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~14年目の今年、「原点回帰」をテーマに、
「愛夢舎ヒストリー」を序章から再掲載しております。
現時点で、全33章。
各記事の一番下に、次章へのリンクがあります。
どうぞお楽しみください~
~~~~~~~~~~~~~~~~~
( 【第7章】へもどる )
年度末が近づいた。
すなわち、新卒者の大学卒業が近づき、
同時に 鎌田
の勤務開始が迫ってきた。
この年の内定者は、 はじめは40名
ほどいた。
しかし、いざ勤務が始まったときに 残っていたのは、およそ20名
だった。
新卒内定者へは、半年以上の期間をかけて入社前研修が行われた。
学生対象であるから、研修は土曜と日曜を使う。
ひと月に4日程度。
「教習所」のように「研修簿」が用意されており、
入社までの期間に全ての項目を習得することが、内定者に課せられた。
習得すべき項目は 50以上
におよび、
ひと月4日程度の研修では、到底追いつかず、
研修日にあてられた日以外にも、
個人的に、インストラクターとなる職員と約束を取りかわし、
研修に赴くことが必要であった。
まして、鎌田の場合には9月からの研修参加。
他の内定者に3ヶ月ほど遅れている。
急ピッチでの習得が必要となった。
この年、 佐々木 と 小田切 は採用チームに加わっていた。
佐々木
は、本部校舎である
「ひばりヶ丘教室」の教室長
として勤務していたため、
出入りする内定者とは必ずと言ってよいほど顔を合わせた。
その流れから、模擬授業の指導などを中心に行うことが多かった。
また、 小田切
は校舎配属ではなく、
運営本部・ 教務部運営課において課長職
にあり、
進路指導関係の研修ではアドバイザーとして参加した。
研修期間を経ていくうち、鎌田が2人と出会う機会が出てきた。
内定獲得まで、2人と会ったことはなかったが、
塾のパンフレットの写真で顔だけは知っていた。
鎌田にとって、2人の第一印象は、
「怖そうな人」
であった、2人とも。
それまで会った職員は、やけに明るくニコニコ笑っている人が多かったが、
佐々木は何かこう、真面目な人という印象であった。
小田切に至っては、
研修の際に内定者どうしが意見交換をしているとき、
「・・・あのさぁ、それって、意味、なくねぇ?」
と不機嫌そうにボソっと口をはさんでくる。
その場の空気は凍りつく・・・。
(今にしてみれば、不機嫌でもなんでもなく、それが自然体であったようであるが)
3人が急激に接近したのは、12月に行われた「スキー研修」のときであった。
きっかけは、やはり 「音楽」
であった。
何かのはずみで「おっ、キミも音楽、やるの?」と共通の話題が生じ、盛り上がった。
鎌田については、音楽は「やる」どころの話ではない。
一時はプロミュージシャンや音楽大学進学すら考えたことがあるくらいである。
年度末。 当初の「採用内定者」は半数までに減っていた。
鎌田が内定者に加わった9月以降、
研修の過酷さ
と
実際の勤務への不安
から、
毎月のように 辞退者
が発生した。
また大学卒業が危ぶまれ、
合意の上、 内定取り消し
となる者もいた。
例の「研修」が修了せず
、入社を断念する者もいた。
実は、 採用予定人数は初めから20名であった
ことを鎌田が知ったのは、
数年後のことであった。
応募者数千名からの選抜のみならず、
さらに採用者を厳選すべく、
研修期間中にひそかに選抜が行われていたのである。
残った本採用者は、当初会社が期待した「優秀な人材」であったはずであり、
いずれも即戦力として各校舎および運営本部へと配属されていった。
3名の新入社員が、いきなり教室長に抜擢された。
1名の新人が社長秘書に抜擢された。
鎌田を含む残りの新人も、要職に配属されていったのである。
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