シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2016年03月24日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 「情けは人の為ならず」という諺を誤解している人が多いという。ウイキによれば、この諺の意味は「情けは人の為だけではなく、いずれ巡り巡って自分に恩恵が返ってくるのだから、誰にでも親切にせよ」である。

 人智学で解釈するなら、「人助けは自分を救う」という意味になる。というのも、自分とは、自我に、自我がした行為を認識させたものだから、自我がした人助けを、自我に自分として認識させることになる。

 ということは、自我は人助けを自分と認識するので、自我は益々人助けをするようになり、ついには自然となんでも助けられる能力をもつようになるから、なんでもできることになる。

 そうなると、助け慣れてくるので、どこが危険で、事故になるのか一目瞭然で、未然に防ぐ知恵をもつようになる。

 つまり、霊能力とは人助けの能力の発達したものである。

 霊能力について面白いことを述べている話を紹介する。ただし、この話を鵜呑みにしてはいけない。

 ★         ★         ★

面白そうな話。
http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%90%91%E3%81%91%E3%81%8B%E3%82%82%E3%80%80%E3%80%80%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%83%8F%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%8B%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E4%BD%9C%E6%B3%95%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%8B/%E9%9D%A2%E7%99%BD%E3%81%9D%E3%81%86%E3%81%AA%E8%A9%B1%E3%80%82

幻の桜より

 上記文抜粋
 ・・・・・・・

 金持ちは 貢ぐことが能力だ

 「霊能力はな家に例えるとわかりやすいぞ」

 家に例える? (・・;)

 「例えばアパートで壁が薄い家に住んでみろ

 そこで自分だけ静かにしていると隣近所や隣室の音が聞こえてくる

 これが人の心を読む霊能力の原理に近いんだ」 (・・;)!

 「でもな大金持ちになって豪邸を建てて広い庭
 高く厚い壁を家のまわりに張り巡らせて家の壁も豪華な建材で頑丈に作ったらどうなる? 

 どうしても外界や周囲の声


富をのせられた者が人の声や想いに鈍感になるのは この原理と同じなんだ
 厚く覆えば覆うほど周囲の音が聞こえづらくなり 鈍感になる

 金持ちは本来鈍感なんだ」 (・・;)

 「もしも金持ちになりながら人の心や想いが読みたいなら
 少なくとも居住環境は壁の薄いボロアパートに住むべきだな 



 人の心や想いを読むって言うのはそういうエネルギー質だからな」(・・;)

 「それから「家を建てると命を失う」ってことわざはな
 別に家自体が寿命を縮めてるわけじゃない

 鳥族の経験則なんだ

 豪華な家を建てるとあなたの能力
 削がれるよって事なんだ 

 心や想いを読む能力
 感受性やファッションセンスが鈍って悪趣味になってきて
 人の動向 大衆の動向も見えづらく気のハアハアできる場所もわからなくなる

 でもそれは鳥族にとっては致命傷だろ

 だからセンシティブな能力を求める者は豪邸に住んじゃいけないんだ

 俺は間借りしてるから大丈夫と言っても豪華なマンションを借りてたら
 霊能力は削がれちゃうんだぜ」(ガオガオちゃんのことば)  

 ☆天性の霊感、社会での霊感☆

 かたりて ガオガオちゃん

 「たぶん都の中で環境として一番霊能力がつくのはホームレスさんの環境がピカイチだ」(・・;) 

 「環境は人の能力を変える
 お外で暮らし社会から離れた目線で見ることは 
 社会や人の心の動向により敏感になる」(・・;) 

 「人の霊感は主に二種類あるんだ 
 そのひとつは天性の霊感
 太陽や月や海、山、動物、植物とお話ができる霊能力だ

 だがその純度が高ければ高いほど社会運ゼロ、人の心を読めなくなって
 まあ社会での活躍は難しい霊能力だ」(・・;)

