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“Long Ago” by Twiggy 1996 (Original: 1963) あのツイッギー (Twiggy Lawson) さんが9月19日、ついに喜寿を迎えました。1949年生まれですから僕と一緒です。 しかしツイッギーという表記、本当にこれなんでしょうかと思い、いろいろ調べてみたけれど、どうやらこれが一般的なようです。ツイギーとか、ツィギー、あるいは発音にかなり忠実であろうとするトゥイギーなど、さまざまある中でどうしてツイッギーに落ち着いたかは謎ですが。 カタカナ表記には限界があるのを承知で言うと、ツウィギーが一番近いのではなかろうか。などと、言い出したらキリがないか。 ところで、ツイッギーさんは、ミニスカートで羽田空港に降り立った時の姿ばかりが僕らの記憶の中に強烈に残っていて、その後の女優や歌手としての活躍はあまり聞こえてこなかった気がする。 でも、「イギリスの女優、モデルおよび歌手」とWikipediaでも紹介しているとおり、実は「女優」なのかしらね。 それで、「歌手」としてはどうか。 特に上手であるとか、個性的な声であるとか、そういう類いの「歌手」には入れにくいけれど、聴いているうちに癖になるタイプとでもいえば良いのでしょうか。 以前から僕の番組では、機会があるごとに、あまり多くないライブラリーから昔のものを取り上げて聴いてもらっていたのですが、数年前に手に入れた “London Pride” というミュージカル・ナンバーばかりを歌った彼女のアルバムが結構良くて、近頃はこの中からピックアップしています。 それで、先日の誕生日特集には、このアルバムから2曲、“The Lambeth Walk [from Me and My Girl]” と “Long Ago [from Half a Sixpence]” をお届けしました。 後者の “Long Ago [from Half a Sixpence]” は [ ] にも記されているとおり、「心を繋ぐ6ペンス」の中で歌われた曲ですが、どうやら映画では省かれたらしく、どう探しても出て来ないんですが、舞台の方ではちゃんと歌われたようです。いい歌なので、いろんな人がカヴァーしていますね。 それでは、Twiggy さんのカヴァーで↓。 “Long Ago” by Twiggy 1996 こちらはオリジナル・ロンドン・キャスト版↓。 “Long Ago” by Marti Webb & Tommy Steele 1963 ********** 兄が好きだった映画「心を繋ぐ6ペンス」は、随分大人になってからレンタルビデオで見たので、その面白さを兄弟で同時に共有することはできなかったけれど、十分に堪能できた。いかにも兄の好みそうなストーリーだと、その面白さを語る大学生の兄を思い出していた。 1967年制作、翌年日本公開なので、きっと兄は封切りを待ち侘びて映画館に行ったのだと思う。ちょうど僕が上京して予備校に通っていた年。兄は5つ上だけど一浪して一留中つまり大学5年生だった。ミュージカル研究会にいてオリジナルミュージカルを結構真剣に作っていたようだ。 そのミュージカルで演奏していたバンドが普段のバンド活動では、結構選曲のいいバンドで、かっこよくて、学園祭とかで演奏があるとよく聴きに行った。 そうか、そうだよな。あれって68年だったんだ。懐かしいなあ。 ********** 9月19日放送の「穴沢ジョージの “Good Old Music”」のオンエア曲です。1. Twistin’ the Night Away (Sam Cooke) 2. Sentimental Journey (Julie London) 3. Dear Heart (Bobby Darin) 4. (The Theme from) A Summer Place (The Tornados) 5. If You Go Away (Dusty Springfield) 6. All of Me 7. When I Grow Too Old to Dream (以上, Q Ishikawa Quartet) 8. The Lambeth Walk 9. Long Ago (以上, Twiggy) リクエスト曲は、5.酋長Kobaさん。ありがとうございました。 上記以外は穴沢選曲です。1.~3.はこの日がドラマー、アール・パーマーの命日(2008.9.19没,享年83)で。彼の参加した数ある演奏の中から3曲。4.は「今月の歌」トルネイドーズの演奏で。6.&7.は23日と25日に那覇でライブをするドラマー、チッコ相馬さんの参加したアルバムから2曲。また、9月は Q いしかわさんの命日月でもある。8.&9.はこの日がツイッギーの誕生日(1949.9.19生,77歳)で。 以上。次回もよろしく。
2026.09.25
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“Baby, It’s Cold Outside (外は寒いよ)” by Sammy Davis JR. & Carmen McRae 1957 肩のコブですが、昨日MRIの結果説明を聞いてきました。正体は「脂肪腫」だろうということで、来月の下旬に手術が決まりました。 コブが骨などには影響を与えていないだろうということがMRIからわかったようですが、何しろ大きいので、取り除くのに時間もかかりそうで、全身麻酔の必要もあり、結構大がかりなものになるとのこと。したがって、入院は必須で、短くて3日、長ければ1週間くらいは覚悟が必要とのことでした。 今年の初めにシャント修復手術をしてから、ほぼ1年。今度はコブ除去の手術で、毎年のようにメスが入りますが、これらのおかげで元の体型に近くなるのだったら文句はありませんし、むしろ近代医学に感謝です。 ただ、これらとは違う点で、老化は進んでいると感じる今日この頃。 ちょっとラジオ体操しても、昔のように目一杯体を反らせたりできず、ちょっと首を回したりするだけで、あちらこちらが痛い。しかもその痛みは持続しているから湿布薬が必要になり、湿布薬が効かなくなると痛みが戻り、また湿布薬を貼る。こうして体のあちこちに湿布薬が貼ってあって、まるでパッチワークやキルトのようになってしまうこともある。さすがにそれはないか。↑さすがに誇張しすぎでしょうか。 17日にコスモスに行ってきました。 ファミリーバンドが出たり、いつものメンバーとセッションがあったり、バラエティーに富んだクリスマスパーティー風のライブで、久しぶりにドラムを叩きました。 翌日から首や腰を中心に体の節々が時折痛む。あ、これはドラムを叩いたせいかと、思った時にはもう遅い。 そんなこんなで迎えるクリスマス。そして新年。無事に乗り切った暁には、運動不足解消の何かを導入することをしましょうね。 では、メリークリスマス。 ********** クリスマスの時期になるとよく聴かれる『外は寒いよ(Baby, It’s Cold Outside)』という歌は、若い頃サミー・デイビス・ジュニアと女の人のデュエットでよくラジオから流れていたので覚えた歌ですが、相手の女の人がカーメン・マックレーと知ったのは大人になってから。 このふたりの組み合わせがやはりこの歌には一番ふさわしいかしらね。・・・と言いながら、アン・マーグレットとアル・ハートも捨てがたい。他にもいろいろいるしなぁ。皆さんは誰のやつが好きでしょうかね。 “Baby, It’s Cold Outside (外は寒いよ)” by Sammy Davis JR. & Carmen McRae 1957 ********** 12月17日放送の「穴沢ジョージの “Good Old Music”」のオンエア曲です。1. White Christmas (ビーチ・ボーイズ) 2. 悲しき北風 (カスケーズ) 3. 外は寒いよ (Sammy Davis JR. & Carmen McRae) 4. 心を繋ぐ6ペンス (サウンドトラック) 5. Try to Remember (Josh Groban) 6. 若葉の頃 (ビー・ジーズ) 7. Trains and Boats and Planes (Billy J. Kramer with Dakotas) 8. Trains and Boats and Planes (Dianne Warwick) 9. 悲しみのジェットプレーン (Peter, Paul and Mary) リクエスト曲は、5.酋長Kobaさん。6.みんみんさん。以上、ありがとうございました。 上記以外は穴沢選曲です。1.はビーチ・ボーイズのホワイトクリスマス。2.は寒くなると必ず聴きたくなる曲。3.は「今月の歌 Baby, It’s Cold Outside」僕の若い頃にラジオからよく聞こえてきたのはこの人たちの歌でした。4.はこの日がトミー・スティールの誕生日(1936.12.17生,86歳)で。7.~9.はこの日が「ライト兄弟の日」で飛行機関連の歌を。9.&10.は聴き比べ。 以上、次回もよろしく。
2022.12.21
