が嫌なら創造的な仕事につけばいい。

 だから本来は政治なんてないに越したことはない。創造的な仕事を各自がすれば政治なんて必要ない。これは人間以外の生物が政治などを必要としていないことでわかる。



 理想は無政府だが、人が持つ差別意識をなくしてからでないと、ピラミッド型の階層社会をつくり逆に地獄になる。政府というのは階層社会をなくすためにあり、だから維新や革命とは、階層の入れ替えだったのである。

 日本史をみればわかるが、支配層と被支配層の階層の入れ替えの繰り返しである。骨肉の争いをしながら、徐々に差別意識をなくしてきたのだが、少数のなかには歴史に学ばずに、再び階層社会をつくりだそうとする進化から逸脱する連中がいる。

 そのような連中のレクイエムを続ける。

 ★         ★         ★

私(ラムサ)は風である



表現の天界

 あなた方は、自分の創造的な知力を「表現する」ために、「表現の天界」と呼ばれる、この生命の進化段階にいる。

 ここは偉大なる生命の進化段階の1つである。

 なぜならこの進化段階には、あなたの愛すべき「父」である思考が、光から濃密な密度の物質まで全ての形で現われ、存在しているからである。

知性

 知があらゆる場に溢れている、のを知っているか?

 本当である。

 地球と呼ばれる、あなた方の世界では、思考と物質の融合である人間は地球の進化の頂点にいる。

人間という神

 あなた方人間は、自分たちが進歩していない、などと思うのか?

 目に見えない世界の者たちに比べ、自分たちが劣る、とでも思っているのか?

 そうではない。あなた方は自分の永遠に続く思考過程を全て理解する、という壮大な冒険の真っ最中なのである。

 人間という神にならずに、神の究極の全体像を理解することは絶対にできない。

人間という神 その2

 人間という神にならずに、神の究極の全体像を理解することは絶対にできない。

 誰にもできない。

 なぜなら、神の王国は、光から電子へ、そして物質へ、それから形状へと拡大していくものだからである。

 つまり、神とは、高い振動数の思考であるだけでなく、物質と呼ばれる最も濃密で最も低い振動数の思考でもある。

カルマなど無い

 あなた方が「カルマ」と呼ぶものは、神の法則ではない。

 カルマとは、それを信じる者たちだけの法則なのである。

カルマなど無い その2

 カルマを信じるものは、自分が人生でどんなことをしようと、その代償を支払うために転生しなければならないと信じ込んでいる。

自分の身に起こるどんなことでも「カルマの成就」にしてしまう 。

 しかし、それはカルマの法則を信じる者たちだけの現実なのである。

 法則が存在するのは、あなたが主となる王国の中で有効としたからである。

 つまり、真に法則を与える存在とは、人間各々の至高の存在で、あなたなのである。

 (ラムサの説くカルマは、後ろ向きの罪意識的なカルマのことである。例えば、病気になったのは、過去世の原因のせいである、というような考えかたのことである。

 つまりなんらかの責任回避のためにカルマという言葉を用いるのはカルマではない。人生において予め決められていることなどない。

 カルマについてはよくカルマを除くとか、回避するとかなど表現されるが、そのカルマ自体が間違いで、そんなものはない。

 大体、もしそのようなカルマがあるとするなら、カルマの原因は自分でつくりだしたわけだから、自分以外の他者が、カルマを除去したり、回避させたりすることなどできるわけがない。)

あなただけ

 あなただけが自分にとって最高の恋人となれる。

 あなただけが自分にとって最高の友、最高の師となれる。

 あなたに教えをもたらす声で、あなたの声よりも偉大なものは決して現れない。

 あなたに教えをもたらす言葉で、自分で書く言葉より偉大なものもけっして現れない。

あなただけがあなたを教えられる

 ラムサや仏陀やイエスや、他のどんな師の指示に従うのでもなく、自分自身でいるべきである。

 なぜなら、あなたの「神なる自己」について、あなたに教えられる者など誰もいないからである。

 どんな導師も教えられるのは、自分の「神なる自己」だけなのである。

 あなただけが真実なのだ!

 自らの運命を完了するには、本当の自分、あなた独自の自分にならなくてはならない。

 他人の生き方に従って生きようとすれば、あなたは決して本当の自分にはなれない。

 あなたが誰なのか、そしてあなたの内面に宿る炎は何なのか、を理解する唯一の道は、自分自身の感情についての理解という真実を通してのみ可能となる。

あなたを覚醒へ導くもの

 自分であるものをひたすら愛し、自分の内なる神に耳を傾けるのだ!

 その神はとても微かな声で語りかけてくる。

 それは通常、感性と呼ばれている。

 もしあなたがその感性に耳を傾ければ、あなたに真実を語り、覚醒へと向かう道を教えてくれるだろう。

あなただけがあなたを生きることができる

 自分の内面に感じる真実を生きるべきである。

 あなたの栄光を示すように真実を生き、現実化すべきである。

 そうすれば、あなたは自らの観点から人生を評価し、生き、理解したことになる。

 あなたが人生をどのように見ようとも、常に正しいものとなる。

 自分自身の師になりなさい。

 自分自身の救世主、自分自身の導師、そして自分自身の神になるのだ!

知識、叡智を得る

 知識、叡智を持てば、あなたは常に自由である。

 いつでも完全に自由となる。

 あなたが得た知識や叡智の教えに思いを巡らし、実践し、体験するほど、あなたは更に自由に喜び溢れるようになっていく。

恐れを取り除く

 あなた方はみな支配されてきた存在であり、支配してきたのは恐れであった。

 常にそうだった。

 知識や叡智は恐れを取り除く。

 恐れがなくなれば、あなたはもはや他人が望む奴隷となることもなく、完全に自分自身の自由の中に生きることができる。

あなたと私の違い

 あなたと私の違いが解るか。

 私は自分が無限の神であるのを知っているが、あなたは知らない。

 たったそれだけだ!

 私は、私という存在を知っているが、あなたはそれを実感していない。

 あなたの社会は「違う」という。

 しかし、彼らに何が解る。

 愚か者は毎日、自分を埋葬しているだけではないか。

私は在る

 あなたが話す言葉から正しいのを残すなら、次のわずかな言葉である。

「私は知っている。私は絶対だ。私は完全だ。私は神である。私は在る!」

 本当にこれだけの言葉しか無ければ、あなたはこの物質界に縛られることは無い。

死後の生を信じない存在

 多くの人々は、自分が死ぬと救い主がくるまでは、自分は死んだままだと教えられた。

 多くの人々は、その教えを真実として受け容れた。

 そのような人々が、死後も、自分が生きていることに気付き、眠りから目覚めるまでに何千年も掛かるかも知れない。

 極めて残念な教えである。

 だから、死後には見渡す限りの、憐れにも、眠った状態で横たわる兄弟達の姿がある。

 ★         ★         ★

 そろそろ物質界の仕組みを知るべき時であろう。





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Last updated  2015年08月05日 13時14分06秒
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