 「そしてもうひとつはな
 本当は人間社会で外的な要因で追いつめられた者に宿る霊能力だ

 人に興味があって人が好きなのに 

 いじめられたり 病気になったり
 あるいは強制的に社会から排除されたことで

 憂鬱になって
 ブルーになって 
 社会の動向や流れ 
 人の心、そして人の近未来も見えるようになる霊能力だ

 大半の人が霊能力で想い浮かべるのはおそらくこちらの能力の方だと想う
 この能力は人間社会に現実をもたらせる霊能力だからな」(・・;)

 「ホームレスさんに宿る霊能力もその大半は対人、対社会向けの霊能力だ 
 社会に興味をもってる人が社会から排除されたがゆえにブルーになり
 でもふたたび社会で活躍したいと想う時得る霊能力だ

 この能力をつけたい者は社会に多数いるんだけどな
 でもエネルギーバランスがだいじなんだ

 何故なら収入が人並みなのにその能力に憧れてホームレスさんの気をつけると
 つけた者が 時期が来るとホームレスになったりする」(・・;)・

 「でもな収入が多量にあるなど 
 ある程度のバックボーンがある人がこの気をつける場合は量を加味すれば別に構わない 
 もちろんホームレスになった人の貧気は来るんだけどな

 自分がそれを受けとめれるくらいの財力があれば少し経済的な負担を受けるぐらいで済む 

 要はエネルギーのバランスだ

 社会復帰したいホームレスさんにある程度の富を与えて、それを叶えれば
 そのホームレスさんは社会に戻れるし

 富を与えた人は代わりに対人、対社会を見抜く霊能力を得ることで
 富を持ちながらも人の想いもわかるようになり社会の動きが読めるようになる

 その能力は自分の地位を盤石にして 持ってる富をより効率的に回すことができるんだ 
 両者にとって相乗効果に良い結果をもたらすんだ」(・・;)

 「霊能力を得たい場合はな
 自分が今の生活を保てるぐらいのエネルギーや財力が自分にあるかどうかを加味することがだいじなんだ
 相手の貧気や霊能力を発芽させてる相手の病の気を受けとめられるだけのエネルギー量や富が自分にあるかどうか

 もしもなければ自分も病気になったり、ホームレスになったりする  

 無闇につけてはいけないというのは
 まず相手と自分のエネルギーバランスを見ろってことだ

 能力が来るって言う事は相手の環境も含めたエネルギーの質も後で必ずやって来るってことだからだ
 能力だけをつけるのは無理なんだ 時期が来ると 必ずその能力をもたらした環境のエネルギーも巡ってくる

 だから自分の持つ環境のエネルギーと相手の持つ環境のエネルギー
 自分の持つ富の気と能力ある者の貧気をはかりにかけて
 それで今の自分の暮らしや座を維持できるのか
 見極めなきゃいけないんだ」(・・;)

 「自分と欲しい能力を持っている者のエネルギーバランスを見る
 それが対人、対社会で通用する霊能力を得る場合の注意点だ

 でもな人にはもう一種類の霊感があってな
 天性の霊感
 この能力はちょっとヤバいんだ」(・・;)

 「富が有り余って、盤石な地位があり 
 絶大な権力をふるってる者もな
 お星さまと話せる
 植物や動物とお話する
 その天性の霊感をつけてしまうとな
 一見頭がパッパラパーになって
 社会での地位や世界での現実を消失させられてしまうんだ」(・・;)・

 「それというのもな
 人間社会での地位は人由来のエネルギーで構成されている
 その座の人がな自然の霊能力を得ちゃうとな
 人のエネルギーを上回る 
 自然の概念や莫大なエネルギー量に染め上げられて 
 時に世界のような不自然な集合体を自然の意のままに崩壊させてしまうんだ」(・・;)・

 「でもな
 かといって天性の霊感の霊能力者を叩いたりイジメたりすると
 その気が混ざるだろ? 

 それに集合体を維持するには星のエネルギー緩衝や動植物の情報が欠かせないだろ? 

