シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2016年01月26日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 先日、トークが面白い「ほんまでっかTV」の後の続きで、最近流行の医療ドラマを惰性で少しみたが、あまりの非現実ぶりに呆れた。ドラマはフィクションだから、非現実を前提につくられているので、現実を想定するほうがおかしい、ということになる。

 はじめしかみていないので、勘違いかもしれないが、これまでの流行から、推理ドラマの主役を刑事ではなく、科学者、更に医者に変えているだけで、内容は従来の非現実な推理ドラマにかわりはないものに思えた。

 海外ドラマの移植のようにもみえた。かつてのアメリカのドラマで「ER」が流行ると、日本風にアレンジした「救命病棟」が流行ったのと似ている。「ER」はみたことがあるが、「救命病棟」はみていない。

 映画「チーム・バチスタの栄光」はみたが、犯罪現場が医療現場にかわったのは斬新だったが、現場を医療にする意味があったのか、という疑問も浮かんだ。

 大河ドラマもそうだが、現実をある程度知っている者にとっては、最近のドラマはあまりに設定などが非現実で陳腐に思えてしまう。

 ちょうど中学生だった頃、ドラマ「金八先生」が流行ったが、当時の中学生にとっては、あんな非現実なドラマのどこが面白く、大人は夢中になるのか、理解できなかった。

 まさかドラマの世界が現実にあると錯覚し、洗脳されてしまう人はほとんどいないと思うが、ドラマは非現実だからこそ、現実逃避ができるわけで、逆に、現実の世界にどっぷり浸かると、かえって息苦しさを感じてしまうのもある。

 漫画やアニメを実写化すると、下手すると、あまりの非現実さがむき出しになるが、非現実だからこそ、漫画やアニメの世界が意味を持ち、しばしば、その世界のヒーローやヒロインに人間の理想像がみえるのも確かである。

 しかし、非現実でもある理想が実写化されると、陳腐になるのは現実の世界があまりに悲惨で夢のないもので、誰もが幸福を求めながらも、他者の幸福などの奪い合いなどして、実際は幸福には程遠いものとなっているということも考えられる。



 ぶっちゃけ、ドラマと現実と理想の世界は、いってみれば輪廻転生の世界ともいえる。

 というわけで、シュタイナーの輪廻転生の話の続きを紹介する。

 ★         ★         ★


 -弟子のクッテネルがお送りします。

http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-827.html

≪輪廻転生 (14)≫

成長の限界点(改変)

 前回までの話から、再び転生への道を選択する理由の1つは、現世で他の人達に与えてしまった負荷について、清算せずにいられない意識がありました。

 しかし、シュタイナーによれば、転生への道を選択する理由には他にもあります。そして、主として前世で得がたい修練を積んだ魂に起こるように思われます。

 魂が死の門をくぐった後、霊界で高次の霊から理想とし、目指すべき姿を教えられることで、成長のレベルが最高潮に達するのを予感する。



 「神々の力がお前に働きかけた。それはお前の魂の内力となって、今、お前の中で生き、働いている。しかし、お前は、この力を持ってしては、もはやそれ以上先へ進めない所まで達した。

 何故なら、更に前進しようと思うなら、お前は今までよりも遥かに完全でなければならないからだ。」

 ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーの死者の書』p112 《ちくま文芸文庫(高橋巌訳)》より抜粋転載

 この内なる声の導くままに、転生へと進んでゆけば、次の成長に向けて、経験を積むことができます。しかし、ここに誘惑の罠を仕掛ける存在がいると、シュタイナーは言います。

その囁きは神か悪魔か(改変)

この誘惑の罠を仕掛ける存在こそ、スピリチュアリズムの中でも、功罪様々に取り上げられるルシファーです 。

 《そうだ。お前は今なら神々の後についていける。お前は神々が与えてくれた力と一つになれる。お前は霊界の中へもっともっと深く参入していける。》

 《この機会を失うな。お前は今なら霊界にとどまり続けることができる。お前は十分進化を遂げてきた。その成果の全てを、今なら霊力に移し変えることができる。》

 以上、ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーの死者の書』p112・113 《ちくま文芸文庫(高橋巌訳)》より抜粋転載 

 現世で辛酸を舐め、その成果を受け取った魂に対して、昨今流行の《アセンション》を夢見る多くの魂にとっても、最強の誘惑ではないでしょうか。

 このルシファーの言葉も、全くのデタラメではなく、ある意味で真実なのです。転生か、霊界にとどまるか、の究極の2者択一の意味をシュタイナーは次のように語ります。

 「自分が完全な霊の存在になれる、という展望が、目の前に拡がっているのです。

 しかし、そうなるには、偉大な理想へと向かう道を踏み外した瞬間なのです。つまり、《不完全》なまま、霊界にとどまる道を進む瞬間なのです。

 《不完全》なままで、霊界で《完成》へと変化していくでしょう。

 人間は、神の力を内に取り込んでいますので、不完全ながらも霊界に参入し、不完全ながらの霊になれるでしょう。

 しかし、同時に、これまでの輪廻転生の途上でいまだ育成できなかった素質や偉大な理想へと向かう可能性を断念しなければならないでしょう。

 地上へ受肉するかどうかの選択の度ごとに、霊界にとどまり、霊となり、既に獲得したものだけで神と化してしまおうとする誘惑がやって来ます。」

 ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーの死者の書』pp112-113 《ちくま文芸文庫(高橋巌訳)》より抜粋転載 

