シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年11月20日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 シュタイナーは予言めいた発言もしていて、それらのほとんどが現代社会の事の成り行きを言い当ててもいる。前回紹介したアーリマンという悪魔が統計を用いて、人間を数値化し、人類を騙すことを、「悪の秘儀」という本のなかで述べている。

 例えば、ガンが増加するのもアーリマンの働きである。ガンは自我の分裂により起こる。ガン細胞は、元々は自我から生じたので、免疫は自己と認識してしまう。

 アーリマンは人類を物質界に閉じ込めて支配しようとしているから、ガンはそのための前線部隊といえる。ガンは人間が霊魂の存在であることを知らずに、唯物論に洗脳され、自我がエゴ化し、物質欲に目覚めることで生じるからである。

 アーリマンは人間に物質性、つまり硬化的なものをもたらす。関節が硬直し、血管が硬化するのもアーリマンの働きである。そのようなアーリマンについてのシュタイナーの話を紹介する。

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悪の秘儀
http://roseandcross.kakurezato.com/page014.html

現代の教育は人間をあまりにも早く(精神的に)老いさせる

 (現代人の寿命は最大150歳といわれているが、古代アトランティス時代では数百歳生きるのが普通だったという。)



 この20世紀では、アーリマン的な教育が行われているために、人類の進化はアーリマン的な方向に向かっている。しかし、20世紀以前の時代では事情は異なっていた。(P28)

 古代人は今とは逆に「老いることがない」という危険に曝されていた。今から8000年前の時代から、西暦紀元の始まる頃まで時間を遡ってみる。

 当時は、現代とは異なり、その頃の人間は「老いることがない」という危険に曝されていた。このような時代には、現在のような義務教育という意味での学校は存在しなかった。学校は、かなりの年齢に達してから正式に学者になる人のためだけに存在した。

 (いまの大学院みたいなものか)

 古代には、子どもの教育のための学校はなかった。子どもたちは学校にいかず、人生の中で勉強をした。子どもたちは実際に目で見るなかに様々なことを学び取った。だから、未知のものを子どもたちに教えようとして大人が骨を折ることもなかった。

 この時代には、人類は完全にルシファー的ななかに入り込み、ルシファー的な熱狂に没入してしまう危険があった。確かに古代にはまた、人智学のなかで述べてきたような数多くの叡智も存在していた。

 しかし当然ながら、このようなルシファー的な傾向は制御されなければならない。もしそれを放置していたら、太古の人々は一日中幽霊の話ばかりしていただろう。当時の人々は、特に幽霊の話を好んだ。

 (ギリシャ神話になっている)

 だから、次のような結論に至る。「太古の昔、いまから8000年前の時代から西暦紀元の始まる頃まではルシファー的な時代だった。そしてそれから、アーリマン的な時代がやって来た」。(P28-P29)

近代以前、福音書は禁書だった

 キリスト教の最初期の時代から12、13世紀、さらには14世紀に到るまで、キリスト教徒が聖書を読むことは禁じられていた。新約聖書を読むことは禁じられていたのである。新約聖書を読むのが許されていたのは聖職者だけだった。一般の信者が聖書を読むことは許されなかった。



 その理由は、聖職者たちが、「聖書は正確に解釈しなくてはならない」という事実を知っていたからである。聖書が成立した時代には、今日の人間のような、言語を用いた論理的な思考法がなかったからである。この時代の人々は図形や音などのイメージを用いて思考した。だから、聖書に書かれている言語は正確に解釈しなくてはならない。(P43)

 しかしいまや「福音書を読むための思考の準備を必要としない」時代がやって来た。一般的に、現代人は、正確に意味を読み取るために、思考の準備をしない。学校で知識を身に着け、正確な意味を読み取るための準備をするからである。つまり学校で思考の躾をされる。

 このような躾が不要となる頃、つまり14歳、15歳を過ぎる頃には、もはや思考の準備を必要としない。そのときには、母国語を大体理解できるようになっていなくてはならない。これが現代人の一般的な思考となっている。(P45)

サタンの別名

 アーリマンやメフィストフェレスなどの名称を正確に捉えるなら、中世の人々がサタンと呼んだ悪霊である。(P58)



世俗の学問がもたらすもの

 現代人は、唯物論では解明できない世界を認識できなくてはならない。唯物論を土台とした単なる世俗の学問だけでは、人間は幻影にとりつかれるだけだろう。

 根本的な意味において、世俗の学問は次第に人類を愚かにし、愚かな行為へと掻き立てていくだろう。現代でも既に十分すぎるほど愚かな行為がなされた。

 それは第一次世界大戦という災厄で大いなる愚行のことである。現代の世俗的な学問に浸透された多くの人々が、世界大戦に関与していた。

 (現代のテロリストを産んだ連中も、CIA=MI6=モサドなどの戦争屋の犬たちである。人類を攪乱し同士討ちさせて憎しみにより支配するためである。)

アーリマンの活動

 紀元前三千年紀の初めにルシファーが受肉したのと同じように、またゴルゴタの秘儀の時代にキリストが受肉したのと同じように、しばらくて後の西暦三千年紀に、アーリマンは西洋に受肉することになるだろう。

 人類の進化計画においては、一方の極にルシファーの受肉があり、中央にキリストの受肉があり、他方の極にアーリマンの受肉が位置する。(P107)