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"Cuando Calienta el Sol" Original by Los Hermanos Rigual in 1957『太陽は燃えている』高橋元太郎『燃える太陽』園まり1963(本当は「懐かしのイタリアン&フレンチポップス?」のテーマはふさわしくありませんが、そのわけは、読んでいただければ判明いたします) 『太陽は燃えている』といえば、誰の歌を連想するでしょうか。 思わず、高橋元太郎!...と答えてしまった人、年がバレますよ。僕も当然高橋元太郎ですけど。......待てよ。そもそも高橋元太郎を歌手として認識している人はどれくらいいるのでしょう。 まあいずれにしても、我が国では1963年、すでに日本語版が一度流行ったのです。歌っていたのは、スリー・ファンキーズを抜けてソロになったばかりの高橋元太郎。そして、スパーク3人娘の一人、園まり。ただし、園まりの方は『太陽は燃えている』ではなくて、『燃える太陽』というタイトルでした。もちろん全く同じ歌で、歌詞も同じだったと記憶しています。「♪ 愛の渚に 燃える太陽~......」ってね。 しかし、『太陽は燃えている』ときけば、おそらく多くのみなさんが70年代初めに流行ったエンゲルベルト・フンパーディンクの英語版 "Love Me with All of Your Heart" を思い浮かべるでしょう。 僕は、高橋元太郎・園まりの歌を知っていたので、この邦題には全く違和感を感じませんでしたが、英語版で初めてこの歌を知った人は、内容と邦題があまりにかけ離れていて、変だと思ったことでしょう。 実は今回この曲を採り上げたのには、だいぶ遅れてしまいましたが、できるだけ早くお詫びと訂正がしたいという個人的な事情があるです。 もうだいぶ前のことになりますが、楽天の大先輩の秀0430さんが、「エンゲルベルト・フンパーディンクの『太陽は燃えている』という歌のタイトルは、あまりにも内容に合っていないのではないか」という意味のことを日記に書いていたのです。で、その日記の感想に僕が「この曲は元々イタリアの曲だ」ということを書いたのですが、これが大いなる誤解だったんです。 そのとき僕が書いた感想の一部を転載いたします。 「『太陽は燃えている』は実は原曲はイタリアです。つまりカンツォーネね。で、歌っていたのが誰だったか、ちょっと思い出せなくてすみません。原題も『何とか del Sol(?) 』で(これもあとで調べようかと思っていますが)、イタリア語で太陽は sol だから、日本語訳は実は正しいんです...」 ...と、これを書いてから、色々調べてみたんですが、オリジナルのタイトルも歌い手もわからず、困ってしまいました。 で、その後、原曲はスペイン語で歌われていたことに気づいたのでした。 気づいた理由は、園まりの『燃える太陽』を久しぶりに聴いたからです。高橋元太郎の『太陽は燃えている』には、なかなか遭遇しませんが、たまたま CS のラジオでかかった園まりの『燃える太陽』聴いていて、ふと思ったんです。もしかしたらイタリア語の歌じゃないかもしれない。......でなけりゃ何語だ。......そうか、スペイン語かもしれないぞ!...ってね。 当時流行ったスペイン語版も当然何度か耳にしているとは思うのですが、中学生だった僕に、スペイン語とイタリア語の区別が付くわけもありませんでした。 それでこのたび、きちんと調べてみようと思い、インターネットを最大限に利用して、この歌のルーツと歴史を探る旅をして参りました。 今日は、その旅のレポートを交えて、この曲のことを書こうと思います。 **********************1. 「言い訳」 そもそもなぜ、この曲をイタリアの歌だと思いこんでいたかというところから、始めなければいけませんね。 ちょうどこの時代(1960年代初頭)は、イタリアンポップスの全盛時代で、ちょっと記憶しているだけでも、ドメニコ・モデューノ、ジャンニ・モランディ、アドリアーノ・チェレンターノ、トニー・ダララ、カトリーヌ・スパーク、ミーナなどが次々にヒットを飛ばした時期でした。ボビー・ソロやジリオラ・チンクエッティのような大型新人も、この少し後に登場しましたね。 そんな折、日本でこの歌が流行ったわけですが、曲調がそれまで結構親しんだイタリアンポップス風だったのと、高橋元太郎、園まりの二人の歌いっぷりが、いかにもカンツォーネ風の朗々としたものだったのです。 日本語版の途中と最後に出てくる原語の部分は、僕が中学生当時耳にした音のまま、何年もずっと頭に残っていたものを表記すると、「♪ クワンドカリエンタルサーン」という実にいい加減なものでした。 特に最後の「サーン」は、もちろん自信を持って "sun" のつもりでいたのですから、無知というのは恐ろしいものです。(......何で英語が混ざってるんだよう!) 以前もどこかで書きましたが、後にほんのちょこっとイタリア語を勉強したことがあります。"sun" は "sol" の間違いだったのかと気づいたところまではよかったんですが、「クワンド」は "quando" だなと勝手に思い込んだのでした。「ほーらね、イタリア語の歌だからね」なんて、ますます思い込みは深まってゆくのでした。 それから、兄が持っている2枚組のコニー・フランシスの CD を10年ほど前に借りてダビングしたものが手元にあります。この中にはイタリア語版の『太陽は燃えている』が入っているのです。 コニーはスペイン語でもこの曲を歌っていますが、このイタリア語版は、彼女らしく朗々と歌い上げ、とても印象が強かったです。 資料が無くて何とも言えませんが、録音もたぶん1963~64年頃のものではないでしょうか。これを当時聴いた可能性はとても大きいです。 かくして僕の中では、この歌がイタリア語の歌として確固として定着したのでした。2. 「原題は "Cuando Calienta el Sol" だった」 が、しかし、園まりを久しぶりに聴いて、これはスペイン語だと見当をつけたところから、ルーツを探るにも、まずタイトルの正しい音とスペルを発見しなくてはと、思ったのです。 しかし Google(正確にはスペインYahooですが) はすごい。"quando" と "sol" と "Lyrics" をキーワードに検索を試みると、ズラッと結果が出る。ところが、肝心の『太陽は燃えている』らしきものに当たらないのです。どうもおかしいと思って、スペイン語の「クワンド」のスペルを奥さんに訊いたら、"cuando" だというではありませんか。 あらためて Google ......。ありましたありました。ついに発見です。タイトルは、"Cuando Calienta el Sol" 「♪ クワンドカリエンタエルソール」でしたね。でも「♪ クワンドカリエンタルサーン」もまんざら大ハズレではなかったでしょ。 そして、今回の最大の収穫は、『太陽は燃えている』=『燃える太陽』の原曲 "Cuando Calienta el Sol (クワンド・カリエンタ・エル・ソル)" のオリジナルについて知ることが出来たことでした。 一般にはメキシコの楽曲として1962~63年にヨーロッパ/アメリカ/日本に旅立って行ったこの曲は、実は1957 年にキューバの Los Hermanos Rigual(ロス・エルマノス・リグアル) によって作られ歌われた曲だったんです。 正直言って、これほど奥の深いものだとは想像していなかったので、このページ→"Cuando callienta el sol"にたどり着いたときには、ホントにビックリしました。 ここの 'Play the music" をクリックして、ぜひオリジナルを聴いてみてください。また、ここにはスペイン語のオリジナルの歌詞もあり、さらにはご丁寧に英語の対訳が載っているので、とても参考になります。 僕の持っているポップスの楽譜集「永遠のポップス.1」によると、作詞・作曲が "M. Vaughn & C. Rigual" で、"1961 by EDITORIAL MEXICANA de MUSICA INTERNACIONAL S.A." となっています。M. Vaughn は英語の詞を書いた人だと思います。 C. Rigual の方は、これを歌っている Los Hermanos Rigual ("Rigual兄弟"の意) のメンバーの一人で、作曲者でしょう。3.「イタリア語・日本語・英語・スペイン語」 この歌が最初メキシコから海を渡り、スペイン語の歌として 1962~63年にかけてヨーロッパで流行ったときには、各国いろんなバンドや歌手が歌いましたが、オリジナルの Los Hermanos Rigual と同じラテン・コーラスグループ・スタイルが主流のようで、Los Marcellos Ferial などが歌っていました。が、また、ラファエル (Rafael Martos Sanchez) のようなソロ・シンガーが歌った記録も残っています。 ヨーロッパで流行ったこの歌は、そのまま日本に来て、日本では当時普通に行われていたように、日本語の訳詞をつけて高橋元太郎と園まりの持ち歌になったのです。 コニー・フランシスがイタリア語で歌っていることは上にも書いたのですが、彼女はスペイン語でも歌っていて、その後半は英語になっています。歌詞は、例のエンゲルベルト・フンパーディンクでおなじみの "♪ Love me with all your heart that's all I wanted..." です。 初めて英訳版を歌ったのは、1964年のレイ・チャールズ・シンガーズでしょうか。日本語版がヒットしたのは 1963年ですから、英訳版の方が後からということになります。 そして、1971年エンゲルベルト・フンパーディンクがイギリスでこれを歌い、再び世界的にヒットしたというわけです。 日本語版の方は、オリジナルを下敷きにした訳を心がけていますが、英語版はすっかり内容を変えた訳になっています。でも、1963年~64年当時、日本語版も英語版も相当流行った歌ですから、エンゲルベルト・フンパーディンク版を出すに当たって、あえて邦題は変えずにそのままにしておいたのでしょう。 『太陽は燃えている』は、その後もいろいろな人が採り上げて、すっかりラテン・スタンダード・ナンバーとなりました。最近ではあの Luis Miguel (ルイス・ミゲル) が歌っています。 でも、これはユーロビートみたいなへんてこなリズムに乗って歌っていて、あまり好きになれませんでした。 でも、長い間いろんな国のいろんな人に歌い継がれ、この歌も幸せ者だなあと、夏の終わりに思うのでした。 最後にこの曲を、各国語でワンコーラスだけ記しておきますので、みなさん、得意な言語で朗々と歌ってみてくださいね。 イタリア語→日本語→英語→スペイン語の順です。日本語版は園まりのバージョン『燃える太陽』より、です。♪ Cuando calienta el sol qui sulla spiaggia Vedo i tuoi occi brillar accanto a me Si' sei proprio tu la tua voce e tuo sguardo la tua bocca che mi bacia oh oh oh Cuando calienta el sol♪ 愛の渚に燃える太陽 楽しかった思い出 さよなら潮風 そっと 涙を拭いてね オッホホ~♪ Love me with all your heart that's all I want love Love me with all your heart or not at all Just promise me this that you'll give me all your kisses Every summer every winter every fall Cuando calienta el sol♪ Cuando calienta el sol aqu en la playa, siento tu cuerpo vibrar cerca de mi; es tu palpitar, es tu cara, es tu pelo son tus besos, me estremezco, oh oh oh! Cuando calienta el sol **********************☆追記:本日早朝、我が家の飼い猫モモが永眠いたしました。長年家族の一員として暮らしてきましたので寂しくなります。