 だからな天性の霊能者に時の権力者達はな 
 ご丁重に ご丁寧に扱って 
 不平不満が絶対でないようにして 
 でも なるべく気が混ざらないようにもして 
 なにか情報を聞きたい時は貢物をして敬ってへりくだって
 気をなるべく混ぜないようにしたんだ

 天性の霊能力者は社会では働きたくない
 人間社会とは違うものを見ていたい強い意志があるからな
 その意志があるからお星さまともお話できるんだ」(・・;)

 「それからな本来
 外に向けた霊感、霊能力は女性より男の方があるんだぜ
 体の作りがそうなんだ

 そして女性はなそういうお外の男性から 
 さまざまな霊感が集まって情報を読み解いてるんだ

 言わばお外の霊能者は男性
 女性はうちの霊能者なんだ」(・・;)

 「家でひきこもってるニートの男性も外界への霊感があるんだぜ
 だって彼らがいるのは室内だけど実際に見てるのは自己の想念より
 ネットとか 外的な霊感情報だろ? 

 そしてなニートさんにも 
 天性の霊感と、対人、対社会での霊能力の2種類があるんだ

 本当に働きたくなくて、それをしている者は天性の霊能力者だ

 社会でイジメられて、追いつめられてニートした人は、対人、対社会での霊能力が宿るんだ 

 以前メディアがニートさんを無闇にバッシングするキャンペーンを張っていたけどな

 自分のエネルギーバランスや天性の霊感の素養の持ち主を考えないで
 無闇にバッシングすると 
 バッシングした連中の社会運が消失するんだ

 バッシングさせたのが企業や国みたいな集合体でも衰退するんだ 
 だってたくさんのニートさんの気をつけようとしたんだからな 

 そして月のタイミングが来て、それが現象化したらな
 その衰退現象、消失化現象は30年以上は回復しない 

 特に天性の霊感は強い緩衝をもたらす意志から発芽した霊能力だからな」(・・;)・

 「そして天性の霊感を持つ者はなホームレスさんにしろ、ニートさんにしろ
 真実しか見てないんだ 

 自分の中の真実、自分が感じる事実 
 それしか見ていないから社会という事実には巻き込まれないんだ

 天性の霊感を持つ者から見れば
 社会という事実はな
 嘘の真実に巻き込まれてるようにしか見えないんだ」(・・;)!

 「それからな、対人、対社会での霊能力は社会での事実に巻き込まれながら
 新たな事実を得ようとして宿る霊能力なんだ 

 いわゆる真実派と言うより妄想派なんだ 
 真実派は自分の感じるすべてが事実だと感じてるけど

 妄想派は心のどこかでそれを事実じゃないって想ってるから妄想なんだ 
 だからこそその妄想をさまざまな方法を用いて 
 事実にしようとしてるんだ 

 そしてクリエイターに多いのはこのタイプだ
 事実を見ながら 新しい事実を作りだそうとする能力者なんだ」(・・;)

 「まあいわゆるあれだ
 例えば巨大ロボットアニメを作った人は本当に巨大ロボットが現実にあって
 それを描いたと想っていないだろ?

 でもな真実派は想念で巨人を見たら
 本気でそれがいると想うんだ
 心底本当に想うんだ

 だから心に対する感染力は真実派の方が強い
 能力の質が違うんだ」(・・;)

 「そして大犬はなその心の感染力に目をつけて 
 破壊の時期に真実派を探しだそうとしていたんだ
 ご丁重にご丁寧にうやうやしく扱いながら 
 だいじに抱えようとしてたんだ

 何故ご丁重にするかと言えばな真実派がイラつく行動をとるからと言って
 それに感情喚起されて気を混ぜたら自分もその気が混ざるだろ?
 そうすると巻き込まれて
 世界の構築なんてできないだろ?」(・・;)

