シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年08月10日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。

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*私(鬼塚氏)はたくさんのゾルゲ事件の本を読んできたが、ほとんど例外なく、西園寺公一と尾崎秀実が極秘裡に国家の情報を盗み出しゾルゲに渡したとの“ストーリー”で出来上がっている。日本の憲兵たちは一市民のトイレの落書きまで手帳に記して上司に報告していたのである。

 ゾルゲが多くの女たちと情事にふけり、バイクを乗りまわし、公然と尾崎秀実や他のニュース提供者と会っていたことは全部、木戸幸一内大臣に報告されていた。天皇と木戸は大いに喜び、西園寺公一に情報を提供しまくっていたのである。

 どうして「南進論」なのか? 私はそれが、日本の進路となるように仕組まれたと書いてきた。日本の運命だった。

 敗北するように、日本は明治維新のときから仕組まれていた、と書いてきた。エドワード8世がシンプソン夫人と結婚しようとしただけで王位を捨てなければならなかったように、日本の天皇家も知られてはならない“秘めごと”が多すぎた。

 私はフランス大使クローデルの本国外務省宛ての至急電報を紹介した。あの電報は、大正天皇の死が迫るなかで、秩父宮を天皇にせんと、宮中の奥深くで策謀があることを伝えている。大正天皇は唯一といっていい味方の原敬首相を暗殺される。そして、牧野伸顕が宮内大臣になると、死に至らしめる政策の渦の中に入れられる。はっきり書こうと思う。私は少しずつ、ある毒薬を飲まされて殺されたと思っている。

 宮中某重大事件がその背後にある。秩父宮の天皇工作がかさなったなかで、大正天皇は病気になっていくのである。貞明皇后は長州閥に、少女のときからのスキャンダラスな過去の人生をすべて握られている。山縣有朋を失脚させるために、ヨハンセン・グループの首魁の牧野伸顕と組み、杉浦重剛(じゅうごう)と頭山満(とうやまみつる)をその仲間に入れる。彼らが「南進派」の一味でもあった。

 マニングの「米従軍記者の見た昭和天皇」の続きを読んでみよう。



 日本の官憲はゾルゲの動きをすべて知っていた。そして知らぬふりをしていた。ゾルゲは野坂参三がアメリカに行き、ゾルゲが工作要員をさがしていた頃、モスクワに行った。スターリンは、日本と中国を戦争状態に突入させるべく、日支闘争計画案を国際金融同盟から受けていた。

 ゾルゲはスターリンから新しい任務を与えられた。フランクフルト新聞の日本特派員になりすましベルリンに行く。そして、ユダヤグループの準備工作で日本にやってくる。ソ連軍の少将待遇である。

 野坂参三が日本に送りこんだ宮城与徳の仕事は、ゾルゲ機関の中に入って、日本共産党をつぶすための秘密工作であった。ゾルゲの仕事も宮城与徳の仕事とかさなっている。その理由は簡単である。日本共産党員の中に、本当の意味~天皇一族が日本共産党をつくった~を知らず、戦争反対を叫ぶ連中がいたからである。

 ヨハンセン・グループの首魁牧野伸顕は娘婿の吉田茂を使い、“共産主義の恐怖”を近衛文麿らに吹聴させるのである。

 南進論と共産主義恐怖論の根は一つである。スターリンも日本共産党つぶしに一役買っている。太平洋戦争に突入する前に、日本共産党が袴田里見という天皇教のスパイ一人を残してほとんど壊滅するのは、野坂、スターリン、そして木戸幸一らの策動によるものだ。

 ・・・・・(中略)・・・・・

 コミンテルン第7回大会が1935年にモスクワで開催された。ゾルゲはモスクワに行っている。野坂参三はアメリカからモスクワに帰り、この大会の日本代表となっている。

 この大会で人民戦線テーゼが採択される。ここで中共と国民政府の話し合いが行なわれる。ここで南進策を日本がとるように策を練ったと思われる。ゾルゲは赤軍第四部のウリッキの指揮下にあった。野坂参三がこのウリッキを知らぬはずがない。

 ポール・マニングの「米従軍記者の見た昭和天皇」をもう一度引用する。文の中にラルフ・Mが出てくる。マニングが独自に発見したスパイの一人であるが、日本人にはほとんど知られていない。

 この日米戦争の開戦前の時期、木戸は近衛を使って(もちろん尾崎経由で)ゾルゲに多量の情報を流していたのだ。昭和天皇はクレムリンに情報ルートを持っていたことになる。木戸はロシア人の心理を知っていた。

 ソ連では、秘密のルートで届いた情報は何であれ、公式の外交文書より信用したのである。一方、ラルフ・Mもゾルゲと同じく、近衛からの極秘情報をワシントンに送信していた。木戸はクレムリンとホワイトハウスの両方に情報ルートを持っていたのだ。この状況は昭和天皇を喜ばせた。



 多くの資料がソヴィエト連邦解体とともにクレムリンから出てきた。その死霊から、野坂参三の過去がかなり暴かれた。世にいう多重スパイ説である。しかし、野坂参三が天皇のためのスパイであった、とする文書は闇に消えている。

 野坂参三が天皇のスパイ、アメリカのスパイ、クレムリンのスパイのみならず、国際金融同盟、すなわち、闇の支配勢力のスパイであったことは間違いのない事実である。

 ・・・・・(中略)・・・・・

 私は、太平洋問題調査会の第6回国際会議に出席した尾崎秀実とのコネクションを野坂参三が手配していたと考える。 太平洋問題調査会はロックフェラー一味、ロスチャイルド財閥、そしてソヴィエトの謀略機関であった 。日本の有識者の連中はこの調査会を「欧米の学者や政治家と太平洋の問題を学術的な立場で議論する機関である」と語っているが、彼らは謀略機関の手の内で踊らされていたのである。



