2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全2件 (2件中 1-2件目)
1
六年前脳内出血で半身不随になりながらも命を取り留めたのですが次第に衰弱してきていました。この春からはほとんど眠っている状況が続きはじめ、月に一度のお見舞いの間隔があきまずいなと思っていたら、駆けつける間もなく亡くなりました。その亡骸を前にしたときまるでドラマで見るように、思わず母に語りかける自分がいました。全然返事はしてくれない母を見ていると、母の魂はどこに行ったのだろう、とそんなありふれた疑問も全く自然に湧いてきました。亡くなったその夜亡骸を葬儀屋に安置したまま家に帰ろうとすると、葬儀屋さんが怪訝そうな顔をしました。考えてみると姉も家に帰るといっているし、夜の間母に付き添う人がいないのです。今夜は母の横で寝ようと決め、泊まります、と葬儀屋さんに伝えたとき、葬儀屋さんが微笑んだ気がしました。母に付き添った一夜はまだ現実感が伴わず、何度も額を触ったり話しかけたりした不思議な一夜でした。次の日は葬儀に向け遺影用の写真を探したり連絡先を探したり、忙しい一日であると同時に何が起こったのか混乱する頭を整理しようとする一日でした。葬儀の日、ドライアイスで冷やされている母はとても冷たく、ますます今までと違う存在になってきた気がしました。名残惜しくも淡々と葬儀会社のペースで進む式。疑問をはさんだり待ってくれと言ってはいけないような、そんなペースで式は進む。そして母を焼く。こんな日が来るとは思わなかった。声をかければ母は起き上がるのではないか、そんな気持ちが繰り返し起こってくる。思えば母がなくなる一週間ほど前、見舞いの間隔があき、まずいなと思った気持ちが影響したのだろう。真っ黒な色の母の顔が夢に出てきた。あの時会社を休んでも見舞いに行っておけば・・・。こんな日が来るなんて。自分の意思で母の死を現実と受け入れ、自分の意思で母を焼く日が来るなんて。母の骨を抱いて帰路につく自分は妻とも子供とも違う自分であった。家に帰り今後の儀式を考えていると、いろいろな儀式は自分の気持ちを吹っ切るために不可欠のプロセスではないかと初めて感じた。新しい生が生まれることも体験したし死が訪れることも体験した。後は自分の死に向かってどう準備していくかだろう、となんとなく納得できた気がする。
2008年06月20日
コメント(0)
長続きしない性格ではあるが、見事に空白の時間を作ってしまった。この間、80をきるチャンスが一回あった。おかしいことに、淡々とプレーして好スコアを維持し、同伴者も尊敬のまなざしで見始めていたところ、最終ホールでツーオンし、「子供に威張れるから絶対パーであがるぞ」と緊張したとたん、スリーパットをしてしまった。上手な人から見ればなんでもない目標で、自分をがちがちに縛り、自分がコントロールできなくなるなんて、やっぱり自分は普通の人間だな、と思った。目標を放棄したわけではないけど、それ以来、年齢から(?)くる体の変調もあり、低調なゴルフが続いている。6月は自分で仕掛けたラウンドが一回。どういう気持ちで望めるか・・・。いつもと同じかな。
2008年06月07日
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1


![]()