シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2024年07月04日
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カテゴリ: 神秘体験空間
昨日の起床後に腹痛がするので、また持病の尿路結石かと思いきや、冷たい水分を補給して安静状態でいたら、回復したので、どうも熱中症であったらしい。電気代も高騰している生活のなか、クーラーも故障中なんで、付け替えるのも面倒なんで、なんとか過ごしてきたが、まさか自分が熱中症になるとは思わなかった。年老いると肉体の体温調節が脆くなってしまうのだろうな。一人暮らしのお年寄りが熱中症でぽっくり逝ってしまうのもわからなくもないな。自分もそんな年齢になりつつあるのかと悲喜こもごもだが、ドジャースの大谷には熱中症だがね、とお年寄りのオヤジギャグをかっとばしながら、この暑い日本のさなか、皆さんもお気をつけください。常に近くに冷たいお飲み物(腸からの吸収を考え、血漿の浸透圧に近い生食に近い飲み物が良いらしい、以下の経口補水液の作り方を参照に)を用意して、涼しい恰好で睡眠くだされ。というわけで今回は短めになるのをご容赦くださいな。

熱中症について | メディカルノート (medicalnote.jp)

塩分と脱水 ~経口補水液の作り方~ | 済生会 (saiseikai.or.jp)

経口補水液とスポーツドリンクの違い | サンファーマシーグループ (sunpharmacy.co.jp)

さて、病気といえば、先日、手塚治虫氏のブラックジャックの実写化ドラマを久しぶりにTVでみた。ブラックジャックは小学生のときによく読んだ漫画で、ドラえもんと双璧だった。漫画のアニメ化はごく自然の流れでどちらが先か卵と鶏のようにわからなくなっていくように瓜二つの双子のような作品になるが、実写ドラマ化というと、漫画のなかの世界が、物質界とは相反している場面が多いので、違いが目立ってしまう。

だから、漫画の読み方や解釈の仕方によって、多様な観点が生まれてしまい、実写化という割と物質界に近いつくりをしてしまうと、全く違う作品になってしまう可能性が高い。だから、実写化を想定して書かれた漫画でないと、整合性がとれなくなってしまうわけなんである。ましてや、ブラックジャックのような作品は、読者の解釈、思い込みが入り込みやすい作風なので、十人いれば、十人十色のブラックジャックが生まれてしまい、主人公ブラックジャックでさえも、読み方によって、統一感のない人物になってしまう。

今回の実写化ドラマは現代風のつくりで個人的には面白かった。世間的にも、高視聴率だったようだが、SNSでは案の定不評だったようである。最たる不評の理由が、ドクターキリコに女優を起用した点であったようだ。恐らく昨今のジェンダーフリーの流れで、キリコを女性の姿に脚色したのだろう。つまり原作漫画信者からは、キリコのイメージにそぐわないというわけである。自分は女性の姿でも、特に違和感がなかった。というのも、ドラマの内容からいって、キリコが安楽死を受け寄った女性患者が獅子面病で、顔が醜いまま生きる辛さは、男性よりも女性の方が敏感に感じると思うからである。

テレビ朝日ドラマプレミアム『ブラック・ジャック』|テレビ朝日 (tv-asahi.co.jp)


容姿が不細工で生まれる辛さは、男性よりも、美を大切にする女性のほうが深刻に思えるからで、カリユガ時代が影響大の現代のルッキズムからいっても、度々紹介している徳川家康の遺訓の、人生は~の重荷になるのは容易に感じられる。だからこそ、現代では美容整形が流行になっているわけでもある。精神的な中身を大切にして生きるという人はほとんど天然記念物のようになってしまっている。相手を騙してでも、外見に拘るのが現代人の特徴といえるかもしれない。それは四六時中来訪する悪霊のような詐欺メールからもわかり、人を欺き騙すことがモラルハザードであり、地獄に堕ちることなどに全く無関心なのに、呆れてしまうばかりである。政治家が国民を騙して税金を着服している現代だから、地獄の世界である。

