入間市の塾 愛夢舎からのメッセージ

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愛夢舎 塾長

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2008.05.30
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自分のことを
「ミュージシャン」
だと評されると、うれしい。

僕は音楽が大好きで、
これまで何回か書いてきたが、
「音楽至上主義」 であって
それはどういうことかというと
音楽において、音の美しさを何より優先し
言いかえれば、そういう聴き方をする時には
歌詞の内容には全く頓着しておらず
声すらひとつの楽器として感じており、
しかし、声には「声という楽器」の特性があって
それはたとえば、12音階のそれぞれの音の中間音を出すことができたり
そもそも平均律に従わない、逆に、平均律を支配しうる唯一の楽器であると思っている。
その限りで言えば
だから、モー娘だろうが、アクエリオンだろうが、
良いものは良い。

その結果、クラシックからブラックメタル、民謡、ダンスミュージックまで
まあおよそあらゆるジャンルの音楽を好むことができるようになった。
僕の携帯電話は、
目覚ましのときには、ワーグナーのマイスタージンガーを鳴らし、
電話の着信のときには、ジャーマンメタルバンド、HELLOWEENの
EAGLE FLY FREEを鳴らす。

だから、自分が「音楽家」であると評されるのは
大変光栄で、うれしい。

が、
「アーティスト」
だといわれると、かなりガッカリする。
いや、してきた。

なぜかというと、
これまでに技術の伴わない「アーティスト」を
散々見てきたからだと思う。

大学卒論の一部で、音楽とそうでないものの境界線を論じたのだが、
要するに、「これは音楽である」という誰かの確認作業があれば
およそすべてのことは音楽になる。
ジョン・ケージなどは、音のない音楽すら作ったのであるから。

そうすると、音楽が手段となる場合がある。
自分の思想、内面を表現するための、手段として音楽。
図らずも手段として用いられた例として、
ナチス・ヒトラーによる、ワーグナーがあるが、
現代では、自らの意志により、音楽を手段とする芸術家も多い。

僕は、だから、音至上であって、
例えば、学生の頃にピアノのオリジナル曲集を作り、
内々に発表したのだが、その際ライナーに、
「自分は、何か自分の心とか感情を音に込めるつもりはない。
例えば、天上があったとして、そこで流れているであろう、
絶対的な美しい音の連続、音の差異を実体化させたいだけ」

みたいなことを書いた。

思想を音に込める音楽を否定しているのではない。
だいたい、好んで聴くブラックメタルは、まさに手段の音楽であるから。
しかし、それは結果として、
音だけをとっても、音楽として良いからであって、
思想にひかれるわけではない。

だから、技術の伴わない「アーティスト」は好きではない。

そこで、ある時期
「アルチザンを目指している」 と公言していた。

アルチザンは、アーティストに比し、
技術をより重視する作家とされる。

この場合、技術が超絶的であるかどうかは、また別の問題。
が、結果として
超絶技巧を披露する作家こそ、アルチザンと呼ばれる場合が多い。
ならば、パガニーニ、リストなども、アルチザンということになるし、
マライア・キャリーも、アルチザン的歌手ということになるか。

僕にとって、要するに、
自分のやりたいことが自然とできる技術
があればよくて、
でもそうなると、やはり超絶技巧を目指す方向に向く。

動画などで愛夢舎バンドの様子をご覧になればわかるが、
ギターを弾くときの僕が、イングヴェイ・マルムスティーンの影響を受けていることは
自他ともに認めるところである。

だが、ギターに関しては、
自分がやりたいと感じることの半分程度のことしかできないので、
だから僕は、あまり人前で
「ギターを弾ける」とは言わない。

ピアノについては、相対的な技術レベルはかなり低いが、
自分がやりたいと感じることはおよそできるので、
だから「弾ける」と言う。
ベースも、やはり「弾ける」楽器である。

