シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年10月28日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。

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 こういったこれまでの龍馬伝説をことごとく打ち破ったのが、鬼塚英昭氏の新著『日本の本当の黒幕』(成甲書房)であった。上下巻あわせて690ページ以上もある大冊である。

 この本では、日本の本当の黒幕だった男は田中光顕だと説いている。

 その龍馬伝説を創って流布させた張本人がこの田中光顕であったと鬼塚氏は解き明かす。

 なぜかならば、当の田中光顕が龍馬暗殺の黒幕だから、であった。

 田中光顕は、土佐藩の最下級武士(武士とは言いがたい)で、坂本龍馬が最下級武士の「郷士」だったとされるがそれ以下の身分の出自であった。脱藩して志士の仲間入りをしている。2流以下の志士として出発する。

 田中はやがて長州の奇兵隊に参加し、伊藤博文、ついで山県有朋といった重臣の腰巾着として出世していき、宮内大臣として明治天皇(大室寅之祐)を支配し、大東亜戦争直前までさまざまなテロルを仕掛け、黒幕として権勢をふるった。

 田中光顕は、日本史の汚点である、孝明天皇暗殺、明治天皇睦仁暗殺、大室寅之祐の成り済まし、龍馬暗殺、伊藤博文暗殺などに加担もしく真相を知り得る立場に身を置いてきた。結局逃げ切って死んだ。同じく土佐藩の下級武士だった岩崎弥太郎が、三菱を起こして巨万の富を築くと、田中は三菱から無尽蔵のカネを援助してもらっている。



 京都の見廻組(幕府警備隊)の犯行とする説があるが、維新後に犯行を自供した今井信郎や渡辺篤は、売名行為であったことがもう明らかになっている。

 フリーメーソンの作家・加治将一は、中岡慎太郎が龍馬をおびき寄せて斬ろうとしたが相討ちになったとする説を唱えている。

 新撰組説、後藤象二郎説などいろいろあるが、決め手はない。

 鬼塚氏は、こうした混乱を生じさせるような巧みな工作をしたのが、田中光顕だったろうと言う。田中光顕が龍馬の死後、刀の鞘の傷とか下駄とかの小道具を考え出し「捜査」を妨害したのである。府中市で起きた3億円事件とか、世田谷一家殺害事件とかも、証拠がたくさん残されながらかえってそれが邪魔をして真相に辿りつけないのと似ている。

 龍馬は維新後は忘れられた存在だったが、にわかに有名になったのは、日露戦争直前に昭憲皇太后の夢枕に、龍馬の霊が現れ戦争は大丈夫といっていったと発表されてからであった。だが、この話も田中光顕の作り話である。

龍馬を英雄に仕立て、悲劇の暗殺の主人公にしたのは、大衆の眼をそこに向けさせ、孝明天皇と明治天皇の暗殺事件を影薄いものとするためであった 。

 推理小説の常道は、殺人事件で一番儲かる男が犯人である。

 その伝でいえば、 龍馬が死んで一番得をしたのが岩崎弥太郎だった 、岩崎が主犯ではないだろうが、陰謀に加担した可能性は非常に高い。その秘密を握った田中光顕に三菱は多額のカネを与え続けた。田中は豪邸に住み、別荘を建て、国宝級の書画を数千点も持った。みんな三菱が龍馬暗殺の「お礼」として…。

 鬼塚氏は、龍馬と中岡慎太郎は毒殺されたと見ている。刀傷は偽装だと。



 刺客数人に襲われたというのは、のちに田中らが流した真相をごまかすために工作である。

 暗殺に関わった主要人物は、福岡孝悌、谷干城、田中光顕、睦奥宗光。彼らを操ったのはイギリス公使の外交官アーネスト・サトウであり、直接にはサトウの命令を受けていた吉井幸輔(薩摩)であった。

 坂本龍馬には3册の自著がある。『閑愁録』『藩論』『和英通韻以呂波便覧』。『藩論』は、政治とはいかにあるべきかを龍馬が語ったものを、長岡謙吉が筆記し、死後に出版された。

