シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2025年02月11日
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カテゴリ: 神秘体験空間
巷の、現代人は、唯物論に染まり切っているのさえ気づかずに、唯物論を悪魔からパクって電子化した半導体基板からなるAIをパクった中国製AIにAIのソフト論争などで大騒ぎだが、人工知能が人工知能でいられるのは、半導体の故であるのに気づいていないから不思議でもある。錬金術では、半導体のような、金属と非金属の絶縁体の中間の存在を、水銀と呼んでいる。

半導体 - Wikipedia

半導体とは|半導体製造装置入門|サムコ株式会社


半導体がなければ、人工知能もないわけで、半導体の状況に応じて、どれだけ電流を流せるのかが、要するに、状況に反応して、電子を正確に伝送できるかに依ってくるわけで、錬金術でいうところの水銀性の中和能力に依存するわけなんである。導体と絶縁体の中間性、つまりバランス感覚が重要となるのがわかる。うまく電流を流す物質性に依っているのが、人工知能の要諦なのである。人間の知能はその上で踊るゲーム理論でしかない。

だから、一つの電子と一つの陽子からなる水素から、核融合により、原子や元素が生まれて、半導体にまで固体として、物質が凝縮し、組織化されたことで、悪魔からパクった利益追従の唯物論を人工知能に、人類はパクれたわけだが、それは未完成の上に未完成な知識を上塗りするだけにすぎないので、恐らく天国に行ける階段にはならずに、地獄に堕ちていく階段になるだろう。いかに知識をパクり、物質的な論理で、事実をつきつけられるか、で詐欺合戦を演じるようなものである。そのうち、AIに、人間の判断力が奪われていくだろう。

例えば、埼玉の下水道事故のように、半導体が陥落して、電気が回路を流れなくなれば、AIなど絵にかいた餅にすぎない。そのようなAIに、唯物論に染まった人間が、生まれ変わるのを期待するのはギャグにもならない滑稽で、悲惨な物語となるだろう。

さて、生まれ変わり、宇宙人とくれば、次はUMAか、ヨガの達人かが、世間のオカルトの三本柱といえるかもしれないが、ヨガの思い出といえば、子どものときに、なぜだか矢鱈と替え歌として流行った♪インドの山奥で、修行をして、提婆達多の魂宿し~♪がテーマ曲だった「レインボーマンは、必要とする能力に合わせて、七曜にちなむ7種類の姿に変化(へんげ)し、それぞれの姿にちなんだ超能力を発揮する。」という、どこかヨガの人体の7つのチャクラの開眼を思わせる変身能力を、修行で体得した1人で7人力の、後に戦隊モノとなる前のテレビヒーローだった。

愛の戦士レインボーマン - Wikipedia

レインボーマンはレ陰謀マンか?「インドの山奥で」問題を考える/大槻ケンヂ・医者にオカルトを止められた男(7)| web ムー 世界の謎と不思議のニュース&考察コラム


レインボーマンのように、提婆達多という名前からもわかるが、原作者が、悪人正機の仏教から着想を得て、ヒーロー像をつくるなかに、7つのチャクラの開眼などの、ヨガの教えが紛れ込んでいるのは、日本のアニメにもよくみられる話で、他には昨今の鬼滅の刃や、かなり前にはドラゴンボールなども、7つのチャクラ絡みで、ヨガの奥義が隠されていた話ともいえる。この2つのアニメとヨガについては、また次回に述べるが、例えば、次のような、インドの蛇使いのイメージは、実はヨガの奥義の教えが深く隠されている。


提婆達多 - Wikipedia

悪人正機 - Wikipedia

ドラゴンボール ( アニメ ) - Wikipedia

鬼滅の刃 ( アニメ ) - Wikipedia


この左右の蛇を、笛を使って飼い馴らす蛇使いの絵は、実はヨガの達人を模した図なのだが、以下の7つのチャクラの図と比較すると、このブログで何度も紹介してきた、ある紋章が浮かび上がる、のがわかるはずである。


その紋章とは、以下の医学で有名なアスクレピオスの杖の図で、更に、その下の、東洋医学の陰陽図と組み合わせると、その両翼の翼が、太陽光と月光で、天使の翼であり、頭のような丸(球)が太陽で、万物を見通す第3の目の自我で、全体が、人体の不可視のエーテル体(四次元体)を表している、のがわかるだろう。


東洋医学でよく見るマークについて| tenjin はり灸院|西武池袋線狭山ヶ丘駅徒歩 1 分の鍼灸院

これらの象徴やマークは、簡単にいえば、人体のバランス回復力を示し、そのバランスが崩れると、同時に、悪という未完成の存在、つまり、楽園から追放されて、失楽し、肉体に囚われ、唯物論に染まり切った現代人をも意味している。つまり、仏教でいうなら、末法の世の人間の生き様を、差し示している。現代人の唯物論では、例えば、以下の記事のように、人間が悪という未完成な存在のため、自分のなかの悪=支配欲を隠しながら悪に染まり、物質界に支配されているのがよくわかる。