シュタイナーはカリユガの影響が大の現代の特徴を、万人による万人の闘争時代と預言している。硬直した旧来の悪魔支配の組織を脱出し、解体するには、個人主義の育成が急務で、だから、組織内であっても、派閥などの個人主義の闘いが生じるのである。悪党は分割するしか救う余地がないからである。悪は分断して退治するしかない。巷の俗物の自民党のような悪党集団になってしまったら、もはや悪魔の思う壺で、地獄に堕ちていく大量採用の大勢力となってしまう。だからこそ、スウェデンボルグが霊界で体験した最後の審判が必要となるわけなんである。まだ悪に染まり切っていない個人を少しでも解放し、助けるしかない。

さて、ブラックジャックだが、多くの人の読者解釈があるように、私にもあり、恐らく、手塚氏は、医者を描きたかったのではなく、生命倫理観を描きたかったものと解釈している。実際漫画なんで、医学や医者を描くのは非常に困難で、ましてや無免許医をわざわざ書く意味がないわけでもある。勿論、ドクターコトー診療所のような、ある程度ドラマを想定した小説風の漫画もあるが、私は見たことがないが、医学や医者というよりも、人間性や、日本の村民の暮らしの人間ドラマを描いているのではないかと思うので、手塚氏の漫画の描き方とは違う。こちらはブラックジャックというよりも、黒澤明監督作品「赤ひげ」のアプローチに近いのではないかと思う。

ブラック・ジャック - Wikipedia

ブラック・ジャック ( テレビアニメ ) - Wikipedia

Dr. コトー診療所 ( テレビドラマ ) - Wikipedia

虫プロダクション - Wikipedia


ブラックジャックは医者というよりも、当初の目的が、復讐であったように、手塚氏の当時の状況を反映した漫画で、つまり鉄腕アトムで、粉骨砕身した結果、虫プロは倒産の憂き目に遭い、漫画の神様でも、この時はどん底の状況にあったわけで、この漫画によって、手塚氏は、従来のヒューマニズムを、あえて捨てた賭けに出たといえるからである。それは、前回まで紹介してきた、前世で宗教王だった人が、現世では科学王になる輪廻転生と同じように、漫画界の、特に出版業界に、復讐しようと思い立ったのかもしれない。

手塚氏の当時の心境から言えば、ブラックジャックは、ドクターキリコで、この作品を描くことで漫画界から自分という存在を安楽死させたかったのかもしれない。それはこのブラックジャックという名は、別名ジョーカーというババ抜きのババに使われる黒札のジャックに由来するようである。恐らく最強の切り札という意味らしいが、手塚氏は、この漫画という切り札で、倒産の憂き目にあった復讐を、漫画界や出版業界や世間に復讐するのを、思いついたのかもしれない。

ユーカー - Wikipedia




だから、金持ちを安楽死させるのが、当初のブラックジャックであったドクターキリコの医者となる目的だったわけで、おカネさえ積めばなんでも治す外科医という評判で餌を撒いて、金持ちをおびき寄せ、ツギハギの顔は、その闇の復讐心を象徴化した、生命をカネで切り刻むメスであり、二人目まではなんとか復讐を果たすのだが、二人目からは、心変わりしてしまう。

ググると、次のような見解に辿り着く、「2人目に復讐をし損ねて(ガンで死ぬ寸前だったのを手術して延命し、復讐に取り掛かる前に自然死)」。この2人目の死から、復讐心が薄れていき、ブラックジャックのなかで、別に伏線キャラのドクターキリコが悪を担当し、袂をわけていく。つい最近、バカリズム氏が、「ケンシロウによろしく」というドラマで、外科医から鍼灸師に、メスから空手の北斗神拳へと、わずかに医療職を変えて、この流れを継承した作品をつくっている。

虫ん坊 2016 年 10 月号( 175 ): TezukaOsamu.net(JP)