 ルシファーの言葉、つまり《輪廻転生を回避して霊の存在になれる》に嘘はないのです。そして、日常生活の《輪廻からの解脱》を唯一の目的のように思っている人達にとっては悪魔の声は《神の声》に聞こえます。

 しかし、その道を選んでしまうと、もはやそれ以上の進化はありません。

 無論、それで十分と思う人もあるでしょう。ルシファーは、その人達にとっては《真実を教えてくれる存在》です。

 ただし、1つ覚悟しなければならないのは、前世までに他の人達にかけてしまった負荷を清算する機会は、それで失われることになります。そして、かけてしまった負荷を見る度、その過ちに苛まれるのです。

 また、全く負荷を清算しきった場合でも、その成果として受け取った力を地上界で役立てることも出来なくなります。

 しかし、小生の私見では、何よりも《耐え難い》ものと思われるのは、人間が《唯一存在》の分身の1つに過ぎなく、本当は全く孤独な存在であることを、永遠に感じなければならないことではないかと思います。

 そして、万一全ての《分身》達が、《輪廻からの解脱》を選んでしまえば、《唯一存在》は、もはや孤独感に打ち勝つ方法を無くしてしまうことになるのではないかと思うのです。

肉体の究極的な役割

 実際、シュタイナーは、この段階で、独力でルシファーの誘惑に立ち向かうのなら、屈してしまうだろうと語っています。そして、ルシファーに打ち勝つのが《肉体》であると言うのです。

 「現在の人類の進化段階では、ルシファーの誘惑に耐える事は―もしルシファーの敵である聖霊達が人間を助けなければ―出来なかったでしょう。

 『神々の宗教』を通して人間を理想に導く神々と、ルシファーとの間で、人間の魂を巡る戦いが生じるのです。

 そしてこの戦いの結果、将来、地上で生きる人間の運命が時間界から空間界へと投げ入れられ、空間界に吸い込まれます。

 それは、人間が空間界へ移って、空間界との親和性を獲得する瞬間であり、両親による磁気的な引力が生じる瞬間なのです。

 その瞬間、霊界にとどまろうとする誘惑全てが、人間の周りから覆い隠されます。その《覆い》が《肉体》なのです。

 人間は、肉体に組み込まれたので、ルシファーが人間の眼前に示したものを、見ずにすんだのです。

 この肉体という《覆い》に包まれた人間が、肉体の感覚器官による感覚と脳の悟性の働きだけで世界を見る際には、誘惑者に誘われて不完全なままに霊界にとどまろうと願ったことを知らずにいられます。

 そして霊界を専ら外側から、感覚と、悟性が表現するままに見るのです。そして人間の指導霊たちが、人間の進化の責任を負うのです。」

 ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーの死者の書』p113 《ちくま文芸文庫(高橋巌訳)》より抜粋転載

 つまり、人類の《進化を司る神々》は、ルシファーの誘惑を遮断するため、肉体を纏わせて霊界から引き離し、霊界を人間の眼前から覆い隠すのです。

 このために人間は、地上界にいる間は、シュタイナーの言葉を借りれば、《ちょうどよいと思える程度》にしか霊界を知ることができないのです。

 逆に、もし遮断されぬままに地上界に降り立てば、一歩進むごとに、ルシファーの誘惑に曝され、いつも不完全な魂のままに霊界に参入しようという意識へと駆り立てられてしまう、とシュタイナーは言っています。

常に百%信ずることなかれ(改変)

 さて昨今、一部のリーディングマスター達が、アセンションによる意識の変化により、一部、或いは全ての人類が、通常の輪廻転生から抜けられるという説を唱えています。

 しかし、シュタイナーが説く輪廻転生によれば、ちょっとやそっとで、そのサイクルから離脱できるほどの魂の進化は得られないということになります。

 小生は、十中八九、シュタイナーの説が正しいような気がします。

 が、しかしです。人智学協会や、彼の信奉者には怒られるかもしれませんが、百%足を突っ込むのではなく、足首1つは外に出すべきではないかとも思っています。

 小生は、これこそ「絶対の真理」だと悟ることは、永遠に出来ないのではないかと思っています。そしてそれは、シュタイナーの話も同じかも知れないのです。

 万一、シュタイナー自身が《進化を司る神々》に騙されているとすれば、逆にルシファーこそ真実を語る神であり、早々に輪廻転生から離脱した方がよいということだってあり得るのです。

 《この人が言った事だから信ずる》という態度で臨むのではなく、最終的な判断は、自分自身が行うべきなのです。そのためにも、輪廻転生に関する、あらゆる可能性を知っておく必要があると、小生は考えています。

 ですから、逆も又然りです。現段階ではシュタイナーの言うことが全く理解できないという読者も、《こういう見方がある》ということだけは、悟性の中にとどめておいて損はないと思います。

 さて、次回第145夜は、転生後の人生についてお話しする予定です。

 ★         ★         ★

 天国は一日にしてならずか。





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Last updated  2016年01月28日 15時42分54秒
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