 「でもな真実派の心への感染力は武器として欲しいから
 上手く誘導して自分が理想とする世界のイメージを発信させたんだ 

 感情をぶつけず、機嫌を損ねず、気は混ぜないようにしながら 

 快楽を与えつつ
 あるイメージを誘導して、それを事実と感じさせる」(・・;)

 「現代社会もな 
 心の感染力ある者達を武器としてできたんだ  

 具体的には彼らに妄想から生まれた幻影を 
 これがすばらしい事実ですよ
 と想わせることで本当に事実にしたんだ

 少数しかいない心の感染力の強い者たちを抱え

 彼らにすばらしいもの想いのすばらしい社会と想わせることでできたのが 
 今の国や宗教や世界なんだ」(・・;)

 「だけどな
 真実派をいじめたり
 もしくは敵方につかせちゃうとな
 そのすさまじい心の感染力で世界側の妄想や幻影を打ち崩しちゃうんだ 

 特に月の緩衝時のようなエネルギーの増幅期に
 真実派を抱えながら新しいイメージを入れると 
 国や世界の様に一見頑強と想われるようなシステムも簡単に崩壊させられちゃうんだ

 だって世界も 妄想から生まれたからな
 妄想は事実となってもいずれ消えゆく運命なんだ」(・・;)

 「だから大犬は新しい妄想を事実とする為 
 破壊の時期の緩衝期
 対立チームを持ち上げながら
 自分達は真実派をこっそり抱えようとしたんだ
 でも彼らは今回しくじった

 何故なら大犬が今抱えてるのは真実派ではなく
 真実派のふりをした
 ただの小犬だからだ

 小犬達は社会という事実や序列概念にどっぷり巻き込まれてる側なんだ 
 心の感染力がない」(・・;)・

 「大犬は小犬を養分と想って持ち上げたり真実派と想って大事に抱えたりしたけどな
 彼らは新概念を感染もできず古い滅びゆく概念にむしろ感染されてる側だ 

 それで大犬達の作った計画が少しづつ狂いはじめてるんだ
 大犬は自分達よりも意志が強い者達と気を入れ替えて
 世界を作りなおす予定だったんだけどな

 でも自分達よりも意志のない小犬達と気を混ぜる結果になって
 以前より体調が弱くなって感性が麻痺し大衆も動かしづらくなっている

 戦争を起こす予定も小競り合い程度のエネルギー量になって
 それで去年から本格的に行う予定だった 
 金融市場の崩壊、座の交代もグダグダモードになってきてるんだ

 おそらく世界は当初大犬達が計画してたような 
 2015年からのドラマチックな崩壊、変革ではなく 
 ぐだぐだ不完全燃焼しながら混沌(カオス)の状態に向かっていくはずだ」(・・;)・

 「ちなみにな
 天性の霊能力は自然やお星さまをみる霊能力なんで修行とかいらないんだけどな

 でもそれは人や社会が気にならないという天性の素養が必要だ 

 でもな
 対人、対社会の霊能力は周囲の人から情報を集める為に
 周囲の者よりブルーになる必要がある

 暗いところにエネルギーも情報も集まる
 だから修業が必要なんだ

 修業や不幸は自分をブルーにする為に
 社会での霊能力を上げる為に必要なんだ」(・・;)

 「心暗ければ暗いほど力は集まってくる
 ほら誰かと酒を飲んでる時
 連れが酔っぱらってると自分は連れの介抱をする為に
 いつのまにか酔いが醒めるってことがあるだろ?