2004.09.05
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“Little Devil”by Neil Sedaka 1961日本語版:『小さな悪魔』飯田久彦/『小さい悪魔』斉藤チヤ子 初めて田原町で買った Levis の中古のブルージーンは、右足の膝裏の少し上に、小さな丸い継ぎが当ててあった。 その継ぎがあまりにもまん丸だったので、僕は勝手にそのジーンズが米軍の払い下げで(これは事実)、実は丸い継ぎは銃弾が撃ち込まれた跡だという話をでっち上げて、友人たちに話した。信じた者がいたかどうかは覚えていない。 同じ頃に買った Lee のブルージーンは、生地が薄く、Levis との作りの違いが歴然で、どちらかというとちょっと柔な感じだった。Lee だったら、ホワイトジーンの方がいいなあと思った。しかし、この生地は慣れると柔らかくて独特の感触があり、履き心地が良かった。 新品で買ったので、アパートの狭い流しに置いて洗剤を振りかけ、水を含ませ、軽石でこすって洗った。洗濯機さえあればこんな面倒なことをしなくても良かったわけだが、当時の学生は持っていない方がふつうで、コインランドリーもなかったのだから、仕方ない。 さて、『ブルージーンと皮ジャンパー』『ブルージーン・ビーナス』と続いて、まだ今日もブルージーンの話をしているのに、なぜタイトルが『小さな悪魔/小さい悪魔』なんだろうと思ったスルドい人もいるかもしれない。 理由は簡単だ。『小さい悪魔』の歌詞に「ブルージーン」が出てくるのだ。「...え?...オリジナルのニール・セダカのバージョンにも、飯田久彦の日本語バージョンにも「ブルージーン」は登場しないよ...」...と思ったあなた。あなたは正しい。......出てくるのは斉藤チヤ子の日本語バージョン『小さい悪魔』の3番なのだ。 「♪ 時にはブルージーン姿もするけれどぉ~ やっぱりわたしはやさしいおんなのこぉ~」 この2行で、当時のブルージーンの地位というか、位置づけがわかる。「小さい悪魔」と呼ばれているような子でも、ブルージーンは「時には」はくこともあった程度なのだ。で、ブルージーンをはくと、悪魔呼ばわりされても仕方なかったかのようにも聞こえるのだ。 訳詞は、みなみカズみ。後の安井かずみ。当時、漣健児ほどではなかったけれど、訳詞の世界では有名な人だった。今から思うと、ちょっと荒い部分もあるが、彼女ならではの上手さを発揮したものが多い。『レモンのキッス』『ヘイ・ポーラ』『悲しきハート』......。 安井かずみになってからの活躍は、いまさらここで書くまでもないが、そういえば、近頃話題のアダモが歌った『雪が降る』はこの人だった。 さて、ここまで読めばおわかりのように、『小さな悪魔』は飯田久彦、『小さい悪魔』は斉藤チヤ子の歌った "Little Devil" の邦題なのだ。「な」と「い」の違いだけで、文字通り「小さい」ことだけど......。 以前採り上げた『ポケット・トランジスタ』同様、この歌の日本語版は、男性版と女性版では歌詞が異なった。で、ついでにタイトルもちょっとだけ違ったというわけ。 斉藤チヤ子は、なぜかこの曲での記憶ばかりが蘇る。しかも、ブルージーン(テレビが白黒で実際の色はわからなかったはずだが)をはいて歌う姿が、今でも目に浮かぶのだ。 ところで、田原町といえば、小学生の時にたった一度だけ家族で東京旅行をして、浅草のおばさんのところに泊めてもらったとき、近くに仁丹の広告塔があった。その後、あの広告塔を探したのだが、残念なことにもうなくなっていた。 ******************** オリジナルの "Little Devil" 、またまたニール・セダカ / ハワード・グリーンフィールドのコンビが作った名曲だが、書き出すと長くなるので、これについては次回に回そう。
2004.03.26
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“As Tears Go By” by Marianne Faithfull 1964 ローリング・ストーンズの数ある名曲の中でも、特に際だった世紀の大傑作。1964年、マリアンヌ・フェイスフルによる大ヒット曲だ。その後、ストーンズもレコーディングをして、自分たちのバージョンがあるわけだから、カヴァーしたのはストーンズっていうこと? 話を整理してみよう。まず、マリアンヌ・フェイスフルのために、ローリング・ストーンズがこの曲を作った。それがヒットして、2年後(ぐらいだった)今度はローリング・ストーンズが自分たち用にアレンジして、リリース。こちらもヒットした。 やっぱり、オリジナルはマリアンヌ・フェイスフルっていうことだよね。 う~ん、よくわからなくなってしまった。でも、こういうのって時々あるよね。代表的なやつは、リトル・エバの『ロコモーション』。その後、作曲者のキャロル・キングが、持ち歌にしている。シンガー・ソングライターが人のために作った場合に、よくある話なのかしら。ねえ、エートルズさん。 さて、“As Tears Go By”は何が素晴らしいかっていえば、もう、全部ですね。 とにかく、イントロからじーんと来ちゃいます。あのイングリッシュ・ホルン(だと思う)の響きは完全に脳裏に焼き付いてしまって、イントロが聞こえたとたんに、もう40年近く経とうかというのに、マリアンヌ・フェイスフルの声と姿が、当時のまま浮かんできますね。 文字通り美しいその声が、わずかに哀調を帯びたメロディーに乗って、あの歌詞を口ずさむ。 「夕方 私は座って見ているの 子供達が遊ぶのをね 笑顔が見えるけど 私のためじゃない 私は座って見ているの 涙は流れるまま...」(訳:穴沢) 情景はいやでも目に浮かんでくる。いい詞じゃないの。 「いくらお金があったって 何でも買える訳じゃない 子供達が歌うのを聴きたいの でも聞こえるのは地面を打つ雨の音ばかり 私は座って見ているの 涙は流れるまま...」(訳:穴沢) 実は、タイトルにもなっているこの最後の、"As tears go by (涙は流れるまま)" が、何と初めは "As time goes by (時の流れるまま)" だったのだ。この「衝撃の」事実、もしかすると既に「常識の」事実かもしれないけど・・・。 数年前手に入れたストーンズの CD (ちょっとうさんくさいブートレッグ) で、まだ習作の段階の "As Time Goes By" を聴いたときの驚きは、筆舌に尽くしがたいものであった。いったい誰がどの段階で、"Time" を "Tears" に変えたんだろう。もう、誰が何といっても、絶対にこれは "Tears" しかないと思うのだ。 もし、万が一、すでにあるスタンダード・ナンバーの "As Time Goes By" というタイトルとダブるのを避けた苦肉の策だったとしても、とにかくこの“As Tears Go By”というフレーズ、センスの良さといい、響きの心地よさといい、もうこれ以上の表現はない。 マリアンヌ・フェイスフルがその後、どのような数奇な運命をたどり現在に至っているかというような、スキャンダラスなこととかは、間違いなくいろんな人が関心を持って調べているだろうし、その気になればすぐわかるだろう。けれど、僕にはそれはどうでもいいことだ。彼女は、今は今で、とても素晴らしい歌い手であるのは紛れもない事実だから。そしてなによりも、38年前に彼女が歌った“As Tears Go By”を、いまも当時のまま聴けるのだから。 少しテンポを落としたストーンズのバージョンも、アコギの前奏からはいって、押さえ気味のミックの歌に弦楽四重奏が途中から絡んで、もう涙もの。いつでも泣けます~。
2002.11.18
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“Hats Off To Larry” by Del Shannon 1961「何だ!この邦題は」第2弾!早くも登場。『悲しき街角』がヒットしたからって、今度は『花咲く街角』だって~?・・・そうなんです。「悲しき」でくると思ったら「街角」シリーズで来た。この時は本当に続けざまのヒットだった。で、ヒットしてしまったから、仕方ないんだけど、デル・シャノン=「街角男」になってしまった。『街角のプレイガール』なんて言う曲もできた。もっとも、本国ではこんなこと、どう説明してもわかってもらえないだろうなあ、当然だけど。(笑)昨日の『悲しき街角』と今日の『花咲く街角』は、デル・シャノンの日本における2大ヒットだ。内容的には、『悲しき街角』は失恋ソング。『花咲く街角』は、自分のもとを去った彼女が、相手の男(Larry)にふられたのを知って、「泣け泣け(Cry, cry, cry)」と喜んでいるというもの。あ、このパターンの女性版があることに、今気がついた。この女性版の方の邦題も、またものすごいぞ。近日中に取り上げますので、お楽しみに。それで、この2曲に共通していえるんですが、マイナーなコード展開がいきなりメジャーになる。この技法はもちろん他でも多用されているだろうが、ちょっと間をおいて流行った『太陽をさがせ』でも使われていて、独特のデル・シャノン節になっている。申し遅れましたが、彼は自作自演です。ソングライターとしては、かなり優秀です。ただ、僕の個人的な好みから言えば、『街角のプレイガール』とか、ピーターとゴードンでお馴染みになった "I Go To Pieces" のような、メジャーの曲のほうがいい。いや、それにしても "I Go To Pieces" は名曲だ!
