シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2016年02月18日
XML
カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 番組「TVタックル」はほとんどみないのだが、先日、ふとTVをつけていたら、寿司職人になるのに、調理師学校か、寿司屋で師匠について修行するのか、の比較をしていた。

 この比較は西洋と東洋の違いを現わしていて面白かった。一向に結論に辿り着かない堂々巡りの議論なんで呆れたが、結論をいえば、職人の技術を学びに行くのなら学校でもいいが、職人の人生を学びに行くのなら、実際の寿司屋で体験しないと駄目である。

 というのも、学校では定型のトラブルしか想定されず解決法も基本的なものしかないが、寿司屋では想定外のトラブルが起こるからで、解決法もみつからない場合もある。それに、東洋文化には、後世に人を残して一人前という道理がある。いずれ自分が死んでも大丈夫なように、師を超える弟子を育てるのが本分という利他主義のところがある。

 死んでカネを残すのは下等、仕事を残すのは中等、人を残すのが上等という人生訓がある。

 海外で日本文化が称賛されているのは西洋文化が唯物論に染まりすぎて、堕落腐敗したせいである。アホバカ政権や西洋カブレした売国奴たちをみれば一目瞭然である。

 確かに、西洋文化は高度な技術を生み出してきたが、人生がそのものが技術により高度にならなければ全く意味がないばかりか、堕落腐敗に陥るだけである。実際に西洋文化は高度な軍事兵器を生み出して大量殺戮を行ってきた。これでは西洋文化は人類を堕落腐敗させるだけであろう。 

 結局、西洋文化は貴族主義で、後は使い捨ての唯物文化なんである。技術だけ残ればよく、それが物質的であればなおさらよいという悪魔主義である。

 十戒やキリストが禁じた金融業をキリスト教徒が行っていることからも明らかである。金融業は悪魔的技術の代表である。錬金術もいまでは金儲けと勘違いされている。全てがニセモノユダヤのなせる業である。

 米国人なんか、得意気にいまでも植民地語の英語をしゃべるわけだから、アホバカもいいとこである。米国文化なんていわれてるが、植民地語の英語から全てが皆モノマネでしかない。それもいまだに貴族主義が抜けきっていない。21世紀というのに、精神は中世のままなんである。文化に精神がないから、植民地語の英語でしゃべるしかないのである。



 だから、東洋文化は、技術をひけらかさない。人生がよくならなければ意味がないので、人生よりも技術が目立ってはいけないからである。しかし明治以来、西洋文化の進出により、「武士は食わねど高楊枝」じゃないが、東洋の技術を隠す文化が依怙地になり、シミッタレタ感じで、自虐的になっているのは非常に残念で、逆に昨今の軽薄な風潮を象徴化している。

 文化というのは世代を超えた伝達言語でもあるから、軽薄ではインスタントの使い捨てで消滅してしまうのである。

 軽薄な西洋文化では、人間は機械になってしまう。

 人類がどんどんアホバカになっているから、ブラック企業でもあきらかだが、機械になるのは簡単で快適で、奴隷になるのがどんどん楽になってきている。思考力や知性を磨くことくらい大変なことはない。その証拠に機械ではできない。AIなんていわれているが、所詮奴隷で、ニセモノの知性でしかない。

 現代人は実際に電子マネーの奴隷で、電光掲示板の株価に一喜一憂し、デスクにつけばパソコンのオペレイターという奴隷と化している。

 西洋文化は奴隷文化といえる。東洋文化は、奴隷文化ではないが、昨今の米国のニセモノユダヤ文化の影響で、似非日本文化なる奴隷文化、家畜文化がGHQの3S政策によるダマスゴミの洗脳でかなり浸透してきている。

 意味不明な横文字などが横行するのが最たる典型である。明治以来の欧化政策による勘違い日本文化などは和魂洋才と美辞麗句で語られるが、カルトの日本会議をみればわかるが、軽薄そのもので、西洋の貴族文化、選民主義が根底にある。