 あれに似てるんだ
 人向けの霊能力の集まり方は 

 人向けの霊能力を集めたい場合

 つながりある周囲を常に快楽でいい気持ちにさせて
 自分は暗くなりブルーになる 

 それが一番楽なんだ」(ガオガオちゃんのことば)

・・・・・・・・
・・・・・・・・
 抜粋終わり

 >金持ちは 貢ぐことが能力だ

 新井先生の主張と一致する。

 「お金を、命を守り響かせるために使った方が良い」

 と。

 光武帝劉秀の

 他人とともに楽しむのはその楽しみも長いが、自分一人で楽しむのは長く続かずなくなるものだ 

 を、改めて主張したい。

 >金持ちは 本来 鈍感なんだ

 てのは、日本の今の社会・特に指導層・経済界を見てもよくわかるし、トランプ・サンダースの躍進に恐怖するアメリカの似非セレブどもの狂奔をみてもわかる。

 お読みくださりありがとうございます。

 ★         ★         ★

トンデモ話は奥で繋がる 「第166夜」
 -弟子のクッテネルがお送りします。

http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-991.html

≪復活と再臨(7)(改変)≫

★本当の再臨

 さて、1899年から人類に起こってくる新しい霊能力について、西川氏による『輪廻転生とカルマ』の訳をもう少し引用して見ましょう。

 「人間はエーテル界をみれる霊視によって、エーテル体の中でキリストを見ることになるからです。この霊力は、今、魂の中に存在しています。

 将来、その力が発達し、人間の運命は、ある意味、人間の手に委ねられるようになります。

 この能力が現れた時、この能力の意味を知ることになります。今日のように唯物論に後退するのは不可能になります。

 (起きてしまったので仕方ないとはできなくなる。物事の責任にできなくなる。だから原発事故などの責任が厳しく問われる。)

 この能力が現れた当初は、なかなか直ぐにはその能力に気づきません。それどころか、そのような能力を持っている人は異常で、妄想家で、病気とみなされます。

 ですから人智学は、このような霊能力を理解させる準備をする使命を持っているのです。

 (…中略…)

 キリストが肉体をまとって再来する、と考えるような唯物論的な考えが、神智学協会に侵入する可能性もあります。

 そう考えることで、人類がこの2千年の間、全く進歩しなかったと主張したいのです。

  (…中略…)

 神智学を唯物論的な方向に誘導して、自分はキリスト(の生まれ変わり)であると信じさせようとする悪魔のような野心家たちがいます。

 そのような愚かな人々に騙される人々がいます。

  (…中略…)

 神智学を正しく霊視で理解する者は、20世紀のニセモノの救世主に、

 『あなたは、物質界にキリストが現れる、といっているが、私達は、キリストが既にエーテル界に現れ、私達と共にいることを知っている。』

 と言います。

 (…中略…)

 キリストの再来の本当の意味を地上で理解できなかった者は、地上で理解するために、次の受肉を待たなければなりません。」

 (キリストをみるためには、キリストが地上で行った救済行為を自らで行う必要がある。)

 ルドルフ・シュタイナー『輪廻転生とカルマ』pp159-161《水声社(西川隆範訳)》より抜粋転載

 続けて、『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』から、同じくキリストの再臨についての記述を抜粋してみます。

 「つまり、パウロが『早産』して、既に1世紀に、ダマスカスの郊外で体験できたのと同じ霊視体験を、現代人は持つようになるのです。

 かなりの数の人々が、まだ20世紀の終わる前に、キリストを体験するのです。…その時のキリストは、エーテルの雲(空間)の中から現れてくるでしょう。

 (…中略…)

 西暦紀元の初めにイエス・キリストとして肉体の中に生きた存在が、エーテルの衣装をまとって、ダマスカスの郊外でパウロに現れたように、今世紀の終わりにむけて、キリストが再臨することが、キリストの出来事の本質であるのを、私達は多くの人々に呼びかけねばならないのです。

 人々が、ますます高次の能力を獲得していくことで、キリストの本質、全内容を知るようになるのです。

 しかし、もしキリストが、再度、肉体を伴って現れなければならなくなったら、もはや人類の進歩は期待できなくなります。

 何故なら、西暦の初めにキリストが現れたことが無駄になってしまうからです。

 そして、キリストの出現でも人間の高次の力を発達させられなかったことになります。

 キリスト出現の成果は、人間が高次の力を発達させて、キリストが霊界から作用するこの新しい力で霊視できるようになることなのです。」   

 『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』 pp256-257《筑摩書房(高橋巌 解説)》より抜粋転載   

