青年将校たちは、愛国を建前としているが、その愛国は、虚栄心や利己主義の隠れ蓑で単なるエゴにすぎない。つまり掲げられる愛国はエゴの正当化の手段になりえる。
過ぎたるは及ばざるが如しで、愛情であっても、行き過ぎると、かえってエゴになるので、騙されてはいけない。
当時の太平洋戦争の政府や軍部を調べてみると、致命的なのは、報道がいい加減で、海外情報が周知徹底されておらず、大局観が完全に抜けているところにある。
確かに諜報機関がもたらす情報は正確に近いのかもしれないが、少なくとも自国に偏ったもので、それを公平に認識し、判断を下すには、見識が必要で、それは日常の情報判断力からくる。
日本の太平洋戦争の映画の多くが、日本側の観点のみでつくられているので、映画自体も大局観が抜けたものになっている。
そこで、米軍側の観点から考えてみることが重要である。米国は太平洋戦争に勝ったとはいえ、その後のベトナム戦争では負けている。ベトナム敗戦については、米国でも米国側の観点のみから描かれた映画が沢山つくられたので、敗戦国が、敗戦側の観点から描くことは日本だけではない。
ともかくも、両側の観点から考えることが重要なので、参考となる本を紹介する。
太平洋戦争 知られざる米軍の謎 : 日本軍の謎検証委員会
興味を引いた主な内容を少し抜書きすると、昭和帝との交流から米軍の高官で唯一人気で有名なマッカーサーは、日本のことを12歳の少年のようだ、と証言したことから、それまでの日本のマッカーサー人気が一気に下降したこと。
また、あまり知られていないが米国の高官のニミッツやスプルーアンスは、若い頃、日本の招待で、東郷平八郎に会って感銘を受けたようなことや、逆にアーネストキングは、日本に駐留したときに、日本の駅員の不親切な対応に逆恨みし、日本を敵対し見下すようになったことなどが興味深い。
キングを除いて、米軍のなかには、日本に反感を抱いていたものは意外と少なかったことがわかる。しかし国内世論では、鬼畜米英で、米軍は悪魔のような描かれ方をしていたようである。
では、日本が負けた大きな理由は、勿論、当時の経済力や国土の大きな差もあったが、開戦当初は、それでも軍事技術力は互角だったそうで、その後の、科学者に対する待遇の違いや、指導者の人命に対する考えの違い、諜報の取り扱いの差から、指導者の劣化が激しかった日本が負けた、と分析できるようである。
特に戦略の立て方の相違が大きい。米国側は飛び石作戦などをみても、防御の固いところは無視して、弱いところのみを攻めて、補給経路を絶ち孤立化させるという、いわば兵站が伸びきったところを叩くという常套手段を用い、合理的な兵糧責めをしているのに対し、日本側の作戦は非合理なものばかりで、人命の犠牲を全く考慮にいれない日和見的な希望的観測に基づいた無謀なものが多い。その最たるものが特攻作戦である。
特攻くらい人命軽視の無謀な作戦はない。米国側の弾幕を避けて米国戦艦に命中するのには、大変優秀なパイロットを育てる必要があるのに、その特攻で、多大な労力をかけたパイロットを失うというのは、多大な損失となることがわかっていない。
逆に、米国側は、修理設備や医療部隊が充実していて、撃墜されても、優秀なパイロットはまた復帰し、過去の経験が生かされ、飛行機や戦艦は修理されて、戦況に応じて改良を加えられ、戦局が好転していく。
また日本側は想定外の攻撃に脆く、パニックに陥りやすいことが、米軍の調査で明らかになっているが、その傾向はいまも日本の特質として現れている。
この違いをみていると、どこかサッカー日本代表の戦い方にも現れているようにも思える。
米国側では、予め様々な戦略が練られ、十分に議論され、無謀で非現実な作戦は却下されるか、改善されることでより現実的に合理的になっていたようである。
例えば、対日戦略はオレンジ作戦と呼ばれたが、それはフィリピン、グアムに展開している米陸軍がいわば囮になってしまうために、犠牲者を多数出すことが前提となっていたので、米陸軍から反対され、却下されたが、ナチスドイツの侵攻により、英米多国間のレインボー作戦の一部として練り直され、認可されている。他にも、A、B、C、Dと4つの案が練られていたという。
つまり、米国側の戦略は戦況に応じて練り直され議論され、改善され、大局的な戦略を基本に、部分部分を戦況に応じて、改善していくという点で非常に理に叶って作戦を運用している。とにかく合理的にみえる。
このような米軍側の太平洋戦争の戦略を一言でいうなら、秀吉の高松城水攻めに似ている。日本列島が高松城になり、周囲を海で囲まれているので、海軍力、つまり資源輸送力が奪われると、籠城するしかなくなる。
ちなみに兵糧攻めは、相手に比べ、味方の戦力と資金が巨大で、なるべく味方に損害を与えない戦法である。