2002.11.02
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“Diary (恋の日記)” by Neil Sedaka 1958 昨年、年末にかけて、筒美京平、中村泰二、なかにし礼の三氏が相次いで亡くなったことについては、大晦日の日記に少し書きましたが、先日ふと目にした何かの記事で、細川たかしの『心のこり』が、作詞: なかにし礼・作曲: 中村泰士と知り、「ああ!なるほど、そうだったのか」と、思わず心の中で叫びました。 まずはじめにお断りしておきますが、僕は一部のものを除いていわゆる歌謡曲・演歌の類には全く関心が無く、1975年に『心のこり』が流行った時も、誰の何という歌かさえも気に留めること無しにただあちこちから聞こえてくるこの歌を耳にして、ギョギョギョとのけぞってしまいました。その訳については、以前の日記 (2002年10月20日の日記) にもちょっと書きましたが、簡単に説明します。 この『心のこり』のサビの8小節が、『恋の日記』の A’ と大変よく似ていて、ほぼ一緒に歌えてしまうんです。 これほどまで似ていて、何か問題は起こらなかったのかと思うほどですが、どうしてこんなにも似てしまったのか、当時はあまり考えもせず、そのまま時は経ち、2002年に上記の日記を書いたときにも、作詞作曲者のことまでは考えていませんでした。 今回、この曲の作曲者が中村泰二だと知って、一気に合点がいってしまったのです。 ニール・セダカの『恋の日記』は、1958年に全米で14位となりましたが、RCA Victor と正式契約してから最初に出した曲ということで、これが事実上のデビュー曲とみなして良いでしょう。 日本では1960年の『恋の片道切符』が大ヒットして、この頃からニール・セダカの曲が一気に聴かれるようになったように記憶しています。とにかくレコード各社が競って日本語カヴァー・ヴァージョンを出したことも、セダカ人気に拍車をかけました。 ちょうどこの頃、ロカビリー・バンドを経て、ソロデビューしたのが美川鯛二。のちの作曲家・中村泰二氏です。 ここからはあくまでも推測ですが、彼はジャズ喫茶などで、ロカビリー・ブーム以降のアメリカン・ポップスもたくさん歌ったことでしょう。そして、その中にニール・セダカの曲もあったはず。もし、自身で歌わなくても、よく耳にしていたことだけは間違いないと思います。当然『恋の日記』も聴き、記憶の底に深く刻み込まれたことでしょう。 15年後、美川鯛二は作曲家・中村泰二として、『心のこり』の中にあのニール・セダカの作った素晴らしいメロディーをちょっと盛り込んでみようと思った。いや、そんなことなど思いもしなかったかもしれない。ごく自然にメロディーが浮かんできて、それがあの頃よく聴いたものとたまたま酷似していただけだったのか。亡くなった今となっては、無論どちらかわかりません。 けど、もうどちらでも良いではないかと思うようになりました。 現に、ニール・セダカを後から知って、『心のこり』の一部に『恋の日記』のメロディーが埋め込まれていると感じた人も多いようです。こういうのがきっかけで、もっとニール・セダカやその時代の素晴らしいポップスを聴く若い世代の人たちが増えたとしたら、それはそれで大いに結構。中村泰二氏もきっと喜んでくれると思うのです。 名曲『恋の日記』については、またいずれきちんと書かせてもらうとして、心残りになるといけないので、『心のこり』についてもう少し触れておきますね。 この歌は、その歌詞の内容と歌い方やアレンジのせいで、どう聴いても演歌そのもののようですが、越路吹雪とか奥村チヨあたりがシャンソンやポップスっぽいアレンジで歌ったら、全く別物になるんではないでしょうか。 何しろ、なかにし礼氏による歌詞は「♪ わたしバカよね、おバカさんよね ~」という、まさにシャンソンの訳詞かと思えるような歌い出しで、これは同氏による九重佑三子が歌った『また一人』、すなわちギルバート・オサリバンの『アローン・アゲイン』の訳詞の冒頭「♪ 私としたことが、あなたに捨てられて ~」を思いおこさせるではありませんか。 つまり、中村泰二氏もなかにし礼氏もこの歌に関してはあまり演歌ということは意識していなかったのではないでしょうか。 思えば、現在のいわゆる J ポップに至る戦後日本の大衆音楽の歴史の中で、1950年代の後半から60年代の前半にかけての約10年、特に1960年から64年の5年間のカヴァーポップス全盛期に音楽体験をした僕らには、底の部分で共通する体験があって、その辺は同世代の者同士ならいつでも語れるところだと言えるでしょう。 中村泰二氏が、まさにこの時代のポップスを思い出しながら、楽しく書いたであろう曲があります。何と!YouTube にアップされているではありませんか。『心のこり』とおなじ1975年に作られました。 『私のシュガー・ボーイ』by 目黒ひとみ 1975 『ラブ・コール 10:30』by 目黒ひとみ 1975 ところで、1960年にソロデビューした美川鯛二の歌声ですが、当時聴いたという覚えがなく、90年代に入ってから発売になったカヴァーポップスのコンピレーションで、初めて1曲だけ聴くことができるようになりました。(これも YouTube にあった!) それがこちら↓(ブライアン・ハイランドのカヴァーです)。 『気まぐれデイト』美川鯛二 1962 “Every Other Night” by Brian Hyland 1962 ********** 2月6日の穴沢ジョージの “Good Old Music” のオンエア曲です。1. 恋のダイヤモンドリング (ゲイリー・ルイスとプレイボーイズ) 2. 恋のダウンタウン (ぺトゥラ・クラーク) 3. The Last Thing on My Mind (The Seekers) 4. 恋の日記 (ニール・セダカ) 5. 小さな願い (アレサ・フランクリン) 6. 小さな願い[オーケストラバージョン] (アレサ・フランクリン) 7. Out of Time (ローリング・ストーンズ) 8. Out of Time [オーケストラバージョン] (ローリング・ストーンズ) 9. Silence Is Golden (The Tremeloes) 10. Silence Is Golden [アカペラバージョン] (The Tremeloes) リクエスト曲は、3.ウィンカー・ダッソーネさん。4.酋長kobaさん。5.&6.座波ソーメンさん。以上、ありがとうございました。 上記以外は、穴沢選曲でした。1.&2.は、今年とカレンダーが同じ1965年の2月6日付の Cash Box Top 100 より、#2 と #4 の2曲。7.~10.は、座波ソーメンさん持ち込み企画による「原曲とそれをアレンジしたものの聴き比べ」をお届けしました。なお、8.については、7.と同年にクリス・ファーローのためにアレンジしたオーケストラ入りヴァージョンに、ミックジャガーの吹き込んだデモテープが残っていたものを、のちにレコード化したという、若干複雑な経緯のものです。 では、次回もよろしく。天ぷら屋の前にいたミケさん
2021.02.12
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“Take Me Out to the Ball Game” by The Andrews Sisters & Dan Daily 1949 (Original: 1908) 4/15はちょうどジャッキー・ロビンソン・デーで、毎年恒例、選手全員が背番号42を付けてプレイしていましたが、発想が素晴らしいですね。 米大リーグの試合で一番羨ましいのが、ホームチームがラッキーセブンに入る時、すなわち7回の表が終わると、観衆が総立ちで『私を野球に連れてって(Take Me Out to the Ball Game)』を歌うあの光景。・・・とここまで書いて、前にも同じことを書いたことがあったなぁと、思い出してみたけれど、いつのことだったか思い出せません。 ま、とにかく大リーグ中継を積極的にやっている NHKさんには、7回の表が終わったら余計なビデオとか入れないで、ぜひこの Seventh Inning Strech(セブンス・イニング・ストレッチ) の観客の楽しそうな姿を必ず映してほしいです。 ・・・と書いている端から、今日(4/19)の中継では「大谷のこれまでの全打席をご覧いただきます」とか、いつでもできそうなことをやって、セブンス・イニング・ストレッチのスタンドを映さなかったばかりか、『私を野球に連れてって(Take Me Out to the Ball Game)』の歌声すら聞こえてこないという、僕が一番嫌なパターンに持っていったではないか。 これは正式に抗議したいくらいのことなんですけど、みなさんは平気なんでしょうか。大リーグの試合で最も重要なシーンですよね。 どんなに味方のチームが負けていても、この時だけはみなさん楽しそうに歌う。 この歌の持っている全然ギスギスしていないほのぼのとしたメロディーとテンポが、結局はいつまでも歌い継がれている最大の要素なのだろう。それにもちろん歌詞。