【独占配信】ケンシロウによろしく | DMM TV


よくよく考えてみれば、ドクターキリコは、求める人だけに安楽死を与えているわけで、復讐心で医師になったブラックジャックのほうが、動機では遥かに悪質性が高いようにみえるのだが、世間的な見方では、ドクターキリコのほうが悪にされているのも不思議であり、先の実写化ドラマの批判では、女優が演じたキリコについて自殺ほう助まがいの解釈が罷り通っているから更に不思議である。実際に安楽死が合法化されている国は以下のサイトにある。ブラックジャックとドクターキリコのどちらが善で悪なのかは、各個人の死に対する認識に委ねられるが、ブラックジャックが当初の復讐心から、漫画のなかだが、自らの医療行為を通して、救済心に目覚めるのは、どこかゲーテのファウストを感じさせる。

安楽死が認められている国はどこ? - SWI swissinfo.ch

ファウスト ( ゲーテ ) - Wikipedia


ブラックジャックは悪人から善人へと改心していく物語なんである。悪因悪果ではなく、悪因善果に、救いをみつける漫画なのかもしれない。ブラックジャックのなかでは、ピノコという人間にはなれなかった女性で生まれるはずの魂が、ブラックジャックという漫画の世界で、悪因から善果に転じるキャラの、輪廻転生の働きを担う。このピノコが、ブラックジャックのなかの復讐心を失わせる悪のなかの善の存在といえるかもしれない。ブラックジャックはピノコを娘と呼ぶが、ピノコは奥さんと思っている違いが面白い。ピノコはブラックジャックの救世主なのである。

ピノコ - Wikipedia


長々とブラックジャックの独善ともいえる解釈を披露してしまったが、それは輪廻転生への男女の役割の違いを解き明かすためである。シュタイナーの輪廻転生の本から、ある程度、女性と男性の働きの違いがわかってくる。大まかに言えば、男性は地の人間的な仕事を、女性は天の天使的な仕事をする傾向にある。妻を奥さんと呼んで、陰的な月光の秘めた役割に求めたのも、古の霊力からきているのかもしれない。だから、家庭は奥が崩れると道徳が破綻し、人間性を失うわけで、だから、不倫ともいわれるのかもしれない。

これは女性に霊媒が多いのでもわかる。女性は、霊魂が、肉体に深く浸透しないために、物質界に囚われない傾向にあり、物質にあまり共鳴しないし、どちらかというと、精神的な安定を求めがちにあり、信仰に弱い。それは占いなどにもハマりやすく、物質界から育成された意識魂の、悟性や論理性に弱い。理屈よりも直感を重視しがちなのは、よくいえば物質に束縛されないためだが、悪くいえば、依存心が高く、悪い考えや悪霊などに憑依されやすく、洗脳されやすい。

これは幽霊を解き明かすことでわかる。現代人は幽霊をみたことがないと考えがちだが、実は誰もが幽霊をみていて、ただその自覚がないだけなのである。何を隠そうが、実は、幽霊とは、思考のことなのである。思考というイメージが思い浮かぶが、それは脳がつくったものと自覚しているが、脳が霊魂から受け取ったものなのである。ただ送信元の霊魂が自分が送ったよ、というサインがないから、脳が自分のものとして、解釈しているだけにすぎない。だから、幽霊はなんらかの思考形態のイメージで、そこらへんに、いわば波動の形で存在しているのである。ただ物質という形態を伴わないので、太陽光を集めた覚醒意識ではみえないだけなんである。だから、量子力学では便宜上確率波となってしまっているわけなんである。

女性のほうが物質界をみる肉体のメガネ、ゴーグルに完全にハマらずに、時より外しがちになるので、悪霊の雑音波を受け取りやすくなってしまう。この肉体のメガネ、ゴーグルが、人智学が呼ぶ、意識魂で、それを個人的に育成するのが、我々の第5のアーリア文化期の地球人の使命でなんである。そこで、またシュタイナーの輪廻転生の本から、その解説に相応しい歴史上の人物を紹介しようと思うのだが、せっかく腹痛がおさまった小康状態にあるので、今回はここまでにしたい。