★エーテル体の中のキリスト

 さて、『エーテル体の中でキリストを見る』とありますが、具体的にどうなのかの説明がありません。無論、小生のような凡人に、そんな能力はないので推測するしかありません。

 この言葉を聞いて小生が思い浮かべるのは、『オーラの泉』等で江原氏がよく言っていた『オーラの中に光景が浮かんで見える』という表現です。

 小生には『オーラ』と『エーテル体』が完全に一致するのかどうかはわかりませんが、少なくともかなりの部分で重なっていると思われます。

 『オーラ』については、昨今では『普通(?)の人』でも、見ることのできる人がかなり増えて来ています。このことも、シュタイナーが予言した能力の一つでしょう。

 この能力がもう一段進むと、ある種の霊能者に見られるように、その中に時空を超えたメッセージを見て取れるようになるようですが、それと同じ形でキリストを見るのではないかと思います。

 シュタイナーによれば、第152夜でお話ししたように、エーテル体のイエスは、肉体=物質体をもたないのです。

 我々が絵画として知っているイエスは、単なる後の創作像であり、必ずしもその姿で現れるとは限りません。

 最も、他の低級霊が我々を騙そうとすれば、その姿を選ぶでしょうが…。

 ましてや小生などは、それ以前に、絵画上のキリストの姿を、他の外国人とはっきり区別できる自信さえありません。

 また百歩譲って、普通の人がエーテル体の中のキリストの姿を見る能力を引き出せるのなら、何故その力を主に紹介しないのかも疑問です。

 (個人個人によって異なるから。弱者救済のやり方は千差万別で、弱者も十人十色だから。)

 そして、それらの能力こそ、人類が次に獲得すべき高次の力であり、決してその能力者が異常でも、病気でも、妄想もちでも無いという事を、世間一般に理解させることこそが、神智学の使命である、と言うのです。

 さらに言えば、第153夜でお話ししたように、キリストの本体とはアフラ=マズダであり、生命体としての太陽神とも語られています。

 となれば、その真の実体が完全に人間の姿をしているかどうかすらわかりません。単なる『波動』である可能性さえあるのです。

★盲目より正直を

 そして、もう一つの重要な『宿命』として、もし肉体をまとった地上のキリストをみたいと切望する魂は、地上で学ぶべき能力を得るため、再度受肉しなければならないと言います。

 しかし、シュタイナーには、このことが人類の進化では必然として認識されている、というのです。

 彼は決して預言者のつもりや、脅してるつもりでは無く、その必然に気付いていない人々に向かって、親切心から知らせてるのに過ぎないと思います。

 過去の例を見ても、混乱の世には決まって『救世主』を名乗る人物が現れ、『私を崇め、私の言うようにすれば救われる』と民衆を誤導しようとします。

 しかし、彼が肉体として現れる限りは、決してキリストでも、その生まれ変わりでもない、のです。

 彼等は巧妙に演じるだろうが、言動を見れば分かることです。

 昨今では、一見『宗教』には見えないようなカリスマ的な霊能者が、キリストとは言わないまでも、『正しい教えを説く』として、多くの『信者』を集めています。

 現世で生きる上で最もつまらないのは、そのような権威者を、ただ盲目的に信じることです。しかし、彼等が飲み食いし、排泄や睡眠を必要とする以上は、ただの人間と変わりはありません。

 人間である以上、間違った判断をする可能性もあります。それ故、彼等の言動全てに、注意する必要があるのです。

 よく『高名な霊能者の言動に疑問を持つのは、霊格が低い』などという台詞で脅しますが、霊格の高い人物がそのような言動をするはずがありません。

 (人を見下し、否定するような言葉は使わない。)