最後の方の「♪ If they don’t win it’s a shame. For it’s one, two, three strikes, you’re out. At the old ball game. (負けたら残念だよね。だって、昔ながらの野球では、ワン、ツー、スリーストライクで三振アウトだからね)」ってのが良い。 今日はこちら↓で聴いてみましょうね。 “Take Me Out to the Ball Game” by The Andrews Sisters & Dan Daily 1949 ********** 日曜日、インドザクラにオオゴマダラが来て蜜を吸っていました。しばらく吸っては優雅に花を移りまた吸って、随分長いこといました。ちょうど清明の真っ最中です。 ********** 4月15日放送の「穴沢ジョージの “Good Old Music”」のオンエア曲です。1. Stay (The Hollies) 2. Come Running (Marty Wilde) 3. I Hear You Knocking (Dave Edmunds) 4. Steal Away (Jimmy Hughes) 5. Moon River (The Four Freshmen) 6. Blue Moon (Dean Martin) 7. Take Me Out to the Ball Game (The Andrews Sisters & Dan Daily) 8. Take Me Out to the Ball Game (Carly Simon) 9. Wild Cat (Gene Vincent) 10. 恋のひとこと (Nancy Sinatra with Frank Sinatra) リクエスト曲は、4.座波ソーメンさん。5.酋長Kobaさん。以上、ありがとうございました。 上記以外は穴沢選曲です。1.は先週お届けした “Stay” のホリーズによるカヴァー。2.はこの日がマーティ・ワイルドの誕生日(1939.4.15生,84歳)で。3.はこの日がデイヴ・エドモンズの誕生日(1944.4.15生,79歳)で。6.は今月の歌『ブルー・ムーン』をディーン・マーチンの渋い声で。7.&8.はこの日がジャッキー・ロビンソンデーだったので、米大リーグの試合で必ず聴衆が歌うこの歌を。9.はこの日がイリオモテヤマネコの日だったので。10.は1967年の4月15日付 Cash Box Top Singles の #1 ナンバー。 以上です。次回もよろしく。
2023.04.19
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『燃える太陽』by 園まり 1963 (Original : “Cuando Calienta el Sol” by Los Hermanos Rigual 1957) 園まりさんが亡くなってしまいました。享年80。 ネットニュースでは、あちこちで「スパーク3人娘」の一人として紹介されていて、なんだかおかしくなってしまった。いや、亡くなった人のことを笑ったわけではないですよ。もちろん。 このブログを始めた頃に、「中尾ミエ、伊東ゆかり、園まりは1963年当時、あるテレビ番組に出ていて、三人合わせてなんて呼ばれていたか」という内容のクイズを出したけれど、ほとんどの人が正確には答えられなかったのが昨日のことのようです。 そう、ちゃんと答えてもらえなかったのは「スパーク3人娘」で、その番組は「森永スパークショー」。 今では、ネット検索すればWikipediaなどですぐに答えが出てくるので、こんなクイズもやる意味がなくなってしまったので、20年前が懐かしくすらあります。 で、こちら→(2002年10月18日の日記「60年代米国音楽」テーマ作成記念クイズ)がその日記です。コメント欄に答えが出てくるんですが、当時のHTMLと今のとが違うのか何かで、読みづらいことこの上ないですけど、お許しを。 スマイリー小原が身体をくねらせながらスカイライナーズを指揮し、3人娘を中心に当時のポップス系の歌手が次々に登場して歌う。賑やかなもんでしたよ。尾藤イサオがブルーコメッツをバックに歌っていたのとかも覚えているなあ。 番組の中で、3人娘がある清涼飲料水を手にしながら歌っていた光景も頭に浮かんでくるけれど、歌ってはいなかったかもしれない。でもその飲み物を毎週宣伝していたのは確か。 それでクイズです。さて、その清涼飲料水とは何でしょうか。フルネームでお答えください。(答えは最後まで読んでくれたら教えます) こんな風にいつでも思い出して懐かしんでいますが、園まりさんがたぶん「森永スパークショー」で歌っていた歌で一番印象に残っているのが『燃える太陽』に他なりません。 これについては当ブログでも書かせてもらい、そのルーツやその後のヒットの変遷についてここでは書くつもりもありませんが、とりあえず過去の日記を参照いただければと思います。 2004年9月5日の日記『太陽は燃えている / 燃える太陽』 園まりの声は、高音のハリとハスキーさのゆえに、3人の中では一番特徴的だったように思う。和製のオリジナルものを歌うようになった時に、随分歌謡曲寄りになったというのもこの声質と関係あるでしょうか。 あと、3人の中では最も大人っぽかったのも、もらう曲調を決めたかもしれませんね。 ご冥福をお祈りします。 ↑森永スパークコーラを飲みながら歌っていた頃のスパーク3人娘 『燃える太陽』by 園まり 1963 ********** 8/11(日)に「薬局えぱーわーな~」の駐車場にて同薬局主催の「トーサイ音楽祭」が開催されます。音楽祭といっても素人の手作り音楽会という感じのもので、小学生から中高年まで幅広い年齢層が、あらゆるジャンルの楽曲を携えて出演します。そんな中、目玉はあのウクレレ少女 Chihaya さんですね。ぜひ一度、生の Chihaya を聴いてみて下さい。 なお、当日、会場の薬局駐車場にはキッチンカーが4台も来るので、お腹が空く心配はありませんね。サイフォンコーヒーもあるのです。 ********** 7月27日放送の「穴沢ジョージの “Good Old Music”」のオンエア曲です。1. Wipe Out (The Surfaris)[#32] 2. The Cruel Sea (The Dakotas)[#29] 3. Ice Cream Man (The Tornados)[#27] 4. 真珠貝の歌 (日野てる子) 5. 愛のプレリュード (カーペンターズ) 6. Sugar Baby Love (The Rubettes) 7. Delilah (Tom Jones) 8. Do You Want to Know a Secret (Billy J. Kramer & the Dakotas)[#19] 9. I’ll Never Get Over You (Johnny Kidd & The Pirates)[#33] 10. By the Way (The Big Three)[#34] 11. It’s Too Late Now (The Swinging Blue Jeans)[#39] 12. I Wonder (Brenda Lee)[#22] リクエスト曲は、5.酋長Kobaさん。6.尻焼原人さん。7.軽ロス・ウエイノさん。以上、ありがとうございました。 上記以外穴沢選曲です。1.~3.と8.~12.は先週に引き続き1963年7月の全英ヒットチャート(UK Top 40)の曲で、今回はベスト10圏外から選曲。[ ]が順位。因みに、結果として4.&5.以外は英国特集となりました (12.は米国人ですが)。あと、1.~3.と8.~11.がバンドなのも興味深い。 以上。次回もお楽しみに。
2024.08.02
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“We’ll Meet Again” by Vera Lynn 1939 3/7(土)の「穴沢ジョージの “Good Old Music”」は「緊急、追悼:ニール・セダカ」と題して、全曲ニール・セダカ関連曲でお届けしました。オンエア曲については、下に記しましたので、参照してください。 終わってみれば、1時間では全く足りず、この3月を「ニール・セダカ強化月間」とすることにしました。リクエストも随時受け付けておりますので、よろしくお願いします。 以前も書いたような気がしますが、ニール・セダカにはマイナーキーの(短調の)曲が極端に少ないですが、その中では日本での最初の大ヒット曲『恋の片道切符(One Way Ticket to the Blues)』は、いくつかの意味で興味深い。 まずは、この曲に限って、珍しくニール・セダカの作品ではないということ。ほとんどが自作自演の中でこれは例外と言える。 次に、この曲米国では “Oh, Carol (オー、キャロル)” のB面曲で、“Oh, Carol” は大ヒットしたが、『恋の片道切符』はヒットしなかった。 “Oh, Carol (オー、キャロル)” の米国でのヒットを受けて、我が国でも当然「これはいける」とレコード会社の担当は思っただろうが、ここでしばらく考えた。