シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2017年05月19日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
当初は人智学的医術を再び紹介するために久しぶりにはじめた書き込みだが、政治があまりにも酷いので、このままでは確実にこの国はなくなってしまうので、再度警告の意味で書き始めたが、状況は益々悪くなっている。

あんなアホ政権などすぐに自滅するかと思いきや、この国にはいまだ中世のお上が怖い奴隷根性が残っていて、勇気のないものばかりの事勿れ主義の日和見の魂が死んだゾンビのような地獄堕ちの連中ばかりであることが明らかになってきた。

自分さえ良ければ今現在安泰でいられればそれでいいのか?

自問自答してほしい。良心があるのか、考えてほしい。

歴史から学ばないものは現在を生きる価値もわからない。ソ連が崩壊した理由を考えてみろ。

ソ連は軍事を巨大化しすぎて崩壊したのである。軍事というのは黒魔術の代表である。何しろ人殺しを前提にしているのだから。兵器を増大したとしても、人間の恐怖心はなくならない。益々増加するだけだからである。

軍事というのはネガティヴ想念の何物でもない。

確かに恐怖心は現世では人を操るのに有効かもしれないが、恐怖心が一旦制御を失うと、自分に返ってくる、というブーメランを考えないと片手落ちである。

恐怖心で人を支配しようとするバカ者は恐怖心に支配されるのである。恐怖心を育てれば、育て親に襲い掛かるからである。フランケンシュタイン博士の人造人間である。



しかし中露は賢い。軍事で国が滅ぶことを経験したロシアは、軍事を巧く利用して日米の経済を共倒れに誘い込んでいる。中国軍事封鎖どころか、日米がM&Aのしすぎでマネーゲームに明け暮れ、モノづくりを忘れて、共倒れになり、逆に日本が経済封鎖されてしまっている現状になっている。

何も解決策の見当たらない経済カオス状態に陥っているのは物質経済を離れた株価操作でも明らかで、口先だけの無能なアホ総理と間抜けトラのアホバカトップが何もできずにインチキばかりで叫んでいる現状をみれば救いようのない状態なのが明らかである。

ジミンはアホ以下のバカしかいない、自浄能力の皆無から明らかであるが、もういい加減に茶番はやめてほしいのだが、どうでもいい皇室の婚約話やパンダ懐妊のアホ報道を大々的に宣伝するブラック企業電通のいい加減さに辟易してしまう。

愚痴のオンパレードをしても仕方ないのだが、まぁ、とにかく酷いの一言に尽きる。

現状がこんなに酷くなったのは、簡単に日本の政治史を振り返って探ると、その兆しは、中曽根の対米腰巾着外交にはじまる。政治家というものは国家の独立を理念に考えるべきだが、この中曽根は対米下請け植民地外交をしたのである。

田中角栄がアジア重視の独立外交をしようとして、あわてて悪魔キッシンジャーに追い落とされたのがよほど怖かったのだろう。口先では改憲と威勢のいいことを言っていたが、結局、米国の犬外交でしかなかった。国民の大多数が嫌っていたのがその証拠である。

次が加藤の乱で、野中がジミンの内輪の話を国政に持ち込んで古賀を取り込んだ大罪にあると私はみている。国政に、党内の事情を持ち込むのは国家を揺るがす大事である。

このインチキからこの国の建前の民主主義が失われ、民主主義の良心をなくした。野中は民主主義の破壊者で地獄堕ちなのは明らかである。この野中は、小渕が死んだときも勝手に森を総理にしたのもかなりの大罪で、民主主義への裏切りで本来なら憲法違反で即刻牢獄に行くべきである。

このときから、ジミンは民主主義でなく、数の論理で強行採決する独裁主義の傾向を帯びたのである。まぁ、地獄に行って自分のしたことを反省しなさい。

野中がこのような暴挙にでなかったら、コネズミなんかも総理にはならなかっただろう。後の体たらくは語るだけ無駄である。政治でもなんでもない、国政無視のインチキ利益誘導である。