 伝統の日本文化といえば、わびさびの文化で、部落民の先祖が虐待を受けたことを忘れないという奥ゆかしさにある。怨念を晴らすというのではなく、いま生きられるのは先祖の苦悩の御蔭だという感謝の気持ちである。苦悩が創造を生むという、創造、創作の文化で、どんなものも粗末にしないという、利他主義である。

 利他主義といっても、情けは他人のためならず、という諺のように、人間は一人では生きられないし、皆で協力して天国をつくろうという発想が根底にある。つまり、それだけ虐げられてきた歴史がある。日本史を真剣に学べば大陸からの侵攻を受けて、虐げられてきた奴隷史ともいえる。

 勘違いカルトの日本会議がジミンのような売国党でGHQの占領政策を継承しているから、日本文化がもはや絵にかいた餅で、技術ばかりを前面に押し出す米国の西洋猿真似使い捨て文化に堕落腐敗退化する、という話を、お馴染みのサイトから紹介する。



戦後最大の売国奴
http://my.shadowcity.jp/2016/02/post-8829.html

 日本が51番目の「州」になって、日本人がアメリカの大統領になる、という話なんだが、昔からあるんだが、人口比から考えて笑い話にもならないネタなので、今更です。日本の人口は1億3千万人。アメリカの半分近い。白人を追い抜いて最大勢力になってしまう。日本人以外大統領になれないし、アメリカが日本に乗っ取られてしまう。なので、アメリカが絶対にそれは許さない。永遠に植民地のままですw

「米国の51番目の州になれば日本人が大統領に」 自民・丸山氏が"珍説"披露、参院憲法審査会
 自民党の丸山和也法務部会長は17日の参院憲法審査会で、「日本が米国の51番目の州になれば、『日本州』出身者が大統領になる可能性が出てくる。世界の中心で行動できる日本になりうる」と"珍説"を披露し、日本が米国の州になることも1つの選択肢だとの考えを示した。



 ★         ★         ★

 あまりにアホバカすぎて話にならないが、こんなアホバカ売国奴が議員だから、議員に国家試験を課すべきといわれてしまうわけで、それに元々日本人だからといって日本人を大統領にするとは限らないし、洗脳工作が成功し、白人にカブレている日本人も多いしね。

 結局、鬼畜米国というのは1%の金持ち主義で、他の人々が貧困に塗れようがどうでもよく、奨学金を餌に戦場送りにして、貧困層を殺して、新たに移民者を集うようなことをやる貴族以外使い捨ての国ということなんだろう。

 米国人は選ばれた人間と錯覚しているようだが、それは所詮、使い捨てに選ばれた人間でしかないのである。もはや西洋文化からもわかるが、それは人間ではなく、選ばれたという時点で奴隷である。

 正直、米国人のイメージは近年著しく悪い。それはアホ呈示やしょーもない、のように、高圧的態度で恐喝をするか、陰険なブラッフで、終いには暴力に訴えて殺すような野蛮で獰猛な獣というイメージが定着化しつつある。

 このような金儲けしか頭になく、野蛮で獰猛な獣たちこそ檻に入れて監視すべきではなかろうか?

 こういう連中をなんとか改心させないと人類はどんどんアホバカになり、滅亡の道へと進むだろう。

 だから、西洋文化を唯物論から解放し、悪魔主義を叩きのめして、獣から人間の心を取り戻さないと、人類は滅亡の道をまっしぐらというシュタイナーの話の紹介を続ける。

 ★         ★         ★

 ホメオパシー療法を行うには、人智学的知見(霊的認識)が不可欠ですが、そのために偏見も多く、数十年来、次のような偏見と取り組んできました。ホメオパシーの医師は、神秘主義者と噂されるのに怯えている、神秘主義者というレッテルを貼られるのを嫌がる、というような偏見です。

 さて、このような偏見に取り組んできた根拠は、ホメオパシー療法を現代でも解釈できるような見解を獲得するためです。

 ホメオパシー療法の本質とは、実際、その性質を正しく描写するとなると、いささか怪しい表現にならざるを得ないのですが、ホメオパシーとは、用いる物質に効力を求めるのではなく、人体に調合するやり方に効力を求め、例えば、珪酸でも、植物の炭でも、調合のやり方によっては、似たような効力が得られる、ということにあるのです。