「ひょっとすると我が国ではB面の方が受けるのでは」と。そこでAB面を入れ替えて発売すると、これが大当たり。てな具合に推測できるのですが、真相はいかに。 以前、2021.04.01にこちらで書いた『君はわが運命』vs.『きみこそすべて』では、ポール・アンカとニール・セダカの書いた2曲のマイナーキー曲について考察していますので、お暇な時にどうぞ。 ********** あーあ、今年も3月11日がやって来ました。しかも、いつの間にか原発は再稼働が既定路線になってしまっている現実に、もう絶望しています。 あれから15年経つというのに、福島第一原発の廃炉はあと何十年かかるか全く見通しも立たずに、メルトダウンで溜まった880トンの核燃料でブリのうちわずか0.8グラム(全体の約12億分の1)しか取り出せていない現状は重く受け止めて、いつまた地震に襲われるかわからない我が国から原発はなくすというのが筋だろう。 しかもロシアやアメリカやイスラエルの仕掛けた戦争で、どうしても原発を狙った攻撃もあるのではないかと考えてしまう。 狙われたら終わり。防ぐ方法は戦争をしないこと以外に答えはないはず。その辺のとこ、よろしく頼みますよ。 昔見た映画あのキューブリックの「博士の異常な愛情」のラストシーンが頭に浮かんでしまいます。そこでバックに使われたのが、Vera Lynn の “We’ll Meet Again” ですね。 「博士の異常な愛情」のラスト、“We’ll Meet Again” ↑60年以上経って今現実味を帯びる恐怖 ********** 3月7日放送の「穴沢ジョージの “Good Old Music”」のオンエア曲です。1. 恋の片道切符 2. Oh, Carol (以上、Neil Sedaka) 3. Love Will Keep Us Together (Captain & Tennille) 4. Solitaire (The Carpenters) 5. The Diary (Neil Sedaka) 6. 恋の日記 (ハイファイセット) 7. Since You’ve Been Gone (Clyde McPhatter) 8. Stupid Cupid (Connie Francis) 9. Another Sleepless Night (Jimmy Clanton) 10. Esagerata 11. Crying My Heart Out for You (以上、Neil Sedaka) リクエスト曲は、 3.&4.尻焼原人さん。5.&6.酋長Kobaさん。以上、ありがとうございました。 上記以外は穴沢選曲で全曲ニール・セダカ関連曲です。1.&2.は最初のビッグヒット・シングルですが、日米でAB面が入れ替わって発売され、日本では1.が大ヒットしました。4.は「今月の歌」でリクエスト頂いたカーペンターズで。6.は5.の日本語版。7.~9. はニール・セダカが初期に他の歌手のために書いた曲。ちなみに4.&5.は70年代の曲です。 以上。次回もよろしくお願いします。
2026.03.13
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“Danny Boy”by Sinead O'Connor 1997 『ダニー・ボーイ』について、僕は長年誤解をしていました。まずはそのあたりのことから……。1.『ロンドンデリーの歌』が先だった いや、『ロンドンデリーの歌 (The Londonderry Air)』が先というのは間違っていませんがね。 小学生になった頃かそれ以前だったか記憶にはないですが、僕は物心ついた頃から『ロンドンデリーの歌』を知っていました。しかし、当時すでに『ダニー・ボーイ』という歌は存在していたということを、知らなかったんです。 『庭の千草』や『アンニー・ローリー』のようなアイルランド民謡は、『故郷の空』や『蛍の光』のようなスコットランド民謡同様、明治以降の日本で、女学生を中心に盛んに日本語で歌われていたのはご存じですよね。僕らの子供の頃も、まだ母親などはこの辺の歌をよく口ずさんでいましたよ。2.『ダニー・ボーイ』登場 しかし、1960年代に入った頃、ハリー・ベラフォンテの『ダニー・ボーイ』が、『バナナボート・ソング』で売れた勢いからか、結構流行ったんですよね。 その後、2~3年の間に、サム・テーラーのテナーサックスや、スリー・ファンキーズを抜けた高橋元太郎の歌で、ヒットチャートに入ったのは記憶しています。 このころには僕は詞の意味も知らないまま、「歌曲の世界で有名だった『ロンドンデリーの歌』を下敷きにした『ダニー・ボーイ』が、ポップスの世界でも売れたんだ」と思うようになっていました。「その後様々な歌手がカヴァーして、文字通りスタンダードナンバーとなった」と勝手に考えていたのは大間違いでした。3. すでにスタンダード・ナンバーだった "Danny Boy: In Sunshine or In Shadow" という PBS 制作のテレビ番組を数年前にスカパーで見た日から、僕の『ダニー・ボーイ』に対する偏見と誤解は一掃され、新たな目でこの歌を一から見直すことになったんです。 様々なミュージシャンによる印象的な歌と演奏をちりばめながら、そのミュージシャンや各界の人々へのインタビュー、および音楽評論家や学者の解説で構成された1時間もののこの番組は、昨今我が国でも流行の、どの「歌のルーツを探る番組」より遙かに興味深いものでした。たった1時間なのに、その中身の濃さは相当なものです。 これをビデオ録画して何度も見ました。ただし、字幕および吹き替えなしの英語放送なので、かなり苦労を伴いましましたがね。ほら、ずいぶん前のことですが、ポーグスのクリスマスソングの日記の一番最後で、ちょっとこの番組のことを書いたことがありますよ。 その中で、『ロンドンデリーの歌』に現在の『ダニー・ボーイ』の詞がついたのが、1913年のことだと知ったのです。作詞者はフレデリック・エドワード・ウェザリー(Frederic Edward Weatherly)でした。 続きはまた今度ね。 ********************** ところで、"Danny Boy: In Sunshine or In Shadow" の中では、様々な人たちが『ダニー・ボーイ』を歌ったり演奏したりしていますが、僕らにもおなじみの人たちを挙げてみますと、次のようになります。 シニード・オコナー シェーン・マッガワン マリアンヌ・フェイスフル エリック・クラプトン さて、みなさんはこの中でどれを一番聴いてみたいですか。 あるいは聴いたことのある人は、どれが一番良かったでしょうか。「コメントを書く」をクリックして、教えてくださいね。
2005.06.22
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“Johnny Remember Me” by John Leyton 1961 (日本語版:by 克美しげる 1962) 60年代初期の、リバプールサウンド上陸以前、日本でも流行った英国ポップスといえば、女性ではヘレン・シャピロとアルマ・コーガン、男性シンガーではクリフ・リチャードが有名だろう。あとは、このジョン・レイトンの『霧の中のジョニー』と『霧の中のロンリー・シティ(Lonely City)』が流行った。本国イギリスでも流行ったが、アメリカでは全く流行っていない。このあたりは、クリフ・リチャードのケースとよく似ている。 ジョン・レイトンは、むしろ俳優としての方が知られているかもしれないが、彼の出ている映画で僕が知っているのは、『大脱走』ぐらいだ。やはり僕らには、『霧の...』シリーズでおなじみの歌手だった。 『霧の中のジョニー』『霧の中のロンリー・シティ』ともに、いい曲だと思う。が、個人的には、同じマイナー(短調)の曲でも、僕は『霧の中のロンリー・シティ』の方が好きだ。サビでメジャー(長調)に転調して、「♪ ウォー、ウォ ウォウォ、ウォ ウォ ウォー、ウォ ウォ ウォ~」で、元に戻るところなんか、ポップスの王道を行く鳥肌モノだ。 それに比べれば、この『霧の中のジョニー』は終始マイナー(短調)を貫き、比較的単調な曲に思えるが、こちらの方が流行ったのは歴史的事実なのでどうにも仕方がない。ただ冒頭の詞を読んでみると、このとてもイギリス的な風景がこの曲の UK No 1 ヒットに一役買ったのだろうと、想像できる。♪ When the mist’s arising and the rain is falling And the wind is blowing cold across the moor I hear the voice of my darling The girl I loved and lost a year ago...... 「霧が立ちこめ 雨が降り 風が冷たく荒れ野を吹き抜けてゆくとき 好きだったけれど 1年前に別れた 彼女の声が聞こえてくる...」(穴沢訳) このあと、サビにさしかかるところで、女性の高い声で "♪ Johnny,remember me..." というフレーズが入る。