WHO や日本医師会のロゴは「悪魔の手先として人間を支配する」という意味?【ファクトチェック】




というのも、悪とは、未完成な存在を示すからで、この図も本来なら、二匹の蛇なのに、一匹の蛇の図に省略してしまっているからである。もし、ヨガの奥義の生命の樹の図からすれば、この一匹の蛇を白蛇とするなら、両脇の2本の月桂樹、もしくは地球の大陸を、陰陽の太極図に模さないと、片手落ちの未完成の図といえるだろう。


つまり、この図は、未完成な人類を表しているわけで、悪とは、自分が未完成なのを認識できない無知な存在を示しているわけなんである。自分が正しく、完成された存在と思い込んでいる存在は、悪なのである。それは提婆達多のように、自分が正しいと思い込んで、唯一神から分離した未完成な存在でもある。未完成で、不調和のバランスのとれない存在、1に帰さない割り切れない無秩序で、異質な存在を、古代から、悪と呼んできたわけなんである。

このような未完成で、未熟な存在を、悪と呼ぶのだが、以下のサイトは悪を明解に解説しているので、紹介しておきたい。

マニ教・悪

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●マニの語る神話


             ☆      ☆      ☆

このシュタイナーのマニ教には、ヨガの奥義の光と闇の陰陽太極が隠されている。人間は、未完成な闇と交わることで、物質界を形成し、物質界の死を通じて、未完成な闇を克服し、より完全な自己性へと目覚めていく。つまり、人間は、自分が未完成なのを悟るために、この世の物質界に生まれてくるわけなんである。

ヨガの奥義とは、未完成な人間、つまり自我を、神の真我に導く方法なのである。それにはまず自己否定からはじまるという。自己の弱点、未熟さを知ることにある。

前回バックミンスターフラーで紹介したように、人間はノックアウトヒューマンとして、この世に生まれてくる。この世で、肉体を纏うことで、人間の能力は一時的に闇に葬られ、死を免れない制限として、寿命が与えられる、ウルトラマンのカラータイマーは3分だが、人間が地上の覚醒意識で活動できるのは、およそ平均70年辺りとなっている。それは、大体人間の呼吸数で決められる。人間の呼吸数は、太陽系での地球の運動による、太陽光との関係から定まる。

1分間に大体18回呼吸するとすれば、1日は、18×60分×24時間=25920で、1日の呼吸数は、1プラトン年25920になる。また、昼と夜を覚醒意識と潜在意識の交代で、1日の意識の呼吸とすれば、1日1回の365日を71年生きるとしたら、365×71=25915となる。5日のズレは地球の歳差運動の、うるう年で調整される誤差と考えられ、これも大体1プラトン年に近いので、太陽と地球の日照の関係から、覚醒意識の平均寿命は71年と概算されるわけである。

基礎から学ぶホロスコープ(特別講座2)プラトン年の理解


物質界で肉体に拘束されながら、未完成なノックアウトヒューマンとなって、闇を光に変えていくために、我々人間の霊魂は、自由に目覚めるために、この物質界に生まれてくるわけなんである。自由という日本語は、自由の性質を良く表現している。自らで自らの存在をつくる、という意味の言葉なのだから、人間は、神の言葉から、神に似せられてつくられ、自らの自助努力からつくられるのがわかる。自分のなかで、闇を光に変えた分が、次の自分の光となり、自分の能力となる。

だから、地上の物質界に生まれて、朱に交われば赤くなる、のを避けるべく、仏教では、泥の中でも、泥に染まらずに、蓮の花を咲かせるのが、南無妙法蓮華経の日蓮宗の目的でもあるのだが、本来の日蓮宗は、宗派をもって分派してはならない、他力本願ではダメなはずで、自力の自由を説く、ヨガの奥義の教えだったはずなのである。この世の物質界の虜になってはダメで、組織を作ってしまえば、自ら由る光の存在ではなく、光の自由ではなく、ダメな闇の存在に成り下がるはずなんである。

だから、真の法華経とは、教団をつくるなどもってのほかで、地獄に堕ちるだろう。だから巷の創価などは地獄に堕ちる由縁となるだろう。この世の物質欲に囚われて、名誉欲や権力欲、虚栄心などの執着心をもつ者は、地獄に堕ちて裁かれるだろう。教団などをつくるのが末法の未完成な悪の組織なんである。現代人のほとんどは、AIや、先の悪魔の紋章のように、悪の支配の虜になって、朱に交われば赤くなってしまう最たる例の顛末といえるかもしれない。

「蓮は泥より出でて泥に染まらず」 | MUNI CARPETS

南無妙 法蓮華経 - Wikipedia

法華経 - Wikipedia




だから、何ら物質界の介入の余地がないわけで、過去の自分を捨て去った新生の自我の開発なのである。自我が肉体の死を乗り超えると、自我は、肉体を他力と呼ぶ。肉体は過去のモノでしかないからである。霊魂の脱皮の皮でしかない。自我は脱皮して新しい自我に生まれ変わるので、蛇の脱皮にも譬えられる。

