シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2016年03月23日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 巷を賑わすキヨハラとは清い原なのかと思いきや、覚醒剤という名の覚醒どころか、悪魔の誘惑剤に依存していた汚い原だったのは、原監督が、地獄のVIP席に座る予定のキョジンのナベツネが辞める前の前触れとして辞めたことで、最近になって巷の騒動から薄々わかってきたことである。

 その清いどころか、薄汚れた人物の弁当を食うかどうかで巷は大騒ぎというから笑止千万である。そもそも覚醒剤というのは、人間の精神向上には役に立たないどころか、逆に精神分裂や破壊を招き、堕落腐敗させるから、禁止になっているわけで、本人のためによくないことをやめさせるのは良いことで、バッシングはその激励であって、愛の鞭でもある。

 麻薬の類などとは決別しなくてはいけない。

 麻薬といえば、表には禁止とされていないが、ダマスゴミと政府の癒着の方が大問題で、税金を着服しているわけで、麻薬と同じで精神を腐敗させるから、即刻地獄行きの沙汰である。

 弁当の差し入れなどは食ったぶんしっかりと更生ぶりを調査し世間を騒がせた顛末として公開すればいいだけの話である。衆人の監視の目があれば、もはや再度麻薬などに手を染めないだろう。世間の目が甘やかすから、少々気が緩んで悪に走ってしまうのである。

 見つからなければよい、なんていう地獄を知らないアホバカ政治家が出てくるのである。

 手心を加えようとする下心が見透かされるのである。下心があるから、差し入れ弁当が食べられない。つまり、ダマスゴミは自分達のなかにも悪が蔓延していることを薄々感じている。

 つまり税金なら食べてもいいが、違法脱法者のカネでは食べれない、というのである。

 小悪のために、巨悪に目を瞑るのが、悪のはじまりという話を紹介する。



 安倍総統の飯は食えても、清原の飯は食えない。 いやマスコミは真正の政府広報機関です。
http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%90%91%E3%81%91/%E5%AE%89%E5%80%8D%E7%B7%8F%E7%B5%B1%E3%81%AE%E9%A3%AF%E3%81%AF%E9%A3%9F%E3%81%88%E3%81%A6%E3%82%82%E3%80%81%E6%B8%85%E5%8E%9F%E3%81%AE%E9%A3%AF%E3%81%AF%E9%A3%9F%E3%81%88%E3%81%AA%E3%81%84%E3%80%82%E3%80%80%E3%81%84%E3%82%84%E3%83%9E

 (要点を抜粋)

 【清原和博被告の差し入れ弁当を食べたマスコミに賛否両論「倫理観なし」「買収されてる」 清原差し入れ「焼肉弁当」を食べたマスコミに批判 http://news.livedoor.com/article/detail/11320504/ …】

 これが批判されるなら、マスコミが総理大臣と会食するのはもっとイカンでしょうに(ーー;)

 食べたら買収になるとか言っている人が居ますが、 安倍首相たちから食事を提供されているメディアはその時点で論外なのですが・・・。海外だと買収になるような政治家との食事を何度もやっているのに 、今頃になって弁当の一つで買収だの言っているのはどうかと思います。

 スポニチの記者さんは弁当を食べたようですが、それ以外のメディアは弁当を食べずに放置したと報じられていました。

 ★         ★         ★

 税金を着服するのは精神に毒を盛るのと同じである。ジコウを中心に税金を着服しているのだから、財政赤字になるのも無理はない。性根が腐っているので、一から精神を鍛えなおすために、更生しないといけません。



 ★         ★         ★

トンデモ話は奥で繋がる 「第164夜」
 -弟子のクッテネルがお送りします。

http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-970.html

≪復活と再臨(5)(改変)≫

★宇宙大師

 まず、前回の話のなかで、いきなり繰り広げられている、独自の用語の解釈(?)が必要かと思いますので、同書の中でA氏が述べている《魂の進化》を少し抜書きして見ましょう。

 (A氏の話はかなり怪しくどこかの情報工作員だろうが、悪魔を知るのにはよい情報にはなる。)

 その説明の中で、イエス・キリストは、全宇宙の《魂の進化》を司る《宇宙大師》の1人であり、地球の魂を救済するために地上に降り立った、とされています。

 「シャンバラに入るには、一般に魂が第1イルミネーションといわれる、魂の最初の《大光輝状態》に達している必要があるという。魂が肉体を脱出し霊界の9次元に上昇し、神の光を見る状態であるという。

