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2019年02月20日
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万葉集に真間の手児奈の歌がある。

質素な麻の衣を着て、髪もとかさず、裸足でいても、錦綾で着飾った令嬢もその美しさには及ばないとしたうえで、「望月の足れる面わに花のごと笑みて立てれば」夏虫が火にいるように人々が求婚したという。
一説には手児奈は国造の娘で嫁ぎ先の国と自国とが争いになったため子供を連れて戻りひっそりと暮らしていたという話もあるようなのだが、個人的には、虫麻呂の歌のイメージどおり人目をひくほどに美しい庶民の娘であると思いたい。
万葉の時代に手児奈はすでに伝説になっていたが、そのとき既に水を汲んだ井戸の跡というものもあったという。手ずから水を汲んだのであれば、やはり庶民の娘だったのだろう。その手児奈には自分のために人々が争うのをみて世をはかなんで入水したという。若く美しい娘なのになんて厭世的な…と思うのは後世の感覚で、強力な父親といった後ろ盾をもたない娘だったらどうなのだろうか。多くの男にとって「手の届く娘」であり、だからこそ求婚者の間に争いが起こったのではないか。そうした争いで愛する人が殺害されたのか、いや、それとも愛する人が殺人者になったのか。どちらにしても手児奈は殺人の原因となった運命を悲しんだであろう。それに葛飾の真間の近くには国府があり、それは今も国府台という地名に残っている。国府には権力や武力をもった男がいて、そうした人々もまた際立った美貌をもつ庶民の娘を狙ったのであろう。ごくまれにはシンデレラストーリーもあったかもしれないが、多くはそうではなく、庶民の娘にとって美貌は決して幸福だけをもたらすわけではなかったのだろう。
手児奈を祀る手児奈堂は今もある。変遷を経て、今では日蓮宗の寺院となっているが、お守り等には手児奈の絵が描いてあり、目のくりっとしたタイプの美女になっている。日本人の風貌には縄文系と弥生系とがあるといわれるが、東国の庶民の娘の手児奈は、やはり縄文系の目の大きな彫りの深いタイプの美人だったのではないか。京成の市川真間の駅から住宅街を歩いてゆくと真間川という小さな川がある。その橋を渡り、川に沿ってしばらく歩くと、手児奈通りという商店街があり、さらにすすむと、ひっそりとした一角…それが手児奈堂だ。小さいながらも寺院で住職もいるのだが、想像していたような万葉の歌碑があるわけでもなければ、手児奈の銅像があるわけでもない。けれどもこの方がかえって万葉の伝説の美女にはふさわしいように思う。





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最終更新日  2019年02月20日 10時15分31秒
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