なぜブラックジャックの話をはじめたのかといえば、幽霊を説明するのに相応しい作品で、特にピノコという幽霊のようなキャラが、恐らく手塚氏の人生から、ブラックジャックという叡智の幽霊を召喚したものと思われ、ブラックジャックという作品は、手塚氏にはピノコだったのかもしれない。これらの作品は、天使を通して主に夢のなかでみることもあるが、いずれにしろ、思考として脳のなかに与えられる。

ブラックジャックという作品も、なんらかの天使が送った幽霊の、つまりイメージから生まれた現実の幽霊なのである。我々地球人は、非現実な漫画やアニメ、フィクションのドラマをみているが、実はそれは幽霊を通じて霊界をみているわけで、ただそれらを幽霊と定義し、認識していないだけにすぎない。幽霊と思っていた存在が実は実写化されて、現実の人間に降臨したのが、キリストなのはいうまでもない。

個人意識を発達させ、キリストを実在ドラマとして見に行くために、シュタイナーの人智学的宇宙進化学を紹介する。



 ポスト・アトランティス時代は第5文化期に最盛期を迎える。第6文化期と第7文化期に生じるのは、個人意識の衰退である。にも関わらず、第6文化期の、この個人意識の物質性への退化は、霊我により霊感を吹き込まれ、霊我に浸透され、再生され、キリストとして蘇るだろう。

 今日、東ヨーロッパの人々は、霊的に、これが真実なのを予感している。ただし、しばしば睡眠中の潜在意識から、そのように感じているにすぎない。

 東ヨーロッパの人々の、このような潜在意識は、大抵、睡眠中の夢のなかの、茫漠とした混乱したなかに感じるものである。「ロシア人」という言葉が、特定の個人に関係なく、頻繁に使われるのが、(これは日本人にもいえる)実に特徴的である。

 例えば、ヨーロッパの西側で、「イギリス人」、「フランス人」、「イタリア人」、「ドイツ人」という言葉を使う場合、(意識魂が発達しているので、公私の境界が明確で)大抵は特定の個人の具体的な特徴を指す意味をもつのに、ヨーロッパの東側で、「ロシア人」という言葉を使うと、(意識魂が未発達なので、公私の境界が曖昧で)大抵は漠然として、東スラブ民族全体を指し、精神的な意味において、潜在意識のなかの、民族霊も含む。

 ロシアの知識層の多くが、「ロシア人」という言葉を使いながら同時にスラブ民族全体を考えている。これは、このスラブ民族固有の民族霊と深く関係している。この民族霊を指す言葉は、東側の共同体の友愛関係の上に広がる、友好的な人間関係から結びつく、仲間意識の、兄弟の要素も含んでいる(悪い意味で、ヤクザ世界の兄弟仁義みたいなもの)。



 ロシアのなかにスラブが含まれ、この言葉の境界が常に曖昧で、ロシア語が広く話される没個性のなかに、個人が全体を超えられず、紛れもなく個と全体が矛盾する現実を意味する。この言葉のなかに、古きスラブ民族という意味を含む限り、常に、共同体と個人の中間に囚われる宿命を背負うのである。

 「ロシア人」という表現の「ロシア(の)」という形容詞が、「人」という名詞で表現される個人の存在を、束縛し、実際に無効にしている。というのも、真の理想の、自由な愛の人間に到達したいなら、個人を束縛する要素を示唆する形容詞はつくはずもないからである。

 しかし、それよりずっと深いレベルで、ロシアの知識層のなかには、共同体や友愛の概念、来るべきスラブ文化期において必要な理解が、自我のなかに霊的に眠っている。

(恐らく、独裁者が個人を戦場に送り、不慮の死を遂げることで、死後にロシアに生まれた生前を反省し、来るべき転生に際して、個人的に、独裁者的存在を乗り越えて進化していくのを、シュタイナーは預言しているようである。勿論、独裁者は、前回紹介したパワハラ上司のように、戦場に送った者たちに報復され、全ての人類に足蹴にされ、ミカエルに退治された龍のごとく、跪くしかないだろう)





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Last updated  2024年07月04日 21時15分11秒
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