 (《大光輝状態》とか表現が大袈裟なのが怪しい)

 魂がさらに進化を遂げて、神の光そのものになると、意識が地球大に拡がり、魂は最後の《大光輝状態》を味わう。これが第3イルミネーション、すなわち、最高の神我一体境になる。

 さそり座の主星アンタレスにある《宇宙聖白色同胞団》の宇宙大師千人は、全員、第3の完全な最終大光輝を得ている。

 イエス・キリストは、宇宙聖白色同胞団の千人の宇宙大師の1人で、地球を救済するために到来した宇宙《救世主》だった。

 彼等宇宙大師は、宇宙聖白色同胞団からそれぞれ異なる任務を授かり、様々な天体の聖白色同胞団で働くと言う。

 宇宙聖白色同胞団の本部、さそり座アンタレスには、宇宙大師の無限の創造力が創り出した様々な建物が建ち並び、あらゆる星のあらゆる発明品・知識が蓄えられている。

 もし、ある星が何らかの進化過程に達すると、巨大な倉庫に蓄えられている知識が、その星に発明・発見のインスピレーションとして与えられる。

 (…中略…)

 (宇宙大使の)地球への出現は、必ずしも《誕生》という形を取る必要は無い。瞬間的にその星に合った《体》を出現させることが可能だという。

 中央白色大寺院には、地球聖白色同胞団の144人の大師が集まる会議室の他、13名の高位の大師から成る最高議会がある。

 (…中略…)

 最高議会や大会議は、人類を霊的に向上させ、同時に科学を高度に進化させて、人類の福祉と平和の向上に資する政策を種々計画している。」

 海野光彦『光シャンバラから誕生する超人類の謎』pp54-56 《徳間書店・5次元文庫》より抜粋転載

 (コールマンの300人委員会と似ている。) 

★宇宙聖白色同胞団

 説明によれば《第1イルミネーション》とは《肉体》を脱した状態で、《第3イルミネーション》では意識が地球大に拡がる、と言います。

 イエス・キリストは、シャンバラに移った25歳で第3の状態に至ったと言いますが、この状態は、第148~149夜でお話しした、古代アトランティス人の見霊能力に似ています。

 シュタイナーによれば、しかるべき秘儀の方法に従えば、地球上でもこうした状態を経験することは可能であり、この説明だけで、《最高の神我一体境》と言うには物足らない気がします。

 なおかつ、キリストが人類に示そうとしたのは《肉体》を持ったまま、自我が《宇宙の意識》と自在に繋がることとしていますので、この文脈ではシュタイナーのキリスト観とは異なっています。

 さて、そのイエス・キリストは宇宙聖白色同胞団に属する144人の大師の1人であり、さらに13名の高位の大師からなる最高議会があるとしています。

 彼等の名称について、誰が決めたのだかよくわかりませんが、この組織の役割を見ると、以前第七十七夜でお話ししたプレアデス・メッセージの8次元の内容に近い感じがします。

 この8次元については、以前小生が告白したとおり、にわかに理解出来ないので、取りあえず書いておいた『知性の会議場』に当たるものです。

 また、宇宙聖白色同胞団の本部である《さそり座アンタレス》には、発明や発見を蓄積する建物があるとしていますが、これと似たものに『アルシオネの図書館』があります。

 「これから、アルシオネの図書館の中心にある円形のガイア神殿をご紹介しましょう。我々(プレアデス人)が地球を研究している場所です。

 ガイアの神殿は大きな白い大理石のドームに覆われ、内部は金色の縞大理石を敷き詰めた巨大な円形の部屋で、周囲を水路が一巡りしています。

 (…中略…)

 これが、アルシオネの中核に永遠に存在する精妙な神殿であり、あなた方の太陽の中核とよく似ています。

 恒星の中核には様々な世界の概念が含まれています。

 …このように想像してください。惑星や恒星の中核は宇宙で最も濃密な知性であり、どれにも記録図書館の全てが含まれています。 」

 バーバラ・ハンド・クロウ『プレアデス 銀河の夜明け』pp331-332《太陽出版(高橋裕子・邦訳)》より転載

 実は上記の部分については、プレアデス・メッセージの章中では、あえて割愛していた部分でもあります。しかし、こうして読み比べて見ると、かなり類似性が感じられます。

 ただし、以前に小生が掲載しなかったように、物質的なものを超越する次元の説明としては、大理石のドームや水路など、まるで地球上の平凡な施設に似た《即物的》なものに感じられるのです。

