後藤英彦の作文教室

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ごっちゃん815

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June 13, 2005
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95.僕の骨にとまっている小鳥よ、肺結核よ・・・


「わたしは結核に冒された」「結核菌が肺を冒した」。
前の文章が受身で書かれているのに対し、後ろの文章は能動態で、「結核菌」に人格を与えています。いわゆる擬人法です。

「結核」を受身で書くと、被害者の立場を強調することになり、たちまち暗いムードが立ち込めます。表現としてもなんだか平凡で、魅力が感じられません。

擬人法を使うと対等な「自」と「他」の関係が生まれます。まず自分という存在がある。もう一方に結核菌という存在があります。

結核菌はこちらの肺を小鳥がくちばしでつつくように攻撃してきます。吐血!痛みが走ります。

でもそれは、一人称の情緒的な痛みではありません。
「結核菌」を擬人化しているために、痛みが客観化されているのです。暗いムードが排除されてしまいます。

擬人法の実例として堀辰雄の詩「病」を挙げます。




僕の骨にとまっている
小鳥よ、肺結核よ
おまへがくちばしで突付くから
僕の痰には血がまじる

おまえが羽ばたくと
僕は咳をする
おまへを眠らせるために
僕は吸入器をかけよう

苦痛をごまかすために
僕は死にからかふ
犬にからかふように


彼の頭文字を入墨しようと
歯を僕の前にむき出す


もうひとつ。
山と夕空をこちらの目でみるのではいかにも平凡で、ダイナミックな味わいを出せません。そこで一工夫。山と夕空を擬人化したらどうでしょう。たとえばこうです。

山はわたしたちを睥睨して、いたずら好きの闖入を歓迎したくない様子だった。夕空も顔を真っ赤にしてわたしたちに抗議した。





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Last updated  June 14, 2005 01:41:40 AM
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声字実相義@ 愛(i)を語る「あ」の分節 ≪…「あ」の音…≫は、梵語のア「 」の阿字…
??????@ ?????? 何?何?何?何?
哀歌@ すご~い なんてスバラし~んでしょうll
どぴゅ@ みんなホントにオナ鑑だけなの? 相互オナって約束だったけど、いざとなる…
ボーボー侍@ 脇コキって言うねんな(爆笑) 前に言うてた奥さんな、オレのズボン脱が…

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