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2007年04月10日
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朝鮮日報4月4日にこんなコラムが載っていた。もちろん筆者は日本人ではなく歴史評論家のイ・ドギルという人だ。江戸時代に行われた朝鮮通信使の目的の一つに文禄慶長の役でつれてこられた捕虜たちの本国送還があったという。ところがこの送還というのがかなり大変だったらしい。1617年の使節の従事官のイギョンジクという人の書いた扶桑録という本によると、捕虜たちが帰国を拒否する例がかなりあったということだ。記録では、「倭京(江戸)に到着して以降次々と会った捕虜達で帰国を希望する人は少なかった」とある。それでも士大夫出身の者は帰国を望む例が多かったが、一般人は違う。朝鮮では賎民だった陶工は日本では匠人として地位を得ているので別に帰国する必要を感じなかったらしい。もちろん何年も日本で生活していて生活の本拠ができていたというのもあるが、それでも捕虜の多くが帰国を望まなかったというのは、なかなか興味深い事実である。まさか某国の拉致被害者のように「帰国を望まない」ように言わされていたわけでもないだろうから。





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最終更新日  2007年04月11日 01時58分17秒 コメント(11) | コメントを書く


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