 また場所についても、こちらはフォトン・ベルトの回転軸の中心星アルシオネの中にあるとしています。必ずしも同じものを指しているとは限りませんが、この食い違いも気になる所です。

 彼等の役割が《人類の福祉と平和の向上に資する政策の計画》というのも、いかにも紋切り型な、当たり障りのない表現のように感じられます。

 また、そのために科学を高度に発展させるとしていますが、シュタイナーの説では、これらは一方で古代の見霊能力を衰退させるものでした。

 また、進歩の程度に合わせ科学的なインスピレーションを与えると言いますが、原子力利用のようなものは福祉と平和に役立っているとは思えません。

 この辺りの矛盾点について、もう少し説明が必要かと思いますし、全体的に、自らの指導者的立場を示さんとする意図を感じてしまいます。

 この点では、以前第八十夜以降でお話しした『アトランティスからのスピリチュアル・ヒーリング』のような、様々な実験の一つと考えた方がよいのではないかと感じます。

★行動の物足らなさ

 前夜でイエス・キリストの、宇宙聖白色同胞団から地上への誕生や帰還についても引用しましたが、その方法についても今1つ整合性がありません。

 まず、瞬間的にその星に合った《体》を出現させられるのであれば、何故わざわざ《肉体》を持った状態で地球に生まれ、僅か11歳でまたそこから脱する必要があったのでしょう。

 また、最終的にアストラル体を脱するのは、第136夜での話と符合していますが、燃焼して物質体を残すのであれば、アストラル体も肉体とそれ程かわらないように思えてしまいます。

 その間、磔刑の前はひたすら《修行》、その後はひたすら《教えを説いた》としていますが、その部分だけならばイエス・キリストも仏陀を初めとする数々の伝道者と何ら変わりません。

 ただ一点《復活》を遂げたことのみが違うわけですが、ここでの記述は何かマジックショーでも見ているようで、その行為の重さが伝わってきません。

 一方、以前の第129夜の話では、シャンバラはエーテル界にあって、そこからレムリア人やアトランティス人を指導したとあり、この辺りはほぼ一致しています。

 しかし、その後イエス・キリストは闇の勢力によって殺されたことになっています。つまり、ゴルゴダの刑死がイエスの意思によるものか否かという差が生じています。

 以上、あれこれケチをつけてきましたが、これらは、その必然性について十分な説明がないまま、ブラバッキー夫人の創設した神智学において、ほぼそのままの形で認められているものです。

 そして第137夜でお話ししたように、これらの非科学的な態度こそが、シュタイナーを神智学から決別させ、孤高の立場から新たな人智学を語り始めさせた違いでもあるのです。

 (新興宗教と同じ類で、神智学を基に唯物論で展開した創作で、ほとんどが出鱈目だろう)

 それではシュタイナーは、どのようにシャンバラとイエス・キリストをとらえているのか、次回第165夜から入っていきます。

トンデモ話は奥で繋がる 「第165夜」
 -弟子のクッテネルがお送りします。

http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-984.html

≪復活と再臨(6)(改変)≫

★出だしは同じ

 実はこれから引用してゆく『シュタイナーコレクション4(照応する宇宙)』の高橋氏の解説の言葉もまた、その出だしにおいてはほとんど変わらないと感じるように思います。

 実際に、一度は神智学に歩み寄った事のあるシュタイナーですので、大雑把な眼で捉えてしまうと、彼も同じ穴のムジナのように感じてしまうと思います。

 それ故、善意の解説者の多くを、決定的に離反させてしまうのですが、ここまで小生の拙文に付き合ってくださった方は、少しずつその違いがわかってくるのでははないかと思います。

 それでは『シュタイナーの宇宙観』と題された、高橋氏の解説の初めの部分を引用してみます。

 「人智学という思想にとって、宇宙とは何なのでしょうか。

 シュタイナ―はヨーロッパの文化の中で、キリスト教徒としてキリスト教との関係から、この問題を考えていましたので、この解説ではあえて、人智学の宇宙思想を仏教との関係で考えて見ようと思います。