この本については、謎というべきものではないが、太平洋戦争のまとめのようなものなので、また後で紹介したいと思う。当時日本のなかで、大局観をもっていたのは、欧米の貴族と交際のあった昭和帝ぐらいだったように思えてくる。
ネットからの情報などで、国体維持=天皇制維持はバチカン経由で天皇の金塊が使われたものと思われるからである。
さて、人がなぜ戦うかといえば、自分とは全く異なる相手を受け入れるかどうかが問題で、器量が狭いと、相手を受け入れられないからである。
要するに、戦うかどうかは、相手を認められるかどうかにある。
ここに比較の問題が生じる。
比較するには、条件を揃えないといけないため、どうしても物質的になる。定規や尺度が必要になる。定規をつくるには単位を決めないといけないが、単位は物質的観測から物質生活に沿うように選択される。
だから、この決定には、量子力学でいう観測問題を孕む。量子力学では、例えば、電子は観測するまでは、波動関数の状態で、複素数を用いた表記により示されるが、存在のあらゆる可能性を秘めている。
観測してはじめて、電子の姿が明らかになる。電子の姿といっても、軌道でしかわからない。
しかも、電子は、例えば、水素原子のなかの電子であったり、または、銅原子のなかの電子であったり、様々な元素のなかの電子として、絶えず変遷を続けるので、この電子は、あの電子ではないと比較することは不可能なんである。
電子などからなる物質とは、このように形態が移り変わってしまうので、比較するのは全く意味がない。
だから物質的比較は全く無意味なんである。
物質的比較を基礎にした分別知などは、またその集合体である唯物論は、静的な場では束の間の意味をもつかもしれないが、動的な状態ではほとんどがガラクタの寄せ集めでしかない。
ソクラテスはこのような知をいくら集めても、真理には到達しないという無知の知を説いた。
さて無知の知に近い話をお馴染みのサイトからみつけたので紹介する。
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水瓶座時代 より
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純潔主義の迷路
ヒトラーはゲルマン民族の優秀性を説き、ユダヤ人は我らは選民であると思い、中華こそという思想もあり、日本人がもっとも優秀であるという考えがあることも事実です。
優秀とは何か、、、先般、精神病院に押しかけ、大勢の入院患者を殺害した人がいましたが、犯人は精神病院に入院している人は世のお荷物である、、、という信条をもっていたようです。
知的にすぐれた者が優秀と考える人もいれば、お金をたくさん稼ぐ能力を優秀と考える人もいる。
どちらにしても貧しい話しであると思えるのですが、本気でそう考える人がいて、歴史の中央にそうした人が出てくると大変なことになっていく。
ナチスは大勢のユダヤ人を殺し、ジプシーを殺し、精神障碍者を殺しました。本当に恥ずかしい限りですが、そうした考えが、現代でもまだあるという現実があります。
世界には、ただ食うだけのごくつぶしを減らして人類を削減することが正しいとする考えがある。
本気で人類削減を考えるる勢力もあるわけで、それでなければワクチンや添加物がこれだけ大手を振って存在するわけがありません。
一生懸命はたらいて、カツカツに生きてもらい、仕事ができなくなったらすぐに死んでもらう。死ぬ前に病気になってもらって、全財産を医療他にささげてもらう、、、
そんな時代になってしまったので、世の中が良くなるわけがないわけです。
こうした現実をはっきり認識させるわけにはいかないので、そのごまかしの部分をマスコミが担う。
すべての根源に、優生学があるのです。優秀な者のみが残るのは当然で、他の人は働いてすぐに死んで貢献してもらう、、、働けない者は生かさないようにしていく、、、今の地球を覆う発想です。
そのことをうまくマスコミが隠す、、、教育で隠す、、、スローガンのような夢を与えて隠す、、、
本当の力が出てこないで当然です。
こうして優生学的な発想をする人が上に立ち、自分らは生きていく価値ある存在だが、他の人はバカだから死んでもらう、、、働いてもらう、、、要するに奴隷化社会が巧妙に実現しつつある。
しかし、私はそうした方向は確実にダメになると思います。なぜなら、宇宙の法則に反しているからです。
間逆。きっとみっともない形の週末を迎えるでしょう。そんなに先のことではありません。
では、優生学の何が間違っているか、、、極めて論理的です。ただし、今の科学では認めませんので、嘘がまかり通ってしまうことが残念でなりません。
しかし、時間の問題でしょう。優生学の間違いは、フリーエネルギーの原理に反しているからです。
多様なギャップをつくることが、この世を良くする唯一の方法なのですが、そのためには、百花繚乱の思わぬ発想や生き方や自由な考えや意識が不可欠です。