 ホメオパシーとは、人体への調合のやり方、つまり人体が潜在的にもつ治癒力の引き出し方に本質があるのです。

 ホメオパシーの薬の調合を求められたとき、どうやって人体に適応すべきか、様々に研究してきましたが、例えばリッターの光線力学的療法も、ホメオパシーに含めたいと思います。

 問題は、ホメオパシーの薬を人体にどのように調合して、人体に潜在する治癒力(自然への抵抗力)を引き出すか、ということにあるのです。

 (西洋文化が唯物論になってしまったので、アロパシーになってしまった。)

 結局、ホメオパシーでは、調合法が求められることになります。人体から、治癒力を引き出すように、薬を調合するやり方が求められます。

 例えば、外界の珪酸の希釈度を高くするには、珪酸をどう調合すればよいでしょうか?

 外界の珪酸を薄め、溶解していけば、ゼロ点を目指すことになります。外界の自然では、万有万物が、基本的な法則に従い、規則的な経過に基づいて、変化しています。

 珪酸を薄めていけば、珪酸が前面に出している性質が抑制されていき、その性質のゼロ点に向かいます。

 例えば、私が、財産をどんどん使い果たし、ゼロになっても、更に財産を使おうとして、ゼロ点を超えていくと、財産が無くなるのを超えて、つまり財産という性質を超えて、それとは逆の負債に移行することになりますが、外界の物質の性質も、同じようなことが当てはまるのです。

 この物質の性質に拘り、この物質を減じていくことで、もはやその性質がみつからない、その物質が消えてしまったゼロ点に到達します。それでも更に、その性質を減じて先に進むと、今度は、その性質をもつ物質が消え去るだけでなく、反対の性質が現われてきて、この反対の性質が、更に周囲の媒質に混入するという事態になるのです。

 従って、珪酸を薄めていくと、珪酸の性質とは逆の性質をもつ媒質が得られるので、ホメオパシー療法では、常に、媒質のなかに当の物質の反対の効力を見ていく必要があり、ホメオパシーの薬を用いるには、その物質を混入するために希釈する媒質の選定が特に重要となります。

 この媒質は、物質とは別の構造を獲得します。財産から借金をつくると、社会生活では、金持ちから貧乏になるように、物質も、その反対の状態に移行して、以前の状態とは反対の状態を周囲に付与するのです。

 (このことを素粒子物理学では、ボソンがフェルミオンになるので、対称性の自発的破れ、と呼ぶ。)

 すなわち、ある物質の量をどんどん減らしていくことで、ある物質のある特性が、ゼロ点に近づくことで、反対の特性になり、つまり以前もっていた特性を、周囲に放射するので、その周囲に放射した特性を促進することで、今度は、その物質の特性を獲得できるのです。

 この促進は、いま描写した物質とは反対の特性を、直接引き起こす媒質の選定にあるのですが、それを可能にするには、当の物質にゼロ点をもたらした後、光の影響下で、例えば蛍光を発したり、燐光を発したりして、当の物質の性質を再現できるような、反対の性質を促進できる媒質を探すことにあると言えます。

 物質を希釈することで、周囲に反対の性質を放射する媒質を獲得できるのです。実際、重要なのは、神秘主義に陥るのではなく、結局、自然の背後にある真の活動を観察してみること、つまり、実際に、物質の特性がもつ対極的な進行を洞察できるように自然を観察することなのです。

 霊的な自然観察眼こそが、様々な自然治癒力がどこに眠っているのかを認識するための教科書とでもいえるものなのです。希釈していくと、物質はゼロ点に達します。このゼロ点の向こうには反対の力(マイナスの光)があるのです。

 しかし、反対の力に達して全てではなく、今度は、ゼロ点の向こう側のなかで、この反対の力がまたゼロ点になるような第2のゼロ点に達します。この点を超えていくと、更にもっと高次な力(アストラル)に到達するのです。