 その場合、まず念頭に浮かぶのは、シャンバラという言葉です。

 シャンバラは『神智学』の理想郷のことですが、ロシアの画家ニコライ・レーリヒが、ヒマラヤの中にシャンバラを求めて、50歳になってから遍歴の旅を続けたことでもよく知られています。

 1910年3月15日、ミュンヘンで、そのシャンバラについて、シュタイナーはこんなことを言っていました。

 『神智学とはシャンバラへの道のようなものだ。キリストはシャンバラにおけるいわば指導霊のような存在で、それに向けて道をつくるのが神智学の役割である。』

 この役割について、シュタイナーは、この頃、特に弥勒との関係で語っていました。

 (…中略…)

 『洗礼者ヨハネがキリストの先触れ(水先案内人)であった様に、神智学はシャンバラの先触れ(水先案内人)である。』

 この発言の『神智学』とは、ルドルフ・シュタイナー自身でもあります。シュタイナーは未来のシャンバラへの道の案内人として、自分を位置づけていたようなのです。」

 『シュタイナーコレクション4(照応する宇宙)』 pp344-345《筑摩書房(高橋巌 解説)》より抜粋転載

 キリストはシャンバラの指導霊だとか、自身がシャンバラへの道の案内人だとか、この辺りの説明を見る限りでは、シュタイナーも同じに感じてしまいます。

★神智学の目的

 しかし、ここからが高橋氏による、シュタイナーの『科学的説明』の始まりです。

 「シャンバラとは、別な言葉で言うと、エーテル界のことです。シュタイナーは宇宙を大きく4つの次元に分けて考えています。

 第1の宇宙はこの世の現実の世界、物質界です。

 鉱物を土台とした、肉眼でみえる物質界が1つの宇宙をなしています。

 第2の宇宙は、上述のシャンバラで、エーテル界=生命界です。仏教の世界で言えば『虚空蔵』です。世界を海ととれば『空海』とも言えます。

 第3の宇宙はアストラル界で、シュタイナーはよくアストラル界のことを『魂の世界(魂界)』と呼んでいました。

 第4の宇宙はいわゆる神の世界、神霊の世界、霊界、精神界、デヴァハン界=神界等々と言われている『叡智界』のことです。

 以上の4つに対して、シュタイナーは、それぞれの世界は、それぞれに対応する感覚を働かせる時に開示されると考えていました。

 私達は、解剖学で確認できるような肉体=物質体に組み込まれた感覚器で、第1の物質界を見ることができます。

 同様に別の感覚器をつくれば、エーテル界、アストラル界、神霊界も見ることができる、というのです。

 (感覚器をつくるには、その世界を受け取れる器をつくらないといけない。以前、紹介したように、肉眼は、最も粗い3次元の重なりあった安定した波動をみる器で、KYや心に鈍感であってもみれるものである。)

 シュタイナーがシャンバラとの関係で述べたのは、第2のエーテル界を見る感覚器を開くために神智学があると言うことでした。

 エーテル界を見る感覚器をつくれば、エーテル界が見えるようになり、エーテル界が見えるようになると、シャンバラへの道が開かれるので、そのために神智学がある、というのです。   

 そういう意味に取りますと、神智学の最も重要な課題は、エーテル界の扉を開くこと、とも言えそうです。

 (仏教も同じだが、エーテル界の感覚器、つまり心眼をつくるには、現代では個性的な自我の覚醒意識をもちながらでないと低次のエーテル界に迷い込む恐れがあるので、キリストの行為に準えて単独行動でないと駄目で、従来の没個性的な、集団で修行して獲得する方法は古い開発法で間違いにつながる。)

 (…中略…)

 予言として述べるなら、実は人類は皆、シャンバラへの感覚器の開発の途上にあり、シャンバラへの道に進もうとしているのです。」 

 『シュタイナーコレクション4(照応する宇宙)』 pp345-347《筑摩書房(高橋巌 解説)》より抜粋転載

 まず、シャンバラはエーテル界であり、通常の感覚では捉えられない、としています。すると、第163夜でアメリカの某探検が見たのがシャンバラかどうかは疑わしいことになります。

 彼等が一時的にエーテル界を見る感覚器を得たとしても、そこの住人には物質的な『晩餐』は不必要です。意図的にキリストとの関係を印象付けようとした演出の可能性も出てきます。

