「Life」を求めて

「Life」を求めて

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2005.11.28
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カテゴリ: 仕事について
これ、前の職場で、職人さんが現場仕事行く前に口癖のように必ず言っていた言葉。


今日は弓道部のOBでもある総務部長を誘って一緒に昼ご飯に行った。
昼休み直前に入試課を抜け出し、総務課へ。
アポなしで部長を誘ったけど快くOKでした。
トンカツ定食をご馳走になりながら自分の今後の進路の事を相談しました。

経済状況・将来の夢・大学での仕事の内容、これらの事を考慮に入れて現在の状況を考えると、大学職員になるのが(ベストではないけど)ベターなのかもしれないと言うことを部長に述べました。


部長「できれば来年四月から中途採用の職員として採用したいけど俺一人の力じゃ難しいな。大学の事情で今中途は採れない状況なんだよ。ただ、もうちょっと色んな人間の力を借りられれば、もしかしたら特別な事例として認められるということもあるかもしれない」

いま大学の上の一部の方々(理事会?)は少子化対策の一環として、職員の人員削減に躍起になってる状況らしいです。ただ、その人員削減政策の急先鋒の人物が今年度で大学を去ることになるらしいので、もしかしたら中途採用も採るようになるのかもしれないとのことらしいです。

ところで今日、部長の次の言葉が自分の中で非常にピンときました。


部長「じゃあ、とりあえず戦略的に考えてみようか」

思えば弓道部の主将に就任したての頃は、組織改革のためにしょっちゅう部長のとこに相談に行ってました。そして、この人から組織論を教育され弓道部の組織造りを行い、部を勝利に導くことができました。そこでいつも言っていたのが上の言葉「戦略的に考える」ということ。それは組織造りでも、仕事でも、練習でも、試合でも何でも戦略的な思考でもって現場にアプローチしていくということ。この部長さんは何事もそのような思考で対処する人なんですね。それはとても楽しそうに。
「戦略」として物事を扱い処理していくという態度は、仕事をそのまま仕事として場当たり的に処理するのではなく、一度自分自身から仕事を切り離し「戦略」という思考の土壌(カテゴリー)に持ってきてそこで対策を練り上げ、また現場に戻すということである。感情的な思考から解放され公私混同しなくなるのがいい。また、何事もゲーム感覚で「戦略的思考」に当てはめていくという生活ができればもっと日常が楽しくなるのかもしれないなとも思った。


で、部長の話の続き
→何を戦略的に考えるのか?
・今、英治Aの味方となる人物は
1 総務課部長(弓道部OB)
2 経理課部長(弓道部OB)
3 キャリアサポートセンター長(哲学科OB)
4 入試課部長・課長・他職員数名
5 学生生活課 職員数名



→じゃあその為にどうするのか
・現場の上司に対して職員になりたいオーラを出してみよう。そのような話題が出るたびに絡む。
・何もアピールしなきゃこのままアルバイトからは抜け出せないだろう、だからとりあえず「来年四月以降にアルバイト以上の雇用条件にならなかったらバイトは辞めます」ということを言っておく。引き止めてくれるような動きが起きたらこっちのもの。
・仕事がデキるように見せつける

う~む、まさに口はっちょう手はっちょう!



もう一つ気になった言葉。
「演技することも仕事の一つだよ」

これはナルホドと思いましたねえ。デキるように演技でやろうとすること自体が、本当にデキるようになる為の一つの方法であるようにも思えます。
演技のためには事前の入念な準備が必要。

それが「段取り八割、現場二割」ということかな。

たとえば仕事が終わって、書斎やカフェで手帳を開くということも明日以降の仕事(現場)に対する段取り。そこでどう戦略を練っておくかで、生活の現場での効率と精神的なゆとりのレベルは格段に上がります。
ゆとりがあってかつ生産性の高い人生というのは、段取り如何によって大きく変わってきますね。




ここまで来たので最後にちょっと話を哲学に。。

人生を豊かにする為には、一度その人生の現場から離れなければいけない。そして「現場から離れる」ということが、どうやらいわゆる「哲学する」ということらしい。

自己がどのようなものなのか。それをよく知り、かつより能くするためには、一度自己を棄てなければならない。簡単に言えば自己の感情や恣意を徹底的に棄て去り、自己を客観的に見直すということ。

人間一生の仕事は何か?
それはおそらく「知る」ということだろう。

知るといっても、本を読んだり、学校の授業に出席したり、勉強をするということのみを言うのではない。情報をただ蓄積するということではない。それはあくまでも「段取り」の領域。

知るとは、もっと広い意味で「行為的に知る」ということであるはずだ。

それは、外から世界を眺めて知るということだけでなく、世界に自らを投げ込み、現場と自己とが一つになること、段取りと現場が初めて接する所。それらが一つになった時、本当の意味でその現場も、またそこで働く自己の意志や思惑も同時により深く理解することができるのだろう。
「デキる」演技が質的に変化して本当に「デキる」奴になるというのはそのような時だろう。

ところで「段取り八割、現場二割」という言葉は、
「段取り八割」 だけじゃダメ
「現場二割」 だけでもダメ

一息に「段取り八割、現場二割」と読むのが意味も含めて正しい読み方です。




あ、でもそれなら「段取り五割、現場五割」でもよくなっちゃうのか(汗
まあ、「現場」をより演出する為には特に「段取り」を強調する必要があるんですよね。ただでさえ「現場」の方が目立ってしまうからね。






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Last updated  2005.11.29 00:01:33
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