後藤英彦の作文教室

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ごっちゃん815

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June 15, 2005
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97.恋愛のレトリック――男は恋に死に、女は恋に生きる! 恋と咳は隠せない


アメリカに住んでいる者の率直な感想です。日本に帰ってテレビをつけるたびに、がっかりさせられます。あまりの低俗さにいや気がさします。この思い、察してください。

ジャリタレ、低能(バカぶっているのかもしれません)の横行、世の中を騒がせ煽ることに生きがいを覚えるテレビマン、だじゃれ、妙にわざとらしいニュースの作り。

どこの何がうまいか、何が健康によいか、つまり、ああでもないこうでもないといった食い物の話。どこの温泉に混浴があるか、アナ場はどこにあるかといったろくでもない話。

そこで飛び出す言葉まで大振りで、うそっぽい。超うま、激カラ、激ヤス・・・。つまり根掘り葉掘りの耳学問とバカ番組のオンパレードなのです。

某テレビ局のキャッチフレーズではないが、「面白くなければテレビじゃない」。つまり、日本のテレビ局はこれらの原色で染め上げられているのです。

モンゴルの有名な諺に「賢者は思想を、りこう者は世間の出来事を、俗人は食べ物を話のタネにする」というのがあります。

モンゴル出身の関取でさえ日本のこの低俗ぶりに驚いているのではないか。アジアの、いや世界の先進国の名が聞いてあきれます。

「いや、食欲を無視しちゃあいかんよ」と言われそうです。それも一理。



古代のペルシャ人は「人間に愛を望むべきではない。バラの花は塩田では育たないのだから」という言葉を残しています。

神ならぬ人間に、完全な愛を求めること自体、間違っている。バラだって塩田じゃ花も咲かせられまいに、というのです。
ここでいう愛はアガペー、神の愛です。エロス、人の恋愛のことではありません。

エロスのほうに絞ります。まこと、恋とは不思議なものです。

ギリシャのオウデイウスは「恋と咳は隠せない」、ドイツの諺は「恋は口を閉ざしていても語りだす」と言っています。

百人一首の平兼盛の歌 忍ぶれど色に出にけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで はあまりに有名です。

恋が走り出すと容易にとまらない。恋は闇、恋は盲目(日本)であり、愛欲は歯痛よりも手に負えない(フランス)のです。ため息でさえ分別を欠いてしまいます。

「色っぽい学校」(一六七○年)の著者、アントワーヌ・ブレ(フランス)はこう比喩してみせました。
「恋の最初のため息は、分別の最後のため息である」。
恋に陥ればため息でさえ分別のきかないため息になるようです

そして愛を邪魔するのはいつも嫉妬です。「婦人が二人並ぶと冷たい雰囲気になる」(シェークスピア)。


ついに愛憎の戦い。「可愛さ余って憎さ百倍」(日本)に。しかしそれもやがて時が解決してくれます。「月と恋は満ちれば欠ける」(日本)の道理。
旧約・伝道の書は「愛するに時があり、憎むに時がある」と喝破します。

「男は恋に死に、女は恋に生きる」と言ったのはフランスのデ・ペリエでした。男はロマンチスト、女のほうがリアリストというわけです。

テレビの話から愛の話へ飛躍してしまいました。





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Last updated  June 16, 2005 01:18:52 AM
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??????@ ?????? 何?何?何?何?
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どぴゅ@ みんなホントにオナ鑑だけなの? 相互オナって約束だったけど、いざとなる…
ボーボー侍@ 脇コキって言うねんな(爆笑) 前に言うてた奥さんな、オレのズボン脱が…

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