 シュタイナーは、神智学の目的はエーテル界を見る感覚器をつくることと、はっきりと示しています。決してそれ以外の超能力を得ることでも、救済の教えを説くのでも無いのです。

 (エーテル界をみる感覚器をつくる方法が、輪廻転生しながら、肉体を純化し、ファントムをつくることとしている。)

 シャンバラについても、そこが唯一の楽園という訳では無く、あくまでエーテル界の一部であって、それを見る能力が開花すれば、どこにいてもその場所を見つけられるのかも知れません。

★キリストの再臨

 そして、キリストは、そのエーテル界にいるというのです。ならば、再臨の方法も、限定されて来ると思われます。つまり、肉体を持った形で、目の前に現れるわけでは無いと言う事です。

 今度は第157夜等で紹介した、西川氏の訳による『輪廻転生とカルマ』に書かれた、シュタイナー自身の言葉で示しましょう。

 「太古の霊視力は徐々に衰え、次第に消えてゆき、紀元前3101年から、バラモン教でいう小カリ・ユガ(暗黒時代)が始まります。

  (…中略…)

 以前は、人間の霊視によって、ある段階までは天界に近づくことができました。今では、人間は、再び、自我の感覚を目覚めさせ、キリストの救いの自我=霊我の中に天界を見つけなければなりません。

 (キリストの救いの自我とは、他者を救うことで、自分の肉体を純化したファントム=エーテルにつくりかえること。情けは人のためならず。)

カリ・ユガの暗黒の時代に、人類が霊界との結びつきを失わないように、キリストは地上に下らねばならなかったのです 。

 (故郷である霊界の存在を人類が忘れないために、キリストが身をもって示した。)

暗黒時代は五千年間続きます。紀元前3101年に始まった暗黒時代は、既に1899年に終わりました 。

 この時以来、人間の科学にはまだ知られていない能力が次第に発達し始めています。

 (…中略…)

 例えば、20世紀のうちに、人間のエーテル体の知覚が可能になるでしょう。

 (残念ながら、一部の霊能者だけのようである。量子力学として、素粒子や電子を捉えることがエーテルをみることなら、実現しているともいえるが、唯物論者は認めないだろう。)

 もう1つの能力は、人間が自分の内面を見た時、夢の中でのように、自分がこれから行う行為の見本を見る予知力です。

 (…中略…)

 今日(1920年代)、秘儀参入法を用いて得られる霊能力が、将来、人類一般の能力となります。エーテルを見る霊眼を手に入れた魂の状態を、神秘学では『キリストの再来』と呼びます。

キリストは肉体=物質体に再び受肉するのではありません 。

 (キリストは、ファントム体=エーテル体にすでに受肉している。ただ人類がファントム体を完成していないので、その感覚器もなく、みえないだけである。救済行為どころか略奪行為のために、ファントムを破壊している。)

 キリストは、ダマスコの途上でパウロに現れた時と同じように、(個人個人の)エーテル体の中に現れます。」

 (キリストが地上で行ったのと同じ救済行為をした者が、何度も何度も輪廻転生をすることで、部分的に自分の自我のなかに、キリストの自我を段階的につくりあげていき、死後、肉体を失ったときに、自分の自我としてのキリストをみる。)

 ルドルフ・シュタイナー『輪廻転生とカルマ』pp156-159《水声社(西川隆範訳)》より抜粋転載

 つまりキリストは、再度肉体を持って現れるのではなく、我々がエーテル体を知覚出来るようになった際、そのエーテル体の中に姿を現す、というのです。

 また、エーテル体を知覚する能力は、決して特殊なものではなく、その時期が来れば、小生のような凡人であっても、普通に持てる、とも言っています。

 (インターネットの世界のようなもの) 

 そして、人類がエーテル界のキリストの姿を知覚できるようになることこそが、『キリストの再来』の本当の意味だとシュタイナーは言うのです。

 次回第166夜はこの辺りをもう少し掘り下げて見てゆこうと思います。

 ★         ★         ★

 己の欲望に打ち克てずに負ける者は地獄に行くのである。自分で地獄をつくりだしているからである。現世では他者が身代りになってくれているだけで、その他者は、地獄をつくりだしている人の犠牲になって助けているから、犠牲者は天国にいく。

 一方の頬を打たれれば、他方の頬を差し出せとは、救済行為の尊さを述べたものといえる。





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Last updated  2016年03月24日 12時31分51秒
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