伊藤俊輔の周旋と同じである。周旋は政治ではない。地獄でも周旋をする。政治とは正道(天国への道)を明らかにすることである。



それでも、人倫を踏み外さないように、警告として、以前紹介した、安岡正篤氏の本から抜粋して紹介する。

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大臣病

大臣になりたがり、なったが最後やめたくないというような人間には、大臣になる資格はない 。真の大臣は、自分が大臣であることを、嫌だなと思うような心情を持っているものである。



 恐らく簡単にいえば、自分に厳しい、ということなのだろう。自分に厳しくするのは辛いものだが、大臣という立場の人間なら、多くの人を守っていかなければいけないので、その分だけ自分に厳しくしないといけない、というわけなのだろう。

 だから自浄能力がないとダメで、権力に染まりやすいと、自浄能力を失うので、失う前に次の人物をみつけて、辞めれる準備を常にしておくべきだろう。国家というのはそれだけ大きいというのだろう。

 現在は小器量の人物ばかりで、国家も軽くなってしまった。買収で数合わせをして、国民の生活がどうなろうが知ったこっちゃないという自分だけしかみえてない獣の国になりつつある。

 このような獣666の国に対して、天が最後の審判を下す日も近いことを、あるサイトから、シュタイナーの話を紹介して終わる。

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 天使長(時代霊)交代のとき


あるHPから転載し改変

 ミカエルの(太陽の)輝く統冶は、次には、暗い、恐るべき時代に取って代わられる。その時代は、2400年頃にはじまる。今日においても既に、ミカエルと時を同じくしてマモン(アーリマン)という暗闇の神が自らの力を明らかにしている。

 マモン(アーリマン)は、単なるお金の神ではない。マモンは、全ての低次の、暗い力の支配者なのである。マモンの群れは、人間の魂を攻撃するのではなく、人間の物質体=肉体をいわば貪り喰い、破壊するのである。

 この暗黒の時代がやってくると、兄弟の間に争いが起こり、兄弟の間に戦争が起こる。貧弱な人間の肉体は、衰弱し、恐ろしい病気と災難の犠牲になる。罪の徴(シルシ=遺伝)が、人間の肉体の上に非常にはっきりと現れる。

 オリフィエルは、人間を揺さぶり、恐れさせ、苦しませ、自らの本当の使命に気づかせる為に、やって来る。

 ミカエルの導きの下で、霊界の進化計画に参加(参入)しようとする人は、ミカエルに仕えるよう求められ、ミカエルから学ぶ。これが、オリフィエルの恐るべき統治下での、高次の霊に仕える準備なのである。

 霊界の進化計画に従って、自らの精神を浄化したいと思う人には、肉体の克服が要求される。霊界の使命を探求する人は、利己主義を喜んで捨てることができなければならない。

 しかし、最も暗い力がその凶暴さを発揮する時は、同時に、最も明るい光が輝く時でもある。

 オリフィエルは、過去においてリーダーシップを発揮したことがある。近い昔でいえば、それはキリストが、この地上に現れた時のことである。その時代は、最悪の堕落と頽廃が、この地上の全てを支配した時代であった。その時、人類を揺さぶり、進化させるために、恐るべき犠牲が払われた。オリフィエルは、怒りの大天使と呼ばれてきた。オリフィエルは、人類を強引に浄化させるのである。

キリストが神殿で両替商を鞭打つ話は、深い意味を持っている

 (神殿で商売をしてはいけないからである。昨今の宗教団体は金儲けの手段となっているが、これは恐ろしき神への冒涜である。死後、最下層の地獄に落とされる。)

 人類の歴史における最も暗いこの時代に、キリストは人類を救済するために現れた。オリフィエルの統治は(AC)104年後に終わり、アナエルの統治に取って代わられた。それからはザカリエル、次にラファエルの統治が続いた。ラファエルは、ルネッサンスの時代を統治していた。