*8月15日のあの事件と2.26事件は共通する。前者は三笠宮が策を練り、後者は秩父宮が策を練ったのである。天皇教はたえず、暴力装置を作ってはそれを策動して生きながらえてきた。どん底の人々は、大きく二つに分かれた。天皇教の側に立って、ともにその暴力装置に加担する一派とその逆の立場の人々である。統制派は天皇側について南進論を推し進めた人々である。皇道派はその暴力装置に対抗すべく日蓮宗に救いを求めた。

 ・・・・・(中略)・・・・・

 もう一度だけ、笠原和夫の発言を聞いてみよう。日本の分岐点を笠原和夫は書いている。

2.26事件にはそういう背景があったわけでね。今、2.26事件の将校というのは、軍国主義的なものとして見られたりするわけだけども、僕は非常に不愉快ですね。

実際、2.26事件で生き残った人たちの話を聞きますと、自分たちが陸軍の主導権をとったならば、絶対にアメリカとは戦争を起こさんだろうと 。

大陸からは撤兵して満州は自治州にすると 。それで太平洋の資源については、一切、こっちから攻めることはない~こういうふうにやったはずだと言ってるんですね。僕はそれを認めていいんじゃないかと思うんですけどね。

 第一、野戦でもって、あるいは艦隊なら艦隊でもってその第一線で戦っている連中というのは、戦争というのはそんなになまやさしいものではないということはわかっていますからね。

 まさに、笠原和夫が語るとおりである。軍人のほとんどが、軍人たちの一部(天皇教の暴力装置に組み込まれた軍人たち)を除き、アメリカと戦争する拙劣きわまりない行為を知っていた。それでも天皇とその一族は戦争を仕掛けるのである。その謎を徹底的に究明しようとして私は書いてきた。

*ここに、日本の石油とナチス・ドイツを結びつける本があるので紹介する。チャールズ・ハイアムの「国際金融同盟」である。文中に登場するデーヴィスはアメリカの石油ブローカーである。

 デーヴィスは今一度、ルーズヴェルトとの会談を設定しようと努力した。彼は大統領からの返事を待っている間に、 所有のタンカーをパナマ船籍に変更し、イギリスの検閲から逃れてリスボン、ハンブルグ、そして他のヨーロッパの港に入港できるようにした。また、彼は日本のタンカーではなくパナマ船籍のタンカーを使って、日本に石油や軍事的にきわめて重要な原料などを定期的に輸送していた 。

 というのは、イギリス情報部が海上の日本船を臨検してドイツ人乗務員を逮捕していたからである。デーヴィスはテキサス州のブランズヴィル港の職員であるUボートの元艦長と共謀して、この元艦長が海上封鎖を秘かに突破する手助けをしていた。

アメリカは公式には日本への石油の輸出を禁止した。しかし、アメリカ国籍の船、または日本国籍の船によるものが禁止されただけであった。あの太平洋戦争中も密ルートでアメリカの石油、重要な原料(タングステン、四塩化エチル等)が日本へ送られた 。

 これが本当の姿なのだ。昭和天皇はこのからくりを知っていたが、近衛首相や木戸幸一内大臣に秘密にしていた。

あの国際赤十字社のシステムは、戦傷者を救うためにつくられたのではない。国際金融同盟の連中が、商売(=戦争)をスムーズに長きにわたって続けるためにつくられたのである 。

 太平洋の委任統治諸島で秘かに石油や重要物資が日本の赤十字の船に移される。この船は攻撃できないという国際条約ができているので、安心して石油や重要物資を日本は購入できた。

では、あの対戦中、その莫大な支払い代金はどうしたのか、という問題が出てくる。この代金の主なものは、アジア支配の途中で略奪した、金、銀、プラチナ等の貴金属である。その一部は日本に持ち帰り(赤十字のマークをつけた船で)、マルフクという金貨に鋳造する。これを現地に送り、食糧等の必要物資の現地での購入にあてる。残りの金塊や宝石類は、スイスの国際決済銀行(BIS)に送る 。

ここで貴金属をドルまたはスイス・フランにし、迂回経路で必要物資の支払いにあてる。残ったドルやスイス・フランは、国際決済銀行か、同一系統のスイス国立銀行の秘密口座に入っていく。かくて、戦争が長びけば長びくほどに天皇一族と、秘密裡に天皇一族を支えた財閥の資産は天文学的に増えていった 。

 近衛文麿首相は幾度も天皇に戦争の中止を訴えた。天皇一族は日清戦争、日露戦争を通じて多額の賠償金を得て、その一部をスイスの銀行に入れることで逆に彼らから弱みを握られた。ルーズヴェルトは借金漬けで弱みを握られていた。チャーチルしかり。 スターリンは過去の悪行のほぼ全データを握られ、彼ら国際資本家たちを“御主人様”とよんでいた 。

 フルシチョフ元首相の「フルシチョフ回顧録」にそのことが克明に書かれている。明治、大正と続く皇室のスキャンダルを彼らはすべて記録していた。スイスの秘密口座もスキャンダルの種になりえた。 ここに、近衛首相の忠告を無視して太平洋戦争に突入しなければならなかった日本の悲劇の源がある 。

この国際決済銀行を舞台にして、戦争は続けられたのである 。日本銀行と横浜正金銀行の大株主は天皇であった。天皇は、二人の役員(それ以外に事務局員たちも)をこの国際決済銀行に送り、取引をさせていたのである。

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 次回に続く。





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Last updated  2015年08月10日 15時22分49秒
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