そこで、大学ではいくつもある音楽系サークルのうちで、
よりアルチザン的な人の集まるサークルに身をおいた。

マリエハワイアンズ。

ふざけた名前のサークルだが、中身はバリバリのメタルサークル。
そこで、技術の限界を感じ、プロを目指すことをやめた。

とにかく高い技術を有する人がわんさかいるサークルで、
某ギター雑誌で何度も表彰されてる人なんかもいた。
プロも多く輩出している。
ザ・コブラツイスターズとか、ボカスカジャンとか、
イカ天世代の人はご存じかもしれないが、スイマーズとか・・・。
1回だけ、ドラムを叩いてもらった先輩は こんなん になっている。
大学でベースを始めたという先輩は、
僕のフェイバリットベーシストである諸田コウ氏唯一の弟子となって、
残念ながら他界してしまったが、その追悼のために諸田氏がアルバムまで作ったという。

とにかく、すごい技術集団だったのだ。
そんな中で僕は、
ギターもドラムも、へたっぴの部類だった。

しかし、そんな超絶技巧集団、
CDを出すのなんかは当たり前であったが、
結局食べていけるだけの収入にならず、
ガソリンスタンドで働いたり、公務員試験を受け直したりするのをみて、
音楽・技術至上主義であった僕は、
音楽を職業とする道を断ち切った。

高校時代の仲間は、立派にメジャーデビューしている。
JERRY LEE PHANTOM

このバンドのボーカルは、高校で、同じバンドを組んでた時期もあった。
キーボードは、同好会の後輩。
ベースは、ボーカルの友人で、何回か対バンした。

彼らは、高校を卒業して、
僕の高校ではただ一人、進学せずに、
愛知に出て行った。
数年、アパートの一部屋に4人で暮して、
道路工事をしていたのだが、
数年たって、ようやくメジャーデビューできた。

彼らは、大した技術は持っていなかった。

さて、ここにきて、
アルチザンへの疑問がわいてくる。

彼らは、びっくりするような技術はなかったが、
では、やりたいことができないくらいヘタだったかというと、
そうではない。
彼らはイングヴェイをやりたいわけではなく、
自分たちの音楽をやるのに十分な技術はあった。

大学のサークルの面々は、
技術的には、その辺のプロをはるかに上回るものを持っていた。
が、プロとして大成した人は少ない。

…おそらく、やりたいもの、
自分たちの音楽がなかったのだろう。

ジェリー・リーの面々は、高校で色々な経験をし
(ボーカルの彼は、軽音楽同好会で一緒だっただけでなく、
陸上部でも同じ釜のメシを食った仲だった)
また、キーボードの彼女は大学で経験を積み、
何か、表現するべきものをつかんだのだろう。

大学サークルの面々は、
とにかくギターを弾いてばっかりだったから、
視野は自然とせまくなり、経験という意味では少なかったのかもしれない。

そして思う。

僕は、音に思想を込めるつもりはないが、
その、音そのものを重視するということ、
それ自体も思想である。

ゆえに、肝心なのは
音に何を込めるか、どのような思想であるかということでなく、
経験の中から、
音に込めたい何かをつかむことであるか。

アルチザンの極致を見つけた。

これだ。

…小田切先生が言った。
「コレ、音楽やってんの?」

同感だ。

また、この人は有名だ。

マイケル・アンジェロ先生。

ギター講師でもあるこの人は、
日本でもアルバムを発表したが、
もう、色モノ扱いしかされなかった。
確かに、技術はモノスゴイんですが。

では、アンジェロ先生3連発。

1. アンジェロラッシュ
2. ギターソロ
3. NITROでのXギター

高校の頃から知ってて、
当時は、これをスゲーって思ってたんだけどなぁ・・・。

今は、これをやりたいとは、
あんまり思いません。

「アーティスト」もいいかもしれない。

芸術論になってしまいました。







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Last updated  2008.05.30 03:14:31
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