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本当は1月31日に書くつもりでいたんだけど、1週間遅くなっちゃいました。(汗)
上の娘が1歳になったばかりの1997年の正月。上の娘がインフルエンザになった。
病院に行ったのはいいけれど、帰り道に私も体調が悪くなってきた。
市販の総合感冒薬で凌ごうと思ったけれど、いきなりの高熱が出た。
やっぱり私もインフルエンザに感染。
早く治さないと育児に影響が出るから、医者に行って薬を処方してもらった。
何とか2人ともひどくならず、何とかインフルエンザも治った。
しかし1月14日に、妊娠判明。
すっごく嬉しかった。でも先日飲んだ薬が気になった。
1月30日に病院で健診を受けた。
「赤ちゃんが入る袋は見えるけど、赤ちゃんはまだ見えないわねー。計算間違いかもしれないわ。」
産婦人科の女医さんがそう言った。不安がよぎったけれど、それでも楽しみにしていた。
しかし翌朝、起きてトイレに行ったらかなりの出血。
慌てて病院に電話したら、「すぐ来るように」と言われ、急いで義母に連絡。
義母と上の娘と一緒に、私の運転で産婦人科へ行ってきた。
すぐに内診台に乗った。
先生が超音波の検査をした。
「残念だけど、昨日見えてた赤ちゃんの袋が、もうそこにはないわ。流産です。処置術を行いますので、準備ができるまで待合室で待ってて下さい」
そう言われて待合室に戻る。
おもちゃで遊んでいる上の娘の様子を見ながら、義母に報告した。
「ここで待ってるからね」
義母にそう言われて、上の娘は完全に任せる事にした。
病院ではバタバタと慌ただしく準備をしている。
「Mintさん、どうぞ」
呼ばれて内診台へ。
器具が中に入ってきて、掻き出しているのがわかる。
痛い。
痛い。
掻き出されるのがとにかく痛かった。
やっと終わって、内診台を降りる時に
ちらりとトレーを見たら、小さな白い玉があった。
1月31日。Babyちゃん、バイバイ。
しばらく診察台に寝かされるはめになった。
でもそこは診察室のすぐ後ろ。
1時間は寝ていなきゃいけない。
でも寝てる時が暇だから、自然と診察中の先生の声を聞いてしまう。
先生、声がでかいから丸聞こえなんだよね…。
次々と「妊娠してますね、おめでとう!」って先生の声が聞こえる。
私はバイバイしたのに…。
私はバイバイしたくなかったのに…。
涙が溢れて止まらなかった。
でも上の娘の前では絶対泣きたくなかった。
だから泣くならここだけにしよう。
そう決めて静かに泣いた。声を出さずに泣いた。
あまりに辛かったから、途中で帰ろうとしたけれど
看護師さんに「ダメでしょ!」って注意されてしまった。
だって、ここはあまりにも辛すぎるんだもん…。
流産から半年後に、下の娘を妊娠した。
今でも1月31日は、私は忘れないって決めている。
下の娘からすれば、Babyちゃんが生まれていたら、自分が存在していなかった事になるから、
すごく嫌がるので、あまり言わないようにしているけど…。
だんなはとっくの昔に忘れている。
だからこそ、私が覚えていなきゃいけないの。
でないとこの子は、全ての人から忘れられてしまう。
Babyちゃんの性別はわからない。
本当に袋だけだったのかもしれない。
それでも構わない。
きっとこの子は、その後生まれる下の娘に、自分の生命力を
私のお腹に残してから、天国に行ったんだと思う。
Babyちゃんのおかげで、下の娘はすっごい元気です。
Babyちゃん、ありがとね。
Babyちゃん、大好きだよ。愛してる。
- Mint Tea -
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