 16世紀から1879年までは、ガブリエルが統治した。それからミカエルがリーダーシップを引き受けた。2400年頃オリフィエルの順番が再びやってくる。

 そして、まさに、「時は満ちた!」と霊光が、暗闇のなかに燦然と輝くであろう。キリストが、再び地上に現れる。しかし、その時、キリストは違った姿(エーテル体)で現れる。人類の使命は、キリストを受け入れ、キリストに仕えることである。

(シュタイナー講演「ミカエル・光を放つ太陽」1905年12月ミュンヘン 友正剛訳)

三千年紀初頭(AC2000年)のアーリマンの受肉

 オリフィエルの時代の暗さ、悲惨さ、残酷さが「どれほど深刻なものになるか」は、三干年紀初頭に受肉してくるアーリマンに対して、人智学運動がどこまで意識的に対決しながら、前進し、人類がアーリマンに屈伏・拝跪していくのを防ぐことができたかによって、変わってくる。

 「 ミカエルは、アーリマンの龍を足下に踏みつけている 」。

 オリフィエルの時代には深刻さが増強するとはいえ、オリフィエルの時代に戦い抜かれるべき戦いは、すでに今、このミカエルの時代にはじまっている、ということをはっきりと意識しておく必要がある。

 アーリマンは受肉してくる(西洋のある大物)。アーリマンの受肉は、必然的で不可避である。大切なのは、「受肉してくるアーリマンは、何をしようとしているのか」を見抜くことである。

 「受肉してくるアーリマンが何をしようとしているのか」は、受肉したアーリマンが勝利する為の準備として行っていることを見ていくと、かなりのことがわかってくる。具体的な詳細は、シュタイナーの『悪の秘儀』(イザラ書房)を参照。

 ここでは、身近な具体例として、その一端をなしている超テクノロジーの問題をとりあげる。

 NHKスペシャル「世紀を越えて」や「サイエンス・アイ・スペシャル」などをご覧になっている人は、90年代に様々なテクノロジーが凄まじい勢いで開発され、社会的に実用化されつつあることを知って、驚異と同時に脅威を感じているのではないだろうか。

 日本政府が遅れを取り戻そうと躍起になっているインフォメーション・テクノロジーやバイオ・テクノロジー、ナノ・テクノロジー、オプト・テクノロジー、ロボット工学等の開発と研究者たちによって夢みられている未来予想像には、驚きの目を見張らされる。

 「臓器移植が更に簡単に行えるようになり、人工臓器の開発が更に進めば、悪くなった臓器を次々に新品の臓器に取り換えていけるようになる。そうすれば、人間は、長年の夢であった不老長寿を実現できる。肉体を不死にして生き続けられるようになるかもしれない」と嬉しそうに語る研究者。

 「すでに外科治療は、内視鏡手術の実用化まできた。ナノ・テクノロジーの開発が進んで医療器具が作られるようになれば、細胞1つ、1つを治療対象にしていくことができる。そうすれば、癌などの治療は、飛躍的に進歩する」と期待を満面に浮かべる研究者。

 「オプト・テクノロジーの研究の急速な進歩によって、太陽光発電の効率は飛躍的に高くなってきている。石油を燃やす電力供給は、もうすぐ終わるだろう」と予測を語る(「これで、環境問題は解決される」と胸を張る)研究者。

 「バーチャル・リアリティーの精度と解像度がもっと高くなれば、ヨガの修行者や臨死体験者が見たと語る死後の世界をバーチャル・リアリティで鮮やかに体験することもできるようになるだろう。その為には、バイオ・コンピュータが必要だと思いますけど」と語る研究者。その他、その他。

 これらの中でも極めつけは、K・エリック・ドレックスラーをリーダーとして開発されているナノ・テクノロジーの1つ、「細胞マシン」である。これは、人間の細胞のなかで蛋白質が行っていることを人工的に再現して、「物体を一度原子に戻し、原子を組み立ててあらゆるモノを作り出す」機械の開発である。