 ならばなおさら、ニセモノとわかるまで現世でとことん修行をしなければ、この世に生れ落ちた意味が無くなってしまいます。 

 現世で、盲目になっても、自分の心の奥底にある疑問は、第135夜で述べたとおり、死後、霊界に行けば全て四大霊となって再び自分に問いかけてくるのです。

 疑問を感じながらも『分った振り』をして、霊界で冷や汗を流し、後の祭りとなるより、『分らない』と素直に認めて、人より少し長めに輪廻を繰り返し、学ぶ方が、現世の目的にかなったものとなります。

 逆に『高名な霊能者とされる人物の言動』の間違いに気づき、疑問を持つことで、霊的に一歩先に進める可能性だってあるのです。

 自我に正直である方が良いからです。

 ところでシュタイナーは、今まで何度も現れた数々の『偽メシア』についても言及していますが、それらは『イエス・キリスト』では無く、ルシファーやアーリマンが憑依した人物として警笛を鳴らしています。

 次回第167夜では、その人物『イエシュ・ベン・パンディラ』の話から始めます。

トンデモ話は奥で繋がる 「第167夜」
 -弟子のクッテネルがお送りします。


≪復活と再臨(8)(改変)≫

★次回のメシア

 さて今夜は、核心となる記述について先に紹介してしまおうと思います。高橋氏は、『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』のあとがきで、次のように述べています。

 「かつて2千年前のパレスティナで、キリストの自我が地上の物質界に降臨したように、今20世紀に、キリストの自我は生命(エーテル)界に降臨する。

 このエーテル界のキリストに出会って、癒しの力を獲得し、新しいエッセネ派=弥勒派(つまり人智学)を始めることが、人智学運動の本質的な課題である。」

 『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』p423《筑摩書房(高橋巌 あとがき)》より抜粋転載 

 一見、これまでのシュタイナーの主張を繰り返すような感じで、そのまま見過ごしてしまいそうな文章ですが、『偽メシア』という観点からよく眺めてください。

 『偽メシア』は、私達を欺くためにやって来るのですから、当然、エーテル界を感じられず、騙される人々がたくさん住んでいる『物質界』に現れるでしょう。

 しかし(西暦紀元に現われた)前回の『メシア』であるイエスは、今回は『物質界』には現われないのです。しかし、シュタイナーは、今回現れると予想される彼等を『偽メシア』と呼んでエーテル界の『真のメシア』とは区別しているのです。

 また今回の『真のメシア』は、我々人類がエーテル界のキリストと出会うための橋渡しをする人物であり、それは『東方ミトラ伝説』にも登場した『弥勒』に当たる存在と言うのです。

 そしてその霊性を受け継いだ人物こそ、エッセネ派のパンディラの息子、シュタイナーが『イエシュ・ベン・パンディラ』として述べている人物なのです。

★パンディラの子

 パンディラは、その実在が明らかになっているわけではありませんが、シュタイナーによれば、イエスに先立ち紀元前1世紀に存在した、エッセネ派の先駆的指導者とされています。

 イエシュ・ベン・パンディラは、パンディラの息子で、ユダヤの経典タルムードでは「パンディラの子イエス」と記載があるのですが、この人物は『ナザレのイエス』とは血縁も何も無い別人としています。

 彼は、人類進化の指導者の重要な2人の『菩薩』の1人であり、『ナザレのイエス』が地上での使命を実現するのに必要なもの(個人的自我)を人類に流し込む存在である、シュタイナーは述べています。

 「人類進化の偉大な指導者について考えて見ましょう。そのような指導者は、東洋の理論が最も明らかに語っています。

 すなわち、指導者の頂点には、『菩薩』と呼ばれる、一連の高次の個性たちが立っています。数多くの菩薩たちが存在します。

 菩薩の使命は、人類の偉大な教師となり、時代時代の人類の成熟度に従い、その時代に流し込むべき内容を、霊界から秘儀の学堂を通して、人類に流し込むことにあるのです。

 菩薩は、時代ごとに交替します。常に、或る菩薩が他の菩薩の後継者となって働きます。

 我々の時代にとって大切なのは、2人の菩薩です。すでに何度も取り上げて来ましたが、仏陀となった菩薩であり、もう1人は、仏陀の後継者となって今後も2500年にわたって働き続ける菩薩です。