その自我の脱皮は、前回フラーで紹介した「生き残りではなく包摂を」、「攻撃ではなく陳腐化による更新を」、「剣を鍬の刃に」の、自己否定にある。失敗を恐れない未完成な絶え間ない自己開発といえるかもしれない。現にフラーは、『「失敗をしなくなった時にはじめて、成功するのだ」と説き、「自然は人間に成功させようとしている。自然は人間に重要な役割を担うための準備をさせているのだ」。諦めを知らない不屈の精神は、まるで聖書のなかの神に試された存在ヨブのようだ。』というように、飽くなき挑戦を続けた。

逆に、自己を権威付けたり、正当化して、崇めるように強いたりするのは、未完成な自己の上塗りでしかない。砂上の楼閣である。フラーは、「権力闘争や戦争は、人類が宇宙や地球との調和を見出せない段階で、生き残りや独占を求める未熟な発想から生まれたもので、人類が宇宙との調和の手段を発見できれば、政治は不用だ」と説いている。人類は物質界を克服するどころか、物質界に染まり切って、物質界を支配するどころか、支配を委ねて、物質界に拘束され、バランスを失っている現状にある。この世の権力者をみれば、地獄に堕ちるのがわかるはずである。

ストレスから、自我が分裂し、いわば精神分裂病のようになって、バランスを失うと、一部の細胞の肉体に支配を明け渡して、腫瘍化して、固形化し、自我の制御を逸脱し、癌化するのは、現代医学でも、遺伝子変異からの未熟な異常増殖細胞による腫瘍化、そして、免疫防御から逃れることで、癌化するのが観測されている。とどのつまり、自我の分裂が元凶にあり、自我の未熟性や未完成を正当化し、良しとするために、免疫細胞による異質性の除去を逃れてしまうわけなんである。人間の自我が何を志向するかで、それに合わせて、肉体も変わっていくわけなんである。自我が悪に染まれば、肉体も悪に染まるわけなんである。

その端的な例が、ヨガの奥義を知らない金儲けや利益追従のニセモノのヨガや、末法の似たような利益追従のニセモノ地獄堕ちの仏教教団などである。創価や統一妖怪などは、地獄堕ちの天罰を食らうだろう。神や仏を本当に信仰していないから、金儲けや物質界で自分たちだけ良ければいいという価値観で生きられるわけで、群盲象を評す、のと同じである。

群盲象を評す - Wikipedia




「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」(新共同訳)

この世は闇の国なのである。この世に転生したのは、何らかの闇を抱えているために、自我が、未完成な証拠なのである。だから、キリストは、未完成な霊魂を、バランスに導くために、この世に教師としてやってきたわけで、バランスを回復させるのは、各自の意識、つまり、自分がまだ未完成の途上にいる、という自覚にはじまるわけなんである。

前世で罪を犯したその報いを学び、克服するために、ノックアウトヒューマンに相応しい肉体を選んで生まれてくるわけなんである。足りない能力を克服するために、その肉体に生まれてくるわけなんである。例えば、手足が不自由な肉体に生まれるのは、前世でその失敗を犯したせいで、現世で、その失敗を成功に導き、克服するためといえるだろう。

だから、生きることが、この世を乗り越え、克服する全てなのである。失敗するのは前世での過ちを引きづっているわけで、自分の自由を自分で束縛してきたわけで、失敗は当たり前なのである。同じ過ちを辿らないように、前世を思い出せないようになっている。ただし、前世とは主客の、加害被害の立場が逆転しているが。

前世で偏りすぎた失敗のバランスをとるために、現世に生まれてきた、ともいえるだろう。だから、人間の潜在意識のなかには、過去の失敗が山積みとなって感情記憶として、つまり心のなかの蟠りとして現れて来る。だから、人間は悪との関わりあいを免れないのである。自分の罪は自分で克服しないと未完成で未熟な霊魂のままなのである。

ます、自分が未完成な存在なのを自覚しないと、ヨガの奥義には達しない。少し余裕があると、人間は必ず悪い事をするのを自覚しないといけない。前世からひきついだ失敗が心のなかにあるからである。国のため、民族のためと言いながら、実は自分の名誉欲や虚栄心の、利益のためでしかない。そのような自分を偽るなかに、未完成な悪魔が隠れている。国民の知る権利のためといいながら、自分たちが利権獲得のために犯してきた性接待を隠蔽するマスゴミをみればわかる。

ヨガの教えとは、まず自分が未完成な存在の、自覚からはじまる。それは過去の自己の執着から、自己を解放し、物質界の誘惑に超然とするためである。人間のなかには、良き光の蛇と、悪しき闇の蛇がいて、そのバランスが重要なのである。蛇使いとなって、両者をバランスよく支配するのが、ヨガの奥義なのである。ヨガの奥義の教えについてはまた次回に譲りたい。肉体では、その蛇が、細胞のなかの、ミトコンドリアであるのがいずれ明らかになるだろう。ミトコンドリアは、エーテル体の電子のような存在なのである。





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Last updated  2025年02月11日 19時03分30秒
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