 「網胞マシンというのは、石ころでもゴミでも何でもいい。それらを一度原子に戻し、その原子を設計図どおりに組み立てていって、クルマでも、テレビでも、家具でも、何でもお望みどおりのモノを作りだせるナノ・マシンです。だから、細胞マシンが完成すれば、人間はこれまでの労働からまったく開放されることになります。早ければ2015年までに、遅くとも2050年までには、完成できると確信しています」と語られている(『ナノの楽園』工作舎、参照)。

 このミクロを超えたナノのレベルで進行している様々な超テクノロジーの開発が目指しているのは、何なのか。簡潔に言えば、生(労働)の苦・病の苦・老の苦・死の苦からの開放である。

 「生・病・老・死は苦である」とは、地上に生きて仏陀が発見した地上の真理でした。「夢幻[マーヤー]であるこの地上の世界において、唯1つ真の現実がある。それが死なのです。」(シュタイナー「霊的観点から見た宇宙の進化」)から。

 だけど今、 アーリマンは、人間を「生・病・老・死の苦」から開放し、地上を「生・病・老・死の苦のない楽園」にしようとしている 、ともいえる。そして、この「楽園」が、まさに今、この地上に実現される時が近づきつつある。

 けれど、 その「楽園」は、抽象的な概念と感覚的イメージによって再現された人工的現実[バーチャル・リアリティー]の日常世界化であり、「霊魂が死体化された死の世界」であり、精神的、魂的には虚無の空間に過ぎない

 「アーリマンは、人間を地上の世界に閉じ込めようとしている」という言葉が、このような形で地上の現実になろうとしている。仮に、研究者が語っていたように「不老長寿が実現される」なら、人間は死の時を引き延ばし、そのため死後の世界で、地上で成し遂げた成長に見合った神々の叡智を受け取る機会がなくなってしまう

 (死後の審判を受けないので、宇宙進化から除外される)。

 「ほとんどの病気が、ほとんど苦痛のない細胞1つ、1つの治療によって治せるようになる」としたなら、過去生における罪・過ちによって不完全になった魂を、カルマの力によってもたらされる苦しみ・痛みによって完全なものに浄化していく機会がなくなってしまう。

「生・病・老・死の苦がない」とは、カルマの働きが妨害・阻止されることであり、魂は頽廃・腐敗を深めて不完全になっていくばかりになる、ということである

 「アーリマンは、地上を生・病・老・死の苦のない楽園にしようとしている」と聞いても、50年代~80年代にかけて様々に語られてきたサイエンス・ジャーナリストの未来予想に幻滅と失望を味わされてきた人は、信用しないかもしれないが、ここまで紹介してきたのは、地下(霊界でいう地獄界)にあるアーリマンの学院で教育されて地上に受肉してきた人間が、受肉してくるアーリマンの勝利の準備の為に行っていることにすぎない。

 アーリマンそのものは、これらの超テクノロジーの開発を踏まえながら、もっと凄いことをやろうとしている。それを知れば、「アーリマンは、地上の楽園をつくろうとしている」という言葉が、現実味を帯びてくるだろう。

 (AIのことである。)

 地上の人間に受肉したアーリマンが、善意から人間に教えたがっているのは「ゴンディシャプールの三つの知恵」である。

 ゴンディシャプール(アラビアの科学として有名)の三つの知恵の第一は、誕生と死の秘密の開示である。第二は、医学である。第三は、エーテル体の振動を機械に移して、機械の動力にしていく律動(波動)学(気象兵器、飛行機などのこと)である。

 ここで注意すべきなのは、ゴンディシャプールの三つの知恵の教授と実用化には、多くの人間がエーテルの霊視をおこなえるようになり、エーテル体の力を恣意的に操れるようになることが前提になっていることである。

 アーリマンは、アーリマンが地上に設立する学院で壮大な魔術を行い、自我・魂が、それに相応しい成長・成熟を遂げていない人間に、エーテルの霊視力を与え、エーテル体の超感覚的な力を、地上的・肉体的・感覚的な欲望の実現・享受のために使うように唆そうとしている。

