かつて、かいじゅうたちの本棚があった。

2026年08月02日
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指摘されることは平気だけれど(なんならもちろん、ありがとう!と思うし)
中学生のときに書き散らした文章に運命を運明と書いてしまったことがあって、それを
同じ班のピアニスト男子(お察し・ベートーヴェン)に指摘されたことをいまだに覚えていたりする。

あれは、クラスの班のメンバーと担任の先生とで回す交換日記みたいなもので、私は、今と同じように、あった出来事や考えたことなどを小さな字でずらずら書いていた。書くことは好きなので苦痛に思ったことはない。先生は時々、内容に関してコメントしてくれたけど、
他の人たちは、そもそも長くて意味のない文章を読むことはないだろうと思っていたら(先生は、災難ね)もっとも読みそうにない男子に、内容についてツッコまれて驚いたのを覚えている。はあ、ヒマだなあと思ったら、時間つぶしくらいには、なるのかもね?と
考えた。その考え方は今も変わっていない。ヒマつぶしにどうぞ(^_^)。

どういう仕組みになっているのかわからないけど、「よく読まれている記事」という項目に、自分で開いたのではない日記が含まれていることがあって、(それはあたりまえなんだよなあ、本来)珍しくて読んでみるのだけれどw 早朝・深夜に誤字を見付けてイヤな汗をかいたりしている。しかも固有名詞じゃないか!なんで気が付かないんだよ!あわてて直しておきました。最近の日記に見つけたときは黙ってコソッと直している。

校正(文字チェック)の仕事をしていた経験から書くと、自分の書いたものに誤りがないか確認したいときは、自分ではなく、他の人の目を頼りにしたほうがいい。ワープロソフトにはスペルチェックという機能があって、コンピュータが「間違ってるよ?」と
指摘してくれるけれど、私のように美しくない日本語を多用する人は、何でもかんでも「だから、間違ってるってば!」と指摘されることになるので、私は、使わない。

以前、クマの学年の二分の一成人式お祝いのカードの文字入力を、私ひとりがしていて(例によって)「入力するのはいいけど、文字チェックはお願いしますね?」と念押ししたことがあった。間違えるのは当たり前なんだよ。間違えようと思って間違える人はいないよ。自分でチェックするには限界がある。指摘されて初めて、間違いに気付くのだ。これは、役に立つ経験だったと思うよね。 自分は間違わないと考えている人はあぶない な、自信満々か?実際、入力するときも印刷前も確認したけど、役員のお母さんたちに見てもらったら、名前の漢字間違いがいくつかあった。クマの学年の子どもたちの名前は一筋縄ではいかない(簡単に変換できない)ものが多かった。それを実感した。
そして、 人は間違えるのが当然 と考えることで、私は、私自身を楽にしてきたのでしょうね(^_^)脳の働きにもありそうだよね。違う文字を合ってると認識する。他人の間違いにも寛容になったと思うけど、文字や数字程度の間違いには「そういうこともあるよね」と
笑って流せるけど、 人としていかがなものか 、みたいなことは、いまだに流せない。
でも、怒るより、まずは理解したいと考えるんだ。
そして犯罪者の思考を推理しようとして「そんなふうに考えなくても」と家族の誤解を招いたりしているのだが。私の考えじゃないよ。

ドラマ感想を書いてしまわないとねと思っています。
これがさあ、感想を乾燥と変換していたりするのよね。
左側が弱い。さらに弱くなったな。変換候補の文字が左から並ぶから、注意力が
続かないのか?

空間無視って言うんだって。見えてるけど無視する。
左側の空間無視は右脳損傷の後遺症。

まあ、落ち着け!だね。「話が古くなる!」の感覚がいまだに強い。

ではでは








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Last updated  2026年08月02日 11時56分10秒
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