 生前(慶應3年4月)に京都で出版されたのが『閑愁録(かんしゅうろく)』である。これはキリスト教を排撃し、仏教をすすめる本であった。龍馬が語り、長岡謙吉が筆記した。

 『仏教徒坂本龍馬』(長松清潤著)によると、『閑愁録』の内容は「人心荒廃を嘆き、開国後に浸潤してきたキリスト教に孤惑されてはならぬ、そうならないために日本人の心に深く根ざしている仏教によって国と人を安んじるべきである」と主張していた。これが龍馬の生前、唯一出版された書物であった。



 「私は、イギリス公使のパークス、そして外交官アーネスト・サトウが、この『閑愁録』を読み、坂本龍馬を危険人物と見なし、島津久光に「殺害命令」を出し。西郷隆盛と大久保利通がこの命令に応じ、吉井幸輔が動いたと見る。そして吉井幸輔は『閑愁録』を手にし、高知の土佐藩に入り、後藤象二郎と山内容堂に坂本龍馬なる人物の危険性を説いたと思う。」

 (中略)

 幕末、イギリス人やユダヤは日本をキリスト教化しようとしていた。だからキリスト教を否定する人物を危険視し排除していった。英国やユダヤが単に、開国と貿易を求めていたなどとする、官許歴史は間違いである。

 幕末に、藤田東湖や吉田松陰らはキリスト教を排撃したが、みんな亡くなってしまった。そして維新後、重臣どもはこぞってキリスト教に改宗していく。

 維新後、隠遁した山内容堂は酒と女と風流の日々を送り、明治5年に死去する、その翌明治6年に、キリスト教禁制の高札は撤去され、各県で禁獄されていたキリシタンは釈放される。

 と同時に、それまでの古神道とは縁もゆかりもない神道国教化政策が始まる。廃仏毀釈運動は、慶應4年3月から始まり、明治4年ごろの終息まで続いたが、土佐藩では苛烈で、寺は破壊され坊主は追放された。

 鬼塚氏はこう語る。「廃仏毀釈、国家神道、キリシタン禁制の高札撤去は、日本がヨーロッパの奴隷国家となっていく道程なのである。」と。

 そういう策謀が実行されたのは、とりもなおさず、薩長の下級武士ども(というより、部落かそれに近いものども、と鬼塚氏はきっぱり言う)が、孝明天皇を弑殺し、幼い明治天皇を毒殺し、長州の田布施の朝鮮系部落の人間だった大室寅之祐を明治天皇にでっち上げた、史上最大のスキャンダルを隠蔽するために、すべては諮られたのである。

 本気で国を変えなければと蹶起した青年たち(武士)は、みんな殺され、ユダヤから資金提供を受け、使嗾された部落出の西郷、大久保、木戸、伊藤博文らに乗っ取られたのである。

 また、鬼塚氏は大室寅之祐が南朝の末裔であるというのは真っ赤なウソだと断言している。大室天皇は、千代田城に幽閉され、酒と女をあてがわれて天皇を演じさせられた。彼は決して日本国民のために安寧や平和を祈っていたのではない。

 部落出身の教養のかけらもない「志士」どもに、いいようにお飾りにされただけのことである。

 われわれが今日、官許歴史によって教えられてきた維新史は、田中光顕の創作によると鬼塚氏は説くのである。

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 キリスト教徒であり仏教徒でもあるということは当時有り得たのか? ちょっと疑問だが、司馬氏の小説で有名な、創作された龍馬は、才谷梅太郎と名乗って活動していた人物のイメージに近く、上述の仏教徒の坂本龍馬は、もしかすると別人なのではとも思える。同一人物とするなら、仏教徒からキリスト教徒に乗り換えたとも思える。