 当初の物質界における方向性とは一致しますが、物質とは全く反対の性質を持った(反物質)、もっと高次の力に到達できるのです。

 ですから、物質を希釈し続けることで明らかになる様々な力を、ある種の曲線で描ければ実際に素晴らしいでしょう。ただし、この曲線は独特の表現で記述しなければならないことに気づくでしょう。

 物質界では、次第に減少する曲線ですが、ゼロ点に近づき、それを超えると今度は、エーテル界になり、高次の希釈で(エーテルを減じると)、反対の力がゼロ点となる第2のゼロ点に近づき、それを超えると、もはや平面で表記できず、直角に回転して、三次元的に、空間へと曲線を引かなくてはならないからです。

 (数学的には複素多様体になる。アストラル界は、物質界と直角の関係にあるようだ。物質界とは正反対の陰の世界なんである。)

 これらのことは、この講演のなかで更に述べていきますが、これは人間と外界の全自然との親和性全体と密接に関わっていることです。

 さて、いま植物の炭を人体に調合する場合を観察してみます。

 第一に気づくことは、多量に服用すると、特定の疾患を生じますが、ホメオパシー療法で、この同じ物質を、人体で希釈するように調合すれば、この特定の疾患の治療薬となることがわかります。

 (いきなり熱湯を浴びると火傷するが、徐々に温度を高めてゆっくりと浴びることで熱湯に慣れ、抵抗力がつけば、火傷にならないのと同じ。)

 いま植物炭を取り上げましたが、人智学では、植物炭はどう位置付けされているのでしょうか。人智学では、外界の自然の象徴として、鉱物化の代名詞の炭や、地中の炭の状態を調べるように教えています。

 炭を調べることでわかるのは、炭とは本質的に、酸素と共に地球という生命体に関与していることです。地球という生命体のなかでは、地中の炭の含有量が地球の周囲の酸素の含有量を調整するものとなっています。

 この事実からわかるのは、地球が単なる物質体ではなく、活力ある生命体であり、地球の呼吸に、地中の炭の含有量が関わっているということです。

 本当の生きた化学は、炭の存在を、人間の呼吸、もしくは動物の呼吸との関わりにおいて、観察するときにはじめて成立するでしょう。

 というのも、地中の炭化と、地球の周囲の酸素、すなわち大気との間で起こるいわば地球の呼吸の基礎をなすのは、人智学的な観察から、地球の動物化の傾向、実際の動物の存在数として明らかになるからです。

 この地球の動物化の傾向は、衝撃的な表現となりますが、地中の炭化と、地球の周囲の酸素を巡って生じる地球の呼吸のなかで生じる地球外の霊的経過のなかに、非物質な存在たち、エーテルの存在のままでいたいので、動物化とは反対に絶えず地球から遠ざかり、地球から絶えず立ち去り、離れていこうとする存在たちを、地上に出現させる機会を生じさせるからです。

 地球の動物化は、この脱動物化に対抗する経過で、地球という生命体の、前面に出てくる生命の営みとして把握しなければ理解できないものなのです。

 従って、植物炭を人体のなかに摂取すると、人体を動物化に導くことに他なりません。だから、植物炭を摂りすぎると、発生してくるゲップから腸内ガスに至るまでの、腐敗性の下痢他などの症状や、痔疾等、もしくは焼けるような痛みに至るまで、人間が霊的に進化するために、その過程で、人間から分離した動物性を、再びまた人体に招き入れたということに起因するのです。

 この事実から、多量の植物炭を人体に与えると、誘導される動物化から身を守るように促されることがわかります。つまり、人間性を保つために、身を守るには、地球の環境と同化するように、自らの人体を調整すること、つまり人間がこれまで進化してきたように、動物性を自分の外に出すことによってなされるのです。

 ★         ★         ★

 文化の唯物化とは動物化である。西洋文化をみると、現代人がいかに動物化しているかがわかる。確かに動物は物質的には進化しているが、地上の奴隷である。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2016年02月18日 16時51分54秒
コメント(0) | コメントを書く
[軟弱日本を斬る!] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: