「Life」を求めて

「Life」を求めて

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2005.08.19
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カテゴリ: 弓道について
最近喘息がひどい。発作で夜寝付けないことが多い。

喘息の発作ってのはいわゆる「呼吸困難」の状態で、いつも当たり前のようにしている呼吸が困難になる。発作が起きると自分がひどく歪んでしまっているような気がしてくる。特に夢うつつで発作に襲われる時にそれを感じる。何か自己否定しているというか、されているというか。とにかく何か非本来的な感覚がある。
喘息の発作が起きる時ってのは大抵自己管理をサボっている時。薬を飲み忘れて寝てしまったり、食べ過ぎていたり、ストレスを溜めていたり、etc.
すぐに自己否定の呼吸=喘息の発作が生じる。
最近そんなメカニズムな気がしてならない。非科学的かもわからんけどね。。。

で、そんな自己否定的な呼吸をしながら最近よく考えることは、「呼吸」ってのは最も端的に自己を表しているものなんじゃないかということ。それは自分で意識しているところもそうでないところも含めて、自己を表しているのではないかと。

自分の精神の状態も身体の状態も呼吸にあらわれるということは誰でもわかっていることだ。怒ったり泣いたり緊張したり興奮すれば自然呼吸は荒くなる。

最近気付いたのは、ぼーっとしてたり、意識が散漫なときってのは大抵浅い呼吸をしているってこと。ヒーリングミュージックを聞いたり、映画を観たり、集中して本を読み進めたりしているときは自然と深い呼吸をしているということ。




ところで、精神・肉体を含めた自分の総体を端的に表現するものとして、呼吸というものをとらえるようになったのは、弓道を通じてである。
弓を引く時に最も注意されるのは呼吸で、的前に立つ前後も含めたあらゆる動作に呼吸を合わさなければならない。
弓を引く動作に対して呼吸を合わせるイメージというのは(自分は)弓を引くという現実全体を意識的に呼吸の中に収めていく、という感じである。

呼吸にうまく収まらない射、即ちうまくいかない射ってものがある。いつも呼吸からはみ出るのは「あてっ気」だったり「過度の緊張感」だったり「体調不良」だったり「道具の不具合」だったり。。。
とにかく呼吸を乱し、呼吸を脅かすものと常に闘いながら、呼吸が現実全体とうまく調和し一体化し、一元的・絶対的な本来性を得んとするところに弓道があるのだと思う。
人生もまた然り
「射即人生」。また「呼吸即人生」。
呼吸は人間のもう一つの意識なんだと思う。





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Last updated  2005.11.29 21:00:01
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