 この菩薩は、先行者と同じく仏陀の位階に達するでしょうが、そのときこの菩薩は、弥勒仏になるでしょう。

 (…中略…)

 この一連の菩薩たちは、人類進化の偉大な教師たちではありますが、その教えの源泉(キリスト)と混同してはなりません。

 菩薩たちは、この源泉から、人類に与えるべき内容を受け取るのです。

 菩薩たちの間にはいわば合議体制ができており、その中心に菩薩たちに教えるための『生きた源泉』が立っているのです。

 そして、この『生きた源泉』こそ、私達の用語を使えば、『キリスト』と呼ばれる存在に他ならないのです。

 (…中略…)

 菩薩は、菩薩である限り、キリストの教えに自らを捧げなければなりません。

 そして、既に述べたように、その菩薩が仏陀になりますと、再び地上に受肉してくることはないのです。」

 『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』 pp116-117《筑摩書房(高橋巌 訳)》より抜粋転載

 つまり、イエシュ・ベン・パンディラは、仏陀に引き続き、人類進化を導く使命をもった菩薩として、2500年の間地上に転生を繰り返している魂=『弥勒』に当たる存在だと言うのです。

 そしてシュタイナー自身も、エーテル界への案内人としての使命を持った菩薩の1人と自覚して、新しいエッセネ派である『神智学』を根付かせるべく、残りの人生を捧げていたのでしょう。

 ところで、第164夜でA氏がシャンバラについて述べた、一見荒唐無稽に見えた話も、そのいくつかは、上記の『菩薩』の人類教化の話と照合していると思える部分があります。

 例えば、『中央白色大寺院には13名の高位の大師から成る最高議会がある。』という部分については、『菩薩たちの合議体制』と読み取ることができます。

 また、『進化過程に応じて、倉庫に蓄積された知識が、発明・発見のインスピレーションとして与えられる。』という部分も『菩薩たちが人類に流し込むもの』の具体例のようにも見えます。

 つまり、A氏の語る霊視ビジョンも、シュタイナーと同様の内容を捉えている部分もあるのですが、その意味づけに、あまりにも唯物的な価値観を当てはめ『勇み足』に陥ってしまっている感じがします。

★メシアを名乗る勿れ

 ところで、シュタイナーは、我々の時代に、この世に転生して現れる『メシア』は、『イエス』ではなく『イエシュ・ベン・パンディラ』の魂だと述べました。

 それ故、シュタイナー的に見れば『我こそは転生したイエスなり』と宣言する輩は、その言動だけで自ら『偽メシア』だと言っていることになります。

 一方で、『イエシュ・ベン・パンディラ』の転生者は、いつの時代にも居ることになりますが、現代でも同じく『メシア』と名乗る人はまた『偽メシア』としています。

 「現代に甦っているイエシュ・ベン・パンディラを示す確かな印を一つ挙げることができます。それは、この人物が自分をキリストとは名乗らないことです。

 現代に何らかの方法で、自分の中にはナザレのイエスと同じ力が生きて働いていると示唆する人は全て、そう主張することで、キリストよりも1世紀前に生きた、あの先駆者の偽者であるのを示しているのです。

 (…中略…)   

 キリストと何らかの関係にあるという主張そのものが、偽りの預言者の登場を、何よりもはっきりと示しているのです。」

 『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』 pp258-259《筑摩書房(高橋巌 訳)》より抜粋転載

 さて、こうした『メシア』に対する我々現代人の対応は、大きく2つの悪癖に陥っているとシュタイナーはいいます。

 次回第168夜では、その2つの悪癖の話しをします。

 ★         ★         ★

 ニセモノは人を助けようとはしない。自分しか興味をもたないからである。モンスターをみれば明らかである。





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Last updated  2016年03月28日 17時37分59秒
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