克美しげるの日本語バージョンでも同様で、この曲のいちばん重要な箇所ともいえる。 ところが、この部分、日英で微妙に違うのだ。 英語の方は、"remember" の "mem" と "ber" のところが、半音下がって me につながるのに対して、日本語の方は、「メン」から「バー」に全音使って下がっている。この違いは曲調に大きな差を生んでいるが、皆さんはどう思いますか。 え?そもそも、この歌自体聴いたこともないですって?そうですか。それでは、判断は難しいですね。尤も、今僕の手元には、日本語版がないので、本当は確かめようもなく、曖昧な記憶で書いているだけので、突っ込まれたらそれまでです。 さて、いろいろややこしくなる前に、ちょっと話題を変えよう。 この当時、ジョン・レイトンの LP を友人が持っていて、よく聴かせてもらったので覚えているのだけれど、その中に "Johnny My Johnny" という曲があった。サビを女性が歌っているとても印象的なロッカ・バラード風の名曲だ。しかし残念なことに、この LP も今は友人の手元にはなく、その後いろいろ探してもなかなか見つからない。ああ、もう1度聴きたいなあ。 東京にでも出た折りに、大きなレコード屋で見つけたらあるような気もするけれど、東京に行く機会がほとんどなくなってしまって、どうにもならない。どなたか情報お持ちでしたら、よろしく。 克美しげるは『霧の中のジョニー』がデビュー曲だったと思う。彼はジョン・レイトンのカヴァー曲のほか、『片目のジャック』、伊藤アイ子やザ・ピーナッツと競作の『さいはての慕情』『北京の55日』などをヒットさせたあと、演歌の方に転向したところまでは覚えている。その後、犯罪を犯してしまい、服役して出所したあと、また事件を起こし...というような一生を送った人だった。 演歌の方が似合いそうな人だったけれど、元々いわゆるマイナー(短調)の曲だったせいか、『霧の中のジョニー』の日本語版は彼の独壇場だった。 ******************** さあて、皆さん。いよいよ今日の宿題ですよ。 これは老若男女関係なく、これを読んだすべての皆さんに答えていただきたい。お願いします。 1.「ジョニー(または"Johnny")」といえば、どんな曲を思い浮かべますか? 2.「ジョニー(または"Johnny")」といえば、どの歌手を連想しますか? 星の数ほどあるジョニーの中から、何を(誰を)選ぶか楽しみですぞ~~。
2003.05.14
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今日はスーパーでドレッシングを買わなければならなかったので、一応いつもの業務用のでっかいやつを買って、帰ろうと思ったんだけど、なぜか途中のもう一軒のスーパーにふらっと寄ってしまった。 これ、2軒とも同じ地元のチェーン店だから、品揃えに大差はないし、もちろん値段もほとんど変わらない。でも、見切り品コーナーが充実しているので、我々庶民には強い味方なのだ。つまりあまり買うつもりもないのに、見切り品につられて、ついつい寄ってしまい、寄ってしまうから、ついつい買わなくてもいい見切り品などを買ってしまって、…。 だから、結局、得しているのか損しているのか良くわからないような買い物になってしまうのです。 で、今日はと言えば、見切り品の柑橘類を買って、なんとなく魚の売り場を見ていたら、「今が旬」と書かれた「愛知産のあさり」があるじゃありませんか。そのとき、頭に浮かんだあのちゃっぴさんの日記! そう、アクア・パッツァ (Acqua Pazza) です! しかも、「あさり」のちょっと向こうには、またまた「今が旬」と書かれたあの魚! はい、そのとおり。「石川産のさわら(鰆)」がありましたぞ。 ちゃっぴさんの日記を読んで、いつかきっとこの アクア・パッツァを作ろうと、決めていたんですが、ついにこの日がやってきました。 ネットに色んなレシピが載っているので、それぞれを参考に、でも結局は自分流にチャレンジした結果は、家族にも概ね好評でしたぞ。 写真撮影をしようと思っていたのに、ずいぶん食べてから思い出して、なんだか宴のあとみたいな感じになっちゃいました。 フライパンのまま食卓に出したのは、冷めないように。 魚に「さわら」を選んだのは、もちろん「今が旬」ということもあるけれど、なんと言っても、ちゃっぴさんの日記のやつがとってもうまそうだったから。ちょっと高くて、「さわらの神にたたりなし」って言うしなあ(←言わんわ)、よっぽどほかの魚にしようかと思ったけど、やっぱり「さわら」にして良かった! ふつうはあまり入れないみたいだけど、マッシュルームを入れてみました。あと、オリーブ(明治屋のStuffed Olive)も入れたんですが、タイミングが悪かったみたい。もっと早い段階で入れれば良かった。ちょっと、塩気が残りすぎでした。 トマトは、ミニトマトの一回り大きいやつ。これは正解。 イタリアンということで、横にあるのは、ピザ……に見えなくもないですけど、昨日の残りのお好み焼きをチンしたやつ。 というわけで、穴ジョーの気違い水(←Acqua Pazza の直訳)、大変おいしゅうございました。ちゃっぴさん、ありがとうございました。 イタリアンにふさわしい曲ですけど、『花咲く丘に涙して』がよろしいかと。 つまりこの歌は、原題が “Le Colline Sono in Fiore” で、まあつまり「山々には花が咲き誇っている」というような意味でしょうから、まさに今の季節にぴったりということで。 それで、ウィルマ・ゴイクのヴァージョンの熱唱でおなじみのこの曲ですけど、せっかくですから、この機会にニュー・クリスティー・ミンストレルズの “Le Colline Sono in Fiore” も聴いてもらいたいですね。 この曲も、当時、聞こえた通りに歌って間違っていなかった部分が、結構ありました。 ♪ Sto morendo di dolore. なんか、そのまんま「♪ ストモレンド、ディドロ~レ」って、意味もわからず歌ってましたっけ。「苦しくって、死にそうですわ~~」なんていう感じでしょうか。 何度も言うようですが、1965年のサンレモ音楽祭はすごかった。 中でも、ニュー・クリスティー・ミンストレルズは、ボビー・ソロと『君に涙とほほえみを』を歌って優勝。この曲は、ウィルマ・ゴイクと歌って入賞ですからね。 では、まずこちらを。↓↓↓ ニュー・クリスティー・ミンストレルズの “Le Colline Sono in Fiore” ちなみに、前にもどこかで書きましたが、ウィルマ・ゴイク(Wilma Goich)は、正しくはウィルマ・ゴイチだということを、イタリア人の友人に教わりました。 こちら↓↓↓の紹介で、はっきり聞き取れますね。 ウィルマ・ゴイクの “Le Colline Sono in Fiore” 今日の一言:でもなあ、それにつけても「原発はいらねえ」よな。
2011.05.05
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“Tous Mes Copains (おセンチな17才)” by Sylvie Vartan 1962 8月15日、シルビー・バルタンが76歳の誕生日でした。 あの『おセンチな17才』を歌っていたバルタンが、いつの間にかそんな歳になっていたんですね。 当然のように、ラジオでバルタン特集やりましたが、今回は今まで何度もかけている “Car Tu T’en Vas (私を愛して)” を敢えて封印しました。 なにしろシルビー・バルタンといえば、他にもオンエアしたい曲がたくさんあって、大ヒット曲からあまり知られていない曲まで、端から取り上げていたらきりがないので、まずは何度も流した曲はやめようと思ったのと、ヒット曲も少しはかけようと考えたというわけです。 そんな中、たぶん今回が2度目?になる “Tous Mes Copains (おセンチな17才)” を選曲してしまった。タイトルからはなかなか想像がしにくい「友」を歌った歌で、詩的かつ哲学的内容に驚く。これも名曲。 でも、やはり “Car Tu T’en Vas (私を愛して)” が一番好きな曲だろうなぁ。 前にも書いた気がするけど、ずっとフランス語のオリジナルだと思っていた。ところがこれには英語バージョンもあって、当時のLPにも収められているし、そもそも作詞作曲がフランス人ではないようなので、オリジナルについて色々調べてはみたものの、なかなか答えが見つからない。 原曲はカントリー&ウェスタンだという説もあって、当時バルタンが得意としていた英語の歌のカヴァーものだったと考えるのが一番適当にも思うけれど、フランス語のおさまりも良いので、彼女のために書かれた曲でフランス語と英語の両方を用意したものか、まだよくわかっていないのが歯がゆいところ。 ↓ミュージックライフ1965年3月号グラビア広告ページより この歌 “Car Tu T’en Vas (私を愛して)” については、2017年2月22日の日記でちょっと書きましたが、この時のビートルズが表紙のミュージックライフこれ↑です。あと2016年6月10日にも書いてます。 そうそうこれ↓も聴かねば。 “Tous Mes Copains (おセンチな17才)” by Sylvie Vartan 1962 ********** 8月15日の穴沢ジョージの “Good Old Music” のオンエア曲です。1. L’Homme en Noir 2. Tourne Tourne Tourne (以上、シルビー・バルタン) 3. Up up and Away (The 5th Dimension) 4. Sailing (シャドウズ) 5. Unchained Melody (クリフ・リチャード&ザ・シャドウズ) 6. Unchained Melody (ライチャス・ブラザース) 7. I’m Leaving It All up to You (Dale and Grace) 8. さよならデイト (梓みちよ&田辺靖雄) 9. Ja Oder Nein 10. おセンチな17歳 11. あなたのとりこ 12. アイドルを探せ (以上、シルビー・バルタン) リクエスト曲は、4.ウィンカー・ダッソーネさん。6.酋長kobaさん。ありがとうございました。 4.&6.以外は、穴沢選曲です。1.&2.と9.~12.は、この日がシルビー・バルタンの誕生日(1944.8.15.生,76歳)で。全部で6曲の特集でした。1.は “Oh, Pretty Woman” 2.は “Turn Turn Turn” のフランス語カヴァー。9.は『さよならデイト』のドイツ語によるカヴァー。 本日の聴き比べは5.&6.と、7.8.&9でした。 それでは、次回もおたのしみに。
2020.08.19
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“Telstar” by The Tornados 1962 通信衛星第1号 “Telstar (テルスター)”の打ち上げ成功は、1962年の7月10日のことだと言いますから、もう59年も前のことなんですね。 人類初の人工衛星スプートニク1号が打ち上げられたのが1957年で、まだ僕が小学2年生の時でしたっけ。今や地球の周りを回っている人工衛星は4,400機以上。そのうち通信衛星はいくつぐらいあるだろう。少なくとも数百はありそうだ。 人工衛星のおかげで様々なことが可能になり、今や欠くことのできない存在であるわけだけれど、過度な宇宙開発競争に比例して、地球がどんどん住みにくい星になっているということも、隠しようのない事実になっている。 温室効果ガスとか酸性雨などの言葉が生まれてから随分な月日が経つというのに、地球を住みやすい星にするということよりも、宇宙開発の方が大切だと思っている人の方が多いのだろうか。 とりあえず、宇宙に出て行くことはしばらくの間考えるのをやめて、足元で起こっている異常気象をどうにかしないと、僕らの子孫はこの星に住めなくなってしまうぞ。 ↓元祖宇宙サウンド!ジョー・ミークの腕が冴えまくっているのだ。 “Telstar” by The Tornados 1962 ********** 大石林山 (だいせきりんざん)に行って来ました。大変面白い所でしたよ。 ********** 7月10日の穴沢ジョージの “Good Old Music” のオンエア曲です。ボビー特集をやりました。1. Telstar (The Tornados) 2. Magic Star (Kenny Hollywood) 3. サウンド・オブ・サイレンス (サイモンとガーファンクル) 4. Frankie (コニー・フランシス) 5. Dream Lover (ボビー・ダーリン) 6. ファンキー・ルックのお嬢さん (ボビー・ライデル) 7. I Fought the Law (ボビー・フラー・フォー) 8. 恋よさようなら (ボビー・ジェントリー) 9. Angels in the Sky (ボビー・ヴィー) 10. 忘れたいのに (ボビー・ヴィントン) 11. ボビーに首ったけ (トレイシー・ウルマン) 12. ボビーに首ったけ (マーシー・ブレーン) リクエスト曲は、3.のび太さん。4.酋長Kobaさん。5.ミスターコーラさん。以上、ありがとうございました。 上記以外は穴沢選曲。1.はこの日が初の通信衛星 Telstar 打ち上げ成功の日(1962.7.10)で。プロデュースはジョー・ミーク!2.は Telstar に歌詞をつけて、同じくジョーミークがプロデュース。6.~10.は歌い手の名前が「ボビー」の特集。因みに5.のボビー・ダーリンにヒントをいただきました。10.&11.は本日の聴き比べ。ボビーに敬意を表して。カヴァー&オリジナルです。 以上、次回もよろしくお願いします。
2021.07.16
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“Save Your Heart for Me” by Gary Lewis & the Playboys 1965 ゲーリー・ルイスとプレイボーイズの中ではどの曲が好きですか。・・・と訊かれたら。 う~む、悩む。名曲多し。 ただ、活動期間が短かく、音源もさほど多いわけではないですよね。アルバムで言えば、’65年に出た4枚に彼らの良さが集中していますから、この中から選ぶということになるでしょうか。 でも、やはりヒット曲は出来が良いので、どれも好きかな。 シングルの出た順に、良いと思う曲を列挙してみますか。 『恋のダイヤモンドリング』『君のハートは僕のもの』『涙のクラウン』『あの娘のスタイル』『ひとりぼっちの涙』『グリーン・グラス』 最後の2曲は’66年の曲。最初の4曲が’65年ですね。皆さんもよく知っているお馴染みの曲があるでしょ。でも、これらは全部シングルのA面ですから、B面もきちんと聴いてみる必要ありでしょうか。 そこで登場するのが、こちら↓です。数年前に手に入れました。 はい、おなじみ “2 in 1” ですね。リーズナブルな価格ですが、いわゆる寄せ集め盤ではないので、当時のアルバムのまま聴けて、ややもすると、いや、かなりの確率でボーナス・トラックが何曲か入っている。そう。僕らの味方の “2 in 1” です。 ゲーリー・ルイスとプレイボーイズの場合、シングルのB面曲はアルバム収録されているものはもちろん、されていないものはボーナストラックで、これらの CD に入っているので誠に嬉しい限りだ。 それで、B面曲で気に入ったのがあるかといえば、『あの娘のスタイル (She’s Just My Style)』のB面 “I Won’t Make That Mistake Again” です。 もう1枚彼らの “2 in 1” が手に入れば、『ひとりぼっちの涙』や『グリーン・グラス』のB面も聴けるんだなと思うと、これ以上は要らないかなと思っていたゲーリー・ルイスとプレイボーイズ、ちょっと欲しくなってきます。 ゲーリー・ルイスとプレイボーイズについては、またいつかゆっくり書きましょうね。 今日はこれ↓を聴いてください。 “Save Your Heart for Me” by Gary Lewis & the Playboys 1965 ちょうど、今年とカレンダーの同じ1965年の8月7日付、ビルボードで4位、キャッシュボックスで5位で上昇中。それぞれ2位、4位まで行ったのは立派。でも Adult Contemporary chart では見事1位、英国でも1位だったんですって。 ********** 8月7日の穴沢ジョージの “Good Old Music” のオンエア曲です。1. 夏の日の恋 (パーシーフェイス・オーケストラ) 2. 雨に濡れても (B.J. Thomas) 3. Nose for Trouble (デイブ・ディー・グループ) 4. 子象の行進 (ヘンリー・マンシーニ楽団) 5. おんなのこだもん (中尾ミエ&ハナ肇とクレイジーキャッツ) 6. 見果てぬ夢 (マット・モンロー) 7. I Will Follow Him (リトル・ペギー・マーチ) 8. 何かいいことないか子猫ちゃん (トム・ジョーンズ) 9. ヘンリー8世くん (ハーマンズ・ハーミッツ) 10. I Got You Babe (ソニーとシェール) 11. 君のハートは僕のもの (ゲーリー・ルイスとプレイボーイズ) リクエスト曲は、6.ウィンカー・ダッソーネさん。7.酋長Kobaさん。8.なんくるタイムの洋子さん。以上、ありがとうございました。 上記以外は穴沢選曲。1.夏の曲。2.この日がB.J.Thomasの誕生日でしたが、今年5月29日に亡くなっていました。3.~5.は、8月7日が「鼻の日」だったので、「鼻」に因んだ曲を。3.はタイトルに Nose が入っている。4.は鼻といえば象、象といえば『子象の行進』。5.「ハナ」の付く人を思い出したら、ハナ肇とクレイジーキャッツがいました。この曲、バックのハナ肇の声がでかくて懐かしい。8.~11.は、1965年8月7日付の Cash Box 上位の曲から。8.#2。9.#1。10.#4。11.#5。 以上。次回も、どうぞよろしく。
2021.08.11
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