 仮に、龍馬(才谷)を仏教徒とするなら、何よりも疑問なのは、龍馬(才谷)がやっていることがグラバーのパシリであり、それはキリスト教によるこの国の侵略だからである。仏教理論を唱える者のやることが武器売買による金儲けだから、やっていることと言ってることが真逆である。

 まぁ、現代のこの国の仏教徒も金儲けのためなら仏教理論など屁とも思わない連中なんで同じともいえるがね。

 つまり、金儲けのためなら、仏教や宗教などはどうでもよくなる、という腐敗した人間精神が明らかになる。

 よくよく考えてみれば、仏教は、古代中国がこの国にかつて持ち込んだ支配体系であり、キリスト教は西洋から持ち込まれた新しい支配体系ともいえる。

 そもそも歴史上の人物の実像なんてわかるわけがなく、明治維新後には古書の贋作が金儲けのために大量に出回ったわけだから、また遡ると、江戸元禄には、戦国モノの贋作が同じように出回ったらしいので、史料だって年代測定をしてみないと、たとえ年代が同じであっても、本人が書いているという実証などとれないのだから、ほとんどが嘘と思ったほうが、この手の詐欺に引っかからない最低限の態度といえる。

 極端に考えれば、才谷がキリスト教徒で、龍馬は別人の仏教徒と考えたほうがまだわかりやすく、それに、『閑愁録』『藩論』『和英通韻以呂波便覧』などは、長岡謙吉が筆記したとあるだけで、龍馬を有名にした司馬氏でさえも、これらは長岡の書としているくらいで、後世では、海援隊=龍馬と宣伝されているから、龍馬とされるが、当時の才谷は、海援隊にかかわるよりもむしろ、福岡孝弟の密偵のようなことをしていたようである。 

 つまりどれもこれも後付けの記録にしかみえない。後で尾ひれをつけて宣伝したものだろう。

 結局、金儲けのためなら嘘八百もへっちゃらというのが、このアホバカ政権を誕生させた、この国の島国根性のなせる業なんである。どれもこれも美談にして、真相を隠し、誤魔化して、インチキして、そして金儲けして、地獄にいくわけで、本当に性懲りもなく全て金儲けに邁進するアホバカ国家なんである。

 だから、この国ではカネの切れ目が縁の切れ目なんである。地獄の沙汰も金次第っていわれるわけである。

 ちなみに、この「地獄の沙汰も金次第」というのも平然と間違われて使われている。本当の意味は以下である。最後に参考までに。

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地獄の沙汰も金次第
http://dic.pixiv.net/a/%E5%9C%B0%E7%8D%84%E3%81%AE%E6%B2%99%E6%B1%B0%E3%82%82%E9%87%91%E6%AC%A1%E7%AC%AC

 「地獄の沙汰も金次第」とは、日本のことわざの一つで、とんでもない誤解をされていることわざの一つである。

本当の意味

 このことわざの元になった話が存在しており、それによれば詳細は次の通りである。

 『あるところの山寺に、麓で多くの使用人を使う長者様が亡くなられ、そのお葬式をお願いしますと依頼が来たので、和尚が葬儀の準備していると、和尚にその長者が地獄に墜ちていく光景が見えて来たのです。

 このままでは長者さんの霊は地獄に墜ちてしまうと、直ぐに小僧を長者の屋敷に走らせて、「長者さんの全財産を村人に分けなさい。そうしないと長者さんの霊は地獄界に墜ちますよ」と知らせました。

長者の遺族は、地獄に墜ちるのでは大変だと、直ぐにその財を村人達に分けた。その結果によって、地獄行きの沙汰が変更になったのです 。』

 というのが元になった原話で、解るとおり一般に知られる意味は大間違いで、庶民の小金のことではなく大金持ちに対して「 余りある財を捨てて世のため人のために尽くし“徳”を積みなさい 」と説いているのである。

そもそも金はあの世に持っていけないのだから間違った方の解釈は無理がある。

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 というわけでなんでも間違った意味や嘘がすぐに伝播するのが、この国の特徴である。  





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Last updated  2015年10月28日 15時16分53秒
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