勉強ができる程度のことで優秀などと考えること自体がバカの証拠なのですが、それだと単一のギャップしかつくれず、世界はすぐにエネルギー不足に陥ります。
共産ソ連がダメになったのも、この法則によります。金太郎飴や工場生産のみの製品に囲まれても、人は決して幸福になれないのです。
それではエネルギー不足に陥るためです。色々なギャップを産むことで、多くのエネルギーが訪れます。
ギャップを元に戻す際に無のエネルギーが取り込めるからです。そのために、人は同じ顔が1つもなく、同じ声がひとつもなく、同じ体もひとつもないのです。
すべて新鮮でどこにもないギャップを作つために神がそうしたとしか思えません。
日本にも日本が最高だとか、日本が世界を救うとか言う人がいますが、それはどういうことで言っているかわかりませんが、原理的に間違っています。
ギャップ以外にないのです。ギャップを溶鉱炉のような形で確かに日本列島はごちゃまぜにしていますので、その意味では確かに日本は特殊だったと思います。
そうした意味で日本の可能性を言っているとしたら、ある程度はうなづけます。ただ、やはり日本が、、、という考えでは、戦前と同じような間違いを犯しやすいので、危険があります。
今さら、どの民族が、、どの国が、、どの考えが、、、というものはないし、なくて良いのです。
どれもギャップを形成するひとつの要素として大切なのです。どこかに正しい答えがあって、それを探す、、、という形で真理はあらわれっこないのです。
融合、、、溶け込み、、、両者を捨てた第三の姿、、、そういうギャップ解消の際に生じる現象が次の時代を築く、、、それ以外ないのです。
エネルギーなそういう形でしか現れないからです。エネルギーないものが次の時代を作ることなどできません。
正しいでも純潔でもこれしかない、でもなく、融合したもの以外からは、何も生まれっこないのです。
下記の動画は二つの光を融合させた際に得られると私が考えるやり方を紹介したものです。これはフリーエネルギーの原則にかなっており、もっとも単純に光を使って高度のエネルギーを取り込む方法です。
もちろん、科学的な見解は別です。科学が迷信だからですが、今の科学的には、これはまったく嘘と思われますので、高度な学問を学んで自身を優秀だと思われる方は、ご覧にならない方がよいかもしれません。
見てもかまいませんが、実践して確かなことをもしご自身で感じてしまったら、もう戻れないところに行ってしまいますので、ご注意ください。
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抜粋終わり
フリーエネルギーは総合的にいうと本当でしょう。
でも出てきている末節の奴は、私は知りません。
でもフリーエネルギーが完全な嘘ではないことの証左は、
「なぜに、この宇宙は回り続けているのか」
でいいでしょう。
消費してしまうと、無くなる。のなら、とっくに宇宙は地球は世界は、無くなっている。
のに何故。
広義の「フリーエネルギー」が宇宙のそのものだから・・・。
>もちろん、科学的な見解は別です。科学が迷信だからですが、今の科学的には、これはまったく嘘と思われますので、高度な学問を学んで自身を優秀だと思われる方は、ご覧にならない方がよいかもしれません。
科学は一面的な見方・・・それはそれで正しい。ただし一面的。それがすべてではない。
それがわからないと、科学は迷信である。
今は、まだ「一面に過ぎない」ということを忘れている・知らないので、迷信なのである。
>一生懸命はたらいて、カツカツに生きてもらい、仕事ができなくなったらすぐに死んでもらう。死ぬ前に病気になってもらって、全財産を医療他にささげてもらう、、、
>そんな時代になってしまったので、世の中が良くなるわけがないわけです。
所詮は、一人だけのつかの間の幸せを求める生き方の愚かさ。
漢・光武帝 劉秀 の言葉
他人とともに楽しむのはその楽しみも長いが、自分一人で楽しむのは長く続かずなくなるものだ
でいけば、迷っていても、きっと楽しくなんとかなります・・
それが宇宙の有りように合致しているから・・・
お読みくださりありがとうございます。
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フリーエネルギーは、自分の認識を変えることである。自分とは、神から生じるものなので、神の変化力といえる。相手に合わせ、自分を変えることは苦難を伴うが、その苦難がフリーエネルギーに変わるのである。
物質を変えようとする霊力は、この自分が変わろうとする自我の力である。他人を変えようとするのではなく、自分が変わろうとする、愛の力である。
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