 アーリマンが用いる洗脳の手口の一つは、特に近代以降支配的な唯物的思考法で、それは古代の霊的な図形や音のイメージの思考法が人類には非常に大きな意味をもつのを見破られないようにする詐欺(幻影)的な学問に他ならない。(P110)

 アーリマンは自らの受肉を最も実り多いものとするために、次のような点に非常に大きな関心を寄せている。

 人間が、このような幻影の学問を完全なものにし、基本的に現代の学問は総てが幻影なのだが、それが幻影にすぎないのに気づかないように、アーリマンにとって都合がよく洗脳することである。

 (シュタイナーによると、このような洗脳学問の学院をアーリマンはかつてゴンディシャブールに建てたという。そこから西洋の科学の権威のフランシスベーコンが生まれたという。西洋の唯物的科学は、このアーリマンのイスラムに建てた学院に由来するという。)

 アーリマンは、人間に数学を教えることに最大の関心を抱いているが、教えるに際し、「数学かつ力学から得られる宇宙についての見解は、単なる幻影にすぎない」という事実だけは人間には隠しておくことにしている。(P114-P115)

 現代のあらゆる集団が基礎認識としている唯物的学問からくる幻影に基づき、社会学までも形成しようとしているが、三千年紀に到るまで、その幻影が人類を支配するならば、アーリマンが人間として西洋文明の中に現れ、地上に幻影が蔓延しているのをみつけるなら、アーリマンは極めて大きな勝利をおさめるだろう。

 いま述べたことから誤った結論を導き出してはならない。もし現代の学問が幻影を生むものとしても、それを避けようとするなら、それは誤った結論である。現代の学問について知らなくてはならない。

 現代の学問から生じるものは、総て知っておかなくてはならない。しかし、幻影にとり憑かれてはいけない。そうすれば、現代の学問から生じる幻影としての局面は、人類の教育に不可欠のもので、いずれ全てが明らかになる。(P116-P115)

 「人間を学問から生じる幻影に縛りつけておくこと」が、アーリマンが自らの受肉を有効にするのに用いる洗脳手段なのである。(P118)

 アーリマンが用いる第二の洗脳手段は「あらゆる集団を煽動することで、互いに反目し合う小さなグループに分裂させること」である。

 このようなアーリマンの力は、集団の間に不協和音が生じるところを見逃さず、どこにでも作用する。こうした不協和音の多くは何に起因するのか?

 ある典型例から考えてみる。

 現代のプロレタリアートはカール・マルクスを信奉してきた。「カール・マルクスの学説は、現代のプロレタリアートの間にどのように広まっていったか」を正確に認識してみる。そして際限なく、計り知れないものへと過激なまでに向かおうとするマルクス主義の文献に目を向けてみる。

 その文献では、現在普通に行われている学究的な考察法が極めて明確に使用され、様々な事柄が厳密に証明されている。全てが極めて厳密に証明されているために、かなりの人々が、当初は、誰も予想しなかったが、マルクス主義の手に落ちてしまった。

 で一体、マルクス主義とは何なのか?

 最初、マルクス主義はプロレタリアートの間に広まった。マルクス主義は、大学で教えられている学問からは厳しく退けられたが、現在(1920年代)では、大学に所属する学者のうち幾人かが既にマルクス主義の理論を受け入れている。

 このような学者たちはマルクス主義を認め、もはや抜け出せなくなっている。なぜならマルクス主義の文献を読むうちに、それが導き出す結論が相互に見事に符合し、現代の学問的な思考法を用いて実に正確に証明できることが、次第に明らかになってきたからである。

 もしカール・マルクスが正反対の結論を証明したなら、こんどはプロレタリアートではなく、ブルジョワジーがマルクスを受け入れただろう。

 というのもマルクス主義の立場から、法や道徳などのイデオロギー的性格や、剰余価値の理論や、唯物論的な歴史研究について、証明できるのと全く同様に、反マルクス主義の、正反対の立場からも、それらを厳密に証明できるからである。

 一市民としてブルジョワなマルクスが、マルクス主義とは正反対の立場から、同じくらい厳密な方法で証明することも可能だった。この証明にはインチキや誤魔化しの入り込む隙はない。マルクス主義と逆の立場でも、マルクスの証明は完璧なものとなったはずである。(P120)

支配者タイプの歴史的変遷

 先に「ルシファー的な時代」と述べた古代まで時間を遡ってみると、当時の支配者はどういうタイプだったのか?

 当時の支配者は秘儀参入者だった。エジプトのファラオも、バビロニアの支配者も、アジアの支配者も、すべてが秘儀参入者だった。(P123)

アーリマンと民族主義

 最近(第一次大戦後の国際連盟成立期)、世界中で「民族的な国家を、民族的な王国を打ち建てなくてはならない」という声が叫ばれているのを耳にすることが多い。「それぞれの民族の自由」について実に多くが語られている。

 しかしながら国家が、血や部族のつながりによって建設される時代は、既に人類進化の中では過去のものになった。だから今日、知性や精神の中から生じたものでない、民族や部族などの肉体的なつながりがアピールされるなら、人類の間に不協和音が生じることになるだろう。

 アーリマンの力は、この人類の不協和音を特に利用する。民族的なショービニズム(愛国主義)、あらゆる倒錯した愛国主義を題材に、アーリマンは自分が必要とする人類支配を組み立てる。(P205)

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 恐るべきアーリマン=サタン。いまや阿修羅=アスラとともに、人類を憎しみの上に支配するためのテロリストを生み出してしまった。





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Last updated  2015年11月20日 14時13分56秒
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