 これについて、シュタイナーは以下のように語っている。

 「正しい時期にアーリマンが西欧世界に受肉するならば、アーリマンは巨大な秘儀の学校を設立するだろう。この秘儀の学校では極めて壮大な魔術が行われ、それ以前では、苦労により獲得できた、あらゆる技術が、人類の上に注ぎこまれることになる。

 ここで、『地上に降りてくるアーリマンが一種の悪魔のような姿をして、人間に可能な限りの悪を働く』等という俗物的な考え方をしてはならない。それは間違いである。「人智学について何も知りたくない」と言う不精な人たちは皆、アーリマンの魔力に負けてしまうだろう。

 というのも、アーリマンは壮大な方法で、魔術によって非常に多くの人間を霊視者にできるからである。アーリマンは個人個人を恐ろしいほどの霊能者にする。しかし、どのような霊能者になるかは、個人個人で全く異なっている。

(「アーリマンが受肉すると何が起こるか」松浦賢訳『悪の秘儀』イザラ書房p201~202)

 アーリマンの壮大な魔力によって人間が霊視者になり、エーテル体の超感覚的な力を恣意的に操れるようになり、ゴンディシャプールの三つの知恵を教授され、超感覚的な力を地上的・肉体的・感覚的な欲望の実現と享受のために使うように唆されたなら、「生・病・老・死の苦のない楽園」は本当に地上に実現される、と考えられる。

 オリフィエルの時代のあの深刻な暗さ、悲惨さ、残酷さは、人智学を学ぶことを拒否した人たちが、アーリマンに負けて、「生・病・老・死の苦のない楽園」の実現を歓迎し、気持ちよく、楽しく、享楽的に生きてしまった結果である。だからこそ、「オリフィエルは怒りの大天使となって、人間を強引に浄化する」のである。

 アーリマンの受肉、そして、ゴンディシャプールの三つの知恵の教授に対して、人智学運動はいかに対決し、何を為すべきか。

 ゴンディシャプールの三つの知恵のうちの、第一の誕生と死の秘密の開示に対しては、人間は、実際にアーリマンやルシファーたちと意識して対決できるようにならなければならない、ということである。

 (キリストのように受難死を受け入れること)。

 第二の医学の開示に対しては、人間は、目に見えないものに対する絶対的な道徳意識を育成していかなくてはならない

 (霊性の獲得)。

 そして、第三の律動学の開示に対しては、人間は、エゴイズムを完全に克服した社会秩序を人類の極めて広い範囲に生じさせていかなくてはならない

 (他者の不幸の基に自らの幸福を追求しないことで、他者の幸福の基に、自らの幸福を追求すること)。

 これらは、ミカエルの時代のミカエルと人智学運動の課題と使命である

 (白い龍に乗ること。龍の使い手になること)。

 アーリマンの受肉が人類に突きつけているのは、人智学運動を「いわゆるマイ・ペースで、自分の趣向に合った形で」やっていくのではなく、人智学運動の世界史的な使命を自覚して引き受け、受肉してくるアーリマンとの意識した対決を自分の内なる戦いとして戦い抜きながら、残された時間・限られた時間の切迫性を、目的意識をもって、強化に転化しつつ前進していかなくてはならない、ということである。

 ここまできて、やっと、「ミカエルの考え」とは何か、という問いに、1つの答えを出せる。簡潔に、一言で語れば、

 「ミカエルの考え」とは、「 自由になった人間よ、私に従い、キリストとの深い結びつきをもって、アーリマンの領界(地獄)から脱け出る道を見つけ出せ !」ということである。その道を、ミカエルは指し示している。

 ★    ★    ★

 天国と地獄は、人間の心にあるように実在する。良心=天国を欺くなかれ!

 良心を育てることは容易ではないが、良心を育てないと、簡単に地獄に堕ちていく。すると、天国への階段を踏み外し、地獄を彷徨い歩くことになる。

 良心は、天国への階段を照らす光なのである。光を灯さずに歩くなかれ!

 悪魔が口を開けて待っている。





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Last updated  2017年05月19日 01時48分01秒
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